星浮く町の思い出屋さん―ちぐはぐな三人の記憶さがし―

 陽気な店長に出迎えられ、私は固まる。
 目の前の異様な光景は、一体――

 庭の中央にドンと構えてあるのは焼肉セットだ。大型のバーベキューコンロが二セット、既に色とりどりの野菜と肉を乗せてジュワジュワと音をたてている。その周りに集まるのは姉と祈春さん、父とミヤで、なぜか勢ぞろいしている。匂いにつられたのか、母とおばあちゃんも出て来た。よく分からない状況で全員集合してしまう。

「今日はバーベキューをする予定だったの?」

 楽しそうな雰囲気に笑みを浮かべた恒太郎だけど、私はポカンだ。もちろん寝耳に水の話だった。
 そこへ店長が、ポンと大きな音を鳴らす。見ると、ビール瓶の王冠を栓抜きで力いっぱい抜いていた。

「いや~祈春さんってば、『飲みましょう』って言ったのに店に来てくれなかったからさぁ。ならいっそお邪魔しちゃおうって思ったわけよ。ってことで、ちょっと庭かりるからな! その代わりいっぱい飲んで食べて! ほら祈春さん!」
「わ、ありがとうっ」

 案外にもノリノリで祈春さんは店長からお酒をもらった。
 網の上の肉たちが放ったらかしになるのを見たおばあちゃんが「恒太郎くん」とトングを渡す。ご近所さんで顔見知りの恒太郎は「よしっ」と、さっそく焦げ目のついたピーマンをひっくり返した。
 それを見るのは、私たち家族四人。さっきのケンカがあって気まずいが、それを上回るくすぐったさが湧く。この空気をどうしようか……と思っていると、「ほら」と。開口一番、父が私に皿を渡した。

「千宙、すまなかった。今まで何もしなくて。これからはお前の夢を応援する」

 すると今度は姉が、私に紙コップを渡す。

「私ね、知ってると思うけど、千宙がかわいいの。だからってわけじゃないんだけど……ごめん、過保護にしすぎたね。夢が見つかってよかったね。おめでとう、千宙」

 最後にお母さん。いつ持ったか分からない割り箸を、おずおず私に差し出した。

「さっきはあなたの考えを蔑ろにして悪かったわ。だけど一つだけ聞かせて。
 ちゃんと理由があって、将来の夢を見つけたのよね?」
「うん。悩んでいる人が笑う瞬間を見ると嬉しくなるの。やりがいを感じるんだ、とても」

 迷いなく言うと、母はビックリしていた。「しっかりしたわね」と両目を伏せる。

「じゃあ進みなさい、あなたの夢に向かって。お母さんは応援するから」
「ありがとう。……あのね、お母さん」
「なに?」

 母がまっすぐ私を見つめる。思えば、こうして目を合わせて会話するのも久しぶりだ。

「悩んでいる人に笑顔になってほしいのはもちろんだけど、私はお母さんにも笑ってほしいと思ってるからね」
「千宙……」
「それと、さっきメモで見せた大学は、五つとも家から通える大学なんだ。私が、そう決めたの」
「!」

 姉でお金がたくさん必要な分、私は家から通える大学に行こうと思った。二人とも一人暮らしするとなると、やっぱり大変だろうから。だけど他にも理由はある。

「私ね、この星浮き町が好きになったの。だから将来はこの近くで働けるように、大学の間はお金を貯める。大学を卒業したら家を出るよ」

 私は受験生であると共に、思い出屋さんの店主だ。だからこそ、思い出屋さんに馴染みのあるこの町を離れたくない。祈春さんとミヤ、恒太郎、そして私の夢と出会えた、大事な心の故郷だ。

「だからあと少しの間、実家でよろしくお願いします」
「……うん、わかったわ」

 母は、くるりと背を向けた。顔の近くに手をやったから泣いているのかもしれない。父が母へ「ハンカチいるか?」とぶっきらぼうに尋ね、母は素直に受け取った。そんな二人を見て、私と姉は顔を突き合わせて笑う。
 ささやかだけど幸せな、久しぶりの家族団欒だった。

 夕日が落ちつつある。それに合わせてヒグラシが鳴き始めた。
 だけど店長も負けていなかった。「みんなコップは持ったか?」と、ほとんど初対面の皆へ臆することなく乾杯の音頭をとる。

