〇伊吹の屋敷・居間
四話ラスト続き。
志乃と伊吹が向かい合っている。
志乃は胸の前で手をぎゅっと握り締めていた。心臓がうるさいほど鳴っている。
一方の伊吹はいつも通り無表情。伊吹は何を考えているのか分からない。
その沈黙が余計に志乃を緊張させる。
志乃(本当に受けてしまった……)
志乃(私で大丈夫なのだろうか)
思い出してさらに顔が赤くなる。
伊吹はそんな志乃を見つめていた。
そして静かに口を開く。
伊吹「……そうだな」
志乃「……っ!」
志乃の肩がぴくりと跳ねる。思わず背筋を伸ばす。
伊吹「まずは挨拶に出向くか」
志乃「あ、挨拶ですか?」
志乃は思わず間の抜けた声が出る。
伊吹は当然のことのように頷いた。
伊吹「あの町に出向くのは不本意だが」
伊吹「嫁にもらうなら挨拶はしないといけないからな」
志乃「……!」
伊吹「嫁にもらうなら筋は通す」
志乃「よ、嫁……!」
その言葉を聞いた瞬間、ぼんっと顔が赤くなる志乃。
〇白峰家・居間 昼
(薫子視点)
白峰家の門前。普段は静かな屋敷の前に、大勢の町人たちが集まっていた。
男も女も険しい顔をしている。
皆、怒りを隠そうともしていなかった。
門の前では珠代が町人たちに囲まれていた。
次々と怒声が飛んでくる。
町人男A「どういうことだ!」
町人男B「離縁印の娘を町の外へ出したんだって!?」
町人男A「よその町で何か起きたらどうする!」
町人男B「あの娘は穢れなんだろう!?」
珠代は慌ててなだめるように、言い返すが聞く耳を持たない。
珠代「お、落ち着いてください」
珠代「もう、うちとは関係ありませんから」
町人男「関係ないで済むか!」
男が一歩前へ出る。珠代が思わず後ずさる。
町人女「この町のことを、よそで変な噂でも建てられたらどうするんだ!」
詰め寄ってきた町人から怒号が飛ぶ。
詰め寄られた珠代の額に汗が浮かぶ。
町人男「連れ戻せ!」
町人女「そうだ!」
その様子を薫子が柱にもたれながら聞いている。
扇で口元を隠し、くすくす笑う。
薫子「寄ってたかってみっともないなあ」
(時間経過)
〇白峰家・玄関
やっと町人たちが帰った後。
珠代は玄関まで来ると、力が抜けたように座り込む。
珠代「はあ、もう……どうしてこんなことに」
珠代「いったいどうしたら……」
両手で頭を抱えてふさぎ込む珠代
薫子が平気そうな顔でやってくる
薫子「何を慌てているの?」
珠代「だって! 町中が騒いでいるのよ!」
薫子「これではっきりしたじゃない」
珠代は「?」と薫子の言う意味が分かっていない。
薫子はしゃがみ込み、珠代と目線を合わせる
薫子「やっぱり、お姉さまはこの町へ戻るべきなのよ」
薫子は口元に手を当てながら、不敵な笑みを浮かべる
薫子「お母さまは、もう責められるのなんていやでしょう?」
珠代「それはそうよ!! もうごめんだよ」
薫子「だったら、お姉さまをまたこの町に戻しましょうよ」
薫子「どうせお姉さまなんて、閉じ込めておけばいいのよ」
薫子「町の奥の古い蔵。まだ残っていたでしょう?」
薫子は立ち上がり、窓の外へ視線を向ける。
薫子「じめッと暗い場所の方が、お姉さまにはお似合いよ」
〇伊吹の屋敷
(志乃視点)
伊吹が部屋の奥で支度をしている。
黒を基調とした退魔役の装束。腰には刀。長い羽織を肩へかける。
その姿は見惚れるほど凛々しい。
志乃は思わず見上げる。
志乃(やっぱり伊吹様は綺麗だな……)
志乃(退魔役の方ってみんなこんなに格好いいのかな)
伊吹は袖を整える。
伊吹「どうした」
志乃「な、なんでもありません」
慌てて視線を逸らす志乃。
伊吹は気にした様子もない。
伊吹「では行ってくる」
