翌日。朝ごはんを食べていると、ミヤが居間にやって来た。思い出屋さんのことを考えると勉強どころか眠りさえ浅くなってしまった私とは対照的に、ミヤは昨日と変わらずサッパリとした表情だ。……当たり前か。ミヤはロボットなんだし。そもそもロボットには、睡眠が必要ない。
「あれ、おっちゃんは?」
「おばあちゃんと裏の畑に行っているよ。暑くなる前に色々やっておきたいんだって」
「ふぅん。畑があんのか」
私の隣へ腰かけ、布団を取った掘りごたつへズボリと足を入れるミヤ。座って並ぶと、彼は私よりも少し背が低い。と言っても、頭の中身に関しては天と地ほどの差があるだろうな。だって彼は人工知能を搭載しているのだから。
「ねぇ、ミヤはやっぱり勉強が得意だったりする?」
「得意っていうか、俺は『脳がネットと繋がっている』からな。ネットで調べられることなら何でも分かる」
「いいなぁ。じゃあ数学も得意なんだろうね。羨ましいよ」
自分でそう言った時、ピコンとひらめく。
「ミヤさぁ、私に勉強を教えてくれないかな?」
「なんで?」
「私、今年受験なんだけど、どうにも数学が苦手で。一応、参考書があるにはあるんだけど……」
「なるほどね。自分で調べるより、教えてもらった方が早いわな」
私を見ないまま返事をしたミヤは箸を持ち、机上に広がるおかずの一つに手を伸ばす。
朝ごはんは、おばあちゃんが用意してくれた。卵焼きにきんぴらごぼうに、ひじきに味噌汁にと、どれも野菜たっぷりだ。少ししょっぱめで味付けがされているから、朝からご飯が進むったらない。
「しかし参考書があるなら自分で頑張れよ。それにここは山の中とはいえネットが使えるんだろ? 分からない問題は自分で検索して、自分の力で問題を解いたらどうだ。その方が力になるし覚えもいい」
「う……」
返す言葉もない。大きな卵焼きを一気に口に入れたミヤへ「わかった、ごめん」とすぐに謝る。一方、私が口に入れたのはひじき。勉強を断られて落ち込んでいるためか、少しだけ渋みを感じる。
「でも俺から言わせてもらうと、あんたは受験勉強より『やらなきゃいけないこと』がある」
「え、なにそれ?」
ポカンとする私に、揃えた箸を向けるミヤ。その顔はさっきよりも真剣だ。漆黒の瞳が、強く私を捉える。
「あんたがやるべきことは、思い出屋さんの店主になることだ。
昨日おっちゃんから話を聞いたぞ。あんたのじいさん、店主だったんだな」
「うん。実は、そうだったの」
昨晩は、あれから祈春さんと別れてすぐ書斎にこもった。故にミヤと会わずじまいだった。
祈春さん、ミヤにおじいちゃんのことを話してくれたんだ。
私から話す手間が省けてよかった、という思いと、祈春さんと違ってミヤは直接私に言ってくるだろうから言いたくなかった、という二つの思いがせめぎ合う。
「今度はあんたが店主になって、思い出屋さんを継げ。それしか道はない」
「そ、それしかって……」
案の定、ミヤは何度も私に「店主になれ」と言った。私の耳にタコができるほど。
昨夜、視線で私に「店主になってほしい」と懇願した祈春さんと違って、ミヤはこうして直接言葉にすると思っていた。故に私も、そう言われる覚悟はできていた……はずなのに。
それでも私は首を縦に振らなかった。
だって……私には無理だから。
心に傷を負った人を支えることができるのは、心が強い人だけだ。
話を聞く限り、昔のおじいちゃんは心が強そうだった。この家に住んでいたおじいちゃんも同じだ。寡黙だったけど、いつも芯があった。私が困った時は、いつも助けてくれていた。
だけど……私はどうだ。
母と姉から逃げたくて、私は今ここにいる。
助けて欲しくこの町に来た私に、他の人を助けられる器量があるとは思えない。
「だんまりなのもいいけど、俺はあんたがやると信じてるからな。っていうか、あんたがやらないなら、どうして俺がいる未来に『思い出屋さん』が残っているんだ? その説明がつかないだろ」
「それは、確かにそうだけど……」
この時代で誰かが引き継いだからこそ、思い出屋さんは2130年まで続いているんだ。
一体、誰が継いだんだろう。
本当に私だったりするのかな?
