「もうっ、実嗣! どうしてそんなに女性に対して冷たいの! 阿花里ちゃんに失礼だとは思わないのかしら!?」
阿花里たちが帰るやいなや、麗瑞は実嗣に小言を言い始めた。
「今まで、二面性のある女性とばかり接してきたの?」
「女性だけが悪いとは限らんだろう。実嗣の態度もどうかと思うぞ」
守彦は腕を組みながら、さもありなんといった顔をする。
「そうね。いつもむすっとした顔をされてたら、一緒にいても楽しくないのかもしれないわ」
「女子が喜ぶ言葉も、ろくに言えんのだろう」
実嗣が黙っているのをいいことに、麗瑞と守彦は言いたい放題だ。
実嗣はぐっとこらえている。何か話して突っ込まれたら、よけい面倒になる。今までの経験が、そう告げていた。
「それにしても阿花里ちゃん、あの薄紅色の衣がとても似合ってたわね」
「そうだのぅ。化粧もしとらんのに、可愛いらしい娘だった」
「私ね、この前真佐弥に会った時、阿花里ちゃんに小袖を贈らせてって話したのよ。お近付きのしるしにって」
「ほう。それは若い娘なら、喜ぶであろう」
「でもね、気持ちだけ戴きますって、真佐弥に断られてしまったの」
麗瑞はひと呼吸おいて、ちらっと実嗣を見た。
「亡くなった妻の衣を渡そうと思っていたんですって。顔合わせの時に、初めて明るい色や模様の付いた衣を着させるって言ってたわ」
「では、あの娘は今日、母親の形見の衣を着ておったのか……」
それきり、麗瑞と守彦は口を閉じてしまった。
「あの、俺……、ちょっと外を散策してきます」
ふたりに目をくれることなく、実嗣は祓殿からそそくさと出ていった。
*****
翌朝、阿花里はひと晩泊めてもらった礼を多津岐夫婦に伝えた。
「朝もここで食べていかない?」
「ありがとう、志久那叔母さん。でも、父さんの食事を作らないと……」
自分を探しに、父はずっと外を歩き回っていた。
心配をかけたお詫びではないけれど、阿花里はいつもどおり朝飯の支度を自分でやりたかった。
「そう。またいつでもいらっしゃいね」
志久那は残念そうだったけれど、気持ちよく阿花里を見送る。
「僕が家に泊まらせたって、真佐弥さんに話そうか?」
「ううん、大丈夫。多津岐叔父さんも、いろいろありがとう」
阿花里はぺこりとお辞儀をして、多津岐夫婦の家を出た。すると、太い横緒が付いた小さめの草履が、ちょこんと置かれているの気づく。
いったん家に帰った阿花里は別の草履を履いてここに来たけれど、父が持ってきてくれた草履に履き替えて家に帰った。
「おかえ――」
「父さん! ごめんなさい!」
父の顔を見た瞬間、早く謝りたかった阿花里は、その想いを止められなかった。
「行き先を言わないで、ごめんなさい! 探させちゃって、ごめんなさい! あと……言い過ぎちゃって、ごめんなさい」
「そんなに謝るな。おまえが聞き分けのいい子だから、父さんは意見を押しつけていたところがあったかもしれない。それに言葉も足りなかったようだ。だが、わざとおざなりな態度をとってはいなかった。それは信じてくれ」
真佐弥はあれからずっと考えていた。阿花里に対してどう接してきたか、どう接したらよいのかを。
「おまえの気持ちも、もっとよく考えるべきだった。だから急に家を飛び出したりせずに、父さんに何でも話してくれ。父さんも気をつけるようにする」
父も悩んでいた様子に、申し訳ないけれど、阿花里は少しだけ嬉しくなった。自分に関心がないと思っていたからだ。
「父さん、朝ごはんまだでしょ? すぐ用意するね」
「ああ、頼む。今日は朝食を終えたら、忌部様のお屋敷に行く。おまえも一緒に来なさい。今日も母さんの衣を着るといい」
「でも……」
小袖をしまってある葛籠に目をやりながら、阿花里は躊躇した。
うわべだけ綺麗に飾ってみせても、女なんて信用出来ない――。昨日、実嗣に言われた言葉を思い出す。
「そろそろおまえも外出着はいつもの白い無地の小袖ではなく、色や柄のあるものを着たほうがいいだろう。そのほうが先方も喜ばれるし、場が和やかになることもある。特に、忌部様は身なりを気になさる方のようだしな」
阿花里は弱々しく頷き、父に従うことにした。
