玉造の社から帰ると、ふたりは作業衣に着替え、工房で向き合って座った。
真佐弥は胡坐をかき、落ち着かないのか、右の人差し指で膝をとんとんと叩いている。すると突然、その動きがぴたっと止まった。
「父さんがなぜ、あの勾玉を作ることになったのか。まず、それから話そう」
真佐弥はどこか遠くを見るような目つきになっていった。
若輩ではあったけれど、父を亡くした真佐弥が玉作り集団の長として、なんとかその職務をこなしていた時のことだった――。
ある晩、真佐弥は玉材を探しに、恵珠山をひとり歩いている夢を見た。
行く先の道の端で、縦長の光の塊が見えてきた。風もないのに揺らめいている。
普段の真佐弥なら警戒して、安易に近づこうとしなかっただろう。けれど、不思議なことに、足が前へ前へと進んでいく。
ぴかぴかと輝く光の中に、人の姿らしきものが、ぼうっと見えてきた。光の正体がはっきり見えたところで、真佐弥は立ち止まった。
変わった身なりの男が、口元に静かな笑みをたたえ、真佐弥を見ている。
左右に分けた髪を輪にして耳の横で結い、白練り色の上衣は裾を外に出し、踝まである袴は、膝下を朱色の緒で結んでいた。
さらに目を引くのは、つやつやと輝く頸玉。男の首にぶら下がっているのは、碧玉の勾玉、赤瑪瑙や白瑪瑙で作られた管玉や平玉だった。
男はゆっくりと語り始める。
「私の名は玉祖命。玉作りの工たちの祖である。そなたに託したいことがあり、こうして姿を現した」
玉祖命の雄雄しい声が、木霊のように反響した。
真佐弥は跪き、額づいた。
「古より、人ならざるものが起こした騒ぎを鎮める者たち――作りたる者、使いたる者、導きたる者を配してきた。ここしばらくは泰平の世が続き、三者は不在であった。だが、魑魅魍魎による悪ふざけが、目に余るようになってきた。人の中に生まれた悪しき心を膨らませ、精神が壊れゆく様を見て楽しんでいる。この事態を憂いた、ある陰陽師の願いにより、永久の闇へと誘われた人間たちを救う物を授けることにした。そこで、そなたには作りたる者となり、言霊に応える勾玉を作ってもらいたい」
「何か特殊な勾玉のようですが、いったいどのように作ればよいのでしょう?」
真佐弥は面を上げ、尋ねた。
「そなたに神気宿る道具を授ける。それらを使い、恵珠山で採れる碧玉で勾玉を作りなさい。私が立っているこの場所に、その道具を置いておく」
玉祖命が立っているのは、八つ手の葉が生い茂っている場所だった。
葉は手のひらのような形をしていて、まるで手招いているようかのようだ。
「この辺りにひとつだけ、花を咲かせておく。それを目印に根元を探しなさい。そして、道具を見つけたら、そのまま私を祀る社へ向かいなさい」
真佐弥の脳裏に、玉造の社がすぐに浮かんだ。
「社の長には導きたる者の務めを申しつけておく。使いたる者となる陰陽師と、作りたる者となるそなたを引き合わせてくれるであろう。そして、導きたる者によって、誓約を交わしなさい」
「畏まりました」
「それと、道具の側にこれを置いておく。誓約の時に必要な物だ」
玉祖命は胸元を飾っている、中央の大きな碧玉の勾玉を右手でつかんだ。軽く引っ張ると、玉をつなぐ紐が切れることなく、その勾玉だけがすっと外れた。そして、それを真佐弥に向ける。
勾玉は輪を半分に切断したような形だった。
「遥か昔、私が作った勾玉だ。使いたる者と導きたる者にも、その証として異なった形の勾玉を授けてきた。再び泰平の世に戻るまで、この証の勾玉と共に、作りたる者の任を継承していくように」
そう言い終えると、玉祖命の姿は消え去った。
真佐弥はぱっと目を開ける。反響する声の主と言葉を交わした、生々しい夢の記憶が蘇ってくる。
そなたに神気宿る道具を授ける――。確か、そう言っていた。
