「いや~、ここのご飯は絶品ですねぇ。特にトマト! 鮮やかな赤色で、傷一つない。それでいてみずみずしくて甘い。まるでフルーツだ」
私とおばあちゃんがおやつを食べた茶の間にて、夕方。見た目三十代のお兄さんが、なぜか一緒に食卓に座っていた。3人で囲んでいるのは、晩御飯。
おばあちゃんは何の不信感も抱かないらしい。「どうぞどうぞ」と一切のストップもかからず、この晩餐会は開かれた。「おかわりありますか?」とお兄さんから催促されたものだから、今は二杯目の白ご飯を器によそっている。
よくもまぁひと様の家にズカズカと上がりこんで、そんな勝手ができるものだ――
お兄さんの図太い神経に呆れて、さっきから私の口は開きっぱなしだ。
そう。彼はズカズカと上がり込んだのだ。
いきなり私の前に姿を見せたお兄さんは、あの後……
『思い出屋さんはなくなった、ということでしょうか?』
『なくなったというか、元々ありません。ここは普通の民家です』
『おかしいな。僕が通っていたのは、確かにここなんだけど』
「通う」というほど思い出屋さんに思い入れがあったのだろうか。いや、そもそも「笑顔を買う」ってなんだ?胡散臭すぎる。
宗教関連に巻き込まれたら大変だと、私は「そういうことで」とガラス障子を閉めようとした。
だけどお兄さんは一筋縄ではいかなかった。
『じゃあ思い出屋さんを見つけるまで、しばらく御厄介になりますね』
『……え?』
言うや否やお兄さんは草履を脱いで、家に上がってしまった。「早く帰ってください」と口酸っぱく言っても聞かず、かといって放置する訳にもいかず。結局、夜になるまで私は勉強どころではなく、お兄さんの後を追う監視役を務めていた……というわけだ。
これに関して「変質者のせいで時間を無駄にしてしまった」と憤慨した私だけど、どうやらこのお兄さんは農業をしていたらしい。故に物凄くおばあちゃんと気が合うのだ。まるで女友達同士で話すかのごとく、農作物トークが広がっている。
ずっとこの状態が続くのだろうか――と呆然としていた時だった。「それで」とおばあちゃんが核心に迫る。
「お兄ちゃんはどこの誰なん?」
突然の言葉だったが、薄茶色の髪をひとまとめにした男性は驚かなかった。むしろ茶色の目を細め、柔らかい笑みを浮かべる。
「僕は、祈春(きはる)といいます。祈る春、と書きます。
この辺りで農業をしていたのですが、おかしいことに景色がサッパリ変わってしまって……。まるで別の世界に来たようなんです。僕が通っていた『思い出屋さん』もなくなっているし」
お兄さん――祈春さんがそこまで言った時。おばあちゃんは箸を置いて瞼を閉じる。「そうか」と何やら感慨深そうだ。
テレビはあるけど、今は電源を切っている。聞こえているのは、外で鳴く虫の声。それと天井に固定された扇風機が、首を振って風を出す音だけ――田舎ならではの音が、私の心へ新鮮に響く。この音に耳を傾けている間は、勉強のことも母や姉のことも忘れられた。癒されるって、きっとこういうことだ。
「宙ちゃん。布団を出すけ、後で手伝ってくれ」
「え、泊めるってこと?」
正直に言うと嫌だ。だって女子高生が、名前しか知らない男性と一緒に暮らすなんて。
顔をしかめて不満を露わにしたが、おばあちゃんは譲らなかった。「頼むな」と言って、若干温度の低い味噌汁をすする。
夏に熱々の味噌汁は飲みたくないだろうと、作った味噌汁を皿に注ぎ、一旦冷蔵庫で冷やすのがおばあちゃん流だ。この暑さのせいでかいた汗。それと共に抜けて行った塩分。おばあちゃんの気遣いで、その二つが無事に回復していく。
といっても胸に残るしこりは消えないが。一緒に暮らすことには納得できない。
「というわけで祈春さん、ゆっくりしていき。自分と、自分の故郷を思い出すまでな」
「……恩に切ります。ありがとう」
祈春さんは布団のない掘りごたつから足を抜き、その場に正座をする。そうしてスッとお辞儀をした。……祈春さんは佇まいがキレイだ。背筋が曲がっていない。現代人みたいにストレートネックでもない。一見すると着物が汚れているから「ウワッ」と思うところ、所作や話し方がキレイだから、マイナスな面が帳消しされる。併せて警戒心も薄らぐ。これは祈春さんの特技だろう。彼は人の懐に入るのが、きっと上手いのだ。
しかも「住まわせて頂けるお礼に、農業を手伝います」なんて彼が言うものだから、おばあちゃんは大喜び。ますます追い出せなくなり、私が折れるしかなくなった。
「ごちそうさま」と食器を持って土間に降り、地続きになっている流し台へ運ぶ。