ふたりは朝飯を食べ終え、支度を済ませる。そして、家を出ると、多津岐がすぐそこに立っていた。
多津岐は驚いて一歩後ずさりし、臆した様子になった。
真佐弥は特に気にもせず、話しかける。
「ああ多津岐、ちょうど今、おまえの家へ行くところだった。昨日の礼を言おうと思ってな。もしかして、わざわざ様子を見に来てくれたのか?」
「あ、はい。阿花里ちゃんを勝手に泊めてしまって大丈夫だったのかと、気になったものですから」
「心配かけて悪かった。志久那にも、よろしく伝えておいてくれ」
「はい。あの……義兄さんたちはこれから、どちらに行かれるのですか?」
よそゆきの格好をしているふたりを見て、多津岐は尋ねた。
「忌部様のお屋敷に行ってくる」
「そうですか……」
多津岐は忌部氏の屋敷を訪れたことは一度もない。所詮、玉作り職人の中のひとりに過ぎないのだ。
「父さん、帽子がちょっと曲がってるよ」
阿花里は背伸びをして、真佐弥の萎烏帽子の向きを直した。
「すまないな」
阿花里はにっこり微笑んだ。
普段と変わらないどころか、もっと打ち解けた様子の阿花里と真佐弥を見て、多津岐の心の中にある闇が小さく渦を巻き始める。
「それじゃあ多津岐叔父さん、行ってきます!」
「行ってらっしゃい、阿花里ちゃん、義兄さん」
多津岐はふたりの後ろ姿が見えなっても、向かった先の道を見続けていた。
阿花里を見る真佐弥の温かい眼差しと、阿花里が真佐弥に向ける朗らかな笑顔。
ふたりは仲直りをして、親子の絆をより深めたのだと、多津岐は感じ取った。
*****
阿花里は、ぶなや欅など広葉樹が並ぶ林の中を通ろうとしていた。
行成に会うのは久しぶりだ。
行成は忌部氏の跡取り息子で、阿花里が訪ねるたび、いつも気軽に声をかけてくる。
阿花里は前に忌部氏の屋敷を訪れた時、行成に見せてほしい物があると言われたことを思い出した。
「あっ! 持ってくるのを忘れちゃった!」
「どうした、阿花里?」
背後からの慌てた声に、真佐弥は歩くのをやめて振り返った。
「行成様にね、私が初めて作った玉を見せるって約束してたの。なのに、すっかり忘れちゃって」
「それなら取りに戻りなさい。家からまだそんなに離れていないから」
「でも、父さんを待たせてしまうでしょ」
「実は草履の緒がきつくて、林の中へ入る前に、少し緩めようかと思っていたところだった。ここで緒を調整して待っているから、取ってきなさい」
阿花里は父の足元を見る。左足の親指が赤くなっていた。
「じゃあ、急いで取って来るね。そうだ、父さん……昨日、私が履き忘れた草履を多津岐叔父さんちの前に置いといてくれたんだよね。ありがとう。……嬉しかった」
阿花里は照れくさそうにそう話すと、小走りで家に向かった。
真佐弥は右の口角を上げながら、屈んで緒を調整し始めた。
*****
「ちょっと出かけてきます」
「あら、どこに行くの、実嗣?」
「この辺りを散策しに――」
「昨日もそんなことを言って出かけたわよね」
「景色がいいので、もう一度見に行きたいのです」
麗瑞に問われ、実嗣は無難な返答をした。本当の目的をまだ言いたくなかったからだ。
守彦は目をぎらぎらさせながら、右の前足を上げた。
「よし! わしも行くぞ!」
「野を歩くだけですよ。ついて来られても、若い娘には会えないと思います」
「なんだ、つまらん。では、やめておくか」
実嗣の目論見どおり、守彦はあっさり引き下がった。
守彦は出歩くたびに、うら若き乙女を探そうとする。女好きだけれど、眺めるだけで満足するらしいので、害がないといえばない。
「なら、わしは久しぶりに、この辺りにいる神々に会ってこようかのぅ」
守彦の場合、それは神たちと酒を酌み交わすことを意味する。女がだめなら酒。結構、行動がわかりやすかった。
実嗣は守彦の気が変わらないうちに、さっさと祓殿を出た。北東の方角を目指して歩く。
視線の先に、少し低めの山がある。
恵珠山と言われているその山の西麓に真佐弥が住んでいると、実嗣は麗瑞から聞いたことがあった。
今回ここへ来た目的は、玉作り職人に特殊な勾玉――言霊に応える勾玉を作ってもらうよう、誓約の話をするためだった。