「これからも楽しく生きていけますように、カンパーイ!」

 唐突な言葉に笑みをこぼしながら、各々が「乾杯」とコップを高く掲げた。
 おばあちゃんはお姉ちゃんに「大学はどうじゃ?」と聞いている。両親は相変わらずだ。言葉少なだが、父が肉を焼き、それを母にあげていた。恒太郎は、見舞いに行ったお母さんから電話があったようで「大丈夫そうなんだ、よかった」と安堵の息を零している。
 そんな皆を見回した後。私は、今回の功労者である祈春さんとミヤへ近づく。

「今日はありがとう。私、夢を目指して頑張れそうだよ」

 祈春さんは「よかった」と、既に赤くなった顔を更に緩ませた。ミヤはフンと鼻を鳴らす。

「当たり前だろ。思い出屋さんの店主になったやつが、ちょっとやそっとのことで後ろ向きになってもらっちゃ困る」
「うん、思い出屋さんは、心に傷を負った人を迎える場所だもんね」

 店主たるもの強くあらねばならない。私も強くなろう。歴代の店主のように――
 そう思っていると「でも」とミヤ。

「俺たちは、あんたに笑顔をもらった。前向きになれた。だから今度は俺たちがあんたを支えるよ。どうやら、まだ元の時代に帰れそうにないし、それに……」
「それに?」

 ミヤは口をヒクつかせて、気まずそうに私を見る。

「まだ金を払っていない。笑顔をもらった対価に払う金だ」
「……あ」

 そういえば思い出屋さんは慈善事業じゃなく「商売」だった。確かに私、二人から何ももらってないや。

「でも二人からは、お金以上の価値ある物をもらったよ。家族と一対一で話してくれてありがとう。おかげで絆を取り戻せたよ。はりぼてじゃない、本物の家族を再生できた」
「そんなのお安い御用だよ。僕こそ、かけがえのない物を貰えたからね」

 祈春さんは懐から、スッとポストカードを取り出した。いつどんな時も身につける彼の行動は「小夜さんと片時も離れたくない」という気持ちを表しているようだった。

「祈春さんにミヤ、もしまた悲しくなった私に話してください。もちろん、私も話します。二人が元の時代に帰るまで、そうして支え合っていけたらいいなって思うから」

 二人は頷いて「そうだね」と言ってくれた。思えば、二人が現れてくれなければ、私は星浮き町で何も成し得なかった気がする。
 祈春さんやミヤが、私に道標を示してくれた。彼らの弱い部分に触れさせてもらったからこそ、かけがえのない夢を見つけられたんだ。

「そういえば俺、思い出したんだけどさ」

 祈春さんは大人組へ混ざり、再び酒を嗜んでいる。一方のミヤは、紙コップをゆらゆら揺らしながら話した。

「思い出屋さんの歴代の店主の名前が載った帳面が、未来にあるんだよ。そこで『ある代の店主の夫婦』が面白い名前でな。星に関係ある、壮大な名前なんだ」

 言いながら、ミヤはツイと恒太郎を見る。次に、私。……ん?
 そういや私と恒太郎の名前って、星に関する名前じゃなかった?宇宙の「宙」に、恒星の「恒」。

「え、えぇっ?」

 さっきミヤが言った「夫婦」という言葉を思い出して、ボボと顔が熱くなる。
 ま、まさか。まさかだよね……?

 一気に顔に熱を帯びる私を見て、ニヤニヤするミヤ。そこへ何も知らない恒太郎が来てしまう。

「千宙~、お肉いる? 柔らかくて美味しいよ!
 あれ、顔が赤いけど日に焼けた?」
「な、ななな、なんでもないっ」

 素早くお肉を受け取って、口に含む。これで口がにやけることはない、一安心だ。
 だけどミヤが「おやおや」なんて私たちを見つめるものだから、もう心の中は大暴れ。
 どう言い逃れようか焦っていると、思わぬ助っ人が現れた。

「わ、ミヤくんだっ」
「音羽……⁉」

 偶然に道を通りかかった音羽ちゃんが、ミヤに向かって一直線にやってきた。形勢逆転、今度はミヤが顔を赤くする番になる。

「私も一緒にいていいっ?」
「す、好きなだけいればいいだろ」
「ありがとう!」

 可愛らしい二人をみて、皆の顔がゆるりと綻ぶ。恥ずかしくなったミヤが「見るなよ!」と声を荒げたものだから、今度こそ笑ってしまった。
 賑やかな声が空高く響き渡る。頭上では一番星がキラリと光り、一致団結した私たちの未来を明るく照らした。

「思い出屋さんの出納帳に記録しよう。
 今日のこと、私のことを」

 そうして受け継いでいくんだ。
 今日もどこかで傷つく、誰かのために。

【 完 】