「おばあちゃん、布団は押し入れに入ってるの?」
「そう。使ってない部屋があるじゃろ? そこに布団が二組あるけ、好きな方を選んでもろうて。部屋も、好きに選んでくれてええから」
古民家のすごい所は、部屋の数が多いところ。私だけでなく祈春さんが来ても、まだまだ部屋は余っている。しかも昔に二階も増築したから、一階二階の部屋数を合わせると、両の手を使ってやっと足りるほど。
「僕も手伝うよ」
「それは……ありがとう、ございます」
どういう距離感で話していいか分からない。同じく食器を流し台へ置いた祈春さんが、警戒心を解くような人懐こい笑みを浮かべている。私はため息ひとつ吐いた後、「こっちです」と再び居間へ上がり、奥の部屋を通って廊下を移動する。そうして虫が鳴く声を聞きながら、二人で縁側を歩いた。もちろん縦並びで。
「あぁ、スズムシか。いい声だなぁ」
「……好きなんですか?」
あまりにも感情を込めて言うものだから、つい尋ねてしまった。すると祈春さんは「好きだね」と、間髪入れないほどの早い返事。
「夏は虫が騒がしくていい。『なき声』をかき消してくれるし、蘇らせてくれるから」
「はぁ……」
かき消してくれるし、蘇らせてくれる?
意味がサッパリ分からない。何かの比喩だろうか?……あぁ「比喩」といえば、昨日解いた現代文は難しかった。どうして論説文なんてあるんだろう。小説文なら、もう少し点が取れるのに――なんて不満を垂れながら、ガラス障子へ視線を送る。すると後ろを歩く祈春さんの顔が、ガラスに反射していた。さっきとは打って変わって、悲しそうな顔だ。
『そんなみょうちきりんな店はありません。ここは普通の家です。笑顔も売っていないので、お帰りください!』
『そうですか……』
あの時と同じ、悲しい顔。
思えば、彼はどうして「笑顔」を買いたいのだろう。だって彼は、ここへ来てもう何度も笑っている。笑顔が服を着ているようなものだ。それなのに、なぜ?
不思議に思っていると、ガラス障子を通して祈春さんと視線が交わる。だけど私と目が合った途端に表情を変えてニコッと笑ったものだから、私はさっき抱いた疑問をさっさと放棄した。
だって、やはり彼は笑っているから。
ともすれば、私よりも。
むしろ笑顔を買わないといけないのは私の方ではないか?と気づかされる。ほじられたくない私の内側を、あの茶色の瞳で覗かれた気がした。
◇
「ふぅ、こんなものですか」
「わぁ、フカフカだね。嬉しいよ、ありがとう」
襖の中に入った布団たちは、それはもうギチギチに詰めてあった。どうやっておばあちゃんが詰め込んだのかと不思議に思うほどだ。
「お風呂前でよかったね。見てよ、汗だくだ」
「本当ですね……」
二人で協力して一組の布団を敷き終わった頃には、最初に抱いていた警戒心がほぼ解けていた。結局私も、あの人懐こい笑顔に絆されてしまったのだ。なんせ大きな布団に苦労する私に「あとは僕がやるから座ってていいよ」とか「こういうのは男の仕事だから」とか「怪我でもしたら大変だし」とか。そんな言葉を掛け続けられたら、どんな警戒心もガラガラと崩れるというものだ。
知らない男性と暮らすのが嫌な女子高生。しかし女の子扱いされるのを喜ぶのも女子高生、だ。
「じゃ、じゃあ一緒に出てきちゃったもう一組の布団を、また襖の中に戻しましょうか」
「そうだね。でも、これは僕がするよ」
いつの間にか、祈春さんは敬語ではなくタメ語で話していた。敬語で話す時よりも、さらに彼の優しさがにじみ出る喋り方だ。
言うなればピュア。全然すれていない感じ。
どうやって生きたら、こんな人柄になれるのだろう。祈春さんみたいな「優しさを滲みだす人」に、私もなりたい。
「そうすれば『お姉ちゃんを僻む』なんてことも、なかったかもしれない」
せっかくお姉ちゃんが帰省するのに、その時期に合わせておばあちゃんの家に来た。姉からすれば「せっかく帰って来たのに」と不満だろう。
私と姉は、決して仲の悪い姉妹ではなかった。むしろよく笑い合う仲良し姉妹だった。
今はただ単に、私が壁を作っているだけだ。夢を叶えようとキラキラ輝く姉が、あまりにも眩しいから。
「おーい、千宙さん?」
「……あ、すみません。ボーッとしてました」
襖に戻す布団を抱えたまま、祈春さんが首を傾げる。一見ひ弱そうに見えるのに、重たい布団を持っても、ものともしないなんて。さすが農業をしているだけある。隠れマッチョだ。
密かに見直していると、バサリと布団を落とす彼。……やはり重たかったのだろうか?
