玉響恋物語

 翌日、阿花里と真佐弥が工房で玉を作っていると、どこからともなく(すずめ)のような鳥が一羽、真佐弥の目の前に現れた。

「麗瑞様からだ。伝鳥(つてどり)といって、言伝(ことづて)をしてくれる」

 真佐弥はこうやって、麗瑞から連絡をもらっていた。伝鳥は伝達する相手を見つけると、手や腕に乗せるまで、ずっと後を追いかけてくる。

 今までは阿花里に知られないよう、真佐弥は伝鳥に気づいたら、ひとりになれる場所へと誘導していた。

 真佐弥は右手を前に出す。すると、伝鳥は羽をぱたぱたさせて近づき、その上に止まった。

「セイヤクノギシキヲ、ハジメルカラ、イマカラハラエドノヘ、キテモラエルカシラ」

 伝鳥は抑揚のない声で、同じ文言を三回繰り返した。

「わかりました。すぐに伺います」

 真佐弥の返事を聞くと、伝鳥はすっと姿を消した。

 阿花里は伝鳥が乗っていた父の手をまじまじと見る。

「父さん、すごい人と接してるんだね。普通では考えられないことをする人に、父さんが作った勾玉を渡してるなんて……」

「おまえはもう他人事ではないだろう。さぁ、出かける準備をしなさい」

 真佐弥は昨夜、阿花里から事の次第を聞いていた。実嗣がいきなり工房に現れ、阿花里との誓約を決めたということを――。

 真佐弥は阿花里の決意が固いのを見て、黙って見守ることにした。

 ふたりが祓殿へ入ると、宮司が中にいた。

 宮司は白い無紋の上衣と袴を着用した浄衣姿(じょうえすがた)で、戸口に向かって座っている。導きたる者である宮司は、誓約の儀を執り行う重要な任務を与えられていた。

 麗瑞と実嗣は、宮司から見て右側に並んで座っていた。真佐弥と阿花里は、ふたりと向かい合うように腰を下ろす。

「阿花里ちゃん、決心してくれてありがとう」

 麗瑞は阿花里にすぐ謝意を伝えた。

「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします」

 阿花里は薄畳の上に両手を置いて、深々と頭を下げた。

「ふふふ。まるで、うちに嫁に来るみたいね」

「嫁っ!?」

 阿花里と実嗣だけでなく、物事にあまり動じない真佐弥まで一緒になって、驚きの声をあげた。

 その様子を見て、麗瑞は愉快そうにくすくす笑う。

「おぬしら、麗瑞の冗談にやすやすとのるな」

 宮司の横にいる守彦があきれ顔でたしなめる。

つい反応してしまった真佐弥は軽く咳払いをして、実嗣に向かって手をついた。

「実嗣様、阿花里はまだ若輩ゆえ、ご面倒をおかけするかもしれません。ですが、何卒(なにとぞ)よろしくお願いします」

 すると、麗瑞の目がきらっと輝いた。

「ねぇ、今のは娘を嫁に出す父親っぽくなぁい?」

 麗瑞は(ひじ)で実嗣をつんつんとつつく。

「麗瑞様、お戯れが過ぎます」

「はいはい」

 実嗣から名前を様づけで呼ばれ、違和感なく返事をする麗瑞。ふたりはやはり実の親子ではないのだと、阿花里は実感した。

「では、始めましょう」

 宮司の言葉に、まるで静かに夜明けを待つような厳粛な空気が漂った。

「麗瑞様、真佐弥さん、証の勾玉を継承者に渡していただけますか」

 宮司の指示に従い、真佐弥は胸元から麻布を出して丁寧に開いていった。中に入っているのは、円を半分に切断したような勾玉。真佐弥はそれを阿花里に手渡した。

 麗瑞は常闇の禍玉と浄明の勾玉がぶらさがっている腕輪から、証の勾玉を外して実嗣に渡す。勾玉は内側が二箇所えぐられ、獣のような形をしていた。

「実嗣様、阿花里さん、譲り受けたその勾玉は、あなたたちが誓約者である証です。勾玉を手のひらに乗せてください」

 宮司はそう伝えると、自らも所有する勾玉を右手のひらに置いた。ふたりと同じ碧玉の勾玉だけれど、形が違う。ほぼ円形に近いものだった。

 阿花里と実嗣は宮司と同じように、証の勾玉を手の上に乗せた。

 それを確認した宮司は、誓約の儀の祝詞(のりと)を奏上する。

晦冥(かいめい)光明(こうみょう)――対極をなす二つの御玉に神気の力を導き給へと恐み恐み白す」

 すると、ふたりの手の中にある勾玉が、ちかちかと白光を放ち始めた。

 宮司が持っている証の勾玉も、白い光を発している。そして、光線となって二方向に分かれ、阿花里と実嗣の勾玉へと、それぞれ伸びていった。

 さらに、阿花里の勾玉は実嗣の勾玉に、実嗣の勾玉は阿花里の勾玉に向かって、ひと筋の光を出す。ぶつかった瞬間、一直線につながった。

 三つの勾玉が線で結ばれ、光に縁取られた三角形の透間(すきま)が出来た。しばらく輝いた後、光の線はぱっと消滅した。

「これで儀は終わりました。麗瑞様、真佐弥さん、今までお疲れ様でした。実嗣様、阿花里さん、これからのご活躍、期待していますよ」

 宮司はひとりひとりの顔を順に見ながら、言葉をかけた。

「阿花里ちゃん、早速だけど……阿花里ちゃん?」

「はっ、はいっ!」

 阿花里は麗瑞のほうに慌てて顔を向けた。初めて見た誓約の儀に興奮し、ぼーっとしていた。

「実嗣のために、言霊に応える勾玉をとりあえず一対――二個作ってもらえるかしら」

「はい! いつまでに作ればいいですか?」

「そうね……出来るだけ早くでお願い」

「わかりました! 出来るだけ早くですね!」

 ふたりの会話を実嗣は(いぶか)しげに聞いていた。具体的な日数ではなく、感覚でやり取り出来る阿花里と麗瑞を不可解に思ったからだ。

「真佐弥、今までありがとう。私にとってあの勾玉は、とても心強い味方だったわ」

「私のほうこそ、お礼を申し上げます。作りたる者として玉を作り、麗瑞様にお渡しすることで、職人としての誇りを感じました」

 自分もその時が来たら、父親たちのように讃え合いたい――。実嗣の顔を見ながら、阿花里はそう思った。

 ふと、実嗣にお礼をまだ言ってないことに気づく。

 昨日、母の形見の衣の袖を置いていってくれたので、阿花里は感謝の気持ちを伝えようと思っていた。なのに、視線がいっこうに合わない。

 実嗣は阿花里と目が合わないようにしていた。その話に触れたくなかったからだ。

 実嗣は自分の左手首にそっと触れる。実嗣の母の形見の貝輪だ。

 こうして触れていると、阿花里に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 だから、この罪悪感がもう少し薄れるまで、実嗣は阿花里と小袖の話をしたくなかった。