サッカー部の元エースのみが俺の球を受けられる

 「野球おもろくねえなあ」

 俺は呟いた。
 俺は野球部のエース、という事になっている。

 投げれば最速148キロ。変化球も三種類ある。だけど、問題が一つある。
 俺の球を受けられる人がいないという事だ。

 俺が全力で投げれば誰も球を取れない。

 これが、名門高校だったら取ってくれる人もいたんだろうけど、今更という話になってしまっている。
 だから、俺はリリーフでしか当番が出来ない状態だ。
 全力の七割の力でしか投げられない。それは大きな痛手なんだ。

 「なに黄昏てんだよ」

 幼馴染の秋葉悠太が声をかける。

 「困ってることがあるなら俺が話を聞くぞ」
 「困り事はお前だよ」

 こいつ、悠太は内のチームの捕手だ。
 捕手として、俺の球を受けている。
 打つ方はいいんだけど、

 「お前のせいで、全力が出せねえことが悩みだ」
 「ひどいな。そんな言わなくてもいいだろ」
 「事実だろ」

 秋葉は泣きまねをする。

 「俺にふさわしい捕手が要ればいいんだがな」


 しかも最近俺はスランプ気味だ。


 だけど、その時の俺には知る由もなかった。
 その悩みが意外な形で解決することになろうとは。


 その日、野球部の練習が開始された。
 その前に、

 「皆、話がある」

 顧問の先生がそう言い出した。

 「今日、入部届を出してくれた人がいる」

 入部届か、珍しい。
 今の時期、5月下旬は、既に体験入部期間を終了している。

 とはいえ、恐らく入ってくるのは、一年生なんだろうな、と思った。

 だけど、そこから現れたのは、180センチを優に超えようという長身、更には太腿を中心に力強い筋力に満ち溢れた男だった。

 「白井由樹だ。よろしく」

 それは、サッカー部のエースだったのだから。


 意味が分からねえ。どうしてこの時期にサッカー部のエースがいる。
 うちのサッカー部は、この弱小野球部と違い、戦力が整っている。


 地区大会のベスト4に入るくらいの実力を持っている。

 そこのエースストライカーともなれば、周囲からの評判も高いだろう。
 俺はサッカーの事をあまり知らねえが、きっとプロへの道もあるはずだ。
 それなのにどうして、


 「おい」


 そう、声が響く。


 「お前に話しかけてんだよ。投げられないエース様」

 その声にドキッとした。
 壁ドンをされていたのだ。

 心臓がバクバクとする。どうして、


 「きいてんのかっつってんだよ。なあ!!」

 周囲はおどおどとこちらを見ている。止めたほうがいいのか、それとも手を出さない方がいいのか迷っている様子だ。


 「聞こえてます」



 俺はおずおずとそう、返事を返した。




 「ならいい。これからよろしくな」
 「は、はい」


 思わず敬語になってしまったことに苦笑する。
 いや、この状況なら、大体の男は敬語になってしまうだろう。
 今も心臓の鼓動が大きく響いている。


 そのままノックをする時間となった。
 守備練習に励みながら、思考する。

 なんでいきなり俺に話しかけて来たのか。それが分からない事には、どうする事も出来ない。

 静かに息を吐いた。

 途端、俺の方に打球が転がってきた。
 俺はそれを上手く止める事が出来ずに、後ろに逸らしてしまった。

 その光景を彼、白井君はただ真っ直ぐに見ていた。そして、その視線は言っては悪いが、俺を観察するようで、少しだけ気が重かった。

 そして、ノック練習が終わり、次はバッティング練習血なった。俺がするのは漣ティーと言われr物だ。

 上げられたボールを素早く打つ練習だ。スタミナがいる行為だ。
 それをしている間も、奴は俺をじっと見ていて、気持ちよくは無かった。

 そして、全体練習が終わった後、


 「これはどういう事だ」

 そう、俺に言ってきた。

 「どういうことだって何が」
 「なぜ、バッティング練習ばかりしているんだ」

 なぜ、バッティング練習ばかりしているのか。
 俺だって、バッティング練習が好きなわけではない。
 嫌いなわけではないが、本音で言えば、投球練習に励みたいという気持ちはある。