その言葉に志乃は顔を上げる。
志乃「私も行きます」
伊吹「……必要ない。あの町へは行きたくないだろう」
伊吹「それに、妹もいるかもしれないんだぞ」
志乃は薫子のことを思い出して、胸がずきっと痛む
志乃「で、でも……私も行きます」
志乃「お母様にも、きちんとお礼を言いたいんです」
※ここで志乃はまだ母・珠代を嫌いきれていない。
むしろ「迷惑をかけた」と思っている。
伊吹「あの家はお前を捨てた」
志乃「それでも、家族だったから」
伊吹「……」
ここで伊吹は不満そう。
志乃(お母様は怒っているかもしれない)
志乃(それでもちゃんとお話ししたい)
伊吹はしばらく黙っている。
志乃がどれほど酷い扱いを受けていたのか。考えて悩むが、悩んだ末に折れる。
伊吹「……好きにしろ」
志乃「はい!」
ぱっと顔を輝かせる志乃。
その笑顔を見て、伊吹は小さく息を吐いた。
狐の妖「だいじょうぶかなあ~」
狸の妖「だいじょうぶかなあ~」
妖たちはそわそわと志乃のことを心配している様子
〇街中・移動
志乃と伊吹をのせた馬車がゆっくりと街道を進んでいく。
窓の外には見慣れた景色。志乃は窓の外を見つめていた。
志乃(そんなに日が経っていないはずなのに……)
志乃(この道を通るのがすごく久しぶりに感じる)
離縁されたあの日。着の身着のまま追い出されたことを思い出す志乃
思わず首元の離縁印へ触れる。
伊吹は向かい側に座っている。
腕を組み、静かに目を閉じている。
志乃(お母様は、怒っているかな)
志乃(ちゃんと話せるといいな)
その時。景色を眺めたくて窓にベタッとくっついていた狸の妖が急に動きを止める。
狸の妖「あれ?」
狐の妖「ん?」
志乃「どうしたの?」
志乃は妖たちの様子がおかしいことに気づいて、顔を上げる。
狐の妖が馬車の窓へ張り付く。
狐の妖「嫌な匂いがする」
狸の妖「するな」
志乃「……嫌な匂い?」
狐たちは町の方角を見つめている。
さっきまで騒いでいた妖たちの顔が珍しく真面目になる。
伊吹「……」
伊吹がゆっくり目を開く。
伊吹「どうした」
志乃「妖たちが嫌な匂いがすると……」
伊吹の表情が少し険しくなる。
伊吹には妖の声が聞こえないが、嫌なにおいを感じ取り、眉をひそめる
伊吹「そうか」
志乃「伊吹様?」
伊吹は窓の外を見る。
何も言わないが、表情は険しい
馬車はそのまま白峰家へ向かって進んでいく。
〇白峰家・同時刻
仁王立ちする薫子と、しゃがみ込んだままの珠代。
薫子は思い出したように、パッと表情を明るくさせる。
薫子「そうそう」
薫子「あの男、挨拶に来るって言っていたのよね」
薫子はふっと笑う。
薫子の脳裏に浮かぶのは伊吹の顔。
薫子「律儀な男だこと」
薫子「わざわざ向こうから来てくれるなんて」
珠代「薫子……」
いつの間にか珠代が立っていた。
思い詰めている様子の珠代は顔色が悪い。
珠代「本当に志乃を、あの蔵に閉じ込める気なの?」
薫子「ええ」
珠代「なにもそこまでしなくても……だってあの蔵は――」
薫子は立ち上がる。すたすたと廊下を歩く。
大きめの窓から外をみる。
その景色の中に、町の外れへ続く細い道と、蔵らしきもののカット
薫子「そうね、あの蔵は……誰も行きたくないわよね」
薫子「まあ、お姉さまには好都合だわ」
その顔にはぞっとするような笑みが浮かんでいた。
薫子「また会えるのが楽しみね、お姉さま」
〇場面転換
白峰家へ向かう志乃のカット。
窓の外を見つめる志乃は、これから待ち受ける運命をまだ知らない。
志乃のカットに、薫子の台詞を載せる
薫子「いったいどんな顔でくるのかしら」
薫子「地獄が待っていると知らずに――」



