玉響恋物語

「峯理殿、体を清めましょう。溜め込んでいた想いをすべて吐き出してください」

 実嗣は浄明の勾玉を手にした。

「邪に染まりし魂を浄め、明るき道を授け給え」

 勾玉から、白く神々しいほど清らかな気が放たれ、峯理を覆った。

 峯理は実嗣から真佐弥へとゆっくり視線を動かし、語り始めた――。

 (みそ)(おとこ)の子――。峯理は子供の頃、遠縁の親戚である弓削の本家に引き取られ、そう呼ばれていた。

 分家で生まれ育った父は自由奔放に生き、問題を起こすことが多々あった。だから、一族の中では、厄介者の存在だった。

 父は初老に差し掛かる少し前に、親子よりも年が離れていて、身分の低い夫のいる女性の元へ通い始める。

 彼女は夫にこの事を気づかれ離縁されると、峯理の父の家に住むようになった。そして、峯理が生まれる。

 それから間もなく母が病気で亡くなると、父も後を追うかのように病死した。

 父は生前、本家の家長である恒定(つねさだ)に、自分が亡くなった後は残された子供の面倒を見てほしいと頼んでいた。

 恒定は正妻と嫡男と一緒に住んでいる。

 正妻は跡継ぎである息子に悪影響を及ぼすのではないかと、峯理に対して好意的に接しなかった。

 恒定もその事を案じていたので、自分の息子とはかなり差をつけて接した。峯理に質素な部屋に住まわせ、十分な教育もさせなかった。

 そして、峯理を良く思わない者たちは、峯理の父を夫のいる女性の元へ通う男――密か男と言い、その子供の峯理を密か男の子と言っていた。

 けれど一人だけ、峯理を茅君(かやぎみ)と言う人がいた。恒定の娘の依子だ。茅のように強く、どんな時でもたくましく生きて欲しいと、そう呼び始めた。

 依子は峯理と同じで六歳の時に母を亡くし、この屋敷に連れてこられた。弟か妹が欲しかった依子は、峯理を姉上と呼ばせて可愛がった。

 数年後、唯一信頼出来る存在だった依子が、病を理由に峯理に会えなくなり、そのまま亡くなってしまった。

 不思議なことに、依子と会えなくなってから、峯理の状況が大きく変わっていった。

 峯理は恒定と親子の関係になる。とはいっても、養子よりも結びつきの薄い猶子(ゆうし)という形だった。

 その後、元服して峯理と名乗り、教育もきちんと受けて出仕するようにもなった。

 それから仕事の流れで、この地を訪れることが決まる。

 そのことを理狐に話すと、本当のことを打ち明けられた。依子が亡くなる前に、彼女の式神だった兎依(うい)から、理狐が直接聞いたことを。

 まだ幼い峯理がうっかり他人にしゃべってしまうのを避けるために、兎依は理狐に口止めをしたのだ。

 けれど、峯理が大きくなって、依子のことをまだ慕ってくれていたら、理狐の判断で真実を伝えても構わないと言葉を残していた。

 兎依が直接峯理に伝えることが出来ないのは、弓削家のやり方で創造した式神は、使い主が亡くなると、消滅してしまうからだ。

 真相はこうだった――。

 依子の父と義兄は、不思議な力を持つ勾玉があるらしいという噂を聞き、探し出そうとしていた。

 そのことを知った依子は、峯理の境遇を改善することと引き換えに、その勾玉を探しに行くことを願い出た。

 好奇心旺盛で式神のいる依子なら、何らかの情報を得ることが出来るかもしれないと、父と義兄はその提案に乗った。

 それで、依子は病で臥せっているということにして、峯理には黙って出発した。

「――僕が一番驚いたのは、姉上があなたと夫婦になり、子供を産んだことだ」

 阿花里は一瞬、聞き間違えたのかと思った。けれど、峯理の非難の目は、父に据えられたままだ。

 他人事ではなさそうな話に、阿花里の心臓が真実を追い求めるように駆け出す。

「姉上がどう過ごしていたのか、あなたに会って聞きたくなった。だから、僕は理狐にあなたの家を探させた」

 峯理は少し息苦しそうに咳をした。

 実嗣は小声で呪いを唱え、峯理を縛っていた紐を消して楽にしてやった。

「姉上の夫は玉作り集団の長で、名前を真佐弥という。兎依が話したその情報を頼りに、理狐は人の姿に化けて尋ねまわり、あなたの家を見つけた。だけど、中に入ってみると、姉上が住んでいた形跡が何もなかったと、理狐が嘆いていた」

 理狐が腹を立てながら立ち去ろうとした時、真佐弥と阿花里が家に帰ってきた。

 ふたりは工房へと移動したので、理狐も後を追う。

 そこで、真佐弥は言霊に応える勾玉について、阿花里にひととおり説明を始めた。それを理狐はすべて聞く。

 阿花里はつい最近まで、母親の形見があることも知らなかったらしい。

 真佐弥は依子のことを大切に想っていなかったのではないか。ぞんざいに扱っていたのではないか。理狐はそう考えて、峯理に伝えた。

「僕はその日の夕方、湖へ行った。あなたと口論になった娘が工房を飛び出し、ひとりで湖にいると理狐に聞いたから。姉上の娘に会いたいと、僕は急いで忌部殿の屋敷を出た」

 阿花里は震える想いで、峯理の話に聞き入っていた。

 遮る者もなく、峯理は話し続ける。

「僕はとても驚いた。彼女があまりにも、姉上に似ていたから。姉上を最後に見た姿が、彼女の年の頃と近かったせいもあるかもしれない。僕を優しく育んでくれた姉上との想い出が、いっきに蘇った。父親とうまくいっていないなら、彼女はここにいるより、僕が引き取ったほうがいい。手を傷だらけにして働かなくても、食べる物や着る物くらい、今の僕にはあげられる。ただそれには、あれこれ口やかましく言ってくるであろう、義両親(りょうしん)や義兄を何とかしなければならない。そう考えて覚悟を決めた。それが、姉上への恩返しにもなると思ったから」

