おばあちゃんの就寝時間は驚くほど速い。夜の八時には、もう寝室が暗くなっている。
そんな彼女を起こさまいと、私と祈春さん、そして男の子は、再び居間に集合する。おばちゃんの部屋は二階にあり居間から離れてはいるが、念のため小声で会議を開始する。
なんの会議かというと、状況整理だ。今、私の周りで何が起こっているか。摩訶不思議なことが立て続けに起こっては、気になって勉強どころではない。
「状況を整理すると――二人が探しているのは思い出屋さんで、確かに実在した店だと。だけど思い出屋さんはいきなり姿を消し、町の風景さえも変わってしまった、ということですね?」
私の問いかけに、各々が頷く。男の子の名前はミヤと言うらしい。ミヤは「俺が元いた場所は、こんな田舎じゃない」と納得いかない顔で一言添えた。
「この星浮き町は、昔からずっと田舎だよ。もしかしてあなたがいた場所って、こことは違うんじゃない?」
「いや、ここだ。間違いない」
ミヤは間髪入れずに答えた。一切の迷いがなかった。景色が変わっているのに、どうして断言できるのか?
すると祈春さんが「あれ?」と、何かに気づいて壁に指をさす。そこにあったのはカレンダー。
「今って、2030年?」
「そうですよ。令和12年です」
「れいわ? 明治じゃなくて?」
「明治……?」
祈春さんの答えにポカンとしていると、ミヤも「令和ぁ?」と眉をしかめた。慣れた言い方からして「令和」という言葉を言っているのだろう。対して、祈春さんは全く知らない。だってイントネーションがぐちゃぐちゃだから。
「なんで過去になってるんだよ。令和って言ったら百年も前だぞ」
「ひゃ、百年前⁉」
「俺が生きていた時代は、2130年だ」
「「えぇ⁉」」
私と声を揃えたのは、祈春さんだ。目を白黒させながら……いや、目をグルグル回しながら、両手を使って何やら計算している。
「僕が生きていた時代は明治一年、1868年だから……僕とミヤくんの間には262年も差があるの⁉」
「そういうことだけど、今はそういうことではありません!」
というか祈春さんは1868年!?
もう、何がどうなっているんだか!
私と祈春さんが呆然としていると、ミヤが困ったように頭をワシワシと掻く。
「納得できないけど、これで合点がいったわ。思い出屋さんの現在地はここを指しているのに、どうして景色が全く違うのか。そりゃ百年も経っていたらな……」
「思い出屋さんの現在地はここを指している?、ってどういうこと?
GPSつきのスマホでも持っているのかと思いきや、ミヤは手ぶらだ。それとも百年も経てば、私の知らない発明品が存在するのか。
「あのさ、どうして思い出屋さんの場所が分かったの?」
おずおずと挙手しながら質問すると、ミヤは「あ~」と。私と祈春さんを見て、右へ左へ視線を動かす。次に「ビックリするなよ。特におっちゃん」と、祈春さんへ念押しした。
「おっちゃん呼ばわり」は気にならないのか、祈春さんはコクリと頷く。
「実は俺、ロボットなんだよ。AIは知っているだろ? 人工知能。あれを搭載した人型ロボットだ」
「ろぼっと……?」
再び祈春さんのはちゃめちゃなイントネーションが響いた後。一瞬静まり返った部屋は、再びワッと賑やかになる。私も祈春さんも掘りごたつからズボリと足を抜き、「どういうこと⁉」とミヤに詰め寄った。
「どうもこうもそのまんま。俺はロボットだよ。人の形してるけど、人じゃないってこと」
「つまり、からくり人形ってことかい?」
「そうそう。その証拠に、ほら、心臓も動いてないだろ?」
ペラリと服をめくろうとして……私を一瞥したミヤは「おっちゃん、ほら」と。私から見えない角度で祈春さんへ裸を見せる。そんな彼の体に触れたのか「わ、本当だ。全然ドクドクしてない。脈もないんだね」と、祈春さんは淡々と感想を述べた。
「シワとかシミ、ホクロさえもないから、からくりと言われれば確かにそうだね。へぇ、未来はすごいなぁ」
「あ、どうりで」
初めてミヤを見た時「人間離れした美しさの持ち主」だと思っていたけど、まさか本当に人間じゃなかったなんて。
