次の日の放課後、紅白戦前の緊張感で、一年生の表情は硬い。
各々で準備運動をしているところに、一人ずつ声をかけて背中をポンと叩く。
藤丸と目が合った。自信満々に口角を上げる。
あいつは大丈夫だな。
視線を外して、声をかけていない一年生を探す。
「ヒメ先輩! 目が合ったんだから、次はオレじゃないんですか。ずっと待ってたんですよ」
藤丸は文句を言いながら、俺の目の前に立つ。
「お前は怖気付いてなんて、いないだろ」
藤丸は自分の体を抱いて、体を小さくした。わざとらしく震える。
「あー、めっちゃ不安だ」
感情のこもっていない声を上げ、チラチラと視線を投げてくる。
大袈裟に肩を落として、藤丸を見上げた。
「お前が最初に点を入れるんだろ? 決めてこい」
背中をポンと叩く。
「もう一回、お願いします」
催促されてもう一度。
藤丸は晴れやかな顔で笑う。
「本当は一番に声をかけてほしかったですが、みんなより一回多くポンってしてもらったんでいいです。見ててくださいね」
「ああ、がんばれ」
最後にもう一度軽く叩いて、別の一年生のところに向かった。
藤丸が「みんなより二回多い」と騒いでうるさい。緊張感がなさすぎるのも、どうなんだ?
ピィー!
試合開始のホイッスルが、グラウンド全体に響き渡る。前半戦が始まった。
二、三年生からのキックオフ。
一度ボールをMFに下げると、FWが突っ込んだ。
東堂先輩がスペースに入ると、待ち構えていたかのようにそこへパスが通る。
高崎が前方を塞ぐが、カバーが間に合っていない。
東堂先輩は、別のFWにパスを出す。
「二人で当たれ」
ボランチとSBが駆けるが、挟み込む前にパスが出された。そこに走り込んでいた東堂先輩がトラップするとシュート体勢に入る。
高崎が利き足の前に位置取った。
間に合ったと思わせて、後ろにパス。MFが受け取ると、東堂先輩はサイドに駆けた。
MFが出したパスに、東堂先輩は強烈なボレーシュートを叩き込む。
GKの手を弾き飛ばす弾丸ライナーが、ゴールネットに突き刺さった。
二、三年生は東堂先輩に飛びかかって、喜びを分かち合う。
一年生は圧倒的なプレーに、表情をなくした。
無理もない。開始からまだ三分しか経っていないのだから。
味方だと頼もしいけれど、敵になるとこんなにも厄介な存在になるのか。
圧巻のプレーに触発されて、自然と口角が上がる。
「お前らもよく見とけよ」
一緒に座っている一年生に声をかける。目と口を開いて、呆然としていた。
「全員動きが硬い! 先輩だからって遠慮するな!」
高崎が声を張る。
高崎はいつも通りだな。
FWに目を向ける。
藤丸が苦い顔で、東堂先輩を睨みつけていた。
自分が決めると宣言していた、先制ゴールを奪われたんだ。火がついたらしい。
あの負けず嫌いなところは、FWとしての長所だな。
「気持ち切り替えろ! 次は止められるから」
ピッチに向かって、発破をかける。
次は一年生が攻める番だ。
MFがボールをキープして、藤丸が前線を上げる。縦のロングパスを胸でトラップした。
驚異的なボディバランスで、一歩目が早い。
DFの傍をすり抜け、足を振り抜いた。
球速は申し分ないが、コースが甘い。三浦先輩が素早くボールの正面へ動き、ガッチリとキャッチする。
「戻れ! カウンターくるぞ」
口の横に手を添えて、声を張り上げる。
三浦先輩は前方へ大きく蹴り上げた。
一年生は必死に走る。
ボールを持った相手FWに、積極的に当たりにいく。
ホッと息を吐き出した。
一年生の本来のプレーが見られそうだ。
たまらず出したパスを相手のMFが拾うと、すかさず前にロングパスを出す。
そこに走り込むのは東堂先輩と高崎。東堂先輩がボールをキープすると、高崎が前方を塞ぎ、CBとボランチも左右を挟む。
東堂先輩は後ろにパスを出した。
MFが受け取り、逆サイドにパスを通す。
FWが放ったシュートをGKが弾き返した。ボールを拾ったのは相手のMF。
間髪入れずにシュートを打ち、体勢を崩したGKが手を伸ばすが届かない。ゴールネットを揺らした。十分で二点目を失う。
俺はベンチにいる全員を引き連れて、ピッチに入った。
「巻き返すぞ!」
