玉響恋物語

 翌日、真佐弥は朝飯を食べ終えると、集落内で作り上げた勾玉をすべて麻袋に入れ、忌部氏の屋敷へ出掛けた。

 阿花里が玉を納めに行く父を見送ると、茶色い小さな翼が目に飛び込んできた。やっと返事が来たと、阿花里は右手に伝鳥を乗せる。

「ハラエドノニイル」

「今から行きます」

 阿花里は着替えをせずに、作業衣のまま家を出る。

 どうか無駄な心配でありますようにと願いながら、祓殿へ向かった。

「阿花里です。実嗣様。今日は勾玉のお渡しではなく――」

「来るな!」

 実嗣の強い拒絶に、阿花里はびくっとして、祓殿の戸を開けようとする手を止めた。

「急用が出来たから、すぐに帰る!」

 そう言われても、失踪中の宮司の妻のことで、実嗣には一刻も早く力になってもらいたい。そのために連絡をしたのだから、阿花里は少しだけでも話を聞いてもらおうとした。

「実嗣様、お願いです! 大事な話があるんです!」

「だめだ! 今すぐ帰――」

 阿花里は意を決して、戸を開けた。

「実嗣様! どうして……どうしてそんなことを!?」

 阿花里は問いかけながらも、自分の目を疑っていた。実嗣が宮司を蔓の紐で縛っているからだ。

「阿花……里さん、た、助け……。さ、実嗣さま、が……」

 宮司は苦しそうに目を細め、少しでも声を出そうと、口を出来る限り大きく動かしながら訴える。

 救いを求める宮司のほうへ、阿花里は歩み寄った。

「阿花里! 来るなと言っただろう!」

 阿花里を制止しようと、実嗣は鋭い目つきで怒鳴った。

 けれど、阿花里は目を見て、覚悟を決めた。激しく脈を刻む心音が、胸の谷間にある証の勾玉をいざなっているようだった。

 阿花里は一度大きく深呼吸してから、証の勾玉を襟元から出して唱える。

「闇兆!」

 勾玉が瞬く間に黒光りした。震える手にぐっと力を入れて、阿花里はもう一度叫ぶ。

「闇砕!」

 暗闇のような色に変色した勾玉から黒い煙が伸び、宮司の頭上で止まった。

 その煙が渦を巻き始めると、宮司の体から黒い気が出てきた。そして、ひとまとまりになる。その渦は徐々に勢いを無くし、ぱっと消えた。

 宮司は鈍色になっていた眼をゆっくり閉じた。

 阿花里は手の内側を自分に向ける。さっき(からす)のように真っ黒に変わってしまった勾玉が、(おす)真鴨(まがも)の頭のような碧色に戻っていた。

 自分のやったことに腰を抜かしそうになりながらも、阿花里は目の前で起こった出来事をしっかり受け止める。

「実嗣様、もう縛る必要はありません。宮司様を早く楽にしてあげてください」

「わ、わかった。でもいったい、どういうことだ?」

 実嗣は言われるがまま、縛拘の術を解いた。生まれたばかりの赤子がいきなり言葉をしゃべるような、信じがたい場面を見たような顔をしている。

「宮司様の奥様が行方不明なんです。そのことが影響して、こういう事態になってしまったんだと思います。宮司様の眼が峯理様の時と同じようになっていたので、証の勾玉を使って祓うことにしました」

「なぜ、おまえが術を……?」

「玉祖命様が私のところに現れました。常闇の禍玉と浄明の勾玉は、誓約の儀に関わった人には効かないそうなんです。だからもし、使いたる者か導きたる者が悪い気にとらわれてしまったら、私が証の勾玉を向けて呪いを唱えるよう、お話しになりました」

「俺たちが? では、おまえが闇に堕ちた時はどうする?」

「私は玉祖命様から授かった玉作りの道具を使って触れていれば、陰の気が浄化されるそうです」

 阿花里の話に、実嗣は疑問をもたなかった。

 宮司の眼球の色が変わった時、常闇の禍玉を使っても無反応だったことに合点がいく。

「真佐弥さんも阿花里と同じことをしていたのか?」

「いいえ。私には陰陽師の血が流れているからと……」

「そうか。おまえは弓削家の……娘の子供だったな」

「何? 弓削の血筋の者がそこにいるのか?」

 聞き覚えのない声に、阿花里は戸口にぱっと顔を向けた。

 実嗣と同じ色の狩衣と指貫姿の男性が立っていた。恰幅(かっぷく)が良いせいか、貫禄がある。

 不意打ちのような出現に、実嗣は驚きを隠せなかった。

「弓削……恒道様。なぜあなたがここに?」

「祓いの用があってきた。そんなことより、弓削家の娘の子供……と言っていたな。まさか…………依子の子か!?」

 恒道は阿花里に視点を定めたまま、ゆっくりと建物の中へ入ってきた。

 阿花里はどう答えてよいのかわからず、実嗣を見る。

 はっきり聞かれてしまっていては、言い逃れ出来ないだろう。阿花里に何かあれば、峯理も助けてくれるはずだと、実嗣は肯定することにした。

「そうです。阿花里、こちらは峯理殿の義理の兄上、弓削恒道様だ」

「なんと! 依子は結婚していたのか!?」

「はい。でも、母は私を産んですぐに亡くなったそうです」

「結婚したなんて連絡は一度もなかったぞ。それに、西海道へ下っている途中で病に伏したと報告があった。その後、依子の式神の気配を感じなくなったと、私の式神が言っていた。だから、てっきり依子はそこで亡くなったものだと……。いったいどういうことなのだ? それに、おまえはさっきの勾玉をどこで――」

 突然、恒道の袖口が赤く光った。何かの欠片(かけら)のようなものが、袖括(そでくくり)りの()にくっついていて、そこから発光している。その光は恒道の左右の耳の穴へと伸びて、すっと入っていった。

 恒道は頭だけ力が抜けたように、がくっと首を前に垂らす。

 実嗣が声をかけようとした時、恒道は顔を上げた。赤光りする欠片と、同じ眼の色になっている。

 恒道は阿花里に近づき、右手で阿花里の口を覆った。袖口から見える恒道の手首には、白瑪瑙の丸玉でつくられた腕輪がはめられていた。

喪神(そうしん)

 恒道がそう唱えると、阿花里は瞬く間に気を失った。