ビックリしたけど……これでミヤが本当に未来から来たって分かった。だって現代では、こんな正確に人を模倣してロボットを作るなんて不可能だからだ。
それに祈春さんも、ロボットと聞いて「からくり人形」と言い換えるなんて浮世離れしている。ミヤが未来から来た事実がある限り、祈春さんも本当に明治一年から来た可能性が高いってことだ。
とはいえ。どうして時代を越えて二人が現代へやってきたかは謎だけど……。
「一番謎なのは、未来には思い出屋さんがあるのに、どうして令和にはないんだよ」
「確かに……。でも、ないものはないんですよ。思い出屋さんって言葉も初めて聞きましたし。それって一体何をするお店ですか? 本当に笑顔を買うだけ?」
そう尋ねると、ミヤと祈春さんは顔を合わせた。しかし一秒にも満たない間に、すぐに各々が視線を逸らす。どうやら思い出屋さんについて説明してくれる気はないらしい。そんな反応をされては、ますます店がうさん臭く思えてくるってもんだ。
すると祈春さんが、透き通るような茶色の瞳をツイと動かす。クンクンと鼻をヒクつかせながら。
「いくら『お店がない』と言われても、この家はすごく懐かしいんだよね。思い出屋さんの気配を感じるよ」
「えぇ? この家からですか?」
「同感だな。そもそも、俺の中に埋め込まれたGPSが『ここだ』と言っている。この家が思い出屋さんであったことは間違いない」
さっき位置を断言できたのは、自分の中にあるGPSの情報を元にしていたからなんだ――なんて思っていると、ミヤがピッと私を指さす。
「俺たちは思い出屋さんを探す。だからお前は、その手伝いをしてくれ」
「へ?」
目を瞬いていると、祈春さんも「確かに」とパンと手を合わせる。
「もし思い出屋さんを見つけられたら、僕たちは元の時代に帰れるかもしれないしね」
続いて「といっても、焦って帰る理由なんてないんだけど」と、祈春さんは少しの哀愁を漂わせた。肩まである茶色の髪が顔にかかった様が、どことなく切なく見える。
元の時代に帰らなくてもいい理由が、祈春さんにはあるのかな?
祈春さんについてあれやこれや考えていると「というわけで」と。先程に続いて、祈春さんは二回目の手を合わせた。
「やっぱり布団は二つ敷いといて正解だったね。ミヤくん、ご飯はまだ? ここのトマトは美味しいんだよ、まるでフルーツみたいなんだ! いや、からくり人形だから、そも食事は必要ないのか」
「ふん、未来の技術を舐めるなよ。俺はご飯も食べるし風呂にも入る」
バカにされたと思ったミヤが少し不機嫌に答えると、祈春さんが「そうなのっ?」と何故か満開の笑顔を咲かせる。
「じゃあミヤくん、一緒にお風呂入ろうよっ」
「断る」
「え~いいじゃない」
なんか……子供のミヤの方が大人びている。いや、祈春さんが子供っぽ過ぎるというべきか……。
するとミヤが「今日はわざわざご飯を食べなくていいが風呂には入りたい」と言うので、私たちはそれぞれ行動に移すことにした。
「じゃあお二人ともお風呂に入ってください。着替えは、私が用意しておくので。確かおじいちゃんの物があったはず。それでもいいですか?」
というか、それしかないのだけど――と思っていると、二人は「もちろん」と承諾してくれた(ミヤは渋々だけど)。
二人をお風呂へ案内した後。私は、書斎とは別の部屋に向かう。そこにはまだおじいちゃんのタンスが置かれていて、中は手つかずのまま残っている。
「着られればいいよね、何でもね」
タンスから引っ張り出したのは、涼し気な甚平が二着。今の二人の恰好からだと、だいぶラフになるけど……ないよりはマシなはず。手ごろな下着も見つけることが出来、脱衣所に置いておく。本当に二人一緒に入っているらしい。「おっちゃんが入る頃には、俺出るからなー」と。湯銭につかっているためかリラックスした、ミヤの間延びした声が響いた。
「えぇ、一緒に湯船に入ればいいのに」
「窮屈なんだよ、察しろよな」
「つれないなぁ」
コテンパンに言い返されているのに、祈春さんは気にもならないのか、ずっと笑っている。楽しそうだな。
そういえば祈春さんっていい歳だし、結婚しているのかな? そうしたら、子供だっていてもおかしくないよね?