 「答えられねえのかよ」
 「俺は投手失格なんだ」

 そう言った。
 投げても、キャッチャーが取れない。
 さらに最近では、軽いイップスなんていう者も出て来た。
 手を抜いて投げていたら、コントロールが良くなるかと思いがちだが、それは実は間違いだ。

 全力投球が出来ないと、変に力を抜いてしまうと、球に力が思うように込められなく、そのせいで球が抜けてしまうのだ。

 そして、段々と俺は球を投げるのが気持ち悪くなってしまった。

 壁相手なら上手くコントロールは出来るが、キャッチャーミットに向けて、手を抜いて投げようと思えばそっぽに行ってしまう。


 全力で投げれば、キャッチャーが取れない。実に困ったことなのだ。

 「ふうん、てめえは投げるのが嫌いなのか」
 「そう言うんじゃねえよ」

 思わず声が大きくなってしまった。

 「ただただ、今の状況で投げても意味がねえってだけだ」
 「そうか」

 そして、白井は、自分の練習に戻ってしまった。

 意味が分かんねえよ。


 なんなら、こちらにも聞きたいことなんぞ山ほどある。というのに、


 その日の練習が終わり、帰路に就く。

 もうすぐ地区大会だという事で、今日はいつもよりも一時間長く練習した。そのせいで、今日は筋肉の疲れが中々取れない。

 「なあ」

 隣を歩く雄太に話しかける。

 「分かってんよ。あれの事だろ?」

 察しがいい。

 「意味が分かんねえよ」
 「サッカー部のエース様がお前にご乱心だそうだ。ま、意味わかんねえよな」
 けらけらと言い放つ。

 「まあ、意味わかんねえよ」


 「でもま、あいつはお前の投球を直してくれる奴かもしれねえぜ」
 「ねえだろ。柔道とかならまだしても、サッカーだぞ。ないない」

 俺は手を振りながら言った。


 その次の日だった。


 俺の靴箱の中に手紙が入っていた。
 如何にも古典的だ。今の時代スマホがあるのだから、ラインで送ればいい。
 だけど、その内容は、


 『今すぐグラウンドに来い』

 という物だった。なんて乱暴な言葉遣いなんだ、と思った。だけど、それが意味するところはきっと、


 「あいつだな」

 そう思った。



 「遅かったな」

 その言葉に、「悪かったな」と返す。

 むしろ早い方だろ。それこそ急いできたわりには、だ。


 「で、何がしてえんだ。そんなもん被って」
 「投げてみろよ。ほら」

 そして、ボールとピッチャーグラブを投げられる。

 「今俺が投球しろって?」

 「見ればわかんだろ」

 相変わらずムカつくやろうだ。
 だけど、俺は感じている。ここで投げなければならないと。

 「しゃあねえ」ここまで言われて引き下がる俺じゃねえ。

 俺はボールを投じた。しかし、そのボールはあらぬ方向に向かっていく。
 速さも、きっと140も出ていないだろう。不完全なボールだ。

 「それがてめえの全力かよ」

 まるで俺を煽るために放たれたその言葉。
 俺はガチンと来た。

 「本気で投げてもいいのか」
 「ああ、むしろ来ないと困る」

 くそっ、ならやるしかねえ。

 俺は思い、勢い全力で投げる。
 球が軽く滑った。だけど、それなりの威力のボールが飛んだと思う。

 それは見事にミットにはまり、

 「まだまだだな」

 そう、白井は言った。

 「はあ?」
 「もしそれがてめえの本気なら、心底がっかりだよ」

 ため息交じりに言われた。


 「ふざけんな!!」

 まだまだだと?
 うるせえよ。

 少なくともてめえにそんな言葉を吐く資格なんてねえ。

 苛々としながら、投げる。
 しかし、直前に思った。
 こんな精神状態で投げれば、球が荒ぶってしまう。力が十分に伝わらずに、ただただ球が発射されてしまう。
 それは俺の望むところではない。

