白衣の断罪者 ——腐った権力を切り刻む

救命救急センターの自動ドアを押し開けると、そこは戦場のような喧騒に包まれていた。
モニターが刻む無機質な電子音。飛び散る血液と、慌ただしく駆け回るスタッフたちの足音。
その中心で、一人の若い作業員がストレッチャーに横たわっていた。

「血圧低下、意識レベルも低下しています! 早くオペ室を……!」

看護師の悲痛な叫びを、外科医の田口が冷ややかに遮った。彼は鬼塚の腰巾着で、金にならない患者を露骨に嫌う男だ。

「大げさだな。搬送されてきたばかりだ。まずは保険適用の確認が先だ。こんな身元も知れぬ作業員のために、貴重なオペ室を空けられるか」

「しかし、このままでは!」

「俺の指示に従えないのか?」

田口の冷酷な言葉がフロアに響く。周囲のスタッフは誰も何も言えない。病院という組織のヒエラルキーが、彼らの口を封じているのだ。

私は、その様子を少し離れた場所から静かに観察していた。私の白衣のポケットの中で、スマートフォンが微かに振動する。協力者からの『エコー』からのメッセージだ。
『田口の裏金口座、今夜送金予定の記録を確認。もしこの患者を放置すれば、病院の救急受け入れ基準違反として告発できる確たる証拠になる』

私は薄く笑った。
(田口、あなたという人間は、救いようがないほどに欲にまみれているのね。自分の保身のために、また一つ、自ら首を絞めるロープを編んだわ)

私はわざとドジを踏むように、ワゴンにぶつかりながら大げさに転んだ。

「きゃっ……! ご、ごめんなさい……!」

私の突然の登場に、田口が顔をしかめて振り返った。

「如月か。……またお前か。下がっていろ、目障りだ」

「あ、あの、患者様が……」

私は怯えた様子で立ち上がり、ストレッチャーに横たわる青年を見た。彼の顔色は蒼白で、すでに呼吸すら苦しそうだ。私はわざとらしく震える手でタブレット端末を覗き込む。

「田口先生、この……この検査値、以前のカルテデータと照らし合わせると、脳内出血の疑いが非常に高いです。……もし今、オペをしなかったら、患者様は確実に……」

「黙れ! 新米の分際で指図するな!」

田口は私を怒鳴りつけた。だが、私はひるまない。ここからが「掃除」の始まりだ。
私は怯えたフリを続けながら、小声で、しかし彼にだけは確実に聞こえる声で囁いた。

「田口先生。もし、今ここでこの患者を放置して、数時間後に彼が亡くなったら……この病院の『救急受け入れ拒否』の記録と、先生が保険確認を優先させた指示が、すべて公になりますよ」

田口の瞳が大きく見開かれた。彼が背筋を凍らせたのがわかる。

「……何、を言っている」

「私はただの『無能な医師』です。でも、今の会話と、先生のその指示は、全部私のタブレットに録音されています。……この患者を救うか、それともこの病院から追い出されるか。選ぶのは先生です」

私は怯えた表情を崩さず、しかし目は全く笑っていない、冷酷な瞳で田口を見据えた。
田口の顔色が変わる。怒りから恐怖へ、そして計算へと。
彼は判断を迫られている。このまま患者を放置して告発されるリスクを取るか、それとも自分のキャリアのために、嫌々ながらも執刀するか。

「……くっ、分かった!」

田口は悪態をつきながら、外科スタッフを怒鳴り散らした。

「オペ室を確保しろ! 今すぐだ! ……如月、お前も来い。責任は全部お前に被せてやる!」

「は、はい……!」

私は必死に怯えるふりをして、彼の後ろをついていく。
オペ室への廊下を歩きながら、私は心の中で静かに呟いた。

(いいわ、その調子。あなたは自分の手を汚すことで、私のための『証拠』を積み上げていくのよ)

オペ室に入ると、そこは徹底的な清潔区域だった。
手術台の上で、青年は生死の境を彷徨っている。
田口が手袋をはめ、メスを手に取る。その手は少し震えていた。彼には、この青年を救う確かな技術がないからだ。

私は麻酔医の横に立ち、モニターを凝視する。
田口は無難な手順で執刀を始めたが、出血点を見誤り、動脈を傷つけてしまった。血液が勢いよく噴き出す。

「くそっ! 出血が止まらない!」

田口が慌てふためく。このままでは、患者は数分で死ぬ。
ここから先は、私の出番だ。

「田口先生……! ここは、右の動脈を……!」

私は、まるでたまたま思いついたかのように、的外れな指示を装いながら、実際には「確実に止血できる的確なポイント」を指し示した。
田口は焦りから、私の言うことを疑いもせず、そのまま指示に従う。

「……っ! 止まった……?」

出血がピタリと止まる。
田口は呆然として、何が起きたのか理解できていない。

「凄いです、田口先生! 今の止血、神業でした!」

私は大げさに手を叩き、彼を褒め称えた。
田口は自分の実力だと勘違いし、徐々に自信を取り戻していく。

「……フン、これくらい当然だ。お前は黙って見ていろ!」

(ええ、見ていますよ。あなたがこのオペを成功させ、その功績でさらに調子に乗り、その足元を私がもっと深く掘る様子を)

青年の心拍数が安定していく。
私はオペ室の隅で、冷たい笑みを浮かべた。
病院という城壁の、たった一つの石を抜いた。
この連鎖が止まることはない。私は、必ずこの病院を浄化してみせる。