真佐弥は急いで支度をして、恵珠山へ向かった。鉱脈を辿りながら歩いて行くと、八つ手が群生している所に来た。
八つ手の開花は冬だ。本来なら、夏のこの時季に咲くはずがない。けれど、枝先に小さい白い花が複数集まり、玉のような形にまとまって一本咲いていた。
真佐弥はそろそろと歩いて、花に近づく。根元を見ると、槌や刃や砥石など玉作りの道具の側に、変わった形の勾玉があった。
真佐弥は背負っていた籠を降ろし、道具をその中に入れる。そして、証の勾玉を麻布に包んで胸元にしまい、玉造の社へ向かった。
玉作り集団の長という仕事柄、宮司と言葉を交わすことは多い。でも、今回はどのように話しかければいいのか。肩紐を握る手にぐっと力が入る。
真佐弥は社の近くにある、宮司の住まいを訪ねた。
宮司の妻は真佐弥の顔を見るなり、先に話しかけてきた。
「真佐弥さん、夫はお客様と祓殿で待っています。そこにおいでくださいと言ってました」
「わかりました。すぐ伺います」
夢の中の話が、目の前の現実に近づいている。そう思うと、真佐弥の足取りが軽くなった。
祓殿の戸口は全開になっていた。
「真佐弥さん、お待ちしていました。さあ、こちらへ」
宮司は事の次第をすべて承知している顔で出迎えた。そして、真佐弥を中へ通すと、戸口をぴたりと閉める。
建物の中では中央に青年がひとり、こちらを見て座っていた。真佐弥と目が合うと、柔らかく微笑んだ。女性と見誤ってしまいそうな、美しい容姿の青年――賀茂麗瑞だった。
真佐弥と麗瑞は、誓約に必要な証の勾玉をそれぞれ出す。そして、宮司の執り行いにより、ふたりは厳かに誓約を交わした。言霊に応える勾玉を作りたる者と、使いたる者として――。
「その日から麗瑞様のために、言霊に応える勾玉を作り続けてきた」
遠くをさまよっていた真佐弥の視線が、阿花里へと戻った。
「父さん、その道具を見てみたい!」
好奇心で目をきらきらさせながら、阿花里は見慣れた工房内を見渡す。
真佐弥は脇に置かれた自分専用の道具入れの中から、木砥を持ち出した。
見た目はこれといって特徴のない、ごく普通の磨き用の道具だった。
「これがそうなの? 使い方は同じ? 普通に磨けばいいの?」
「ああ。最後にこの木砥で磨いたら、完成を告げるように勾玉が三回光る。その光は父さんにしか見えないようだ」
「だから、私は今まで気づかなかったんだね。でも、なんで父さんたちふたりが一緒に辞めないといけないの?」
「一度結んだ縁を尊ぶようにという、玉祖命様のお考えらしい」
「じゃあ、なんでもっと前に、この話を私にしてくれなかったの?」
「おまえが父さんの後継者にならなければ、話す必要がないと思ったからだ」
「麗瑞さまは自分の息子を後継者に選んだんだよね」
「それは実嗣様が適任だと思われたからだろう」
家業という言葉を知る前から、阿花里は玉作りが好きだった。
成長するにつれ、父から様々な工程を教わっていく。玉作りというのは、細かい技術と経験を要する作業だと、身をもって知っていった。
悠久の時の流れとともに、逸品と謳われる玉を代々作り続ける。自分も伝統工芸品の継承に携わっていることに、阿花里は誇りを感じるようになった。
そして、父が作る玉の評判を耳にするたび、立派な玉作り職人として、父に認められたいという想いが募っていった。だから、懸命に取り組んできた。
それなのに……父の言葉は、阿花里の能力と努力を否定しているように思えてしまった。
「玉作りの技量はまだまだだって、自分でもわかってる。でも、いつか父さんに認めてもらうんだって、頑張ってきたの。私、後継ぎとして、そんなに頼りなかった? 言霊に応える勾玉の話をしようと思わないくらいに?」