 「ふぅ」

 俺は静かに息を吸って、そして吐く。

 「それでいい」

 静かに奴が言い放った。その言葉には若干思うところもあるが、今はただ、この球に全力を。
 それで、あいつのミットをねじ曲げてやれ。

 俺は精神統一をし、そして、全力を投じた。

 球を人に向けて投げるのは正直久しぶりだ。だから、正直緊張するところもある。だけど、それでいい。

 適度なプレッシャーを込めて、俺は球を全力投球して見せた。

 「やればできんじゃねえか」

 白井が言い放つ。その言葉には、ムカつくが、
 更に驚くべきはその結果だ。

 俺の投じたボールは奴のミットの中に収められてたのだ。

 「信じらんねえ」


 「なんで、てめえは俺の球を受け止めてんだよ」
 「理由が知りてえか」
 「何だ」
 「俺が天才だからだ」

 俺はその言葉に、「はあ!?]とでも言ってやりたい気分になった。
 いやいや、自身で天才っていうって意味わかんねえよ。

 「呆れんなよ、天才様」
 「自称天才に言われてもあんま響かねえな」
 「んなこと言うな、素直に喜んでおけ」

 そして、キャッチャーマスクを脱いでいく。

 「授業行くぞ」


 そう、白井は言った。
 確かに時間はもう、8時33分。走らないと間に合わねえ時間だ。


 そして、気が付いた時には、奴の姿はもう消え去っていた。

 教室に入り、ぜいぜいと息をたらす。

 「ギリギリセーフだ」

 先生が言った。その言葉に一息安堵の息を漏らす。

 「遅かったじゃねえか」

 悠太が、言う。

 「奴に呼ばれてた」
 「それって」
 「ああ、白井だ」

 あいつの行動がよくわからねえ。
 だけど、奴は俺の全力投球を見事に受け止めた。

 それは、俺が試合に出られるってことじゃないのか?

 それは俺にとって喜ぶべきことだと思う。


 「難しい顔すんなよ」

 背中を叩かれた。

 「うるせ」



 そして、部活の時間がやってきた。
 その最初に、声を出したのは、白井だ。


 「先生、話がある」


 そう、目上の人物であるはずの先生に対しても、若干の命令口調で言った。






 そして、



 「投げてみろ」


 言われる。目の前には白井のミットだ。恐らく白井は交渉してくれたのだろう。
 俺は、
 今朝投げられた。
 だから、イケるはずだ。


 「行くぞ」
 「いつでも」


 そして、俺は全力を込めて、投球した。
 そのボールは、あらぬ方向へと飛んで行ってしまった、

 「何をしているんだ」

 先生が言う。


 なぜだ、なぜ別方向に行くんだ。
 朝は投げられたはずなのに。


 「もう一球だ」

 白井が言う。俺はボールを受け取り、全力で投球する。

 また真っ直ぐに制球できない。なぜ、あらぬ方向へと飛んで行ってしまうんだ。

 くそっ、くそっ、くそ!!


