不要と×を刻まれた花嫁


〇伊吹の屋敷・朝
二話ラストから数日後。
伊吹家の庭で洗濯物を干す志乃。すっかりここでの暮らしに慣れてきた様子
小さな妖たちに囲まれている
妖たちは布を運んだり、手伝いをしている。
狐の妖「こっち!」
狸の妖「落ちるー!」
狐の妖・狸の妖は志乃のお手伝いをして、猫又の妖は優雅に毛づくろいをしている。
志乃「手伝ってくれるの?」
狸の妖「だって、志乃はやさしいからな。おれ、やさしいにんげんすきだ」
志乃「ふふっ、ありがとう」
志乃(伊吹様の屋敷に来て数日)
志乃(ここでは誰も私にひどい仕打ちをするひともいなければ、気味悪がる人もいない)
志乃(使用人の七重さんも優しいし、妖の子たちはにぎやかでゆかいだ)
庭で転がる妖たちを見つめる志乃
志乃(伊吹様も冷たい人かと思ったけど……)
志乃(心の奥に優しさがある気がする)
志乃は、思い耽った様子で空を見上げて優しい笑みを浮かべる

〇伊吹の屋敷・門前 昼
志乃が洗濯物を干していると、七重が慌てた様子で走ってくる。
七重「し、志乃様。お客様です」
志乃「わ、私にお客ですか?」
志乃(ここにきたことは誰にも言ってない)
志乃(私にお客様なんてくるはずがないのに――)
志乃(いったい誰が……)
七重も焦っているが、志乃本人も、誰が来訪したのか分からず考える
誰がきたのか検討がつかず、不安な顔になる志乃

(時間経過)
七重に言われて、志乃は緊張した面持ちで門前にやってきた
門の前にいたのは薫子。
薫子は上品な着物に身を包み、まるで志乃のことが心配でたまらないといった表情をしている(演技)
薫子「お姉さま……!」
志乃「薫子!?」
志乃「どうしてここがわかったの?」
追い出された志乃は、伊吹の家にいることを誰にも教えていなかった
薫子が突然来たことに驚いている
薫子「探すのに苦労したのよー」
ぎゅっと抱き着く薫子
薫子「もう、あの町からいなくなるなんてえ~」
背中越しに嫌悪感たっぷりの表情をする薫子
ぎりっと志乃の肩に、薫子の爪が食い込む。
ぱっと志乃から離れると、ニコッと笑う薫子

薫子「こんな外ではなんだから、中に入れてもらっても?」
図々しく言う薫子に、志乃は戸惑って頷けない
志乃「えっと……」
志乃「伊吹様に確認しないと」
志乃(そんな、勝手に家の中に入れられない)

志乃が伊吹に確認しようと振り返る。
すると伊吹は門のそばで腕を組みながら二人の様子を見ていた。
薫子を一瞥したあと、静かに口を開く。
伊吹「……ああ、中に入ってもらって構わない」
薫子の視線が伊吹へ向く。
伊吹は無表情で、薫子を吟味するように見下す
伊吹の外見を見た薫子の目が細くなる。
薫子(この人がうわさされてた八雲様……)
薫子(たしかに、見ただけで高貴な方だとうなずける)
じろりと見る伊吹の眼力に、何も言えなくなる薫子は唾を呑む