一年生は「はい」と声を上げた。めげてはなさそうだ。
「ヒメ先輩! パス待ってます」
藤丸が手を大きく振る。
「お前は外に出ろ。交代だ」
藤丸は口を尖らせて、不貞腐れたようにベンチに向かった。
試合が再開される。一年生がセンターマークから、後ろにボールを蹴った。それを受け取り、きっちりボールを止める。
「攻めるぞ。上がれ!」
FWが駆けた。大きく蹴り上げる。
FWが足を伸ばし、難なく受け取った。すぐに相手のDFに囲まれて、ボールを奪われる。
くそっ。ぬるいパスじゃ、止められる。
「戻れ!」
相手のDFが前に蹴り上げる。
東堂先輩が受け取ると、空気が張り詰めた。
絶対に行かせない。
東堂先輩の前に飛び出す。
強い相手と向き合い、興奮でゾクゾクと胸が躍る。
でも東堂先輩はこちらに向かってくることはなく、横にパスを出した。
それを相手MFが受け取る。
「え? なんで来ないんですか」
「ヒメとの一対一は魅力的だけど、抜けるか五分五分だからコスパが悪い。さらに追加点をもらうために、おりるに決まってるだろ」
冷静すぎて腹が立つ。
走って追いかけ、東堂先輩へのパスをインターセプト。
FWが前方に走るのを確認して、蹴り上げた。
「あれを取るのか」
「もう点は渡しませんよ」
FWを追いかける。
味方MFがパスを受け取り、逆サイドのFWにパスを出すが読まれていて、パスコースに飛び出した相手DFにボールを奪われた。
ロングパスが東堂先輩に通る。
まずい。
「高崎、任せた!」
DFが二人張り付く前に、東堂先輩はシュートを打った。
高崎が飛び出して、足を伸ばす。ボールは明後日の方向に飛んでいった。
それを相手のFWが走り込んで、ゴールに向かって蹴り飛ばす。
辛くもGKが弾き返した。
こちらのDFがキープして、大きく前方に蹴り上げる。
胸でトラップして、FWが取りやすいパスを回した。
攻めきれずにボールを奪われて、相手のカウンター。
やっぱりこのパスじゃダメだ。
大きく蹴り出されたボールは東堂先輩に渡る。
DFとGKが必死に防ぐが、執拗な攻めに崩されて、三点目を失った。
試合開始から二十分が経つ。交代の時間だ。
「やっとヒメ先輩とやれますね。焦らされて、気合十分です。パス、待ってます」
目をギラギラとさせて、藤丸が笑う。
そこまで言うなら、本気のパスをぶつけてやろうじゃないか。
試合が再開され、ボールを受け取る。FWが前に走り、藤丸へ『ここまで来い』と込めて、ボールを蹴り上げた。
藤丸は追いつけずに、ボールはサイドラインを割る。
藤丸が渋い顔をこちらに向けた。
追いつけるはずだ。お前はその程度じゃないだろ。
視線を外して、スローインに備える。
「東堂先輩に渡るから、ボールが投げられたら後ろから寄れ」
MFに小声で指示を出す。
「わかりました」
奥歯を噛み締めて頷くのを確認して、俺は東堂先輩につく。
俺と東堂先輩の身長差は、二十センチほど。必ずここにくる。
東堂先輩に体を当てる。東堂先輩も俺に寄せた。よろけそうになるのを、必死に踏ん張って耐える。
「ヒメ、お前は囮だろ」
頭上から、ふっと笑いが降ってきた。
「……なんのことでしょう?」
「ヒメが俺に張り付くなんて、それしかない。他のやつにつけば、ヒメを回避したいと思うよな。俺ならヒメ相手でも引けを取らない。このミスマッチを活かしにくるだろうと踏んでるんだろ」
全てバレている。本当に敵になると厄介な先輩だ。
でもバレていてもやることは変わらない。来るところがわかっているのだから、味方と二人で挟み込むだけだ。
ボールが投げられる。案の定、こちらに向かってきた。
MFが走り込んでくる。
東堂先輩がキープした時が、奪うチャンスだ。
だが、東堂先輩はヘディングで軌道をずらして、ボールは相手のMFに渡った。
「だからコスパの悪いことはしないって言ったろ」
「くそっ」
一筋縄じゃいかない。
走る東堂先輩を追いかけた。
どちらも攻めては止められての膠着状態。
藤丸へのパスは、何度試しても通らない。
イライラが蓄積されていく。藤丸も俺への目つきが、徐々に険しくなっていた。
受け取れよ。それとも俺の買い被りすぎか?
