【マンガシナリオ】帝都散花婚姻譚

◯帝都:香坂屋:店舗の前
瑠璃「昨日は、助けてくださってありがとうございました」

芙蓉「いいえ。あなたは、こちらのお店の?」

瑠璃「香坂瑠璃と申します。何か、お召し物をお探しですか?」

芙蓉「袴を……」

瑠璃「袴ですね。ご用意しますわ」

◯香坂屋:店内
和風の内装。取り扱っている商品も和服が多いが、既製品のシャツやブラウスもいくつか置いてある。

瑠璃、番頭(柑本:男)を呼ぶ。
瑠璃「柑本」

柑本、にこやかに笑う。
柑本「いらっしゃいませ。袴をお探しでございますね」

柑本、袴をいくつか出しながら。
柑本「願い事をお持ちでございますか」

芙蓉「えっ?」

柑本、糸目で笑って。「ありのままに抗うということは、願うということです」

芙蓉「私は……」

芙蓉、男性用の着物を着用している自分の身体を見下ろす。

柑本「仰らずとも結構でございますよ。願いは、軽々しく打ち明けるものではございませんから」
「こちらの藍の袴など如何でしょう」

取り急ぎ3枚、仕立てで5枚の袴を購入。

3枚を持ち帰る芙蓉と珠代に、瑠璃がついてくる。(瑠璃、風呂敷で包まれた何かを持っている)

瑠璃「お送りしますわ」

瑠璃、店から離れてもついてくる。

◯帝都の街並み(昼間)
瑠璃「ごめんなさい。口実にさせてくださいな」
「親友の命日なんです」
「最近は体調も良いのだけど、遠くまで外出しないようにと言われているから」

瑠璃の荷物は花束だった。

芙蓉「……では、私がお供を」

瑠璃「まあ!」
「お客様にお供をしていただくなんて、本当はいけないことだけど……」
瑠璃、悪びれずに笑う。

芙蓉、買ったものを珠代に預けて瑠璃に同行する。

◯帝都:河原
さらさらと水の音が静かに響いている。

瑠璃、川辺に花を手向けて手を合わせる。
芙蓉、少し離れたところで神妙な顔をしている。

瑠璃「みちるさん」
「もう、4年も経ったのね」

しゃらん

芙蓉(……鈴の音)

瑠璃「でも……私は、今もあなたを忘れられないわ」
「私は、あなたが大好きだったわ。もう会えないなんて……」

――きらい。

芙蓉、目を見ひらく。

瑠璃「みちるさん……」

――あなたなんて、大嫌い!

瑠璃の手首の組紐が切れる。
川の水がばしゃんと跳ねて、怨霊が現れる。

朧げな姿、10代前半の少女の面差し。

瑠璃、驚いた顔で怨霊を見て。
瑠璃「みちるさん! 私、あなたにもう一度会いたくて、ずっと……!」

――いやよ。

瑠璃「ずっと、あなたに謝りたくて」

怨霊、涙を流して瑠璃を睨む。

瑠璃「私が無理を言ったから、お母様に怒られてしまったのよね」

怨霊、涙を流して叫ぶ。
――ずっと言わなきゃいけなかったの。

芙蓉には声が聞こえる。しかし、瑠璃には呻き声しか聞こえない。

瑠璃「みちるさん……何か、何か言っているの……?」

怨霊、涙を流したまま。
――本当は、ずっと言わなきゃいけなかったの!

怨霊の呻き声。

瑠璃「みちるさん、何を……」

芙蓉「……本当は、ずっと言わなきゃいけなかったの」※怨霊の言葉の通訳

瑠璃「えっ……?」

怨霊、涙を流して叫ぶ。呻き声が響く。

芙蓉「もう会わないって、お別れを言わなきゃいけなかったの」

瑠璃「みちるさん……」

怨霊が泣きながら笑う。

芙蓉「さようなら、」

芙蓉、目を眇める。

芙蓉「さようなら……、大嫌いな瑠璃さん」

瑠璃、表情を強張らせる。
すると、怨霊が笑みを深めて、手を振りかぶって瑠璃に襲いかかる。

芙蓉、川辺に流れ着いていた長めの木の枝を咄嗟に掴む。

氷雨の声のリフレイン『木の棒で怨霊に立ち向かうなど無謀だ』

芙蓉、木の枝をぐっと握りしめる。
そして、怨霊と瑠璃の間に割り込み、木の枝で斬りかかる。

怨霊、苦しげな叫び声をあげて切断される。

芙蓉の頭の中に、粗末な長屋の景色が流れ込む。

◯怨霊(みちる)の記憶
「どうして、どうして言うことが聞けないの!」

母親らしき女が、幼いみちるを何度も平手打ちしている。

母親らしき女「あの女の娘に会わないで! あの女は、私から何もかもを奪ったのよ!」

みちる「ごめんなさい! ごめんなさい、母さん!」

母親らしき女「あんたを産んだら、あのひとを取り戻せると思ったのに……!」

長屋の景色がだんだん曖昧になって、みちるの声が響く。

みちるの声「明日こそ、言うわ。瑠璃さんに。あなたなんか大嫌い、もう会わないって」

◯帝都:河原
景色が河原に戻り、芙蓉の目の前で怨霊が消滅していく。

しゃらん、と鈴の音が響く。
みちるの声「――ちがう。本当は、だいすき」

芙蓉、呼吸を浅くして、木の枝を取り落とす。涙を流して膝から崩れ落ちようとしたところで、上質な外套が翻る。

現れた氷雨が芙蓉を抱き止める。

芙蓉、氷雨の温もりの中で、自分の身体がふるえていることを自覚する。

氷雨、芙蓉を抱きしめる。無表情ではあるものの、芙蓉のふるえる手を握って告げる。
氷雨「――よく、市民を守った」

芙蓉、ぎゅっと目を瞑りながら氷雨の手を握り返す。

氷雨の部下らしき軍服の男たちが瑠璃を保護する。
瑠璃、虚ろな眼差しで立ち尽くしている。

そこへ、智治が現れる。

智治、ひどく焦った様子で。
智治「お嬢様っ。一体何が……!?」

瑠璃、力なく目を瞑りながら呟く。
瑠璃「知っていたのよ……あなたが妹だって」
※みちる生前の、瑠璃とみちるが笑い合うシーン。瑠璃がみちるの髪を櫛で梳いている

目をあけた瑠璃、一歩前へ踏み出して智治と向き合う。
智治、瑠璃へ手を差し出すが瑠璃は応じない。

瑠璃「もう、あなたには甘えない」

智治、瞳を揺らす。

瑠璃「私はあなたと結婚できない」
「結婚できないのに愛してしまったら、悲劇が生まれるわ」

瑠璃、智治に背を向けてひとりで立ち去る。氷雨の部下が瑠璃を追いかけて付き添う。

智治、自分の手を見下ろして立ち尽くす。

氷雨、別の部下に命じる。
氷雨「後は、おまえたちに任せた」

氷雨、芙蓉を抱き上げて車へと向かう。