……全く想像ができないけど。
「うぅ」と頭を悩ませていると、ミヤが手を合わせる。どうやら食べ終わったらしい。
「ごちそうさま。昨日おっちゃんが言ってたトマトを食べようかと思ってたのに、なかったな」
「あ、さっき畑に行く前に、祈春さんが全部食べちゃったんだよ」
でも今も畑に行ってるから、また収穫してくると思うよ――というも、彼はすっくと立ちあがる。
「いや、俺もう行くわ」
「え、行くってどこに?」
「面接」
「め、面接?」
ビックリな言葉に、目を白黒させる。
面接って、あの面接だよね?
「この近くにコンビニがあるだろ。そこがスタッフ募集してたから行くわ。元の時代に帰れるまでずっとここにいるのも退屈だし、何より動いている方が俺には合ってる。
ってわけで、すぐ帰ってこなかったら採用されてバイトしてるんだって思ってくれ。じゃあな」
「ま、待ってよ!」
私も掘りごたつから足を抜き、ミヤの後を追う。
彼は迷いなく玄関へ向かった。そういえば、着ているのは甚平ではなく昨日初めて会った時と同じサイバ―パンク風の服だ。つまり出かける気マンマン、本当に面接に行く気だ。
「でも昨日の今日で、なんで急に」
ミヤの服を握って、足を止める。振り返ったミヤは、面倒くさそうに……だけど瞳の奥に少しの寂しさを含んで、私を見た。
「やろうと思うことがあるなら先延ばしにしない。それが俺のポリシーだ。もう後悔しないために、俺はずっと、自分でそう決めている」
「ミヤ?」
「……じゃあな」
私が名前を呼ぶと、ミヤはハッとした。私を見ていたのに、その実は見ていなかったって顔だ。
やや気まずい空気を残して、彼は家を出た。壁にかかる時計を見ると、朝の七時。これほど早くに面接をするコンビニがあるなんて……。
「でも確かに、一軒だけあるんだよね。星浮き町のコンビニ」
ミヤは「近くにある」と言ったけど、自転車で30分もかかる。だから滅多に行かないが、周りが山に囲まれたこの地でコンビニなんて珍しい。そこで働こうと思う人は、もっと珍しいけど。
たまに「人以外の客」が来店するらしい。この前は、ウリ坊を引き連れたお母さんイノシシが入ったとか。いつかおばあちゃんが可笑しそうに話してくれた。
「でもミヤなら、イノシシくらい軽くあしらいそう。なんせロボットだし」
そんな呑気なことを思う傍ら「それにしても」と、もう彼のいない玄関を見つめる。
「あの言葉は、どういう意味だったんだろう」
――やろうと思うことがあるなら先延ばしにしない。それが俺のポリシーだ。もう後悔しないために、俺はずっと、自分でそう決めている。
「もう後悔しない」って言葉が気になる。裏を返せば、彼は一度でも後悔したことがある、ってことだ。ポリシーを掲げるほどの、大きな後悔を。
「ミヤは、どういう経緯があって思い出屋さんに行ったんだろう」
祈春さんと同じく、ミヤは思い出屋さんに通うお客さんだ。だからこそ私に「店主になれ」と口が酸っぱくなるほど言ってくる。未来で思い出屋さんがなくなったら困るからだ。
そういえば昨晩、祈春さんは思い出屋さんのことを、こんな風に教えてくれた。
――思い出屋さんに入って行く人は、みんな心に傷を負った人たちだ。
この定義が変わっていなければ、ミヤもなんらかの傷が心にでき、思い出屋さんで癒してもらっていることになる。
「でもロボットに感情ってあるのかな……?」
祈春さんのように、ミヤも大きな傷を抱えているのだろうか。そんな中、時代を越えて過去に来て、翌日には働くために面接に行くなんて……頼もしいの一言に尽きる。
私も負けていられない、と大きく伸びをする。
思い出屋さんの店主……にはなれそうにないから。私の本来の目的を果たそう。たくさん勉強をして、いい大学に入るんだ。
「何のために大学に入るかは、分からないけど」
姉みたいに将来の展望がない私は、何の意味があって勉強するのか自分でも分かっていない。
強いていえば、母に「誰もが知ってる大学に入れ」と言われたから。でも興味のない大学に入るために一生懸命勉強するなんて、世界中探しても私一人のような気がする。
「あ~、やめやめ。頑張らないと。次の模試で良い判定を貰えば、きっと行きたい大学も見つかるはずだよ」
パンパンと頬を叩く。同時に、奥から「戻ったよ~」という祈春さんの声が聞こえた。
足早に居間へ行くと、ナスにオクラ、ピーマンに枝豆、そして大好物のトマトを両手いっぱいに抱えた祈春さんが、顔に泥をつけてほほ笑んでいた。