妥協して、もっと優しいパスに切り替えるしかないのか。
……いや、藤丸なら絶対に届く。
前半戦は0-3で終了した。
ハーフタイムになり、全員でコートを出る。
水筒に口をつけ、煽るように水を飲んだ。
視線を巡らせると、俯いて肩を落としているGKが目についた。
近付いて「おい」と声をかける。GKはあからさまにビクリと体を跳ねさせた。
「すみません。三点も取られてしまって……」
俺は強めに背中を叩いた。
「いいか、一人で三点失ったわけじゃない。俺たち十七人で失ったんだ。むしろあれだけ攻められて、三点で済んでいるのはお前のおかげだ。後半もその調子で頼むな」
GKは一人しかいない。最後まで頑張ってもらわないと。
GKは「ありがとうございます」と口を引き結んだ。
だが、実際は高崎の功績がでかい。
自分が積極的に守り、DFを動かしてコースを限定させていた。
こういう時、真っ先に声をかけてやりそうなのにどうしたんだ?
高崎を探していると、頭にタオルをかけて座り込んでいた。表情は見えないが、肩が大きく上下している。
怒涛の攻めと慣れない指示出しで、高崎に負荷がかかりすぎた。
「大丈夫か? 飲め」
高崎の水筒を差し出す。
掠れた声で「サンキュー」と言って受け取った。
前半フルで出ていたのはGKと高崎だけ。抜けられるとキツイが、少し休ませたほうがいいな。
「後半開始十分は、高崎を休ませる。その間、俺がボランチに入る」
全員に伝えれば、水を飲み干す勢いで飲んでいた高崎が声を荒げた。
「バカか! 四点取るんだろ? ヒメが下がったら、取れるもんも取れねーだろ。ヒメはDFに『できるよな!』って言えばいいんだよ」
DFに目を向ける。
歯を食いしばって、澄んだ瞳を向けていた。
俺が間違っていた。
「できるよな!」
DFは声を揃えて「はい」と空気を震わせた。
オフェンス陣に目を向ける。
藤丸と視線が交わった。不機嫌な顔を隠そうともせず、こちらに近付いてきた。
「ヒメ先輩はオレにだけ、パスがキツくないですか?」
「俺はお前が届くパスしか出していない。自分の力不足を、俺のせいにするな」
睨み合っていると「ヒメ」と嗜めるように呼ばれる。
三浦先輩が苦笑しながら、こちらに向かってきた。
「お節介かもって思ったんだけどさ。ちゃんと伝えてやったほうがいいんじゃないのか? 藤丸が誤解するだろ」
口を引き結んで、視線を逸らす。
「どういうことですか?」
藤丸が三浦先輩に訊ねた。
「ヒメは藤丸が届くって信用して、キツめのパスを出しているんだ。今まで取りやすかったのは、ヒメが気を使っていたってことだよ」
「そうなんですか?」
チラリと藤丸を見上げる。顔を歪めていた。
「優しいパスじゃ突破できない。俺は取れないパスは出さない。藤丸なら絶対に届く。走れ」
藤丸がヒュッと息を飲み、喉を鳴らす。
「わかりました。必ず期待に応えます」
その瞳は光を帯びていた。
「姫宮先輩」
別のFWに呼ばれて、そちらに目を向ける。
「俺も走れます」
「俺もです」
「ああ、死に物狂いで追いつけ」
円陣を組んで、気合を入れる。
「後半、四点取るぞ!」
「はい!」
全員の声が揃い、空気が震えた。痺れるような熱気に包まれる。
後半戦が始まるのに、三浦先輩はベンチに座ったままで、二年生のGKが立ち上がった。
「三浦先輩は出ないんですか?」
「ああ、俺は前半だけ。一年生だけじゃなく、二年生も出してやりたいだろ。それに、いい選手が揃ってるって一年生にわからせたいしな」
「そうですね」
二年生のGKと目が合う。
「絶対にヒメのこと、止めるから」
「俺じゃねーよ。俺たちが絶対に抜くから」
スタメンだけじゃない。
全員がサッカーが好きだし、負けられないと思っている。
だからこそ、倒したい。
各々で準備運動をしているところに、一人ずつ声をかけて背中をポンと叩く。
藤丸と目が合った。自信満々に口角を上げる。
あいつは大丈夫だな。
視線を外して、声をかけていない一年生を探す。
「ヒメ先輩! 目が合ったんだから、次はオレじゃないんですか。ずっと待ってたんですよ」
藤丸は文句を言いながら、俺の目の前に立つ。
「お前は怖気付いてなんて、いないだろ」
藤丸は自分の体を抱いて、体を小さくした。わざとらしく震える。
「あー、めっちゃ不安だ」
感情のこもっていない声を上げ、チラチラと視線を投げてくる。
大袈裟に肩を落として、藤丸を見上げた。
「お前が最初に点を入れるんだろ? 決めてこい」
背中をポンと叩く。
「もう一回、お願いします」
催促されてもう一度。
藤丸は晴れやかな顔で笑う。
「本当は一番に声をかけてほしかったですが、みんなより一回多くポンってしてもらったんでいいです。見ててくださいね」
「ああ、がんばれ」
最後にもう一度軽く叩いて、別の一年生のところに向かった。
藤丸が「みんなより二回多い」と騒いでうるさい。緊張感がなさすぎるのも、どうなんだ?