「一緒に持ちましょうか?」
手を伸ばしながら彼に近づいた時だった。
祈春さんは向きを変え、「あれは?」と中庭を指さす。
日が落ちた暗闇。そこにいたのは――
「あんた、誰?」
黒髪をした中学生くらいの男の子。ちょっと吊り上がった目は、私たちを見て不機嫌そうにグニャリと曲がる。
「君、いつ入ってきたの? それに、その服は……」
男の子はサイバーパンク風の服を着ていた。上京したお姉ちゃんが送った写真の中に、こんな格好をした人が写っていたことを思い出す。
ダボダボの長袖と、半ズボン。上下まっ黒の服には黄色の蛍光色のラインが幾筋にも走っていて、まるで稲妻のデザインだ。
だけど目を奪われるのは服だけじゃない。男の子が、あまりにも整っているのだ。肌は陶器のようにスベスベだし、顔や手にはシワ一つないし、色白だし。服装と言い、まるでゲームの中から出てきたみたい。
家の灯りに照らされた男の子をまじまじと観察していると、再び「おい」と声を掛けられる。
そうして私は本日二度目の、あの言葉を聞くことになった。
「思い出屋さんはどこに行った?」
「えぇー……」
さっき食べた味噌汁に入っていたほうれん草のように、グテッとうなだれる。また変質者が増えてしまった……。
そんな私を見た祈春さんが「この布団も、別の部屋に敷いておく?」と、新たな客……いや、新たな住人になるだろう男の子を見ながら、笑顔で私に提案した。
私とおばあちゃんがおやつを食べた茶の間にて、夕方。見た目三十代のお兄さんが、なぜか一緒に食卓に座っていた。3人で囲んでいるのは、晩御飯。
おばあちゃんは何の不信感も抱かないらしい。「どうぞどうぞ」と一切のストップもかからず、この晩餐会は開かれた。「おかわりありますか?」とお兄さんから催促されたものだから、今は二杯目の白ご飯を器によそっている。
よくもまぁひと様の家にズカズカと上がりこんで、そんな勝手ができるものだ――
お兄さんの図太い神経に呆れて、さっきから私の口は開きっぱなしだ。
そう。彼はズカズカと上がり込んだのだ。
いきなり私の前に姿を見せたお兄さんは、あの後……
『思い出屋さんはなくなった、ということでしょうか?』
『なくなったというか、元々ありません。ここは普通の民家です』
『おかしいな。僕が通っていたのは、確かにここなんだけど』
「通う」というほど思い出屋さんに思い入れがあったのだろうか。いや、そもそも「笑顔を買う」ってなんだ?胡散臭すぎる。
宗教関連に巻き込まれたら大変だと、私は「そういうことで」とガラス障子を閉めようとした。
だけどお兄さんは一筋縄ではいかなかった。
『じゃあ思い出屋さんを見つけるまで、しばらく御厄介になりますね』
『……え?』
言うや否やお兄さんは草履を脱いで、家に上がってしまった。「早く帰ってください」と口酸っぱく言っても聞かず、かといって放置する訳にもいかず。結局、夜になるまで私は勉強どころではなく、お兄さんの後を追う監視役を務めていた……というわけだ。
これに関して「変質者のせいで時間を無駄にしてしまった」と憤慨した私だけど、どうやらこのお兄さんは農業をしていたらしい。故に物凄くおばあちゃんと気が合うのだ。まるで女友達同士で話すかのごとく、農作物トークが広がっている。
ずっとこの状態が続くのだろうか――と呆然としていた時だった。「それで」とおばあちゃんが核心に迫る。
「お兄ちゃんはどこの誰なん?」
突然の言葉だったが、薄茶色の髪をひとまとめにした男性は驚かなかった。むしろ茶色の目を細め、柔らかい笑みを浮かべる。
「僕は、祈春(きはる)といいます。祈る春、と書きます。
この辺りで農業をしていたのですが、おかしいことに景色がサッパリ変わってしまって……。まるで別の世界に来たようなんです。僕が通っていた『思い出屋さん』もなくなっているし」
