桜ノ命は五人の神使に祈りを捧ぐ

あれから五日後、私達は統花府にいた。
御座(ござ)へ最後の挨拶をするために。

「そうか、行くか」
「はい、今までお世話になりました」

きっと大規模な戦いになる。
私も無事かどうか分からない。
だから最後に話をしたかった。

私と神使は後座へ跪く。

「すまなかったな、何も関係ないお主を巻き込んでしまって」
「いえ」

以前より白くなった髪の毛を耳にかける。

「ここで沢山の人に出会えました。都の優しい人達、それに大切な神使の皆」
「そうか、それは良かった」
「桜ノ命は神にも等しい力を持っていますが、実質的な神はこの世界を司る統花府……そして御座だと思っています」

私はただ力を与えられたに過ぎない。
それに桜ノ命がいなくなれば、また桜ノ命が生まれるだけだ。
それは神使も同様に。

「何が言いたい」

私は手を胸の前で組む。

「御座のこれからが幸せなものでありますように」

永久の時を持つ御座。
もう喜びも悲しみも忘れてしまったかもしれない。
けれど、これからの貴方に幸せが訪れますように。

「美桜…いや、引っかかった八重の魂か……」
「……え?」
「八重に感謝をするんじゃぞ」

御座の手のひらが私の首筋に触れる。

「何を……!」
「しっ!!」

後ろで皆の慌てる声が聞こえる。

「ーーーーへ留め置き賜わん」

御座が小さく何かを呟くと、手のひらからぼうっと優しい光が溢れ出す。

「これは……?」
「御座の加護じゃよ」

手鏡を受け取ると、首筋に桜の刻印が刻まれていた。
薄紅色のそれはとても綺麗だった。

「あっはは、気休めじゃ」

御座はあっけらかんと笑う。

「さあ、もう行くといい。急ぐのじゃろう?」
「はい。御座、さようなら」

その温かな笑みに後ろ髪を引かれる。
とっくに覚悟は決めたはずなのにーーー。

**

統花府を後にして神域の外へ進む。
幸いカラクリにはまだ出くわしていなかった。

「あそこです」
「あれが……」

鞍馬(くらま)のいる場所。
まるで古都の楼閣にそっくりな外観。
身震いするほど恐ろしいと感じた理由はその色だろう。

「真っ黒……」

まるで鞍馬本人のように。
彼は一体どんな思いでいるのだろう。

「皆さん、ここへ」

今回は五人の神使と私だけで来ていた。
護衛も行くと聞かなかったが、古都の防衛に集中してもらうことにした。
鳥居を潜り中へと入る。
まだ、敵の気配はなかった。

「こんなに静かなのおかしくねぇか?」

私も虎徹に賛成だ。
まるで招き入れられているかのように。

「進むしかないだろう」

ここまで来たんだ。
私達は軋む床を踏みしめながら居場所を探す。

「ここ……」

楼閣とほぼ同じ作り。
いつも協議を行なっているのと似た部屋が目に入る。
ーーー居るなら、ここ。

「……」

全員とアイコンタクトを行う。
皆覚悟は決まっているようだった。

ギィーーー

「うっ……!」

眩しい……!
私は咄嗟に顔を覆う。
やがて光が落ち着いてきた頃、私は薄く目を開けた。

「……え」

小さな和室だった。
空き瓶が散らばり、ゴミが散乱する部屋。
先程とはまるで違う場所。

「こ、ここ……」

言葉が上手く出なかった。
嫌な汗が滲む。
全細胞が“逃げろ”と私に告げる。

「またこぼしやがって!!!!」

怒鳴り声。
それは聞き覚えのあるものだった。

「おとうさっ……ごめっ、ごめんなさいいぃ……!」
「お前がそんなだからあいつに逃げられるんだろうがよ!!」
「いたいよ……!やめてぇ……!!」
「うるせえ!!!!」

視界に映るのは幼い子供な髪を鷲掴み引き摺る父の姿。

「いっ、いや……」

じゃああれは、私?

「やめて……」
「やめてよぉ!おとうさん……っ」
「黙れ!!!」

記憶の奥底に封じ込めていた記憶。
思い出したくなかった記憶。

「やめて………!!」
「嫌だね、怖いね」

いつの間にか背後に黒い影が立っていた。

「私についてくれば怖いことは何もないよ」

鞍馬が私に薄く囁く。
怖いことはない?
もう殴られることもないの……?

