桜ノ命は五人の神使に祈りを捧ぐ

それから、私はこの建物を案内してもらった。
ここは“宮”と呼ばれる桜ノ命の関係者が集う、いわば隠世の中心地だという事だ。

「んでさっきの場所は協議部屋(きょうぎべや)。堅っ苦しくて好きじゃないんだよな」
「澄も〜」

宮の案内役を買って出てくれたのは虎徹と澄だった。
虎徹は澄に連れられただけのようだけれど……。

「二人もああいう時はしっかり発言するのね」
「言うこと言わねえと早く終わんないだろ?こちとらさっさと終わらせたいんだよ」
「神使だからって発言もとめられても困るよね〜」
「そう……」

思ったよりも不真面目だ。
けれど、それが少し等身大っぽく映り私は安心する。

「でも、私に桜ノ命をやれって言うのは困るわ」
「悪いって。でもそれが最善なのは美桜も分かってんだろ?」

美桜。
そう呼ばれてもまだくすぐったい気持ちだ。

「僕、お姉ちゃんが神様になったらいっしょうけんめい守るよ!」
「おっ、頼もしいな」

澄が小さな拳を握りしめて目一杯強い顔をする。
その強気な顔が可愛らくて仕方がない。

「まあ澄もこう言ってるし、俺もあんたが桜ノ命になったら命に変えてでも守るよ」
「命に変えてもって、そんな大袈裟な……」
「やるよ。それが使命だから」

射抜くような視線が私を貫く。
さっきまでの適当な彼とは大違いだ。

私より年下だろうこの子達に慰めさせてしまったなと反省する。
けれど、私の心に温かい光が灯る。

「ありがとう。まだ決断は出来ないけれど、とても嬉しいわ」

そう言って私は澄の頭を撫でる。
気持ち良さそうに笑う彼をこちらが守りたいと思った。

「……やる?」
「んなっ!!いらねぇよ!!!」

虎徹が黙って見ているから念の為彼にも聞いたのだが、耳を真っ赤にして否定される。
嫌われてしまっただろうか。
二人とは今後良い友人になれそうだなと思っていたのに。

「そうだ!都にいってみたら?」
「都?」
「街のことだ。色々売ってて楽しいと思うぜ」

虎徹が平静を装いながら教えてくれる。
都……なんだか楽しそうな場所だ。

「私、行ってみたい」
「分かった!つたえておくね!」
「ん?誰に?」
「なんでもないよ!いってらっしゃいお姉ちゃん!」

**

「何これ……」

宮から歩いて数分。
広い広い宮からやっと出られたと思えばとんでもない光景が広がっていた。

「に、人間じゃ……ない……?」

歩く人々は一見人の形をしている。
しかし、翼が生えている者、獣のような耳が付いている者、三つ目の瞳が額に付いている者、様々な者が通りを歩いている。
見慣れない光景に私は咄嗟に物陰に隠れてしまった。

「お嬢ちゃん!何してるんだい!」

隠れた場所が悪かったのかあっさり見つかってしまう。
ああ、私の人生はここで終わりだ。

「あんな所に縮こまって、あんた大丈夫かい?」
「は、はい……」

ぱっと見はふくよかで大柄な女性だが、そのお尻には尻尾のようなものが生えていた。

「そんな辛気臭い顔してたらカラクリに狙われてしまうよ!はい、これ持ってきな!」

そういって渡して来たのは饅頭の詰め合わせだった。
慌てていたから気づかなかったけれど、ここは和菓子を売る露店の様な所だった。

「こんなに沢山、いいの?」
「困った時は助け合いだろ?気にするな!」

バチコーン!
と音が聞こえて来そうなウインクを私に飛ばしてくる。
あまりに豪快だったので笑ってしまった。
ここへ来てはじめて心から笑った気がするな……。

もう少し都の事を知ってみよう。
そう思い、私は雑踏の中に足を踏み入れた。

**

すごく賑やかな場所だ。
これが都を見て回った感想。
通りには沢山の提灯が吊り下げられ灯りが灯る。
まるでこの世界に真昼が来たようだった。
様々な店があるせいか人通りが非常に多く、雰囲気からもここが暖かく感じられる要因だろう。

「それにしてもこれ、持って帰れるかなあ……」

両手いっぱいの荷物。
見慣れない私に話しかけてくれる店の人も多く、桜ノ命の事は伏せて私の身に起こった事を話すとーー

『あんた……頑張ってて偉いわねぇ!!これ持っていきな!!」

といった具合に……。
いつの間にか食べ物や菓子、鞄や服の衣類まで渡してくれる人もいた。
皆優しいな。
見ず知らずの人にここまで出来るなんて。

桜ノ命が居なくなりこの隠世には闇が訪れてしまったかもしれないが、ここの人たちの心は以前のまま……闇が訪れてしまったからこそ、暖かい心を保とうとしていると私は感じた。

「ちょっと休憩しようかな」

店や人々に夢中になっていたからか、かなり遠くまで来てしまったようだ。
通りを抜けいつの間にか人気のない所にいた。
少し開けた広場の様な場所が見える。
あそこのベンチにしよう。

「手が限界かも……」

皆の優しさが手にズッシリのしかかる。
やっとの思いでベンチへと乗せ物思いに耽る。

「ここは賑やかね……」

先程都の人に貰った和菓子を食べながら一息つく。
最初こそ驚いたものの、話してみれば皆等しく優しかった。

元の桜ノ命はどんな人だったのだろうか。
都やあの個性的な神使を(まと)めていた人がどんな人物なのか気になった。
きっと素晴らしい人だったのだろう。

それに引き換え私は?
私は自分のことすら分からないのに……?
自分対して落胆する。
ここに来てからというもの、心にぽっかり穴が空いたような……何か大切な事を忘れているような、そんな気持ちと戦っていた。