◇
「えぇっと、早川さん家はっと……」
朝ごはんを食べた後。勉強していた私は、現在。勉強の休憩と称して野菜の入ったビニール袋をぶらさげ、車が一台も通らない広い道路を一人歩いている。
畑で多くの野菜が実ったから「近所の人に配る」と、朝食の時におばあちゃんが言った(トマト大好きな祈春さんは、大量に収穫したトマトをこっそり自分の部屋に隠した。どうやらこれだけは譲れないらしい)。
獲れたての新鮮な方がいいからと、おばあちゃんは外へ行こうとした。でもいくら朝とはいえ、外はもう汗をかくほどの暑さだ。無理はいけない。
代わりに私が「勉強の合間に私が届けるよ」と言い、現在に至るのである。
配る家は二件。
早川さん家と、辻本さん家だ。
「早川、早川……あった、ここだ」
おばあちゃんの家から、目と鼻の先にある大きな一軒家。表札には早川と書かれている。この家で間違いない。
インターホンを鳴らし、人が出てくるのを待つ。その間に、ふと、ひっかかりを覚えた。
「そういえば早川って、どこかで聞いた名前のような。でも、どこだっけ?」
つい最近のような気がするけど――と思っていると、くもりガラスの玄関に人の影が写る。出て来たのは、おばあちゃんと変わらない背丈の、これまた可愛らしいおばあちゃん。「まぁまぁ、ありがとうねぇ」と嬉しそうに野菜を受け取った。
「そうだ、これ。あげるから食べてね」
「はい、ありがとうございます」
おばあちゃんから渡されたのは、一枚一枚個包装されたせんべいだった。それを二つ受け取って、早川さんの家を後にする。
「二枚……どうやって分けようか」
移動中、頭を悩ませる。祈春さんとミヤがせんべいの取り合いをすることは、ないとは思うけど……。でも結局おばあちゃんの分も足りないし。
早川さんも、まさかおばあちゃん家に新たな居住者が増えたとは知らないだろうから二枚渡してくれたんだ。私とおばあちゃんにって。優しい人だな。
「そうだ、書斎に置いておこう。勉強に浸かれた時に、一人でこっそり食べればいいんだ。……ん?」
続いて辻本さんの家に向かっていた時だ。この田舎に不釣り合いな、大きな建物が目に入る。
これは天文台だ。星浮き町は星がキレイな町だから、とびきり大きな望遠鏡がある。それが入っているのが、この天文台というわけだ。
丸みをおびた屋根は宇宙の惑星を現わしているようなモチーフで、この天文台が出来た当時は、遠方から色んな人が駆け付けた。何年も経った今はさすがに勢いは衰えたが、今でもどこかの星好きが、この天文台に足を運んでいるらしい。
そういえば駐車場にチラホラ車が止まっているのを、おばあちゃん家から見たことある。おばあちゃん家から天文台まで、この二つの距離は近いのだ。
「懐かしい。子供の頃は、よく行っていたなぁ」
ちょっと寄ってみようか。辻本さん家は、この天文台を過ぎたところにあるし。
「通り道通り道」と思いながら、駐車場を通り抜ける。だけど肝心なことを忘れていた。
「朝早いから、まだ開いてないかもしれないよね……」
そんなことも忘れるくらい足が遠のいていたことに、少しショックを覚える。
小さい頃、ここに家族四人でよく来た。まだ姉は将来の夢を「お花屋さん」と言い、母も、私と姉にお揃いの服を着させて、純粋に子育てを楽しんでいた時だった。
そんな私たち三人を、父も温かな目で見ていた。あまり介入しない、という意味では今とさほど変わらない気もするが、今の父は私と母が話していても視線さえ送らない。険悪な雰囲気になったらいの一番に撤退し、自室にこもってしまう。昔の父は、今みたいに逃げる人ではなかったし、私たちに関心を持ってくれていた。……今では見る影もないが。
「考えれば考えるほど、うちってバラバラな家族だなぁ……」
ポツリと呟いた時だった。ドアにかけた手が、ピクリと反応する。
「まだ開いていないよ」と。
そう教えてくれた、男の子の一言によって。
「あと一時間後に開くから、それまで待ってね。君、どこから来たの? 時間を潰せる場所はある?」
「え……」
茶色の髪が、夏の風にのってふわりと揺れる。私よりも少し背が高い男の子は、上が白いTシャツ、下が黒いパンツといった格好だ。涼やかな目元と朗らかな笑みが、夏の暑さをはじき返しているような爽やかさを放っている。
その時、ちょうど私の横顔を一筋の汗が流れる。無性に恥ずかしくなって、急いでハンカチを探した。
右のポケット? 左のポケット?