「正直なところ、後継者にすることを直前まで悩んでいた。おまえに重荷を背負わせてしまうことになるからだ。だが、それ以外のことは、話してきたはずだ」
父の言葉を跳ね返すように、阿花里は何回も左右に大きく頭を振る。
「ううん、話してくれなかったよ! 母さんの形見の衣だって、どうしてずっと隠してたの!?」
「隠していたわけでは……」
果たしてそう言いきれるのか。その迷いで生じた間が、阿花里に疑念を抱かせた。
「とにかく、必要なことは順を追って知っていけばいい」
あくまでも冷静な父に反するように、阿花里は気持ちを抑えられなくなっていた。
「父さんより、志久那叔母さんや多津岐叔父さんのほうが、私のことをずっと気にかけてくれてるよ! 何でも話せて、何でも教えてくれる! 多津岐叔父さんが、私の父さんだったらよかったのに!!」
言い終わった瞬間、阿花里ははっと息を止めて固まった。勢いで口走ってしまった言葉。今さら、言わなかったことには出来ない。
幼い頃から一緒に遊んだり、たわいのない話を聞いたりしてくれたのは、叔父の多津岐だった。父である真佐弥との会話といえば、玉作りのことがほとんどだった気がする。
だからといって、父の存在を打ち消していいわけがない。ましてや、嫌ったことなど一度もないのに――。
表情が乏しくて、顔色もほとんど変わることのない父の顔。けれど、今は傷ついた顔が露になっていた。
脈を打つたび、阿花里の胸がぴきっぴきっと裂けていくように傷む。この場から逃げたくなって、阿花里は工房から飛び出してしまった。
真佐弥は呼び止めることも出来ず、うな垂れて両手で頭を抱える。
形見の衣を受け取ったら、阿花里が母親のことを根掘り葉掘り尋ねてくるかもしれない。
陰陽師と関わることで、自分の身の上を知り、ここを離れてしまうことがあるかもしれない。
そして、阿花里の人生を狂わせてしまうかもしれない――。
そう考えたら……真佐弥は阿花里に、なかなか言い出せなかったのだ。
真佐弥は胡坐をかき、落ち着かないのか、右の人差し指で膝をとんとんと叩いている。すると突然、その動きがぴたっと止まった。
「父さんがなぜ、あの勾玉を作ることになったのか。まず、それから話そう」
真佐弥はどこか遠くを見るような目つきになっていった。
若輩ではあったけれど、父を亡くした真佐弥が玉作り集団の長として、なんとかその職務をこなしていた時のことだった――。
ある晩、真佐弥は玉材を探しに、恵珠山をひとり歩いている夢を見た。
行く先の道の端で、縦長の光の塊が見えてきた。風もないのに揺らめいている。
普段の真佐弥なら警戒して、安易に近づこうとしなかっただろう。けれど、不思議なことに、足が前へ前へと進んでいく。
ぴかぴかと輝く光の中に、人の姿らしきものが、ぼうっと見えてきた。光の正体がはっきり見えたところで、真佐弥は立ち止まった。
変わった身なりの男が、口元に静かな笑みをたたえ、真佐弥を見ている。
左右に分けた髪を輪にして耳の横で結い、白練り色の上衣は裾を外に出し、踝まである袴は、膝下を朱色の緒で結んでいた。
さらに目を引くのは、つやつやと輝く頸玉。男の首にぶら下がっているのは、碧玉の勾玉、赤瑪瑙や白瑪瑙で作られた管玉や平玉だった。
男はゆっくりと語り始める。
「私の名は玉祖命。玉作りの工たちの祖である。そなたに託したいことがあり、こうして姿を現した」
玉祖命の雄雄しい声が、木霊のように反響した。
真佐弥は跪き、額づいた。
「古より、人ならざるものが起こした騒ぎを鎮める者たち――作りたる者、使いたる者、導きたる者を配してきた。ここしばらくは泰平の世が続き、三者は不在であった。だが、魑魅魍魎による悪ふざけが、目に余るようになってきた。人の中に生まれた悪しき心を膨らませ、精神が壊れゆく様を見て楽しんでいる。この事態を憂いた、ある陰陽師の願いにより、永久の闇へと誘われた人間たちを救う物を授けることにした。そこで、そなたには作りたる者となり、言霊に応える勾玉を作ってもらいたい」