「もし奥さんと子供を残して現代へ来ちゃったなら、心配だろうな」
だけど彼はさっき「焦って帰る理由なんてない」と言っていた。ということは独身だろうか? 昔の人は結婚が早いと聞いていたから、なんか意外だ。
「……って、そうじゃなくて。今日は全然勉強が進まなかったから、今の内に少しでも進めておこう」
すぐ書斎に戻る。襖を閉めようとした時。おじいちゃんの私物に足がひっかかってしまい、雪崩が起きてしまう。あぁ、こういう時に限って。
「……ん?」
書類のタワーを積み直す手が、とある物を見た瞬間にふと止まる。
おじいちゃんが切り抜いた「農家について語られた新聞の記事」だとか、「家で育てた野菜のことが裏に書いてある広告」だとか。そんなものばかりあると思っていたら、急に一冊のノートが出てきた。表紙には「思い出屋さん出納長」と書かれている。
「え、思い出屋さん!?」
汗ばんだ手でパラパラノートをめくると、ひいおじいちゃんから引き継いだ五十年前から、おじいちゃんが思い出屋さんの店主になった旨が書かれていた。出納長は、その日からスタートしている。
【1950年 4月11日
俺が店主になって、一人目のお客さんがやってきた。
2時間かけ、車でやって来たらしい。風の噂で、店のことを聞いたのだとか。
長年飼っていた犬が亡くなったそうだ。家族同然だったと、泣きそうになりながら教えてくれた。
その犬は川が好きだと聞いた。この近くにも川はある。ただこうやって話をするよりかはいいだろうと、お客さんと川まで散歩することにした。
すると川の近所に住む早川さん一家が、子供を連れて遊びに来ていた。
お客さんは子供に誘われ、一緒に川に入った。着替えは……まぁ、散歩しながら帰れば乾くだろう。
子供はお客さんに積極的に話しかけた。するとお客さんは犬について話した。子供はちょうど犬を飼いたかったようで、興味津々に話を聞いた。
『その犬のこと、大好き? また会いたい?』
子供が聞いた。
お客さんは目に涙をためて笑った。「もちろん」と。
それは来店した時からは想像もできないほど、穏やかな笑みだった。】
そのメモの下に、朱色で「取引完了」と書かれていた。
取引完了?
あ、お客さんが「笑った」から?
「笑顔を売るって、こういうこと……?」
すると襖がガタガタと軋みながら開く。どうやら祈春さんの方が、先にお風呂から出て来たらしい。
「俺はもっと浸かるからおっちゃんは先に出ろ、と言われてしまってね」
つまり追い出されたらしい。どうやらミヤは、お風呂を気に入ったようだ。だけど、まさか祈春さんを追い出すとは。でも、これで祈春さんも次から「一緒に入ろう」とは言わないだろう。
苦笑を浮かべていると、祈春さんの目が丸くなる。視線の先には、私が持つノートがあった。
「それ……」
「あ、そう。見つかったんです、出納長。
思い出屋さん、ちゃんとありましたよ!」
興奮しながらズイとノートを見せると、祈春さんは微笑を浮かべた。その際、ポタリと雫が落ちる。
これは涙?
まさか泣いているのだろうか?
だけどそれは風呂上がりの祈春さんが拭き切っていないがために髪から垂れた雫だった。だけど……咄嗟に「涙かも」と思ったのだ。だって祈春さんが、あんまりにも泣きそうな顔で笑うから。
「思い出屋さんのことを、僕の口から話してもいいかい?