ああもう、全然でてこない……っ。
焦っていると、カシャンと音が響いた。見ると、さっきもらったおせんべいが一つ、地面に落ちている。
夏の朝、野菜の入ったビニール袋を下げ、汗だくでせんべいを持つ女――今の自分を第三者から見ると、限りなく滑稽だ。今すぐここから立ち去りたい……!
恥ずかしくてギュッと目を瞑っていると、足音が聞こえた。次に、カシャと言う音。おそるおそる目を開けると、男の子がせんべいを拾ってくれていた。マジマジをとせんべいを見た後「これって、もしかして」と、次に私を見る。
「わ、私のではなくて、も、もらいもので……。
あの、良ければお一つ、どうぞ!」
男の子が持つ地面に落ちたせんべいと、私が持つせんべいを取り換える。その後は、もう一目散だった。辻本さんの家に行くことなんてスッカリ忘れた私は、転がり込むようにおばあちゃん家に戻った。
「はぁはぁ……っ」
結果的に、せんべいは一つになった。このまま私が一人で食べれば、祈春さんとミヤの間で争いが起きることはない。平和的な解決だ。
だけど……私の心は、全く平和ではなかった。
「は、恥ずかしかった~……」
ズルズルとその場に座り込む。辻本さんの家に配達される予定だった野菜たちの入った袋が、「持って行かないのか」と言いたげに、ガサリと音を立てた。
「あれ、おっちゃんは?」
「おばあちゃんと裏の畑に行っているよ。暑くなる前に色々やっておきたいんだって」
「ふぅん。畑があんのか」
私の隣へ腰かけ、布団を取った掘りごたつへズボリと足を入れるミヤ。座って並ぶと、彼は私よりも少し背が低い。と言っても、頭の中身に関しては天と地ほどの差があるだろうな。だって彼は人工知能を搭載しているのだから。
「ねぇ、ミヤはやっぱり勉強が得意だったりする?」
「得意っていうか、俺は『脳がネットと繋がっている』からな。ネットで調べられることなら何でも分かる」
「いいなぁ。じゃあ数学も得意なんだろうね。羨ましいよ」
自分でそう言った時、ピコンとひらめく。
「ミヤさぁ、私に勉強を教えてくれないかな?」
「なんで?」
「私、今年受験なんだけど、どうにも数学が苦手で。一応、参考書があるにはあるんだけど……」
「なるほどね。自分で調べるより、教えてもらった方が早いわな」
私を見ないまま返事をしたミヤは箸を持ち、机上に広がるおかずの一つに手を伸ばす。
朝ごはんは、おばあちゃんが用意してくれた。卵焼きにきんぴらごぼうに、ひじきに味噌汁にと、どれも野菜たっぷりだ。少ししょっぱめで味付けがされているから、朝からご飯が進むったらない。
「しかし参考書があるなら自分で頑張れよ。それにここは山の中とはいえネットが使えるんだろ? 分からない問題は自分で検索して、自分の力で問題を解いたらどうだ。その方が力になるし覚えもいい」
「う……」
返す言葉もない。大きな卵焼きを一気に口に入れたミヤへ「わかった、ごめん」とすぐに謝る。一方、私が口に入れたのはひじき。勉強を断られて落ち込んでいるためか、少しだけ渋みを感じる。
「でも俺から言わせてもらうと、あんたは受験勉強より『やらなきゃいけないこと』がある」
「え、なにそれ?」
ポカンとする私に、揃えた箸を向けるミヤ。その顔はさっきよりも真剣だ。漆黒の瞳が、強く私を捉える。
「あんたがやるべきことは、思い出屋さんの店主になることだ。
昨日おっちゃんから話を聞いたぞ。あんたのじいさん、店主だったんだな」
「うん。実は、そうだったの」
昨晩は、あれから祈春さんと別れてすぐ書斎にこもった。故にミヤと会わずじまいだった。
祈春さん、ミヤにおじいちゃんのことを話してくれたんだ。
私から話す手間が省けてよかった、という思いと、祈春さんと違ってミヤは直接私に言ってくるだろうから言いたくなかった、という二つの思いがせめぎ合う。