「さあ、おいで。君を求めるのは私だけ」

彼が手を引く。
一歩、一歩、歩みを進める。
差し出された手に私の手を重ねる。

「いい子だ」

私の額に口付ける。
これでいいんだ。
私を必要としてくれる人なんて、誰もいないんだから。

ーー本当に?

「花織」

私を呼ぶ声が聞こえる。
温かくて大好きだったはずの声。

「くっ……」

視界がぐにゃりと歪む。
これは、神社?

「ごめんね、気付いてあげられなくて」
「うっ……うっ……」
「これからは、おばあちゃんと一緒だからね」

なんで今まで忘れてたんだろう。
いたじゃない。
私を大切に思ってくれる存在が。

また視界が歪む。

「美桜」
「姫さん」
「美桜さん」
「おい!」
「おねえちゃん!」

私はいつの間にかこんなにも大切な存在に出会えていたのか。

「行けない」
「美桜」
「私は貴方とは行けない!」

ピシッーーーーー!!!

視界が砕け、辺りを光が包む。
いくつか瞬きをすると、そこは先程の楼閣だった。

「君も私を拒否するんだね」
「鞍馬……」
「では、こうするしかないか」
「ぐっ……!!!」

物凄い力で首を掴まれる。
息が出来ない。

「まっ……!」

待って。
私はまだ、貴方と話が出来ていない。

必死に抵抗するが、地から浮いた足がジタバタと動くだけだった。
もうダメだ。
徐々に力が緩み、意識を手放そうとした時だった。

「くっ……!」
「かは……っ!!!」

もそすごい勢いで何かが鞍馬ににぶつかった。

「おねえちゃんにひどい事したらゆるさないよ!!」
「姫さん!大丈夫!?」
「ケホ……ッ」

大丈夫。
そう言いたかったのに、言葉が出なかった。

「美桜さん、遅れてすみません」
「しっかりしろ」
「てめぇ……許さねぇ!!!」

気がつけば周りには皆が揃っていた。

「邪魔を、するな」

そう鞍馬が告げると、背中に生えている翼が何倍にも大きくなりこちらへ鋭く襲いかかってくる。

「危ない!」

私を庇う巳影。
他の四人はそれぞれの力で応戦しているようだった。

「姫さんはどこかに隠れていて」
「でも……今はまだ出ない方がいい」

そう言って巳影も加勢してしまう。
行きたい気持ちをグッと堪え、私は物陰に隠れる。
でも、ただ見ているなんて出来なかった。

「ーー消えなさい」

いつものように祈りの体制をとり術を唱える。

「あれ……?」

目を開き様子を見ても、彼は未だ攻撃を続けている。

「効いてない……?」
「無駄だよ」
「……!」

離れた場所にいるのに、まるで近くにいるようにその声が聞こえる。
祈りの力が効かないなんて。

「……」

手のひらを見つめる。
覚醒の力を使える回数は残り限られている。
少なくとも今じゃない。
力を使わずとも日に日に白くなる髪の毛で実感させられる。

それにしても五人で相手をしているのに、傷を受ける気配がない。
なんて強い相手なの。

「お前が八重を殺したんだ」
「……」
「八重様だけではない。もっと多くの人を手にかけた」
「その罪、償ってもらうぞ!!!」

煩わしそうに攻撃を避ける鞍馬。
なんで何も言わないの?

ずっと感じていた違和感。
八重様に都の人たち、多くの人を手にかけて憎くて仕方ないはずの相手なのに、何故私の心には憎悪の感情が湧かないの。

「なんでこうげき通らないの!」

声を上げる澄を見ると、澄の素早い攻撃が何一つ通っていない。
それどころか皆の攻撃が何も通っていない。

「終わりにしよう」

まだ余力を残しているのか。
だとしたら……!