ピィー!
試合開始のホイッスルが、グラウンド全体に響き渡る。前半戦が始まった。
二、三年生からのキックオフ。
一度ボールをMFに下げると、FWが突っ込んだ。
東堂先輩がスペースに入ると、待ち構えていたかのようにそこへパスが通る。
高崎が前方を塞ぐが、カバーが間に合っていない。
東堂先輩は、別のFWにパスを出す。
「二人で当たれ」
ボランチとSBが駆けるが、挟み込む前にパスが出された。そこに走り込んでいた東堂先輩がトラップするとシュート体勢に入る。
高崎が利き足の前に位置取った。
間に合ったと思わせて、後ろにパス。MFが受け取ると、東堂先輩はサイドに駆けた。
MFが出したパスに、東堂先輩は強烈なボレーシュートを叩き込む。
GKの手を弾き飛ばす弾丸ライナーが、ゴールネットに突き刺さった。
二、三年生は東堂先輩に飛びかかって、喜びを分かち合う。
一年生は圧倒的なプレーに、表情をなくした。
無理もない。開始からまだ三分しか経っていないのだから。
味方だと頼もしいけれど、敵になるとこんなにも厄介な存在になるのか。
圧巻のプレーに触発されて、自然と口角が上がる。
「お前らもよく見とけよ」
一緒に座っている一年生に声をかける。目と口を開いて、呆然としていた。
「全員動きが硬い! 先輩だからって遠慮するな!」
高崎が声を張る。
高崎はいつも通りだな。
FWに目を向ける。
藤丸が苦い顔で、東堂先輩を睨みつけていた。
自分が決めると宣言していた、先制ゴールを奪われたんだ。火がついたらしい。
あの負けず嫌いなところは、FWとしての長所だな。
「気持ち切り替えろ! 次は止められるから」
ピッチに向かって、発破をかける。
次は一年生が攻める番だ。
MFがボールをキープして、藤丸が前線を上げる。縦のロングパスを胸でトラップした。
驚異的なボディバランスで、一歩目が早い。
DFの傍をすり抜け、足を振り抜いた。
球速は申し分ないが、コースが甘い。三浦先輩が素早くボールの正面へ動き、ガッチリとキャッチする。
「戻れ! カウンターくるぞ」
口の横に手を添えて、声を張り上げる。
三浦先輩は前方へ大きく蹴り上げた。
一年生は必死に走る。
ボールを持った相手FWに、積極的に当たりにいく。
ホッと息を吐き出した。
一年生の本来のプレーが見られそうだ。
たまらず出したパスを相手のMFが拾うと、すかさず前にロングパスを出す。
そこに走り込むのは東堂先輩と高崎。東堂先輩がボールをキープすると、高崎が前方を塞ぎ、CBとボランチも左右を挟む。
東堂先輩は後ろにパスを出した。
MFが受け取り、逆サイドにパスを通す。
FWが放ったシュートをGKが弾き返した。ボールを拾ったのは相手のMF。
間髪入れずにシュートを打ち、体勢を崩したGKが手を伸ばすが届かない。ゴールネットを揺らした。十分で二点目を失う。
俺はベンチにいる全員を引き連れて、ピッチに入った。
「巻き返すぞ!」
一年生は「はい」と声を上げた。めげてはなさそうだ。
「ヒメ先輩! パス待ってます」
藤丸が手を大きく振る。
「お前は外に出ろ。交代だ」
藤丸は口を尖らせて、不貞腐れたようにベンチに向かった。
試合が再開される。一年生がセンターマークから、後ろにボールを蹴った。それを受け取り、きっちりボールを止める。
「攻めるぞ。上がれ!」
FWが駆けた。大きく蹴り上げる。
FWが足を伸ばし、難なく受け取った。すぐに相手のDFに囲まれて、ボールを奪われる。
くそっ。ぬるいパスじゃ、止められる。
「戻れ!」
相手のDFが前に蹴り上げる。