お兄さん――祈春さんがそこまで言った時。おばあちゃんは箸を置いて瞼を閉じる。「そうか」と何やら感慨深そうだ。
テレビはあるけど、今は電源を切っている。聞こえているのは、外で鳴く虫の声。それと天井に固定された扇風機が、首を振って風を出す音だけ――田舎ならではの音が、私の心へ新鮮に響く。この音に耳を傾けている間は、勉強のことも母や姉のことも忘れられた。癒されるって、きっとこういうことだ。
「宙ちゃん。布団を出すけ、後で手伝ってくれ」
「え、泊めるってこと?」
正直に言うと嫌だ。だって女子高生が、名前しか知らない男性と一緒に暮らすなんて。
顔をしかめて不満を露わにしたが、おばあちゃんは譲らなかった。「頼むな」と言って、若干温度の低い味噌汁をすする。
夏に熱々の味噌汁は飲みたくないだろうと、作った味噌汁を皿に注ぎ、一旦冷蔵庫で冷やすのがおばあちゃん流だ。この暑さのせいでかいた汗。それと共に抜けて行った塩分。おばあちゃんの気遣いで、その二つが無事に回復していく。
といっても胸に残るしこりは消えないが。一緒に暮らすことには納得できない。
「というわけで祈春さん、ゆっくりしていき。自分と、自分の故郷を思い出すまでな」
「……恩に切ります。ありがとう」
祈春さんは布団のない掘りごたつから足を抜き、その場に正座をする。そうしてスッとお辞儀をした。……祈春さんは佇まいがキレイだ。背筋が曲がっていない。現代人みたいにストレートネックでもない。一見すると着物が汚れているから「ウワッ」と思うところ、所作や話し方がキレイだから、マイナスな面が帳消しされる。併せて警戒心も薄らぐ。これは祈春さんの特技だろう。彼は人の懐に入るのが、きっと上手いのだ。
しかも「住まわせて頂けるお礼に、農業を手伝います」なんて彼が言うものだから、おばあちゃんは大喜び。ますます追い出せなくなり、私が折れるしかなくなった。
「ごちそうさま」と食器を持って土間に降り、地続きになっている流し台へ運ぶ。
「おばあちゃん、布団は押し入れに入ってるの?」
「そう。使ってない部屋があるじゃろ? そこに布団が二組あるけ、好きな方を選んでもろうて。部屋も、好きに選んでくれてええから」
古民家のすごい所は、部屋の数が多いところ。私だけでなく祈春さんが来ても、まだまだ部屋は余っている。しかも昔に二階も増築したから、一階二階の部屋数を合わせると、両の手を使ってやっと足りるほど。
「僕も手伝うよ」
「それは……ありがとう、ございます」
どういう距離感で話していいか分からない。同じく食器を流し台へ置いた祈春さんが、警戒心を解くような人懐こい笑みを浮かべている。私はため息ひとつ吐いた後、「こっちです」と再び居間へ上がり、奥の部屋を通って廊下を移動する。そうして虫が鳴く声を聞きながら、二人で縁側を歩いた。もちろん縦並びで。
「あぁ、スズムシか。いい声だなぁ」
「……好きなんですか?」
あまりにも感情を込めて言うものだから、つい尋ねてしまった。すると祈春さんは「好きだね」と、間髪入れないほどの早い返事。
「夏は虫が騒がしくていい。『なき声』をかき消してくれるし、蘇らせてくれるから」
「はぁ……」
かき消してくれるし、蘇らせてくれる?
意味がサッパリ分からない。何かの比喩だろうか?……あぁ「比喩」といえば、昨日解いた現代文は難しかった。どうして論説文なんてあるんだろう。小説文なら、もう少し点が取れるのに――なんて不満を垂れながら、ガラス障子へ視線を送る。すると後ろを歩く祈春さんの顔が、ガラスに反射していた。さっきとは打って変わって、悲しそうな顔だ。
『そんなみょうちきりんな店はありません。ここは普通の家です。笑顔も売っていないので、お帰りください!』
『そうですか……』
あの時と同じ、悲しい顔。
思えば、彼はどうして「笑顔」を買いたいのだろう。だって彼は、ここへ来てもう何度も笑っている。笑顔が服を着ているようなものだ。それなのに、なぜ?