「危ない!!」

けたたましい爆発音。
何が起こったのか分からなかった。

「ひっ……」

抜け落ちた床に剥がれた壁。

「かは……っ」
「白緋!!」

膝をつき血を吐いているのが見えた。
きっと内臓がやられたんだ。

「深月さん!!!」

虎徹の叫び声に目をやる。
そこには傷だらけになった深月が倒れていた。

「深月さん……を庇って……!!」
「あ、あぁ……」

そのすぐ奥には、ボロボロになった澄と巳影が倒れていた。
意識は無いようだった。

「なんで、こんな」

私のせいだ。
私がここへ来ると言ったからまた皆を傷付けた。

「ほう」
「鞍馬……貴方の目的はいったい何」

もう隠れるのはやめだ。

「貴方の一族は元々都を守る存在だったはず。それがどうしてこうなったの?」

負の感情をカラクリへと具現化して、都を守る存在に変えることのできる唯一の一族。
だが、鞍馬の代から隠世への攻撃を始めるようになったと。

「目的など無い」
「じゃあ何故そんなに悲しそうな目をしているの?」

初めて会った時から感じていたその悲しさ。
貴方は何を考えているの?

「教えて。貴方のこと」

彼の方へと手を伸ばす。
その時だった。
彼が苦しみ出したのは。

「ぐっ……あっ……」
「どうしたの!?」

気がつけば身体が勝手に動いていた。

「……ろ……せ」
「なに!?」
「殺せ……」

え?
彼ははっきりとそう言った。

「なん、で?」

まるで人格が変わったみたい。
見ると漆黒だった瞳の色が深い青色に変わっていた。
ーーもしかして。

「これが本当の貴方なの……?」

この間にも苦しそうに呻く鞍馬。
私は一つの決意を固める。

「よせ……」
「白緋、大丈夫よ」

私の考えを察知したのだろう。
いいの、白緋。
これが私が桜ノ命として生まれた意味だと思うから。

「ーーーっ」

やり方はもう分かっていた。
身体が燃えるように熱い。
私の周りに強く風が吹く。

「美桜!!」

目から一筋の血が流れ出す。
自発的に覚醒したのは初めてだったから、身体がついてこなかったのだろう。

「鞍馬、貴方を見せて」

私はうずくまる彼の背中に手を触れる。
瞬間、電気が走ったような強い衝撃が身体を駆け巡る。

「……っ!!」

物凄い情報量。
そんな、まさか。

「鞍馬、貴方」
「……」

瞳の色が戻っていた。
まずい。

「ーーーっ!!」

爆風で身体が飛ばされる。
壁にぶつかる……!

「白緋!」
「大丈夫か……」

すんでの所で白緋に受け止められた。
どうやら鞍馬は窓から逃げたようだった。

「やめろ」
「でも」
「それよりあいつらを……」

彼の視線が倒れている他の神使に向く。
今ならまだ間に合う。

「巳影!澄!」
「酷い怪我だ」

幸い息はまだある。
であればーーー。

「桜ノ命が命じます。その傷、癒ゆることを(たま)わんーー」

祈りの型をとれば、たちまち温かい光に包まれる。

「……ん」
「澄!」

先に意識を取り戻したのは澄だった。
巳影も寝息を立て始めた。

「美桜!深月さんも!」
「分かってる」

まずい。
息をしていない。

「深月さん!!くそっ俺のせいで……」
「お願い……!」

流石に息絶えたものに私の技は効かない。
精一杯の祈りを深月に捧ぐ。

「……うっ」
「深月!!」

良かった……。

「良かった……」
「深月さん!!良かった……!!」

神使が一人でも欠けてしまうかもしれない恐怖から解放され腰が抜ける。
無事で本当に良かった。

「それで、どうする」
「鞍馬は古都の方に行ったよね」
「またこないだみたいな事になんのか……?」

微かな違和感が胸を掠める。

「本当にそうかな」
「どういう事だ?」
「だって本当に私たちや古都の人たちを滅ぼしたいなら、カラクリを出すんじゃない……?」
「確かに……」

鞍馬の目的が分からなかった。
そもそも、何故都ばかりを襲撃するのだろうか。

「とにかく行くぞ」
「そうね、行かないと始まらないわ」

目覚めていない三人を横たわらせ、この漆黒の楼閣を出る。
気がついたら古都へと向かうように置き手紙を残して。

「統花府からの連絡はないのよね?」
「ああ。まだ襲われた所は無いのだろう」

正直三人の戦力でどうにかなるのか不安だった。
ただ、古都には護衛も多くいる。
それにーーー

「力全て使ってでも……」

私の小さな呟きは、幸いなことに二人へ届いていないようだった。
最終決戦へと歩みを進める。