「何か特殊な勾玉のようですが、いったいどのように作ればよいのでしょう?」
真佐弥は面を上げ、尋ねた。
「そなたに神気宿る道具を授ける。それらを使い、恵珠山で採れる碧玉で勾玉を作りなさい。私が立っているこの場所に、その道具を置いておく」
玉祖命が立っているのは、八つ手の葉が生い茂っている場所だった。
葉は手のひらのような形をしていて、まるで手招いているようかのようだ。
「この辺りにひとつだけ、花を咲かせておく。それを目印に根元を探しなさい。そして、道具を見つけたら、そのまま私を祀る社へ向かいなさい」
真佐弥の脳裏に、玉造の社がすぐに浮かんだ。
「社の長には導きたる者の務めを申しつけておく。使いたる者となる陰陽師と、作りたる者となるそなたを引き合わせてくれるであろう。そして、導きたる者によって、誓約を交わしなさい」
「畏まりました」
「それと、道具の側にこれを置いておく。誓約の時に必要な物だ」
玉祖命は胸元を飾っている、中央の大きな碧玉の勾玉を右手でつかんだ。軽く引っ張ると、玉をつなぐ紐が切れることなく、その勾玉だけがすっと外れた。そして、それを真佐弥に向ける。
勾玉は輪を半分に切断したような形だった。
「遥か昔、私が作った勾玉だ。使いたる者と導きたる者にも、その証として異なった形の勾玉を授けてきた。再び泰平の世に戻るまで、この証の勾玉と共に、作りたる者の任を継承していくように」
そう言い終えると、玉祖命の姿は消え去った。
真佐弥はぱっと目を開ける。反響する声の主と言葉を交わした、生々しい夢の記憶が蘇ってくる。
そなたに神気宿る道具を授ける――。確か、そう言っていた。
真佐弥は急いで支度をして、恵珠山へ向かった。鉱脈を辿りながら歩いて行くと、八つ手が群生している所に来た。
八つ手の開花は冬だ。本来なら、夏のこの時季に咲くはずがない。けれど、枝先に小さい白い花が複数集まり、玉のような形にまとまって一本咲いていた。
真佐弥はそろそろと歩いて、花に近づく。根元を見ると、槌や刃や砥石など玉作りの道具の側に、変わった形の勾玉があった。
真佐弥は背負っていた籠を降ろし、道具をその中に入れる。そして、証の勾玉を麻布に包んで胸元にしまい、玉造の社へ向かった。
玉作り集団の長という仕事柄、宮司と言葉を交わすことは多い。でも、今回はどのように話しかければいいのか。肩紐を握る手にぐっと力が入る。
真佐弥は社の近くにある、宮司の住まいを訪ねた。
宮司の妻は真佐弥の顔を見るなり、先に話しかけてきた。
「真佐弥さん、夫はお客様と祓殿で待っています。そこにおいでくださいと言ってました」
「わかりました。すぐ伺います」
夢の中の話が、目の前の現実に近づいている。そう思うと、真佐弥の足取りが軽くなった。
祓殿の戸口は全開になっていた。
「真佐弥さん、お待ちしていました。さあ、こちらへ」
宮司は事の次第をすべて承知している顔で出迎えた。そして、真佐弥を中へ通すと、戸口をぴたりと閉める。
建物の中では中央に青年がひとり、こちらを見て座っていた。真佐弥と目が合うと、柔らかく微笑んだ。女性と見誤ってしまいそうな、美しい容姿の青年――賀茂麗瑞だった。
真佐弥と麗瑞は、誓約に必要な証の勾玉をそれぞれ出す。そして、宮司の執り行いにより、ふたりは厳かに誓約を交わした。言霊に応える勾玉を作りたる者と、使いたる者として――。
「その日から麗瑞様のために、言霊に応える勾玉を作り続けてきた」
遠くをさまよっていた真佐弥の視線が、阿花里へと戻った。
「父さん、その道具を見てみたい!」