東堂先輩が受け取ると、空気が張り詰めた。
絶対に行かせない。
東堂先輩の前に飛び出す。
強い相手と向き合い、興奮でゾクゾクと胸が躍る。
でも東堂先輩はこちらに向かってくることはなく、横にパスを出した。
それを相手MFが受け取る。
「え? なんで来ないんですか」
「ヒメとの一対一は魅力的だけど、抜けるか五分五分だからコスパが悪い。さらに追加点をもらうために、おりるに決まってるだろ」
冷静すぎて腹が立つ。
走って追いかけ、東堂先輩へのパスをインターセプト。
FWが前方に走るのを確認して、蹴り上げた。
「あれを取るのか」
「もう点は渡しませんよ」
FWを追いかける。
味方MFがパスを受け取り、逆サイドのFWにパスを出すが読まれていて、パスコースに飛び出した相手DFにボールを奪われた。
ロングパスが東堂先輩に通る。
まずい。
「高崎、任せた!」
DFが二人張り付く前に、東堂先輩はシュートを打った。
高崎が飛び出して、足を伸ばす。ボールは明後日の方向に飛んでいった。
それを相手のFWが走り込んで、ゴールに向かって蹴り飛ばす。
辛くもGKが弾き返した。
こちらのDFがキープして、大きく前方に蹴り上げる。
胸でトラップして、FWが取りやすいパスを回した。
攻めきれずにボールを奪われて、相手のカウンター。
やっぱりこのパスじゃダメだ。
大きく蹴り出されたボールは東堂先輩に渡る。
DFとGKが必死に防ぐが、執拗な攻めに崩されて、三点目を失った。
試合開始から二十分が経つ。交代の時間だ。
「やっとヒメ先輩とやれますね。焦らされて、気合十分です。パス、待ってます」
目をギラギラとさせて、藤丸が笑う。
そこまで言うなら、本気のパスをぶつけてやろうじゃないか。
試合が再開され、ボールを受け取る。FWが前に走り、藤丸へ『ここまで来い』と込めて、ボールを蹴り上げた。
藤丸は追いつけずに、ボールはサイドラインを割る。
藤丸が渋い顔をこちらに向けた。
追いつけるはずだ。お前はその程度じゃないだろ。
視線を外して、スローインに備える。
「東堂先輩に渡るから、ボールが投げられたら後ろから寄れ」
MFに小声で指示を出す。
「わかりました」
奥歯を噛み締めて頷くのを確認して、俺は東堂先輩につく。
俺と東堂先輩の身長差は、二十センチほど。必ずここにくる。
東堂先輩に体を当てる。東堂先輩も俺に寄せた。よろけそうになるのを、必死に踏ん張って耐える。
「ヒメ、お前は囮だろ」
頭上から、ふっと笑いが降ってきた。
「……なんのことでしょう?」
「ヒメが俺に張り付くなんて、それしかない。他のやつにつけば、ヒメを回避したいと思うよな。俺ならヒメ相手でも引けを取らない。このミスマッチを活かしにくるだろうと踏んでるんだろ」
全てバレている。本当に敵になると厄介な先輩だ。
でもバレていてもやることは変わらない。来るところがわかっているのだから、味方と二人で挟み込むだけだ。
ボールが投げられる。案の定、こちらに向かってきた。
MFが走り込んでくる。
東堂先輩がキープした時が、奪うチャンスだ。
だが、東堂先輩はヘディングで軌道をずらして、ボールは相手のMFに渡った。
「だからコスパの悪いことはしないって言ったろ」
「くそっ」
一筋縄じゃいかない。
走る東堂先輩を追いかけた。
どちらも攻めては止められての膠着状態。
藤丸へのパスは、何度試しても通らない。
イライラが蓄積されていく。藤丸も俺への目つきが、徐々に険しくなっていた。
受け取れよ。それとも俺の買い被りすぎか?