玉作りの作業を実際に見たことはないけれど、玉の加工は力仕事のはず。男がやるものだと、実嗣は思い込んでいた。それなのに――。
実嗣は小さい頃、信頼していた女性たちの裏切りや嘘をつく姿を目にしてきた。それ以来、女性というものを嫌悪するようになった。
女性たちが美しく着飾ることは、内面や能力を誤魔化すためのように、実嗣には思えた。
初めて会った真佐弥の娘は、職人っぽさが微塵も感じられない格好だった。
どうせこの娘も、外面さえ良くすればいいと考えているのだろう――。実嗣はそう思った。思ったのに……罪悪感がまとわりつく。あの話を聞いてからだ。
娘は昨日、父親に言われて、初めてよそゆきの衣を着ることになった。そして、その衣は母親の形見らしい……と。
頭の中ではわかっている。女性だからというだけで、拒否する正当な理由などないことを。
それに、真佐弥のことは信頼している。その娘なら、任せられるかもしれない。そういう気持ちも、少なからずあった。
娘が玉を作っている様子を見て判断しよう。昨日、ひとりで外をぶらつきながら、実嗣はそう思い至った。
それで今、阿花里が住んでいる集落へと向かっているところだ。
途中、茂みを見つけ、周りに誰もいないことを確認する。そして、庶幾叶與という祈念の文字が綴られている、人の形をした紙を懐から取り出した。
陰陽師は言葉を巧みに使い、呪術を行う。
中でも賀茂家は漢字の意味や読みに関する知識が豊富で、多種多様の呪文を使うことが出来た。
「我隠在無!」
実嗣はその人形代を天に向け、願いを言の葉にする。
すると、人形代は手から離れ、実嗣を取り囲むように漂いながら、ゆっくりと落ちていった。紙は地面に触れると、すっと消えて跡形もなくなった。
実嗣は挙げたままの右手を見た。あるべきはずの指や手の甲がない。見えるのは枝葉に阻まれて、断片的に見える空。
目線を下ろし、自分の足元を見てみる。指貫や沓も見えない。地面には雑草と土だけ。
自分の姿がすっかり消えたのを確認すると、実嗣は恵珠山のほうへとさらに進んでいった。
阿花里たちが帰るやいなや、麗瑞は実嗣に小言を言い始めた。
「今まで、二面性のある女性とばかり接してきたの?」
「女性だけが悪いとは限らんだろう。実嗣の態度もどうかと思うぞ」
守彦は腕を組みながら、さもありなんといった顔をする。
「そうね。いつもむすっとした顔をされてたら、一緒にいても楽しくないのかもしれないわ」
「女子が喜ぶ言葉も、ろくに言えんのだろう」
実嗣が黙っているのをいいことに、麗瑞と守彦は言いたい放題だ。
実嗣はぐっとこらえている。何か話して突っ込まれたら、よけい面倒になる。今までの経験が、そう告げていた。
「それにしても阿花里ちゃん、あの薄紅色の衣がとても似合ってたわね」
「そうだのぅ。化粧もしとらんのに、可愛いらしい娘だった」
「私ね、この前真佐弥に会った時、阿花里ちゃんに小袖を贈らせてって話したのよ。お近付きのしるしにって」
「ほう。それは若い娘なら、喜ぶであろう」
「でもね、気持ちだけ戴きますって、真佐弥に断られてしまったの」
麗瑞はひと呼吸おいて、ちらっと実嗣を見た。
「亡くなった妻の衣を渡そうと思っていたんですって。顔合わせの時に、初めて明るい色や模様の付いた衣を着させるって言ってたわ」
「では、あの娘は今日、母親の形見の衣を着ておったのか……」
それきり、麗瑞と守彦は口を閉じてしまった。
「あの、俺……、ちょっと外を散策してきます」
ふたりに目をくれることなく、実嗣は祓殿からそそくさと出ていった。
*****
翌朝、阿花里はひと晩泊めてもらった礼を多津岐夫婦に伝えた。
「朝もここで食べていかない?」
「ありがとう、志久那叔母さん。でも、父さんの食事を作らないと……」
自分を探しに、父はずっと外を歩き回っていた。
心配をかけたお詫びではないけれど、阿花里はいつもどおり朝飯の支度を自分でやりたかった。
「そう。またいつでもいらっしゃいね」
志久那は残念そうだったけれど、気持ちよく阿花里を見送る。
「僕が家に泊まらせたって、真佐弥さんに話そうか?」