といっても、僕の時代の頃の思い出屋さんの話になるけど」
「……はい、お願いします」
おじいちゃんのメモを呼んで、なんとなく思い出屋さんという存在を理解した。だけど、もっと知りたい。きっとあの店は、胡散臭いものではない。
「縁側で話してもいい? 虫の鳴き声は昔と変わらないから、聴いていると落ち着くんだ」
「もちろん」
私が頷き、祈春さんが笑う。そうして二人そろって縁側へ移動した。
そんな彼女を起こさまいと、私と祈春さん、そして男の子は、再び居間に集合する。おばちゃんの部屋は二階にあり居間から離れてはいるが、念のため小声で会議を開始する。
なんの会議かというと、状況整理だ。今、私の周りで何が起こっているか。摩訶不思議なことが立て続けに起こっては、気になって勉強どころではない。
「状況を整理すると――二人が探しているのは思い出屋さんで、確かに実在した店だと。だけど思い出屋さんはいきなり姿を消し、町の風景さえも変わってしまった、ということですね?」
私の問いかけに、各々が頷く。男の子の名前はミヤと言うらしい。ミヤは「俺が元いた場所は、こんな田舎じゃない」と納得いかない顔で一言添えた。
「この星浮き町は、昔からずっと田舎だよ。もしかしてあなたがいた場所って、こことは違うんじゃない?」
「いや、ここだ。間違いない」
ミヤは間髪入れずに答えた。一切の迷いがなかった。景色が変わっているのに、どうして断言できるのか?
すると祈春さんが「あれ?」と、何かに気づいて壁に指をさす。そこにあったのはカレンダー。
「今って、2030年?」
「そうですよ。令和12年です」
「れいわ? 明治じゃなくて?」
「明治……?」
祈春さんの答えにポカンとしていると、ミヤも「令和ぁ?」と眉をしかめた。慣れた言い方からして「令和」という言葉を言っているのだろう。対して、祈春さんは全く知らない。だってイントネーションがぐちゃぐちゃだから。
「なんで過去になってるんだよ。令和って言ったら百年も前だぞ」
「ひゃ、百年前⁉」
「俺が生きていた時代は、2130年だ」
「「えぇ⁉」」
私と声を揃えたのは、祈春さんだ。目を白黒させながら……いや、目をグルグル回しながら、両手を使って何やら計算している。
「僕が生きていた時代は明治一年、1868年だから……僕とミヤくんの間には262年も差があるの⁉」
「そういうことだけど、今はそういうことではありません!」
というか祈春さんは1868年!?
もう、何がどうなっているんだか!
私と祈春さんが呆然としていると、ミヤが困ったように頭をワシワシと掻く。
「納得できないけど、これで合点がいったわ。思い出屋さんの現在地はここを指しているのに、どうして景色が全く違うのか。そりゃ百年も経っていたらな……」
「思い出屋さんの現在地はここを指している?、ってどういうこと?
GPSつきのスマホでも持っているのかと思いきや、ミヤは手ぶらだ。それとも百年も経てば、私の知らない発明品が存在するのか。
「あのさ、どうして思い出屋さんの場所が分かったの?」
おずおずと挙手しながら質問すると、ミヤは「あ~」と。私と祈春さんを見て、右へ左へ視線を動かす。次に「ビックリするなよ。特におっちゃん」と、祈春さんへ念押しした。
「おっちゃん呼ばわり」は気にならないのか、祈春さんはコクリと頷く。
「実は俺、ロボットなんだよ。AIは知っているだろ? 人工知能。あれを搭載した人型ロボットだ」
「ろぼっと……?」
再び祈春さんのはちゃめちゃなイントネーションが響いた後。一瞬静まり返った部屋は、再びワッと賑やかになる。私も祈春さんも掘りごたつからズボリと足を抜き、「どういうこと⁉」とミヤに詰め寄った。
「どうもこうもそのまんま。俺はロボットだよ。人の形してるけど、人じゃないってこと」
「つまり、からくり人形ってことかい?」
「そうそう。その証拠に、ほら、心臓も動いてないだろ?」
ペラリと服をめくろうとして……私を一瞥したミヤは「おっちゃん、ほら」と。私から見えない角度で祈春さんへ裸を見せる。そんな彼の体に触れたのか「わ、本当だ。全然ドクドクしてない。脈もないんだね」と、祈春さんは淡々と感想を述べた。
「シワとかシミ、ホクロさえもないから、からくりと言われれば確かにそうだね。へぇ、未来はすごいなぁ」
「あ、どうりで」