妥協して、もっと優しいパスに切り替えるしかないのか。
……いや、藤丸なら絶対に届く。
前半戦は0-3で終了した。
ハーフタイムになり、全員でコートを出る。
水筒に口をつけ、煽るように水を飲んだ。
視線を巡らせると、俯いて肩を落としているGKが目についた。
近付いて「おい」と声をかける。GKはあからさまにビクリと体を跳ねさせた。
「すみません。三点も取られてしまって……」
俺は強めに背中を叩いた。
「いいか、一人で三点失ったわけじゃない。俺たち十七人で失ったんだ。むしろあれだけ攻められて、三点で済んでいるのはお前のおかげだ。後半もその調子で頼むな」
GKは一人しかいない。最後まで頑張ってもらわないと。
GKは「ありがとうございます」と口を引き結んだ。
だが、実際は高崎の功績がでかい。
自分が積極的に守り、DFを動かしてコースを限定させていた。
こういう時、真っ先に声をかけてやりそうなのにどうしたんだ?
高崎を探していると、頭にタオルをかけて座り込んでいた。表情は見えないが、肩が大きく上下している。
怒涛の攻めと慣れない指示出しで、高崎に負荷がかかりすぎた。
「大丈夫か? 飲め」
高崎の水筒を差し出す。
掠れた声で「サンキュー」と言って受け取った。
前半フルで出ていたのはGKと高崎だけ。抜けられるとキツイが、少し休ませたほうがいいな。
「後半開始十分は、高崎を休ませる。その間、俺がボランチに入る」
全員に伝えれば、水を飲み干す勢いで飲んでいた高崎が声を荒げた。
「バカか! 四点取るんだろ? ヒメが下がったら、取れるもんも取れねーだろ。ヒメはDFに『できるよな!』って言えばいいんだよ」
DFに目を向ける。
歯を食いしばって、澄んだ瞳を向けていた。
俺が間違っていた。
「できるよな!」
DFは声を揃えて「はい」と空気を震わせた。
オフェンス陣に目を向ける。
藤丸と視線が交わった。不機嫌な顔を隠そうともせず、こちらに近付いてきた。
「ヒメ先輩はオレにだけ、パスがキツくないですか?」
「俺はお前が届くパスしか出していない。自分の力不足を、俺のせいにするな」
睨み合っていると「ヒメ」と嗜めるように呼ばれる。
三浦先輩が苦笑しながら、こちらに向かってきた。
「お節介かもって思ったんだけどさ。ちゃんと伝えてやったほうがいいんじゃないのか? 藤丸が誤解するだろ」
口を引き結んで、視線を逸らす。
「どういうことですか?」
藤丸が三浦先輩に訊ねた。
「ヒメは藤丸が届くって信用して、キツめのパスを出しているんだ。今まで取りやすかったのは、ヒメが気を使っていたってことだよ」
「そうなんですか?」
チラリと藤丸を見上げる。顔を歪めていた。
「優しいパスじゃ突破できない。俺は取れないパスは出さない。藤丸なら絶対に届く。走れ」
藤丸がヒュッと息を飲み、喉を鳴らす。
「わかりました。必ず期待に応えます」
その瞳は光を帯びていた。
「姫宮先輩」
別のFWに呼ばれて、そちらに目を向ける。
「俺も走れます」
「俺もです」
「ああ、死に物狂いで追いつけ」
円陣を組んで、気合を入れる。
「後半、四点取るぞ!」
「はい!」
全員の声が揃い、空気が震えた。痺れるような熱気に包まれる。
後半戦が始まるのに、三浦先輩はベンチに座ったままで、二年生のGKが立ち上がった。
「三浦先輩は出ないんですか?」
「ああ、俺は前半だけ。一年生だけじゃなく、二年生も出してやりたいだろ。それに、いい選手が揃ってるって一年生にわからせたいしな」
「そうですね」
二年生のGKと目が合う。
「絶対にヒメのこと、止めるから」
「俺じゃねーよ。俺たちが絶対に抜くから」
スタメンだけじゃない。
全員がサッカーが好きだし、負けられないと思っている。
だからこそ、倒したい。