薫子「……っ」
薫子「初めまして。妹の薫子と申します」
薫子「では、お邪魔いたしますね」
サッと愛想笑いに切り替える薫子
遠慮なく家に入ろうとする

〇伊吹の屋敷・客間
客間に案内された薫子は、きょろきょろと探索するように部屋を見渡す
広々とした和室。白峰家とは比べ物にならない格式が漂う空間。
薫子(大きなお屋敷ね。どうしてここにお姉さまが拾われたのか……)
薫子(全く、なにもかも気に入らないわ)
志乃「……あの、薫子」
お茶をテーブルに置きながら薫子に尋ねる志乃
薫子「なあに?」
志乃「大和様は元気?」
志乃はおずおずと薫子に尋ねる。部屋を探索していた薫子の足が止まる。
薫子「……誰だって? 大和様?」
志乃「うん……」
志乃の真剣な顔を見て、薫子が吹き出す。
薫子「あははっ!」
突然の笑い声に、志乃が目を丸くする。
薫子「どうして私が大和様と仲良くしていることになるの?」
志乃「だって……」
薫子「私、大和様なんて好きじゃないわよ」
志乃「……え?」
薫子「興味もない」
薫子の高笑いを聞いて、志乃の顔から血の気が引く。
薫子は一歩志乃に近づく。
薫子「ねえ、お姉さま。本当に気づいてなかったの?」
志乃「……」
薫子「結婚するように仕向けたのも、離縁するように仕向けたのも」
薫子「全部私よ」
志乃「っ……!」
薫子が楽しそうに笑う。
薫子「だって見たかったんだもの」
薫子の指先が志乃の首元・×とつけられた傷へ伸びる。
離縁印に触れる。志乃がびくりと肩を震わせる。
薫子「これ……この印がついたお姉さまを」
志乃「どうして……」
薫子「決まってるじゃない」
怯えた顔になる志乃。そんな志乃を見た薫子の笑顔がゆっくり歪む。
薫子「お姉さまのその姿が見たかったから。みんなから嫌われて、石を投げられて」
薫子「穢れって呼ばれて……惨めに泣いているお姉さまが見たかったの」
志乃が一歩後ずさる。
志乃は攻撃的な言葉を投げられて、足元がふらつく。
志乃(薫子が離縁するように仕向けた……?)
志乃(だから大和様は突然離縁を申し出たの?)
志乃(いろいろつじつまが合う。だけど、どうして薫子が……)
薫子は周囲を見回す。
手入れされた庭。穏やかな屋敷。
薫子の顔から笑みが消える。
薫子「なのに……!! どうして幸せそうなの?」
薫子「お姉さまは不幸じゃないとダメなのに」
薫子が大きな声を出すので、志乃はびくっと肩が揺れる
薫子「はっ、やめてよ。その顔……。離縁印も首じゃなくて、顔を傷ものにしてもらえばよかった」
ぎりっと奥歯を噛み締めた薫子は、扇子を持って大きく振りかぶる
志乃は思わず目をつむって構えの姿勢を取る。
殴られる――と思われた寸前。
志乃の前に誰かの影が。

伊吹「なにをする」
伊吹は志乃を庇うように、前に出る。
薫子の振り上げた扇子が、伊吹の体に当たる
――バシッッ
大きな音が響く。
薫子「……!!」
志乃が目を開けると、すでに伊吹は薫子に叩かれていた。
伊吹の頬には赤い跡が残っている。
志乃「い、伊吹様!!」
志乃の顔を傷つけたかった薫子は、顔が真っ赤になって悔しそう
薫子「なんでこんな女を庇うのよ!あなたには、離縁印が見えないのですか?」
薫子「これ! 不要になった者の印!!!」
薫子がわざわざ志乃の首元を指さす
伊吹は至って冷静で、取り乱さない。

伊吹「ああ、見えているよ」
薫子「×がついた女は、不要の証!! みんなに穢れとして扱われないといけないのよ!」
ふんと勝ち誇ったように、鼻で笑う薫子。
伊吹「くだらん女だ。たかが×の傷をつけられただけで、そんな汚い言葉を罵るのか?」
志乃「伊吹様……」
自分を庇ってくれる伊吹を、泣きそうな表情で顔を上げる志乃。
伊吹は志乃の肩をぎゅっとつかむ
伊吹「お前は何も悪くない」
志乃「でも……たしかに私には不要の×が刻まれて……」
伊吹は、志乃の首元にある離縁印へ視線を向ける。
伊吹「×がついていようと、不要と言われようと関係ない」
伊吹「志乃、お前は決して不要ではない。俺は君が不要ではないことを証明してやる」
志乃「……え?」
伊吹「これは、離縁印だったな」
伊吹の指先が傷をゆっくり撫でる
志乃の傷跡を見て、ふっと余裕そうに笑う伊吹。
伊吹「ならば、我が妻に貰い受けても問題ないということだ」
伊吹「志乃、君を我妻に貰い受ける」
志乃は驚いた顔で伊吹を見つめる。