初めてミヤを見た時「人間離れした美しさの持ち主」だと思っていたけど、まさか本当に人間じゃなかったなんて。
ビックリしたけど……これでミヤが本当に未来から来たって分かった。だって現代では、こんな正確に人を模倣してロボットを作るなんて不可能だからだ。
それに祈春さんも、ロボットと聞いて「からくり人形」と言い換えるなんて浮世離れしている。ミヤが未来から来た事実がある限り、祈春さんも本当に明治一年から来た可能性が高いってことだ。
とはいえ。どうして時代を越えて二人が現代へやってきたかは謎だけど……。
「一番謎なのは、未来には思い出屋さんがあるのに、どうして令和にはないんだよ」
「確かに……。でも、ないものはないんですよ。思い出屋さんって言葉も初めて聞きましたし。それって一体何をするお店ですか? 本当に笑顔を買うだけ?」
そう尋ねると、ミヤと祈春さんは顔を合わせた。しかし一秒にも満たない間に、すぐに各々が視線を逸らす。どうやら思い出屋さんについて説明してくれる気はないらしい。そんな反応をされては、ますます店がうさん臭く思えてくるってもんだ。
すると祈春さんが、透き通るような茶色の瞳をツイと動かす。クンクンと鼻をヒクつかせながら。
「いくら『お店がない』と言われても、この家はすごく懐かしいんだよね。思い出屋さんの気配を感じるよ」
「えぇ? この家からですか?」
「同感だな。そもそも、俺の中に埋め込まれたGPSが『ここだ』と言っている。この家が思い出屋さんであったことは間違いない」
さっき位置を断言できたのは、自分の中にあるGPSの情報を元にしていたからなんだ――なんて思っていると、ミヤがピッと私を指さす。
「俺たちは思い出屋さんを探す。だからお前は、その手伝いをしてくれ」
「へ?」
目を瞬いていると、祈春さんも「確かに」とパンと手を合わせる。
「もし思い出屋さんを見つけられたら、僕たちは元の時代に帰れるかもしれないしね」
続いて「といっても、焦って帰る理由なんてないんだけど」と、祈春さんは少しの哀愁を漂わせた。肩まである茶色の髪が顔にかかった様が、どことなく切なく見える。
元の時代に帰らなくてもいい理由が、祈春さんにはあるのかな?
祈春さんについてあれやこれや考えていると「というわけで」と。先程に続いて、祈春さんは二回目の手を合わせた。
「やっぱり布団は二つ敷いといて正解だったね。ミヤくん、ご飯はまだ? ここのトマトは美味しいんだよ、まるでフルーツみたいなんだ! いや、からくり人形だから、そも食事は必要ないのか」
「ふん、未来の技術を舐めるなよ。俺はご飯も食べるし風呂にも入る」
バカにされたと思ったミヤが少し不機嫌に答えると、祈春さんが「そうなのっ?」と何故か満開の笑顔を咲かせる。
「じゃあミヤくん、一緒にお風呂入ろうよっ」
「断る」
「え~いいじゃない」
なんか……子供のミヤの方が大人びている。いや、祈春さんが子供っぽ過ぎるというべきか……。
するとミヤが「今日はわざわざご飯を食べなくていいが風呂には入りたい」と言うので、私たちはそれぞれ行動に移すことにした。
「じゃあお二人ともお風呂に入ってください。着替えは、私が用意しておくので。確かおじいちゃんの物があったはず。それでもいいですか?」
というか、それしかないのだけど――と思っていると、二人は「もちろん」と承諾してくれた(ミヤは渋々だけど)。
二人をお風呂へ案内した後。私は、書斎とは別の部屋に向かう。そこにはまだおじいちゃんのタンスが置かれていて、中は手つかずのまま残っている。
「着られればいいよね、何でもね」
タンスから引っ張り出したのは、涼し気な甚平が二着。今の二人の恰好からだと、だいぶラフになるけど……ないよりはマシなはず。手ごろな下着も見つけることが出来、脱衣所に置いておく。本当に二人一緒に入っているらしい。「おっちゃんが入る頃には、俺出るからなー」と。湯銭につかっているためかリラックスした、ミヤの間延びした声が響いた。
「えぇ、一緒に湯船に入ればいいのに」
「窮屈なんだよ、察しろよな」
「つれないなぁ」
コテンパンに言い返されているのに、祈春さんは気にもならないのか、ずっと笑っている。楽しそうだな。
そういえば祈春さんっていい歳だし、結婚しているのかな? そうしたら、子供だっていてもおかしくないよね?