好奇心で目をきらきらさせながら、阿花里は見慣れた工房内を見渡す。
真佐弥は脇に置かれた自分専用の道具入れの中から、木砥を持ち出した。
見た目はこれといって特徴のない、ごく普通の磨き用の道具だった。
「これがそうなの? 使い方は同じ? 普通に磨けばいいの?」
「ああ。最後にこの木砥で磨いたら、完成を告げるように勾玉が三回光る。その光は父さんにしか見えないようだ」
「だから、私は今まで気づかなかったんだね。でも、なんで父さんたちふたりが一緒に辞めないといけないの?」
「一度結んだ縁を尊ぶようにという、玉祖命様のお考えらしい」
「じゃあ、なんでもっと前に、この話を私にしてくれなかったの?」
「おまえが父さんの後継者にならなければ、話す必要がないと思ったからだ」
「麗瑞さまは自分の息子を後継者に選んだんだよね」
「それは実嗣様が適任だと思われたからだろう」
家業という言葉を知る前から、阿花里は玉作りが好きだった。
成長するにつれ、父から様々な工程を教わっていく。玉作りというのは、細かい技術と経験を要する作業だと、身をもって知っていった。
悠久の時の流れとともに、逸品と謳われる玉を代々作り続ける。自分も伝統工芸品の継承に携わっていることに、阿花里は誇りを感じるようになった。
そして、父が作る玉の評判を耳にするたび、立派な玉作り職人として、父に認められたいという想いが募っていった。だから、懸命に取り組んできた。
それなのに……父の言葉は、阿花里の能力と努力を否定しているように思えてしまった。
「玉作りの技量はまだまだだって、自分でもわかってる。でも、いつか父さんに認めてもらうんだって、頑張ってきたの。私、後継ぎとして、そんなに頼りなかった? 言霊に応える勾玉の話をしようと思わないくらいに?」
「正直なところ、後継者にすることを直前まで悩んでいた。おまえに重荷を背負わせてしまうことになるからだ。だが、それ以外のことは、話してきたはずだ」
父の言葉を跳ね返すように、阿花里は何回も左右に大きく頭を振る。
「ううん、話してくれなかったよ! 母さんの形見の衣だって、どうしてずっと隠してたの!?」
「隠していたわけでは……」
果たしてそう言いきれるのか。その迷いで生じた間が、阿花里に疑念を抱かせた。
「とにかく、必要なことは順を追って知っていけばいい」
あくまでも冷静な父に反するように、阿花里は気持ちを抑えられなくなっていた。
「父さんより、志久那叔母さんや多津岐叔父さんのほうが、私のことをずっと気にかけてくれてるよ! 何でも話せて、何でも教えてくれる! 多津岐叔父さんが、私の父さんだったらよかったのに!!」
言い終わった瞬間、阿花里ははっと息を止めて固まった。勢いで口走ってしまった言葉。今さら、言わなかったことには出来ない。
幼い頃から一緒に遊んだり、たわいのない話を聞いたりしてくれたのは、叔父の多津岐だった。父である真佐弥との会話といえば、玉作りのことがほとんどだった気がする。
だからといって、父の存在を打ち消していいわけがない。ましてや、嫌ったことなど一度もないのに――。
表情が乏しくて、顔色もほとんど変わることのない父の顔。けれど、今は傷ついた顔が露になっていた。
脈を打つたび、阿花里の胸がぴきっぴきっと裂けていくように傷む。この場から逃げたくなって、阿花里は工房から飛び出してしまった。
真佐弥は呼び止めることも出来ず、うな垂れて両手で頭を抱える。
形見の衣を受け取ったら、阿花里が母親のことを根掘り葉掘り尋ねてくるかもしれない。
陰陽師と関わることで、自分の身の上を知り、ここを離れてしまうことがあるかもしれない。
そして、阿花里の人生を狂わせてしまうかもしれない――。
そう考えたら……真佐弥は阿花里に、なかなか言い出せなかったのだ。
