不要と×を刻まれた花嫁



「」セリフ
()モノローグ、胸中セリフ



〇町・夕方
ザアアア……。
激しい雨の中、地面に膝をつく志乃。
首元には、生々しい×の印。赤黒くじゅうと疼いている。
周囲の町人たちは、距離を取りながら志乃を見下ろしていた。
町人女「見て……離縁印よ」
町人男「旦那様に捨てられたんだってな」
町人男「近づくな。穢れがうつるぞ」
ヒソヒソと囁かれる声。
町人男「この町から出て行け!!」
石をなげられ首元にあたる。
志乃は俯いたまま、自分の首元を隠すように手で押さえる。
志乃(どうして……どうして、こんなことに……)


――冒頭から数刻前。
〇回想・大和の屋敷・昼
冒頭から数刻前。
縁側に座る志乃。やわらかな風が吹いている。
志乃の視線の先には、子猫くらいの大きさの妖・猫又がいた。
猫又「にやあ!」
志乃にすり寄ってくる猫又。尻尾は二本に割れている
※志乃は妖が寄ってきやすい体質

志乃「ふふっ。だめよ。今日は何も持ってきていないの」
猫又「に、にやあ」※しゅんとする猫又
志乃(私は昔から妖が寄ってきやすい)
志乃(だから周囲から気味悪がられることも多かった)
志乃は遠くを見つめる。
志乃(それでも大和様は、そんな私を妻にしてくださった)
庭で寝転がる猫又の妖を見つめる志乃は、少し寂しそうに微笑む。
志乃(大和様は名家一条家の当主)
志乃(本来なら私には勿体ないお方だ)
志乃(だから私は、少しでも良い妻にならないと……)
志乃の膝の上へ猫又が飛び乗る。
志乃は一瞬驚きながらも、猫又の頭を撫でる

(大和家の使用人視点)
志乃の姿を見つめる使用人たち
志乃に猫又の妖が寄ってくる様子を見て、使用人たちが噂話をしている。
使用人A「奥様、また妖が寄ってきてる」
使用人B「気味が悪いわ」
使用人A「旦那様も困っておられるとか」
ひそひそと話す使用人たち。
そこへ大和がやってくる。無表情で固い表情のまますたすたと歩いてくる

(志乃視点に戻る)
大和「志乃」
志乃「あっ、大和様……!」
大和の姿が見えてさっとすぐに立ち上がる志乃。
身分の違いに遠慮して大和に気を使っている
大和「……何をしていた?」
志乃「かわいい猫さんがいたもので、」
大和「猫?」
志乃「ほら、そこに」
志乃は指差す。指をさしたところには猫又の妖
大和は呆れたようにため息をつく
大和「……野良の妖と接するなと言ってるだろ」
志乃「す、すみません」
大和は不快そうに眉をひそめて志乃を見下す
薫子が遅れてやってきて、大和の腕に絡みつく
志乃「……薫子!? どうしてここに?」
薫子は志乃の妹。なぜか大和の隣に寄り添う
志乃は薫子と大和の距離が近いことを不思議に思う
目の前で起きていることが理解できず顔をしかめる志乃

薫子「大和様~。気味悪がれるお姉さまといつ離縁してくださるのですか?」
薫子「薫子は、いつまで待てばいいの……」
弱々しく涙目(演技)で大和に縋る薫子
志乃「な、なに言ってるの?」
大和「……」
大和「志乃、君を妻にしたのは間違いだったようだな」
志乃「大和様…?」
大和「離縁の儀を決行する」
大和は言い放ったあと、冷酷な瞳で志乃を見下ろす

〇離縁場・夕方
野次馬の人や神官が志乃を取り囲んでいる
そんな中、志乃は両腕を押さえつけられて、身動きが取れない
抵抗しようにも、力では適わず逃げることが出来ない志乃

神官が赤く焼けた印具を持ち上げる。
志乃(この町には、離縁印という風習がある)
志乃(夫に捨てられた女は、離縁の証として首元に×の呪印を刻まれる)
志乃(一度刻まれた印は決して消えない)
志乃(離縁印を持つ女は穢れとして嫌われ、人々は離縁印を持つ女を避け、蔑み、嘲笑う)
志乃(それは不要になった女の証)

その場に居合わせる大和と薫子。二人は並んで志乃を見下している。
薫子「お姉さま……」
薫子は心配してる風の表情をつくる。※すべて演技。

神官「離縁の儀を執り行う」
志乃「ま、待ってください……!
志乃「大和様……! 私に何か至らないことがあれば――」
大和「もういい。貴様は不要になったのだ」
必死にすがりつこうとする志乃に、冷たく言い放つ大和。
薫子は大和に寄り添いながら、志乃を見下ろす。
薫子「大和様ほどのお方ですもの。もっと相応しい方がおりますわ」
志乃、唇を噛み締める。
志乃(大和様は本家のお方。私には不釣り合いのお方と分かってた)
志乃(でも、恥じないよう頑張っていた――)

