星浮く町の思い出屋さん―ちぐはぐな三人の記憶さがし―

 ミヤを挟んで、私と祈春さんが並ぶ。思えば、三人揃って縁側に座るのは初めてのことだった。嬉しいけど、まさか、こんな重苦しい雰囲気になるなんて。

「熱中症で倒れたばあさんがいただろ。その孫が、後から来ただろ? 名前を音羽(とわ)って言うんだけど。その子から…………」
「好きって言われた?」

 さっそく正解を言われたのか、ミヤは「ぐ」と唸る。眉間にシワが寄り、目も鋭くキッと細くなっている。その表情を見る限り、「好意を寄せられて嬉しそう」ではない。

「俺はこの時代の人間じゃないし、そもそも……ロボットだぞ。そんな俺を好きになったって仕方ないだろ」

 剣のある顔の割に、ミヤの口から発せられた声は小さく、どこか弱々しいものだった。祈春さんも気づいたのか、ミヤを挟んで私と目を合わせる。その顔には微笑みが浮かんでいるが、なぜ笑うのか分からない私は小首を傾げる。

「さっきのミヤくんの『応えられない理由』を聞く限り、環境のせい『だけ』で好意を退けようとしている。でも大事なのは、君自身の気持ちだと思うよ」
「……」

 確かに、さっきの説明に「ミヤの気持ち」は入っていなかった。ミヤは音羽ちゃんのことを、どう思っているんだろう?

「俺は……いや、無理だろ。釣り合わない。音羽が可哀想なだけだ。
 だから断りたい。すごく熱心に、何回も伝えてくれるから……。傷つけずに断る方法がほしいんだ」
「ミヤ……」

 ただのロボットだと言うなら、なぜこれほど悩むのだろうか。相手のことを考えて、寄り添ってあげて……。私は、ミヤがロボットのようで、実はもうすごく人間に近いものじゃないかと思ってしまう。
 だけど祈春さんは「君がそういうなら」と、さっきとはうって変わって真剣な眼差しで、ジッとミヤを見る。

「残念ながら傷つけない方法はないよ。君が『無理だ』と思う理由を、包み隠さず話すことだ。それが誠意であり、ある意味、優しさなんだよ」

 確かにさっきのお客さん――佐々木さんも「別れる理由をはっきり言って欲しかった」と言っていた。嘘は、その場が丸く収まるかもしれないが、相手にはずっと心の傷として残るかもしれない。
 だからこそハッキリ伝える。嘘偽りなく、自分の気持ちを曝け出す。それが振る側から相手にしてあげられる、唯一のことだ。

「……わかった」

 ミヤはもっと何か言うかと思えば、あっさりと頷いた。いつか私に教えてくれた「やろうと思うことがあるなら先延ばしにしない」というポリシーを思い出したのだろうか。もうミヤは、覚悟を決めた顔をしていた。そんな彼の肩へ、祈春さんが優しく手を置く。その時、ちょうどおばあちゃんが「ご飯できたよ」と声をかけてくれる。私たち三人は心に重たい石を詰めたような、そんな悶々とした面持ちで居間へ向かった。

 ◇

 翌日、お昼ご飯を食べた後。
 天井についた扇風機がカラカラ音を出しながら、私に微風を送っている。おばあちゃんと祈春さんはお昼ご飯で使ったお皿を洗ってくれている。ミヤは今日もバイトだろうか、朝から姿がない。

「あのままで良かったのかなぁ」

 ポツリと零した言葉は、シンクの前に立つ二人に聞こえる。祈春さんが「ミヤのこと?」と的を射た質問をした。

「ミヤのあの言いようからするに、やっぱり音羽ちゃんのことを気にしてるんじゃないかな……。断る、以外の感情を持っている気がしてならないんですよね」
「まぁ、そうだよね」

 僕も気にはなっているけどね、とおばあちゃんより一足早く皿洗いを終えた祈春さんは、余ったおかずにラップをかけ始める。
 祈春さんは、現代の物にだいぶ慣れてきたらしい。「蝿帳はどこ?」と聞かれた時は、何を言っているのかちんぷんかんぷんだった。でもおばあちゃんは知っていたみたいで「今じゃ冷蔵庫に入れないと、おかずは腐っちまうからな」と答えていた。そんな彼も、今じゃ私よりもラップを切るのが上手い。

「でもミヤくんが『断りたい』と言っているなら、僕はそれを応援するよ。もしミヤくんが自分の思いを彼女に伝えたとしても、僕たちはこの時代の人間じゃない。遅かれ早かれ悲しい別れが来るんだ。だったら傷は浅いうちに、ってところかな。恐らくミヤくんも、そこを気にしてるんだろうね」

 祈春さんは「全く嫌なもんだね」と、ラップをかけたおかずを冷蔵庫に仕舞う。

「ロボット故に彼は頭がいい。あのくらいの年齢の子は、もっと短絡的に動くべきなんだよ。自分の感情に素直でいていいんだ。だけど、現実は難しいね」
「……そうですね」

 この前、私はミヤに「心のままに動いていい」と言った。その言葉は今の彼からすると、どうしようもない足かせだろう。心のままに音羽ちゃんに「興味がある」と言いたくて仕方ない気持ちを、無理して押し殺しているんだ。その証拠に、昨日私たちに相談してきた彼の顔。とても苦しく、切なそうだった。