「ううん、大丈夫。多津岐叔父さんも、いろいろありがとう」
阿花里はぺこりとお辞儀をして、多津岐夫婦の家を出た。すると、太い横緒が付いた小さめの草履が、ちょこんと置かれているの気づく。
いったん家に帰った阿花里は別の草履を履いてここに来たけれど、父が持ってきてくれた草履に履き替えて家に帰った。
「おかえ――」
「父さん! ごめんなさい!」
父の顔を見た瞬間、早く謝りたかった阿花里は、その想いを止められなかった。
「行き先を言わないで、ごめんなさい! 探させちゃって、ごめんなさい! あと……言い過ぎちゃって、ごめんなさい」
「そんなに謝るな。おまえが聞き分けのいい子だから、父さんは意見を押しつけていたところがあったかもしれない。それに言葉も足りなかったようだ。だが、わざとおざなりな態度をとってはいなかった。それは信じてくれ」
真佐弥はあれからずっと考えていた。阿花里に対してどう接してきたか、どう接したらよいのかを。
「おまえの気持ちも、もっとよく考えるべきだった。だから急に家を飛び出したりせずに、父さんに何でも話してくれ。父さんも気をつけるようにする」
父も悩んでいた様子に、申し訳ないけれど、阿花里は少しだけ嬉しくなった。自分に関心がないと思っていたからだ。
「父さん、朝ごはんまだでしょ? すぐ用意するね」
「ああ、頼む。今日は朝食を終えたら、忌部様のお屋敷に行く。おまえも一緒に来なさい。今日も母さんの衣を着るといい」
「でも……」
小袖をしまってある葛籠に目をやりながら、阿花里は躊躇した。
うわべだけ綺麗に飾ってみせても、女なんて信用出来ない――。昨日、実嗣に言われた言葉を思い出す。
「そろそろおまえも外出着はいつもの白い無地の小袖ではなく、色や柄のあるものを着たほうがいいだろう。そのほうが先方も喜ばれるし、場が和やかになることもある。特に、忌部様は身なりを気になさる方のようだしな」
阿花里は弱々しく頷き、父に従うことにした。
ふたりは朝飯を食べ終え、支度を済ませる。そして、家を出ると、多津岐がすぐそこに立っていた。
多津岐は驚いて一歩後ずさりし、臆した様子になった。
真佐弥は特に気にもせず、話しかける。
「ああ多津岐、ちょうど今、おまえの家へ行くところだった。昨日の礼を言おうと思ってな。もしかして、わざわざ様子を見に来てくれたのか?」
「あ、はい。阿花里ちゃんを勝手に泊めてしまって大丈夫だったのかと、気になったものですから」
「心配かけて悪かった。志久那にも、よろしく伝えておいてくれ」
「はい。あの……義兄さんたちはこれから、どちらに行かれるのですか?」
よそゆきの格好をしているふたりを見て、多津岐は尋ねた。
「忌部様のお屋敷に行ってくる」
「そうですか……」
多津岐は忌部氏の屋敷を訪れたことは一度もない。所詮、玉作り職人の中のひとりに過ぎないのだ。
「父さん、帽子がちょっと曲がってるよ」
阿花里は背伸びをして、真佐弥の萎烏帽子の向きを直した。
「すまないな」
阿花里はにっこり微笑んだ。
普段と変わらないどころか、もっと打ち解けた様子の阿花里と真佐弥を見て、多津岐の心の中にある闇が小さく渦を巻き始める。
「それじゃあ多津岐叔父さん、行ってきます!」
「行ってらっしゃい、阿花里ちゃん、義兄さん」
多津岐はふたりの後ろ姿が見えなっても、向かった先の道を見続けていた。
阿花里を見る真佐弥の温かい眼差しと、阿花里が真佐弥に向ける朗らかな笑顔。
ふたりは仲直りをして、親子の絆をより深めたのだと、多津岐は感じ取った。
*****
阿花里は、ぶなや欅など広葉樹が並ぶ林の中を通ろうとしていた。
行成に会うのは久しぶりだ。
行成は忌部氏の跡取り息子で、阿花里が訪ねるたび、いつも気軽に声をかけてくる。
阿花里は前に忌部氏の屋敷を訪れた時、行成に見せてほしい物があると言われたことを思い出した。
「あっ! 持ってくるのを忘れちゃった!」
「どうした、阿花里?」
背後からの慌てた声に、真佐弥は歩くのをやめて振り返った。
「行成様にね、私が初めて作った玉を見せるって約束してたの。なのに、すっかり忘れちゃって」