私はどうしていくんだろう。
ほんの少しだけ心細くなっている時だった。

「お嬢ちゃん一人でなにしてんの〜?」

耳元に陽気な声が響いた。
後ろを振り向くと明らかに柄の悪そうな二人組が立っていた。

「いいもん沢山持ってんじゃん、少し頂戴よ」

もう一人の男が私に告げる。
男達には長く鋭い牙が生えていた。

「あれ?何してるの?」

私はいそいそと荷物をまとめる。
これは都の皆の優しさだ。
こんな奴らにあげる訳がない。

「聞いてた?頂戴って言ってんの」

男の手が私の手を掴む。

「痛っ」
「あんた良いとこの奴なんだろ?あんたばっかりずるいよなぁ、俺ら貧乏人の事は無視かよ、えぇ!?」

その力の強さに私は顔を歪める。
痛い。
握られた腕だけで無く、その叫びが。
振り解きたくてもその荷物の量に、名一杯振り解く事が出来ない。

「……なして」
「なんだ?」
「離してよ!!」

私は全力で大きな声を出す。
最大限の抵抗だった。

「おまっ、ふざけんじゃねえぞ!!!」

怒りに任せた男が私に大きく振りかぶる。
殴られる。私が固く目を閉じた瞬間だった。

背中に暖かい温もりが触れた。
肩に腕を回され抱き寄せられる形になった事に気が付いたのは、もう片方の手で男の拳を受け止めるのが目に入った時だった。

「何をしている」

低い声が私の耳を掠める。
その響きに私は動くことが出来なかった。

「白緋さん!?」

男たちの様子がおかしい。
すごい慌てようだ。

「白緋さんの女だったんですね!失礼しやした!!」

そう言って男達はすごい勢いで退散していく。
あっという間に辺りに静寂が訪れた。

「あのっ……」

回された腕はそのままに、私の鼓動は信じられないほど速くなっていた。
その筋ばった腕に捉えられた私は動けなくなっていた。

「……」

何も言わず私を解放する。
その瞳は何を考えているのか分からない。

「探したぞ」
「……へ?」
「澄に頼まれた」

『伝えておくね!』
そうか、あれは白緋に……。
私が危険な目に遭わないよう頼んでくれていたのか。

「お前は歩くのが速い」
「え」
「見失った時は肝が冷えた」

見るとその美しい銀色の髪が首筋に張り付いている。
急いで探してくれたのか。

「ありがとう」
「……」
「探してくれたのね」

ただ一人、私が桜ノ命になることを反対していた。
勝手に冷たい人だと勘違いをしていたのかもしれない。

「桜ノ命になろうと思うな」

それはとても冷ややかな声。先程までの考えが打ち砕かれる。

「どうして貴方は反対をするの?」
「お前はカラクリと戦いたいのか」
「それは……決して……」

戦いたくなんか無い。
あの禍々(まがまが)しさ……もう見たくもないというのが本音だった。

「お前は神に相応しくない」

そう吐き捨て背を向けてき出す。
そこまで言わなくたっていいじゃない。
言い返したくなる気持ちをぐっと堪え、彼の背中を追いかけた。


**

「お前は神に相応しくない」

相応しくない、か。
鋭い言葉が胸に突き刺さって抜けない。

「折角……」

都の人たちの優しさに触れて前向きになれたのにな。
あの後、白緋とは一言も言葉を交わす事なく宮へ帰り、私は与えられた自室でため息をついていた。

「そんな言い方しなくたって良いじゃない」
「どんな言い方?」
「へっ!?」

いつの間にか目の前に巳影が寝転がっていた。
気配に全く気が付かなかった。

「ノックならしたけど?」
「聞こえなかった……」
「だって姫さん、ずっとブツブツ話してるから」

巳影はふふと笑う。
私、一人で話していたのね。恥ずかしいわ。
そんな事より…

「姫さん?」
「姫さんでしょう?」

巳影が意地悪く笑う。

「私は姫じゃないわ」
「桜ノ命になるんだろう?」

飄々(ひょうひょう)としていて表情からその真意は読み取れない。

「神に相応しくないと言われた」
「誰に?」
「白緋に」

名前を口に出した瞬間、彼の顔が強張ったように感じた。
気のせいだろうか。
顔を覗き込むとその表情は元に戻った。

「白緋はしたくないだろうね」
「何故?」

自分が作った胡座に頬杖をつく。
遠い目をした彼は昔を思い出しているようだった。

「前任の姫さんは白緋を守って死んでるからね」
「え」

思いもよらない答えに私は驚く。

「でも、誰もそんな事言っていなかった」
「だって姫さんの最後を見たのはその場に居た俺と白緋だけ」

聞きたい事はあった。
けれど、巳影の雰囲気を感じとり私は口を噤む。

「まあ、だからそれだけの理由だよ。君は自分のやりたいようにやりな」

そう言いながら席を立ちこの部屋を後にしようとする。

「貴方は……!」

咄嗟に口を開いてしまった。
後に続く言葉を考えていた訳ではなかった。
けれど、この人をこのまま返して良いのかという葛藤が生まれた。
だってなんだか、すごく悲しそうな顔をしている。

「貴方は、悲しくなかったの……?」

神使は神に使える者だ。
巳影だけじゃない、それぞれがきっと何かしらの感情を抱いているはず。

「もう覚えていないな」

ーーーどうして、そんなに悲しげに笑うの?
目の奥に光を宿していない彼を見て私は察する。
あぁ、これ以上詮索するなという牽制だろう。

「じゃあね」

仄かに感じる疎外感。
私はちくりと痛む胸を抑えながら彼の背中を見送った。