「今度はあんたが店主になって、思い出屋さんを継げ。それしか道はない」
「そ、それしかって……」
案の定、ミヤは何度も私に「店主になれ」と言った。私の耳にタコができるほど。
昨夜、視線で私に「店主になってほしい」と懇願した祈春さんと違って、ミヤはこうして直接言葉にすると思っていた。故に私も、そう言われる覚悟はできていた……はずなのに。
それでも私は首を縦に振らなかった。
だって……私には無理だから。
心に傷を負った人を支えることができるのは、心が強い人だけだ。
話を聞く限り、昔のおじいちゃんは心が強そうだった。この家に住んでいたおじいちゃんも同じだ。寡黙だったけど、いつも芯があった。私が困った時は、いつも助けてくれていた。
だけど……私はどうだ。
母と姉から逃げたくて、私は今ここにいる。
助けて欲しくこの町に来た私に、他の人を助けられる器量があるとは思えない。
「だんまりなのもいいけど、俺はあんたがやると信じてるからな。っていうか、あんたがやらないなら、どうして俺がいる未来に『思い出屋さん』が残っているんだ? その説明がつかないだろ」
「それは、確かにそうだけど……」
この時代で誰かが引き継いだからこそ、思い出屋さんは2130年まで続いているんだ。
一体、誰が継いだんだろう。
本当に私だったりするのかな?
……全く想像ができないけど。
「うぅ」と頭を悩ませていると、ミヤが手を合わせる。どうやら食べ終わったらしい。
「ごちそうさま。昨日おっちゃんが言ってたトマトを食べようかと思ってたのに、なかったな」
「あ、さっき畑に行く前に、祈春さんが全部食べちゃったんだよ」
でも今も畑に行ってるから、また収穫してくると思うよ――というも、彼はすっくと立ちあがる。
「いや、俺もう行くわ」
「え、行くってどこに?」
「面接」
「め、面接?」
ビックリな言葉に、目を白黒させる。
面接って、あの面接だよね?
「この近くにコンビニがあるだろ。そこがスタッフ募集してたから行くわ。元の時代に帰れるまでずっとここにいるのも退屈だし、何より動いている方が俺には合ってる。
ってわけで、すぐ帰ってこなかったら採用されてバイトしてるんだって思ってくれ。じゃあな」
「ま、待ってよ!」
私も掘りごたつから足を抜き、ミヤの後を追う。
彼は迷いなく玄関へ向かった。そういえば、着ているのは甚平ではなく昨日初めて会った時と同じサイバ―パンク風の服だ。つまり出かける気マンマン、本当に面接に行く気だ。
「でも昨日の今日で、なんで急に」
ミヤの服を握って、足を止める。振り返ったミヤは、面倒くさそうに……だけど瞳の奥に少しの寂しさを含んで、私を見た。
「やろうと思うことがあるなら先延ばしにしない。それが俺のポリシーだ。もう後悔しないために、俺はずっと、自分でそう決めている」
「ミヤ?」
「……じゃあな」
私が名前を呼ぶと、ミヤはハッとした。私を見ていたのに、その実は見ていなかったって顔だ。
やや気まずい空気を残して、彼は家を出た。壁にかかる時計を見ると、朝の七時。これほど早くに面接をするコンビニがあるなんて……。
「でも確かに、一軒だけあるんだよね。星浮き町のコンビニ」
ミヤは「近くにある」と言ったけど、自転車で30分もかかる。だから滅多に行かないが、周りが山に囲まれたこの地でコンビニなんて珍しい。そこで働こうと思う人は、もっと珍しいけど。
たまに「人以外の客」が来店するらしい。この前は、ウリ坊を引き連れたお母さんイノシシが入ったとか。いつかおばあちゃんが可笑しそうに話してくれた。
「でもミヤなら、イノシシくらい軽くあしらいそう。なんせロボットだし」
そんな呑気なことを思う傍ら「それにしても」と、もう彼のいない玄関を見つめる。
「あの言葉は、どういう意味だったんだろう」
――やろうと思うことがあるなら先延ばしにしない。それが俺のポリシーだ。もう後悔しないために、俺はずっと、自分でそう決めている。