「それなら取りに戻りなさい。家からまだそんなに離れていないから」
「でも、父さんを待たせてしまうでしょ」
「実は草履の緒がきつくて、林の中へ入る前に、少し緩めようかと思っていたところだった。ここで緒を調整して待っているから、取ってきなさい」
阿花里は父の足元を見る。左足の親指が赤くなっていた。
「じゃあ、急いで取って来るね。そうだ、父さん……昨日、私が履き忘れた草履を多津岐叔父さんちの前に置いといてくれたんだよね。ありがとう。……嬉しかった」
阿花里は照れくさそうにそう話すと、小走りで家に向かった。
真佐弥は右の口角を上げながら、屈んで緒を調整し始めた。
*****
「ちょっと出かけてきます」
「あら、どこに行くの、実嗣?」
「この辺りを散策しに――」
「昨日もそんなことを言って出かけたわよね」
「景色がいいので、もう一度見に行きたいのです」
麗瑞に問われ、実嗣は無難な返答をした。本当の目的をまだ言いたくなかったからだ。
守彦は目をぎらぎらさせながら、右の前足を上げた。
「よし! わしも行くぞ!」
「野を歩くだけですよ。ついて来られても、若い娘には会えないと思います」
「なんだ、つまらん。では、やめておくか」
実嗣の目論見どおり、守彦はあっさり引き下がった。
守彦は出歩くたびに、うら若き乙女を探そうとする。女好きだけれど、眺めるだけで満足するらしいので、害がないといえばない。
「なら、わしは久しぶりに、この辺りにいる神々に会ってこようかのぅ」
守彦の場合、それは神たちと酒を酌み交わすことを意味する。女がだめなら酒。結構、行動がわかりやすかった。
実嗣は守彦の気が変わらないうちに、さっさと祓殿を出た。北東の方角を目指して歩く。
視線の先に、少し低めの山がある。
恵珠山と言われているその山の西麓に真佐弥が住んでいると、実嗣は麗瑞から聞いたことがあった。
今回ここへ来た目的は、玉作り職人に特殊な勾玉――言霊に応える勾玉を作ってもらうよう、誓約の話をするためだった。
玉作りの作業を実際に見たことはないけれど、玉の加工は力仕事のはず。男がやるものだと、実嗣は思い込んでいた。それなのに――。
実嗣は小さい頃、信頼していた女性たちの裏切りや嘘をつく姿を目にしてきた。それ以来、女性というものを嫌悪するようになった。
女性たちが美しく着飾ることは、内面や能力を誤魔化すためのように、実嗣には思えた。
初めて会った真佐弥の娘は、職人っぽさが微塵も感じられない格好だった。
どうせこの娘も、外面さえ良くすればいいと考えているのだろう――。実嗣はそう思った。思ったのに……罪悪感がまとわりつく。あの話を聞いてからだ。
娘は昨日、父親に言われて、初めてよそゆきの衣を着ることになった。そして、その衣は母親の形見らしい……と。
頭の中ではわかっている。女性だからというだけで、拒否する正当な理由などないことを。
それに、真佐弥のことは信頼している。その娘なら、任せられるかもしれない。そういう気持ちも、少なからずあった。
娘が玉を作っている様子を見て判断しよう。昨日、ひとりで外をぶらつきながら、実嗣はそう思い至った。
それで今、阿花里が住んでいる集落へと向かっているところだ。
途中、茂みを見つけ、周りに誰もいないことを確認する。そして、庶幾叶與という祈念の文字が綴られている、人の形をした紙を懐から取り出した。
陰陽師は言葉を巧みに使い、呪術を行う。
中でも賀茂家は漢字の意味や読みに関する知識が豊富で、多種多様の呪文を使うことが出来た。
「我隠在無!」
実嗣はその人形代を天に向け、願いを言の葉にする。
すると、人形代は手から離れ、実嗣を取り囲むように漂いながら、ゆっくりと落ちていった。紙は地面に触れると、すっと消えて跡形もなくなった。
実嗣は挙げたままの右手を見た。あるべきはずの指や手の甲がない。見えるのは枝葉に阻まれて、断片的に見える空。
目線を下ろし、自分の足元を見てみる。指貫や沓も見えない。地面には雑草と土だけ。
自分の姿がすっかり消えたのを確認すると、実嗣は恵珠山のほうへとさらに進んでいった。