「もし奥さんと子供を残して現代へ来ちゃったなら、心配だろうな」
だけど彼はさっき「焦って帰る理由なんてない」と言っていた。ということは独身だろうか? 昔の人は結婚が早いと聞いていたから、なんか意外だ。
「……って、そうじゃなくて。今日は全然勉強が進まなかったから、今の内に少しでも進めておこう」
すぐ書斎に戻る。襖を閉めようとした時。おじいちゃんの私物に足がひっかかってしまい、雪崩が起きてしまう。あぁ、こういう時に限って。
「……ん?」
書類のタワーを積み直す手が、とある物を見た瞬間にふと止まる。
おじいちゃんが切り抜いた「農家について語られた新聞の記事」だとか、「家で育てた野菜のことが裏に書いてある広告」だとか。そんなものばかりあると思っていたら、急に一冊のノートが出てきた。表紙には「思い出屋さん出納長」と書かれている。
「え、思い出屋さん!?」
汗ばんだ手でパラパラノートをめくると、ひいおじいちゃんから引き継いだ五十年前から、おじいちゃんが思い出屋さんの店主になった旨が書かれていた。出納長は、その日からスタートしている。
【1950年 4月11日
俺が店主になって、一人目のお客さんがやってきた。
2時間かけ、車でやって来たらしい。風の噂で、店のことを聞いたのだとか。
長年飼っていた犬が亡くなったそうだ。家族同然だったと、泣きそうになりながら教えてくれた。
その犬は川が好きだと聞いた。この近くにも川はある。ただこうやって話をするよりかはいいだろうと、お客さんと川まで散歩することにした。
すると川の近所に住む早川さん一家が、子供を連れて遊びに来ていた。
お客さんは子供に誘われ、一緒に川に入った。着替えは……まぁ、散歩しながら帰れば乾くだろう。
子供はお客さんに積極的に話しかけた。するとお客さんは犬について話した。子供はちょうど犬を飼いたかったようで、興味津々に話を聞いた。
『その犬のこと、大好き? また会いたい?』
子供が聞いた。
お客さんは目に涙をためて笑った。「もちろん」と。
それは来店した時からは想像もできないほど、穏やかな笑みだった。】
そのメモの下に、朱色で「取引完了」と書かれていた。
取引完了?
あ、お客さんが「笑った」から?
「笑顔を売るって、こういうこと……?」
すると襖がガタガタと軋みながら開く。どうやら祈春さんの方が、先にお風呂から出て来たらしい。
「俺はもっと浸かるからおっちゃんは先に出ろ、と言われてしまってね」
つまり追い出されたらしい。どうやらミヤは、お風呂を気に入ったようだ。だけど、まさか祈春さんを追い出すとは。でも、これで祈春さんも次から「一緒に入ろう」とは言わないだろう。
苦笑を浮かべていると、祈春さんの目が丸くなる。視線の先には、私が持つノートがあった。
「それ……」
「あ、そう。見つかったんです、出納長。
思い出屋さん、ちゃんとありましたよ!」
興奮しながらズイとノートを見せると、祈春さんは微笑を浮かべた。その際、ポタリと雫が落ちる。
これは涙?
まさか泣いているのだろうか?
だけどそれは風呂上がりの祈春さんが拭き切っていないがために髪から垂れた雫だった。だけど……咄嗟に「涙かも」と思ったのだ。だって祈春さんが、あんまりにも泣きそうな顔で笑うから。
「思い出屋さんのことを、僕の口から話してもいいかい?
といっても、僕の時代の頃の思い出屋さんの話になるけど」
「……はい、お願いします」
おじいちゃんのメモを呼んで、なんとなく思い出屋さんという存在を理解した。だけど、もっと知りたい。きっとあの店は、胡散臭いものではない。
「縁側で話してもいい? 虫の鳴き声は昔と変わらないから、聴いていると落ち着くんだ」
「もちろん」
私が頷き、祈春さんが笑う。そうして二人そろって縁側へ移動した。