 そこへ洗い物を言えたおばあちゃんがやってくる。「そういや」と、私を見ながら。

「お客さんが来るのに、お菓子を買ってなかったなぁ。そらちゃん、コンビニでいいから何か買ってきてくれん? ちょっと洒落た感じのを、五つほど」
「うん、分かった」
「その時、これをミヤに渡して。今日も頑張りょうるんじゃろ?」

 おばあちゃんは冷蔵庫から一本のペットボトルを取り出す。いわゆるエナジードリンクで、機械で動くミヤが飲んだら壊れてしまわないかと心配するほどの力強いパッケージだった。
 数日前に突然現れたミヤに対して、おばあちゃんは何も言わなかった。彼がしれっと居間にいてもスルーだった。「今日からしばらく世話になります」と言った時も「あいよ」の一言で終わった。ミヤが気にならないのかな?

 いつしか祈春さんにそれを伝えたら、

「思い出屋さんをしていると色んなお客さんと出会っただろうし、中には遠方から来て止まって帰った人もいるだろう。だから急な客にも慣れているのかもね」

 と言われた。確かに、おばあちゃんは祈春さんが来ても動揺しなかった。すぐに布団を準備しようとしたくらいだし。
 だけど、全く気にしていないわけじゃないんだ。だからこうして「差し入れを渡してくれ」と私に頼んでいる。このペットボトルにはきっと、バイトを頑張る彼への労いと、悩みの渦中にいる彼へのエールと。その両方が込められているんだろうな。
 私は「ありがとう」と、キンキンに冷えたドリンクを受け取る。

「じゃあ行ってきます」
「あ、僕も行くよ。この前、使っていない自転車をご近所からもらったんだ」

 祈春さんはなんというか、ご近所付き合いが上手い。いつも笑みを浮かべているから取っつきやすいし、畑に関しても元の時代で少しかじっていたみたいで、現代で即戦力になるくらいには動いてくれる。

「ミヤもコンビニでなくてはならない人材だし……。これはもう、二人は元の時代に帰ったらダメなのでは?」

 庭へ行き、自転車を出しながら独り言ちる。というのも、最近の私は「どうやったら二人は元の時代に帰るんだろう」と悩んでいたのだ。てっきり私が思い出屋さんの店主になったら、いわゆる「お役目御免」となって元の時代に帰るだろうと思っていたのに……。私が店主になっても二人はここにいる。二人が帰る条件って、何なのかな?

 そんなことを思っていると、涼しそうな着流しを着た祈春さんが「お待たせ」と麦わら帽子を被って出てくる。なんというか、すごく独特な格好だ。ペダルを漕ぐと着物が乱れてしまうが、そこは気にならないらしい。

「じゃあ行こうか。僕もお小遣いをもらってさ、コンビニで初めて買い物するよっ」

 畑の手伝い、の対価だろう。祈春さんは「この時代のお札はキレイだね」と、興味深そうに五千円札を見つめる。といっても自転車を漕ぐと飛んでしまうから、急いで懐に仕舞う。

「や~、気持ちがいいなぁ」

 自転車を譲り受けた時に、乗る練習もしたらしい。祈春さんは楽々自転車を乗りこなした。そうして三十分の道のりを一度も休むことなく、あっという間に漕いでしまった。

「いらっしゃいませ……って、何やってんだよ」

 もうすっかり見慣れた制服姿のミヤが、はぁはぁと肩で息をする私を見て、怪訝な顔をする。私はおばあちゃんから託されたペットボトルを、力の入らない手で差し出した。

「お、おばあちゃんから、これ……」
「いや、あんたが飲めよ。俺より必要だろ」
「いいから……」

 そうしてミヤは「ちょうど休憩だし、まぁいいか」と、店の中でゴクリと飲む。
 何の商品を選ぼうか、鼻歌を歌いながら店内を回る祈春さん。シュッと音を立てながら、ペットボトルを開けるミヤ――のどかな昼下がりだ。だけどミヤは浮かない顔……というか、昨日からずっと眉間にシワを寄せている。

「我慢しているんじゃないの?」
「……別に」

 全て言わなくとも、私が何を言いたいか伝わったらしい。ミヤはフイとそっぽを向く。彼の指は、意味もなくペットボトルの蓋を撫でていて……今この時も、何かを考えているのだと分かる。

「私はさ、ミヤがやりたいと思ったことをやってみてほしい。前も言ったけど、心のままに動いてほしいと思うよ。じゃないと未来に帰っても、また思い出屋さんが必要になるでしょ? 後悔が残るでしょ?
 今ミヤの胸の中にあるものは、未来への思い出屋さんじゃなくて、あの子に吐き出せばいいと思うの」