「もう後悔しない」って言葉が気になる。裏を返せば、彼は一度でも後悔したことがある、ってことだ。ポリシーを掲げるほどの、大きな後悔を。
「ミヤは、どういう経緯があって思い出屋さんに行ったんだろう」
祈春さんと同じく、ミヤは思い出屋さんに通うお客さんだ。だからこそ私に「店主になれ」と口が酸っぱくなるほど言ってくる。未来で思い出屋さんがなくなったら困るからだ。
そういえば昨晩、祈春さんは思い出屋さんのことを、こんな風に教えてくれた。
――思い出屋さんに入って行く人は、みんな心に傷を負った人たちだ。
この定義が変わっていなければ、ミヤもなんらかの傷が心にでき、思い出屋さんで癒してもらっていることになる。
「でもロボットに感情ってあるのかな……?」
祈春さんのように、ミヤも大きな傷を抱えているのだろうか。そんな中、時代を越えて過去に来て、翌日には働くために面接に行くなんて……頼もしいの一言に尽きる。
私も負けていられない、と大きく伸びをする。
思い出屋さんの店主……にはなれそうにないから。私の本来の目的を果たそう。たくさん勉強をして、いい大学に入るんだ。
「何のために大学に入るかは、分からないけど」
姉みたいに将来の展望がない私は、何の意味があって勉強するのか自分でも分かっていない。
強いていえば、母に「誰もが知ってる大学に入れ」と言われたから。でも興味のない大学に入るために一生懸命勉強するなんて、世界中探しても私一人のような気がする。
「あ~、やめやめ。頑張らないと。次の模試で良い判定を貰えば、きっと行きたい大学も見つかるはずだよ」
パンパンと頬を叩く。同時に、奥から「戻ったよ~」という祈春さんの声が聞こえた。
足早に居間へ行くと、ナスにオクラ、ピーマンに枝豆、そして大好物のトマトを両手いっぱいに抱えた祈春さんが、顔に泥をつけてほほ笑んでいた。
◇
「えぇっと、早川さん家はっと……」
朝ごはんを食べた後。勉強していた私は、現在。勉強の休憩と称して野菜の入ったビニール袋をぶらさげ、車が一台も通らない広い道路を一人歩いている。
畑で多くの野菜が実ったから「近所の人に配る」と、朝食の時におばあちゃんが言った(トマト大好きな祈春さんは、大量に収穫したトマトをこっそり自分の部屋に隠した。どうやらこれだけは譲れないらしい)。
獲れたての新鮮な方がいいからと、おばあちゃんは外へ行こうとした。でもいくら朝とはいえ、外はもう汗をかくほどの暑さだ。無理はいけない。
代わりに私が「勉強の合間に私が届けるよ」と言い、現在に至るのである。
配る家は二件。
早川さん家と、辻本さん家だ。
「早川、早川……あった、ここだ」
おばあちゃんの家から、目と鼻の先にある大きな一軒家。表札には早川と書かれている。この家で間違いない。
インターホンを鳴らし、人が出てくるのを待つ。その間に、ふと、ひっかかりを覚えた。
「そういえば早川って、どこかで聞いた名前のような。でも、どこだっけ?」
つい最近のような気がするけど――と思っていると、くもりガラスの玄関に人の影が写る。出て来たのは、おばあちゃんと変わらない背丈の、これまた可愛らしいおばあちゃん。「まぁまぁ、ありがとうねぇ」と嬉しそうに野菜を受け取った。
「そうだ、これ。あげるから食べてね」
「はい、ありがとうございます」
おばあちゃんから渡されたのは、一枚一枚個包装されたせんべいだった。それを二つ受け取って、早川さんの家を後にする。
「二枚……どうやって分けようか」
移動中、頭を悩ませる。祈春さんとミヤがせんべいの取り合いをすることは、ないとは思うけど……。でも結局おばあちゃんの分も足りないし。
早川さんも、まさかおばあちゃん家に新たな居住者が増えたとは知らないだろうから二枚渡してくれたんだ。私とおばあちゃんにって。優しい人だな。
