白衣の断罪者 ——腐った権力を切り刻む

手術室の重い自動ドアが開き、田口が誇らしげに顔を出しながらマスクを外した。
「ふう、危なかったが、俺の技術でなんとか助けたぞ。見ていたか、如月。あれが外科医の仕事だ」

周囲の看護師たちは、田口の言葉を聞いて顔を見合わせた。実際には彼が焦って動脈を傷つけ、あわやという状況だったことは誰もが知っている。しかし、誰も口には出さない。この病院では、実力よりも「誰に権力があるか」がすべてだからだ。

「……はい、田口先生の的確な止血判断、本当に勉強になりました。あの状況で、あそこまで落ち着いて対応できるなんて……」

私は精一杯の崇拝の眼差しを向け、語尾を震わせて言った。田口は鼻の頭をこすり、上機嫌で肩を揺らす。

「まあな。お前のようなトロい奴には、一生かかってもできない芸当だ。……今日はもう上がっていいぞ。俺は部長に報告がある」

「ありがとうございます!」

私は頭を下げ、彼が去っていく背中を見送った。
田口が角を曲がり、完全に見えなくなった瞬間、私の表情からすべての感情が抜け落ちた。

(「勉強になりました」か。……ええ、確かに勉強になったわ。あなたのその傲慢さが、どれだけ簡単に病院のシステムを破壊できるかのね)

私は更衣室へと向かった。ロッカーの奥底にあるスマートフォンを取り出し、数秒の通信を確立させる。
田口が執刀中にパニックを起こした際、私は密かに彼のハンドマイクをハッキングし、オペ中の全音声を録音し終えていた。
さらには、オペ中の彼のミスをカバーするために私が誘導した事実も、すべて記録として残っている。

彼が鬼塚部長に報告すればするほど、彼は自分のミスを隠蔽するために嘘を重ねるだろう。そしてその嘘は、病院の公式記録と私の手元にある真実のデータとの間で、決定的な食い違いを生むことになる。

私は白衣を脱ぎ、私服に着替えた。
鏡に映る自分の姿は、どこにでもいる地味な研修医に過ぎない。誰一人として、この女が裏で病院の崩壊を画策しているなどとは夢にも思わないだろう。

病院を出ると、冷たい夜風が肌を刺した。
夜の街は、昼間の病院とは比べ物にならないほど騒がしく、そして欲望に満ちている。
人々の幸福の裏側には、必ずと言っていいほど理不尽な構造が存在する。
私の妹が奪われた時もそうだった。誰もが「仕方ない」と言い、誰もが「自分には関係ない」と目を背けた。

その理不尽を、ただ眺めるだけで終わらせるのか。
それとも、自ら手を下して終わらせるのか。

私は歩き出しながら、スマートフォンをポケットの中で握りしめた。
私の戦いは、これからが本番だ。
病院という巨大な城壁の一角を崩した今、次に狙うべきは、鬼塚が裏で繋がっている製薬会社、そしてその背後にいる政財界の汚物たちだ。

(待っていなさい。あなたの人生を狂わせた連中を、一人残らずこの手で摘出するまで、私は止まらない)

ふと見上げた夜空には、星一つ見えない。
だが、私の眼差しは確信に満ちていた。
明日、この病院には、田口が報告した「嘘の功績」によって、新たな綻びが生まれる。
彼らが築き上げてきた鉄壁の権威が、小さな亀裂から崩れ去る時が楽しみで仕方がない。

私は闇に溶け込み、日常という名の仮面を被ったまま、次の獲物を探すための帰路についた。
聖域の浄化は、まだ始まったばかりである。