黄泉の国の番人は幼なじみの君を愛したい

〇紗恵の自宅・13時頃

玄関の扉を恐る恐る開けて、自宅の中にはいる紗恵。
振袖は土で汚れている。

紗恵「た、ただいま……」

キッチンに居た母が驚く。青ざめる。
母「え? ちょ、ちょっと何なの?何で振袖がこんなに汚れてるの?転んだ?」
紗恵「えっと……色々ありまして……」
紗恵は小声でぶつぶつ話す。頭に角が生えて怒り出す母。
母「色々ありまして、じゃないわよ!とにかく振袖を脱ぎなさい!」
紗恵「すみません……」
しょんぼりする紗恵。
振袖は母の物だったが、紗恵の姉も20歳の祝いの際には着たものだった。
母「とりあえず、クリーニングに出してみるわ」
溜め息をつく母。
紗恵「本当にごめんなさい」

紗恵は自分の部屋に行き、振袖を脱いで、かんざしを外す。
かんざしを手に持ち、じっと見つめる紗恵。
青年との回想に耽る紗恵。

紗恵(不思議な出来事だった。ずっと心にあった気がかりが一気に溶けだしたみたい)

紗恵(悠成、また会いたいよ)
ぎゅっと、かんざしを握る紗恵。

紗恵(着替えたら、また桜の木の下に行ってみようかな)

紗恵は着替えたあと、桜の木の下に行こうとする。

キッチンに居る母に声をかける紗恵。
母は最近、パン作りにハマっていてパン生地作りをしていた。
母「振袖は自分の部屋に置いてあるの?」
紗恵「うん。とりあえず、ハンガーにかけてある」
母「……そう」
紗恵「夕方からの集まりの前にちょっと出かけてくるね。すぐ帰ってくるけど」
母「分かった」
紗恵はキッチンから出ていき、母が心配そうに見つめる。

母(まさか、と思うけど……紗恵はこの世に存在しない何者かと会ったのかしら?)
母は霊力が強く、紗恵の身体に僅かに残っていた怪しげな霊力のようなものを感じていた。
母(着物が汚れていたのも、そのせい?)
母は考えすぎかしら?と思いながら、パン生地を捏ねていた。

〇桜の木の下・13時半過ぎ

紗恵「悠成……? 居るんでしょ?」
紗恵は辺りをきょろきょろしながら、歩き回る。

紗恵「もう一度、出てきてほしい」
紗恵は何度も『悠成』と呼ぶが、奇跡は起こらない。

紗恵「出てきてよ、お願いだ、から……」
紗恵は泣きながら、懇願する。

気配を消して、木陰から見守る着物姿の悠成。

(悠成の回想)

〇閉園時間間近の遊園地

高校生の紗恵、悠成、遥久。

遥久「遊園地、楽しかったな」
紗恵「うん、また来ようね」
遥久「そうだな」
夕日に照らされる三人。

遥久「おじさんとおばさんに許可をもらったから、帰りにファミレスに寄ってから帰ろう。俺が奢るから」
紗恵「やったぁ!いっぱい食べちゃおう!」
紗恵は喜んで満面の笑みを浮かべる。
悠成「遥久、ごちになります」
遥久「はぁ?悠成は自分で出しなよ」

遥久「今日は特別にデザートも食べていいよ」
紗恵「遥久、今日は太っ腹だね。いつもは新しいスマホ買いたいからってケチケチしてるのに」
遥久「ケチケチは余計だろーが!でも……もう、新しいスマホなんて必要ないからな」
紗恵「え?必要ないって?お兄ちゃんのお下がりもらえたとか?」

遥久は兄が持っている最新スマホが欲しくてバイトしていた。

遥久「まぁ、そんなとこだ」
紗恵「良かったね。ずっと欲しかったんだもんね」
隣にならんで歩きながら、にこにこしている紗恵。

紗恵「念願叶ったから、もうバイトは辞めるの?」
遥久「……そうだな」
悠成は何も言わずに黙って聞いている。
しんみりした表情の遥久。

〇ファミレス・19時半頃

紗恵「お腹いっぱい!ごちそうさま」
遥久「……マジでたくさん食べたな」
苦笑いする遥久。

悠成「ちょっとトイレ」
わいわい騒いでいる二人に見えない様に、コソッと伝票を持ってレジで支払いを済ませる悠成。

帰ろうとした時、遥久は伝票がないことに気付く。
遥久「もしかして……?」
悠成は黙っている。
遥久「悠成、カッコ良すぎだろ! ありがとう、ごちそうさま」
紗恵「……! ごちそうさま!」
状況を理解した紗恵。笑顔でお礼を言う。

悠成は遥久の背中をポンポンと叩く。
悠成「俺、寄るところあるから行くわ。遥久、紗恵が迷子にならないように頼んだ!」
遥久「おう、またな!」
紗恵「ちょ、ちょっと……子ども扱いしないでよ!」

悠成(あの日の帰り、紗恵を託したのは遥久の気持ちを知っていたからだ。けど、自分が紗恵から離れなきゃいけなくなるなんてな……)

悠成(でも、他に代わりなんて居なかったから仕方ない。誰かが犠牲にならなきゃいけない運命だったから──)

(回想終了)

紗恵「……悠成?」
背後から着物を引っ張られた。

悠成「……!」

悠成(自分の姿が見えないように結界を張っていたのに、何故だ?)

紗恵「ずっと会いたかったよ」
背後から悠成を抱きしめる紗恵の声は震えている。

紗恵「もう、どこにも行かないでほしい」
悠成「……」
紗恵「悠成が今、人間じゃなくても……どんな姿でも、傍に居たいの」

悠成「俺は……想像の通り、もう人間じゃない。だから、ここには二度と来るな」
紗恵「悠成がここに存在するなら、私は来るのを止めない。毎日、毎日、会いに来る」
悠成「……」
紗恵「だから、私を拒絶しないで!」

悠成「離れてくれ。手荒な真似をしたくはない」
紗恵「嫌!絶対に離れない。もう二度と会えなくなるかもしれないから……」

悠成は紗恵の腕をゆっくり振りほどく。そして、紗恵と対面になるように後ろを向いた。
悠成「俺は〝黄泉の番人〟だ。この場所からは絶対に出れないし、いつまでも一緒に居ると、お前が穢れてしまう」

悠成(俺とお前ではもう、住む世界が違うんだ。諦めてくれ)

紗恵「黄泉……の番、人?」

紗恵(何それ?黄泉の番人って、漫画じゃあるまいし……)

悠成「妖な死神、みたいなものだ。だから、一緒には居れないんだ」
紗恵「わ、私は平気だよ!悠成がどんな姿になったって、悠成は変わらないもの。それに、見た目も変わってないでじゃない?」

悠成「見た目が変わらなくても、内側が変わったんだ。魂もなければ……記憶も、心すらない」
紗恵「記憶も? だって、私だって分かったじゃない?そんなの嘘だよ!」
悠成「……元気でな」

悠成は紗恵を思い切り抱きしめたあと、後頭部に指先を触れさせた。すると紗恵は気を失ったかのように崩れ落ちた。

悠成「ごめんな、自宅までは運べないんだ」
スッと姿が消える悠成。

悠成(今度こそ、本当にさようならだ)