 「くそ!」

 俺は、ボールを地面に投げつけた。意味が分かんねえ。どうしてだよ。


 皆に恥ずかしい所を見せてしまっている。くそっ、辛い。如何したらいいのかが全く分かんねええ。
 俺は歯を強く噛みしめた。


 「なあ」白井が口を開く。「てめえは何がしたいんだ?」

 その言葉は鋭く、俺を突き刺すようだった。

 「てめえは、野球がしたいんじゃねえのか。そのくせこんなへぼボールをよこしやがって腹立つぜ」

 散々ないい様だ。
 その言葉は段々と俺の精神に攻撃を加えて言っているように思えた。

 「てめえがそれで、心を病むようだったら俺はこの部活に入部を決めてねえ。で、胴なんだ? てめえはボールもまともに寄こせねえ、へたくそなのか?」
 「ふざけんな!」

 俺は叫んだ。


 「好き放題に言いやがって、俺はサンドバックなんかじゃねえんだぞ」
 「説得力ねえなあ。だったら、もっとましなボールをよこせよ」
 「言われなくても分かってる」

 へたくそへたくそへたくそ、へぼボールへぼボールへぼぼボール

 そんな言葉を吐かれて、俺だって怒りがわいてんだよ。

 「くらえよ!」

 そのボールを俺はミットに向け投げた。

 そのボールは今までのボールの中で一番奇麗な回転を見せて、キャッチャーミットの中にすっぽりと入って行った。

 「はあはあ」


 疲れがたまっている。

 だけど、オレはその目の前の光景に満足をしていた。
 遂に、全力ミットまで投げられたのだ。こんなにうれしい事は他にない。

 「なあ」

 白井が、口を開く。

 「先生、こいつ先発で良いよな」

 その言葉に、先生は、ああ」と頷いて見せた。


 その後、俺はグランドに一人佇んでいた。
 あの球だ。あの一球さえ投げ込めれば、俺はさらなる強化を受けられる。
 最近不調だった東急。それが見事な威力を持ったのだ。これほどまでに喜ばしい出来事は他にないだろう。

 「興奮してるのか」

 そう言われた。そこには、雄太がいた。俺は静かに、「ああ」と返事を返した。興奮しないわけがなかった。ようやくオレの全力を出せるのかもしれないのだから。

 俺は人のせいにするつもりはない。だけど、色々な制約があった。

 だけど、俺は自身の全力を出せた。


 しかし、気になるのはあいつの言葉だ。
 そうじゃねえと、この部活に入った意味がねえ。あれはつまり、俺が俺目的でこの部活に入ったという事なのだろうか。

 その答えは分からねえし、知る由もねえ。だけど、今はそれでいいのかな、なんて思ったりもする。


 そして、俺はまたボールを投げ込む。壁に良い音を鳴らしながらぶつかる。だけど、あの感じはまだ掴めてなんていない。

 まだまだ、こんなもんじゃない。俺の全力はもっと上のはずだ。


 「やっぱすげえはおめえ」
 「ったりめえだろ」

 大したことないなんて言うやつがいたらしばく。


 その次の日からどんどんと白井と一緒に練習に励んでいく。
 しかし、白井の捕手能力はかなり高い様だ。
 何しろ、俺が投げたボールをほとんど後ろに逸らさない。
 それに、フレーミング、ボール球をストライクに見せる技術も高い。

 投げやすいと感じた。

 試合まで後10日。段々と俺のボールの質も上がってきた。
 これならば、何とかちゃんと行けるようになれそうだ、と感じた。


 「白井」

 練習終わり、俺はアクエリアスを手に、白井に話しかける。

 「今日は一緒に帰らないか?」


 いつも練習終わりには雄太と一緒に帰る。
 だけど、今日は白井から聞きたい話があったのだ。


 「おう」

 白井は静かに頷いた。

 そのまま俺と白井は二人で歩いていく。


 「訊きたいことがある」
 「なにかは分かってる」

 そう、分かったような雰囲気で声を発す。

 「俺がなぜ野球部に入ったか、だろ」
 「分かってんじゃねえぁ」

 それが俺が今一番知りたい事だ。正直かなり気になっている。
 なぜ、サッカーを捨てて野球を選んだのか。


 「秘密だ」



 「は?」

 秘密?


 この期に及んでそんなことを言うのか?

 「次の試合に勝てば教えてやる」
 「勝てばって」
 「次の試合相手は強敵なんだろ。それに勝てば教えてやるさ」
 「勝てなかったら?」
 「おいおい、弱気だな。俺は絶対に行けると確信してるぜ。それとも怖気づいているのか?」
 「はっ、うるせえよ」

 何が弱気だ。
 俺だって、命を懸けて野球をやってんだ。
 ここでみすみす逃げるようなくそみてえなマネなんてしねえ。


 「今度の試合勝ってやるよ」

 俺はそう、はっきりと告げた。


 「楽しみだぜ」


 そう言って白井は笑った。