神官が印具を志乃の首元に押し当てる。
ジューッ!!
志乃「――っああああ!!」
涙を流しながら叫ぶ志乃。
周囲の人々は、哀れみ半分、好奇半分の目で見ている。

◯志乃の実家・夜
時間経過
大和に追い出され、実家に帰ってきた志乃。
雨の中、志乃は荷物の風呂敷を背負い実家へ戻る。
志乃は慎ましく玄関先で正座をして頭を下げる。
志乃「お願いです……」
志乃「少しの間、置いてください……」
顔をあげた志乃。志乃の首元には×印の刻印が。

志乃の母・珠代(以下珠代)「やめておくれ!」
×印の刻印を見た珠代は怯えたように後ずさる。
珠代「離縁印をつけられた娘なんて……」
珠代「不要になった娘が家にいると、ご近所に知られたらどうなると思ってるの!」
志乃「……」

実の母親・珠代にも冷たく言い捨てられ、言葉が出ない志乃
ゆっくりと志乃父・宗一郎が家の奥から歩いてくる
志乃は縋るように希望の眼差しを宗一郎に向ける
志乃「お父様……」
宗一郎「それが不要の証か、みていられないな」
宗一郎「我が家の恥だ」
そんな志乃に宗一郎は冷たく言い放つ。
宗一郎「出ていけ。二度とうちの敷居は跨がせない」
志乃「……っ」

放心状態の志乃、悲しくもバタン!!と門の扉が閉まる。
志乃、小さい荷物を背負って呆然とする
行く当てもなく、放り出された志乃に、雨が容赦なく降り注ぐ。

◯町中・夜
フラフラと歩く志乃。
通行人たちは志乃の離婚印(×)を見て露骨に避けていく。
子供「あいつ×があるぞ! 不要になったやつだ。穢れ女だ!」
子供「不要な奴はこの町から出て行け!」
離婚印が刷り込まれた町で、子供も平気で虐げる。
コツッ。
子供の投げた小石が志乃に当たる。
続けて二つ、三つ。
周りにいる大人は誰一人、注意するものはいない。
志乃は抵抗せず俯く。
首元の×印がじわりと赤黒く疼き始める。
志乃「っ……」
バツ印の傷も、小石が投げられた箇所も、ズキズキと痛む。
町人男「気味悪ぃ……」
町人女「だから離縁されたのよ」
志乃の視界が涙で滲む。

志乃(旦那様には離縁されて……)
志乃(この町では離縁印を持つものは、普通の人として生きていけない)
志乃(この印が捨てられ、不要となった印)
志乃(印がある限り、ずっと蔑まれ、小石を投げられていくんだ)
志乃「それならいっそのこと、もう……消えてしまいたい……」

諦めかけた志乃。その時……
――コツ。静かな足音。(伊吹の足音)
場の空気が変わる。町人たちがざわつく。
町人A「あ、あの制服は退魔役様だ……!」
町人B「どうしてこんなところに……」
町人B「あの紋章は八雲家の紋章じゃないか?」
町人A「八雲家!? おい、道を開けろ!」
志乃、ゆっくり顔を上げる。
そこには長身の男、八雲伊吹の姿が。黒を基調とした退魔役の装束を着ている
胸元には銀糸で縫われた紋。
雨の中でも目を引くその姿に、人々は自然と道を開けていく。
志乃(退魔役……?)
志乃(妖や穢れを祓い、人々を守るお方)
志乃(代々その役目を担う名家もあると聞いたことがある)
志乃(私なんか、一生関わることのない世界の人……)
男は雨の中でも凛として美しい。人を寄せ付けない冷たさを纏っている。
志乃、ゆっくり顔を上げる。
伊吹「弱った女を囲って楽しいか」
伊吹は石を持っていた子供を見る。
伊吹「人に石をなげてはいけないと習わなかったか」
伊吹「愚かな子供だ」
小石を投げていた子供は、ぐっと握りしめ青ざめる。
子供「ひっ……」
さっきまで志乃に暴言を吐いていた町人は、誰も伊吹には言い返せない。
伊吹は志乃へ視線を落とす。
志乃は慌てて首元を隠す。
志乃「見ないで……!」
伊吹はしゃがみ込み、志乃の首にある離縁印の×の傷をそっとなぞる。
志乃、ビクリとする。
伊吹は隠された首元を見る。
赤黒く疼く離縁印。

伊吹「まだ若い娘に、一生残る傷をひどいな」
蔑まれたと思い、きゅっと目をつむる志乃
志乃「……」
伊吹「痛むのか」
志乃、目を見開く。
志乃(もしかして、心配してくださってる?)
志乃(今まで誰一人、そんな言葉をかけてくれなかった)
志乃「え……」
伊吹「立てるか」
志乃「どうして……私は、穢れてるのに……」
風で伊吹の着物が揺れる。
伊吹「行く場所がないなら来い」
志乃「……っ」
伊吹は立ち上がり、志乃へ手を差し出す。
雨が降り止まない中、志乃は震えながら、その手を見つめる。
震えながらゆっくり手を取る志乃
志乃(――初めて差し伸べられた手は、冷たい瞳に反してあたたかかった)