 峯理が特殊な勾玉を手に入れ、闇に堕ちた者たちを救ったことが周知となれば、弓削家の手柄となるだろう。義両親も義兄も、自分に頭が上がらなくなるはず。だから、弓削家の繁栄を握る鍵になろうとした。

 でも、峯理は陰陽師ではない。それは、義母――恒道の母親が、猛反対したからだった。

 自分の息子に取って代わり、峯理がまかり間違っても弓削本家を継がないよう、釘をさした。

 峯理が陰陽師にならないことを条件に、夫が峯理を自分の子として育てることを義母は認めたのだ。

 けれど、峯理は人知れず、陰陽道の知識を得ていた。

 通常は使い主や他の式神以外には姿を見られることのない理狐が、陰陽道に関する書物を見つけ出しては、こっそり峯理に持ってきていた。峯理は好奇心から読み(あさ)り、詳しくなっていった。

 峯理は使いたる者になるため、証の勾玉を手に入れようと策を考え始めた。

 実嗣は玉造の社に滞在している。用心のために結界を張ったらしく、理狐は社の中に入ることが出来なかった。

 行動を起こすには、理狐の助けがあったほうがいい。峯理はそう考え、実嗣を社の外へ出るよう仕向けることにした。

 忌部行長はこの地で作られる玉の流通を取り仕切っていると、初対面の時に誇らしげに話していた。

 そこで、峯理はある筋書きを考えた。

 真佐弥が忌部氏を無視し、京の人に直接玉を渡している。そのことを同じ集落の玉作り職人に扮した理狐が密告する――。

 行長は激しく怒り、真佐弥を追及するはず。そして、困った真佐弥は、賀茂氏に助けを求めるだろう。そうすれば、賀茂氏は何か手を打ちに、社の外――結界を出るに違いない。

 証の勾玉を奪う機会だけでなく、同時に真佐弥から忌部氏の信頼を失くすことも出来る。

 この案を進めることにし、実際、峯理の思惑どおりに進んでいった。

 そして今日、阿花里たちは忌部氏の屋敷を訪れた。

 実嗣たちが何か策をめぐらしている考え、峯理は行成を術で操り、後で行くと下人に伝えて眠らせる。

 そして、姿の見えない理狐に阿花里たちがいる場所へ行ってもらい、こっそり様子をうかがわせることにした。

 すると、実嗣が突然姿を現し、行長たちから言霊に応える勾玉の記憶を消してしまった。

 急いで峯理のところへ戻った理狐からその話を聞き、行成に化けてもらうよう理狐に頼んだ。持っている玉をすべて行成に渡してもらうことで、怪しまれずに証の勾玉を手に入れられるかもしれないと思ったからだ。

 それに、真佐弥たちの手前、実嗣は行成に手荒なことはしないだろう――と。

 けれど、計画は頓挫(とんざ)してしまった。

「峯理殿は妖に黒い息を吹きかけられましたよね? いつ、どんな感じだったのか教えてください」

 峯理が話し終えると、実嗣はさっそく尋ねた。

「彼女が家出をしたと理狐から聞き、湖へ向かっている途中だった。姉上が弓削の屋敷に戻らなかったのは、あの男が家から出さないようにしていたのではないか。そして、姉上が死んだら、弔うこともしなかったのではないか――。だから、姉上をこの地へ行かせた連中を許せなかった。僕が使いたる者になれば、復讐出来る。そんなことを考えていたら、目の前を黒い塊が横切ったので、何ごとかと思い馬を止めた」

「それで、妖の姿を見たんですね?」

「……おぞましい姿だった。牛の頭に蜘蛛の胴体。そして、人間の言葉を話していた」

 欲望や復讐は人間が持つ自然な感情だ。抑え込む必要はない。おまえの企みを実現させるために、能力をひとつ授けてやろう。さあ何を望む?――そう話しかけてきた。

 そして、ある能力を望んだ途端、黒い息を吹きかけられた。

 阿花里が初めて会った時にはもう、峯理は悪気を取り込んでいたのだ。

「僕はいちばん欲するものを見つけられる能力を妖からもらったはずだった。だけど、使いたる者が持つ証の勾玉がどれなのか、僕にはわからなかった。今も見つけられないということは、実嗣殿は証の勾玉を持ち歩いていなかったんだね」

 実嗣はひとつだけ残っている碧玉の勾玉を拾った。

「これが使いたる者の証の勾玉です。峯理殿が気づかなかったというのは、いちばん欲しいものが、これではなかった。そういうことではないのですか?」

「僕がいちばん欲しいものが、他のものであると?」

「あなたは阿花里の気持ちを確かめずに、父親から引き離してもいいと本当に思ったのですか? 復讐することが亡き姉上のためになると、本当に思ったのですか? それらを実行するために、証の勾玉が本当に欲しかったのですか?」

 峯理は目を閉じ、静かに首を横に振った。

 今、初めて気づいた。自分が心の底から欲していたもの――。それは、無条件で自分を癒してくれて、心安らげる存在。

 依子がいなくなった後、峯理は自分でも気づかないうちに、それを求め続けていたのだ。

 そして、それは見つかっていた。あの湖で、一緒に夕陽を見た時に――。