不思議に思っていると、ガラス障子を通して祈春さんと視線が交わる。だけど私と目が合った途端に表情を変えてニコッと笑ったものだから、私はさっき抱いた疑問をさっさと放棄した。
だって、やはり彼は笑っているから。
ともすれば、私よりも。
むしろ笑顔を買わないといけないのは私の方ではないか?と気づかされる。ほじられたくない私の内側を、あの茶色の瞳で覗かれた気がした。
◇
「ふぅ、こんなものですか」
「わぁ、フカフカだね。嬉しいよ、ありがとう」
襖の中に入った布団たちは、それはもうギチギチに詰めてあった。どうやっておばあちゃんが詰め込んだのかと不思議に思うほどだ。
「お風呂前でよかったね。見てよ、汗だくだ」
「本当ですね……」
二人で協力して一組の布団を敷き終わった頃には、最初に抱いていた警戒心がほぼ解けていた。結局私も、あの人懐こい笑顔に絆されてしまったのだ。なんせ大きな布団に苦労する私に「あとは僕がやるから座ってていいよ」とか「こういうのは男の仕事だから」とか「怪我でもしたら大変だし」とか。そんな言葉を掛け続けられたら、どんな警戒心もガラガラと崩れるというものだ。
知らない男性と暮らすのが嫌な女子高生。しかし女の子扱いされるのを喜ぶのも女子高生、だ。
「じゃ、じゃあ一緒に出てきちゃったもう一組の布団を、また襖の中に戻しましょうか」
「そうだね。でも、これは僕がするよ」
いつの間にか、祈春さんは敬語ではなくタメ語で話していた。敬語で話す時よりも、さらに彼の優しさがにじみ出る喋り方だ。
言うなればピュア。全然すれていない感じ。
どうやって生きたら、こんな人柄になれるのだろう。祈春さんみたいな「優しさを滲みだす人」に、私もなりたい。
「そうすれば『お姉ちゃんを僻む』なんてことも、なかったかもしれない」
せっかくお姉ちゃんが帰省するのに、その時期に合わせておばあちゃんの家に来た。姉からすれば「せっかく帰って来たのに」と不満だろう。
私と姉は、決して仲の悪い姉妹ではなかった。むしろよく笑い合う仲良し姉妹だった。
今はただ単に、私が壁を作っているだけだ。夢を叶えようとキラキラ輝く姉が、あまりにも眩しいから。
「おーい、千宙さん?」
「……あ、すみません。ボーッとしてました」
襖に戻す布団を抱えたまま、祈春さんが首を傾げる。一見ひ弱そうに見えるのに、重たい布団を持っても、ものともしないなんて。さすが農業をしているだけある。隠れマッチョだ。
密かに見直していると、バサリと布団を落とす彼。……やはり重たかったのだろうか?
「一緒に持ちましょうか?」
手を伸ばしながら彼に近づいた時だった。
祈春さんは向きを変え、「あれは?」と中庭を指さす。
日が落ちた暗闇。そこにいたのは――
「あんた、誰?」
黒髪をした中学生くらいの男の子。ちょっと吊り上がった目は、私たちを見て不機嫌そうにグニャリと曲がる。
「君、いつ入ってきたの? それに、その服は……」
男の子はサイバーパンク風の服を着ていた。上京したお姉ちゃんが送った写真の中に、こんな格好をした人が写っていたことを思い出す。
ダボダボの長袖と、半ズボン。上下まっ黒の服には黄色の蛍光色のラインが幾筋にも走っていて、まるで稲妻のデザインだ。
だけど目を奪われるのは服だけじゃない。男の子が、あまりにも整っているのだ。肌は陶器のようにスベスベだし、顔や手にはシワ一つないし、色白だし。服装と言い、まるでゲームの中から出てきたみたい。
家の灯りに照らされた男の子をまじまじと観察していると、再び「おい」と声を掛けられる。
そうして私は本日二度目の、あの言葉を聞くことになった。
「思い出屋さんはどこに行った?」
「えぇー……」
さっき食べた味噌汁に入っていたほうれん草のように、グテッとうなだれる。また変質者が増えてしまった……。
そんな私を見た祈春さんが「この布団も、別の部屋に敷いておく?」と、新たな客……いや、新たな住人になるだろう男の子を見ながら、笑顔で私に提案した。