「そうだ、書斎に置いておこう。勉強に浸かれた時に、一人でこっそり食べればいいんだ。……ん?」
続いて辻本さんの家に向かっていた時だ。この田舎に不釣り合いな、大きな建物が目に入る。
これは天文台だ。星浮き町は星がキレイな町だから、とびきり大きな望遠鏡がある。それが入っているのが、この天文台というわけだ。
丸みをおびた屋根は宇宙の惑星を現わしているようなモチーフで、この天文台が出来た当時は、遠方から色んな人が駆け付けた。何年も経った今はさすがに勢いは衰えたが、今でもどこかの星好きが、この天文台に足を運んでいるらしい。
そういえば駐車場にチラホラ車が止まっているのを、おばあちゃん家から見たことある。おばあちゃん家から天文台まで、この二つの距離は近いのだ。
「懐かしい。子供の頃は、よく行っていたなぁ」
ちょっと寄ってみようか。辻本さん家は、この天文台を過ぎたところにあるし。
「通り道通り道」と思いながら、駐車場を通り抜ける。だけど肝心なことを忘れていた。
「朝早いから、まだ開いてないかもしれないよね……」
そんなことも忘れるくらい足が遠のいていたことに、少しショックを覚える。
小さい頃、ここに家族四人でよく来た。まだ姉は将来の夢を「お花屋さん」と言い、母も、私と姉にお揃いの服を着させて、純粋に子育てを楽しんでいた時だった。
そんな私たち三人を、父も温かな目で見ていた。あまり介入しない、という意味では今とさほど変わらない気もするが、今の父は私と母が話していても視線さえ送らない。険悪な雰囲気になったらいの一番に撤退し、自室にこもってしまう。昔の父は、今みたいに逃げる人ではなかったし、私たちに関心を持ってくれていた。……今では見る影もないが。
「考えれば考えるほど、うちってバラバラな家族だなぁ……」
ポツリと呟いた時だった。ドアにかけた手が、ピクリと反応する。
「まだ開いていないよ」と。
そう教えてくれた、男の子の一言によって。
「あと一時間後に開くから、それまで待ってね。君、どこから来たの? 時間を潰せる場所はある?」
「え……」
茶色の髪が、夏の風にのってふわりと揺れる。私よりも少し背が高い男の子は、上が白いTシャツ、下が黒いパンツといった格好だ。涼やかな目元と朗らかな笑みが、夏の暑さをはじき返しているような爽やかさを放っている。
その時、ちょうど私の横顔を一筋の汗が流れる。無性に恥ずかしくなって、急いでハンカチを探した。
右のポケット? 左のポケット?
ああもう、全然でてこない……っ。
焦っていると、カシャンと音が響いた。見ると、さっきもらったおせんべいが一つ、地面に落ちている。
夏の朝、野菜の入ったビニール袋を下げ、汗だくでせんべいを持つ女――今の自分を第三者から見ると、限りなく滑稽だ。今すぐここから立ち去りたい……!
恥ずかしくてギュッと目を瞑っていると、足音が聞こえた。次に、カシャと言う音。おそるおそる目を開けると、男の子がせんべいを拾ってくれていた。マジマジをとせんべいを見た後「これって、もしかして」と、次に私を見る。
「わ、私のではなくて、も、もらいもので……。
あの、良ければお一つ、どうぞ!」
男の子が持つ地面に落ちたせんべいと、私が持つせんべいを取り換える。その後は、もう一目散だった。辻本さんの家に行くことなんてスッカリ忘れた私は、転がり込むようにおばあちゃん家に戻った。
「はぁはぁ……っ」
結果的に、せんべいは一つになった。このまま私が一人で食べれば、祈春さんとミヤの間で争いが起きることはない。平和的な解決だ。
だけど……私の心は、全く平和ではなかった。
「は、恥ずかしかった~……」
ズルズルとその場に座り込む。辻本さんの家に配達される予定だった野菜たちの入った袋が、「持って行かないのか」と言いたげに、ガサリと音を立てた。