 あの子と言った時、私は店の外を指さした。ミヤが「あ」と小さく呟く。扉の向こうから音羽ちゃんが来ているのを見つけたからだ。
彼女の顔は真剣というか、どこか思い詰めた表情だ。ミヤの「断りたい」と思う気持ちを知っているかのような、切ない雰囲気も漂って見えた。
 彼女を見たミヤは、グッと唇をかみしめた。その仕草の意味が何となく分かる。やっぱりミヤは、音羽ちゃんの気持に応えたいと思っているんだ。

「問題があるなら二人で悩んで考えればいい。そうしたら解決策が見つかるかもしれないよ」
「解決策……そんなんあるのか?」
「分からない。だからこそ、まずは二人で話してみないとね。
 私はミヤを応援してる。それだけは覚えていてね。現代の思い出屋さんの店主は頼りないけど、いつもミヤに笑っててほしいと思う気持ちは本物だから」
「……ん」

「それじゃあ」と、私は祈春さんの元へ行く。彼はカゴいっぱいにお菓子やらおにぎりやらを入れていた。その顔には、満面の笑みが浮かんでいる。しかしその量、果たして五千円で足りるのか。

 休憩中のミヤに代わり、レジは店長が対応する。祈春さんが選んだ商品を、ピッピッと慣れた手つきでバーコードを通した。中にはお酒もあったらしい。「他にもおすすめがあって~」等と話が弾む大人たちを横目に、私はミヤと音羽ちゃんを、棚からこっそり覗き見る。

「あのさ、俺……あんたの気持ちを聞いて、よく考えてみたんだけど」
「う、うん……っ」

 音羽ちゃんの顔は、もう真っ赤だ。いや、たまに青くなっている。緊張と不安が、交互に顔に現れていた。それはミヤも同じで、頬が赤く染まっている……ように見えるだけかもしれない。だって彼はロボットだから。
 だけど、感情を持つロボットがいてもいいと私は思う。心の中で「がんばれ」と二人を応援する。

「まずは友達からっていうのは、できないか? その、『好きだ』とか『付き合う』っていうのは、まだ分からなくて。でも、あんたが気にならないってわけでもない。だから、まずは知りたい。音羽のことを。
 この答えは、ズルいか?」
「っ!」

 面と向かってそう聞かれた音羽ちゃんは、「ううん!」と手をブンブンと振った。

「ズ、ズルくない! 私も『好き』なんて急すぎたな、って反省していたの。だから、そう言ってくれて嬉しいっ」

 花が咲いたような笑みを浮かべる音羽ちゃん、安心したように眉を下げて笑うミヤ。そんな二人を見て、私と、そし祈春さんと店長も口角が上がる。よかった。ミヤは、自分の心のままに動いたんだ。
 もう気持ちを隠すことなく、彼の心のままに行動してくれた。私の声が、彼の心に届いたんだ――それがとてつもなく嬉しい。佐々木さんが笑顔になった時と同じ、おだやかな気持ちとやりがいのある気持ちが私の中で芽吹いた。

「めでたしめでたしってわけで、今日は乾杯だねぇ」
「よし、じゃあ夜にここで集合しますか、飲みましょうや!」

 店長は自分が店長なことをいい事に、なんとコンビニで飲み会を開くことを提案した。祈春さんは「いいね~」なんて相槌を打っていたけど、彼が夜の九時以降、起きていたところを見たことがない。「きっと飲み会が開かれることはないんだろうな」と苦笑を浮かべつつ、話に花を咲かせる若き二人を見る。どちらも良い笑顔だ。

「よかったなぁ、一安心だよ」

 その時、脳裏に恒太郎の顔が過った。仲良く話すミヤと音羽ちゃんを見ていたら、急にだ。すると顔がじわじわと熱を持ってくる。どうして、いや、そもそもなぜ恒太郎が思い浮かぶのだろう?
 腕を組んで悩んでいると、私のスマホが鳴りだした。見ると、姉からの電話だった。

『あ、千宙? お母さんから聞いたよー、今はおばあちゃんの所にいるんだって? なにも私の帰省に合わせなくていいのに。大学のこととか、色々千宙に話したいこといっぱいあるんだよ~?』
「あぁ、うん……。ごめんね」

 大学の話を聞きたくないからおばあちゃんの家に避難した、とは言えなかった。弾んだ声を前に、私は何一つ事実を話せない。
 姉は知らないのだ。姉が家を出た途端、お母さんがコロッと変わってしまったことを。それで私が苦労していることも。
 家の事情は何も知らないまま、大学で夢を叶えるために勉強している――医者になるための勉強は、決して簡単なものではないだろう。姉も大変なはず。そう思っているのに、「家のことを何も知らずに過ごせて羨ましい」と思ってしまった。そんなに自分に気づき、自己嫌悪に陥る。

「会えるのを楽しみにしているから、うん。それじゃあ、またね」

 感情のこもっていない言葉を吐いて、電話を切る。
 なんだか……無性に星が見たくなった。いや、星ではない。天文台で私の話を聞いてくれ、いつも温かく迎えてくれる恒太郎に会いたい。

「祈春さん、すみません。私、先に帰ります」

 それだけ言ってコンビニを飛び出した。乗り慣れたはずの自転車が、なぜかひどく乗り心地が悪い。グラグラ揺れた感覚を振り切って、私は夢中で自転車を漕いだ。