桜ノ命は五人の神使に祈りを捧ぐ

『本当にやるんですか?』
『うん、絶対になんとかする』
『彼は強敵です。私達も最善を尽くしますが、くれぐれも気をつけて』

一通りの作戦を立てた後、私は一人自室にいた。
薄々感じていた。
ここでの記憶を無くす度に蘇る記憶の光景は、明らかに隠世のものではなかった。
まさか別の世界とは思わなかったけれど。

「嫌だなぁ」

現世と呼ばれる所へ戻るのが。
本当はここにいたい、けれど。

「それだと消滅するのが先か」

根本から毛先にかけて徐々に白くなる髪の毛。
覚醒した時の姿に近付いていた。
後何回力を使えるのかを考えていたら、扉の外から声が聞こえた。

「美桜、いいか」

許可すると、声の主は中へと入ってきた。

「白緋」
「傷は痛むか」
「痛み止めのおかげで大分いいわ」

深月が調合してくれた薬が効いているお陰で、背中の傷の痛みは大分引いていた。

「悪い」
「なんで白緋が謝るの?」
「何故こんな傷を負ってるか、覚えているか?」
「……」

そういえばなんでだっけ。
戦いに赴いた事は覚えている。
私が考え込んでいると、察してくれたようだった。

「それは、俺を庇ってできた傷だ」

そうなんだ。
また一つ失った記憶に対して胸が痛む。
でも……

「よかった」
「は?」
「白緋が傷付かずに済んだんでしょう?」
「……っ」

大切な人を守れたことに胸を撫で下ろす。

「お前は……っ」

何故か、彼は苦悶の表情を浮かべていた。
そんな顔を見たことなかった。

「人に気も知らないで」
「……っ」

彼の額が私の肩につく。
その心地よい重さに胸が高鳴る。

「は、白緋……?」
「この10日間、不安でたまらなかった」
「……」
「いなくなってしまうのではないかと」

そんな事を言われたら、勘違いをしてしまう。

「大丈夫よ。桜ノ命はいつかまた現れるんだから」
「違う」

顔が近づく。
視界で白緋の顔がぼやける。

「……っ」

唇に触れる柔らかい感覚。

「はくっ……」
「うるさい」
「ん……っ」

身体の感覚が痺れていく。
崩れ落ちないように白緋の着物を掴むのが精一杯だった。

「……っは」

酸素が足りず頭がぼうっとする。
解放された唇にはまだ白緋の感覚が残っていた。

「お前がいなければ意味がない」

息も乱れていない彼は、至近距離で私を見つめる。

「好きだ」

聞き間違いだと思った。
私が誰かから好いてもらえるなんて。

「現世で会った時から放っておけないと思っていた。思えばあの時から心惹かれていたのだろう」
「……子供が好きなの?」
「そういうわけではない」

少しムッとした表情。
たまに見せるこの表情が私は好きだ。

でも、私は心に引っかかるものを感じた。
だって白緋は……。

「八重様のことが好きなんじゃないの?」
「……は?」

さっきまでの雰囲気はどこへやら、彼の眉間に深い皺が刻まれる。
これは厄災前から聞きたかったこと。
てっきり白緋は八重様のことが好きとばかり……。

「何故そう思った」
「だって、いつも八重様と一緒にいたし、何か思うところがあったようだから……」
「八重からはいつも想い人のことを聞かされていた」
「……へ」
「好きな奴がいたんだよ。だから相談役だ」

『相談相手』
いつか夢の中で聞いた言葉が脳裏によぎる。
そういう事だったのか……。

「差し支えなければ相手は……?」
「知らない」

それは予想外の答えだった。

「知らない?相談を受けていたのに?」
「大方言いたくない相手だったんだろう。なんとなくの想像はついているが」

そうなのか……。
現世白緋を連れて来たり相談相手となっていたり、八重様にとって白緋は良き友人の立ち位置だったのかもしれない。

「思うところがあるのはそうだ。彼女は俺を庇って死んだ」
「……」
「俺が殺したようなものだ」
「それは違う」

記憶の中の彼女を思い出す。
八重様は困っている人へ平等に手を差し伸べる優しい人だ。
きっと白緋でなくとも同じ行動を取っていただろう。

「白緋」

彼をまっすぐ見据える。

「私は死なない」
「……」
「貴方が死なせない。でしょう?」

来たばかりの時にもこんな事を言ったっけ。
でも、あの頃とは違う。
白緋は私のこと……。

「ご、ごめっ」
「美桜」
「は、はい」
「お前の気持ちを聞かせろ」

赤くなった顔に勘づいたのか、空気は先程までの甘いものに戻っていた。
ずるい。
そんな余裕そうな表情を見せて。
とっくに分かっているくせに。

「好き……」
「聞こえない」
「好きよ。白緋のこと」

今度ははっきりと伝える。
ああーーきっと私は滑稽な表情をしているだろうな。

「ふっ」
「なんで笑うのよ」
「真っ赤だぞ」
「んな……っ」

笑いながら言うから反論しようとすると、すぐに唇を奪われる。

「んん……っ」

それは、先程よりも深くて甘いもの。
逃がさないように頭を優しく包むから、必死についていくしかなかった。

「……あ……んっ」

何度も胸を叩くが彼の手で拘束されてしまう。
こんな白緋、知らない。

「はぁ……っ」

ようやく解放されたかと思うと、涼しい顔でこちらを見つめる。

「可愛い」
「なっ……!」

本当に同一人物なのだろうか。
一つ一つの言葉が甘ったるくて仕方がない。

「本当に白緋なの?」
「失礼な」

少しムッとした。
愛らしいなと感じてしまうのは良くないだろうか。

「美桜」

彼の長い指が頬に触れる。
それは先程とは違う真剣な眼差し。

「忘れてしまえば何度だって言う。好きだ」
「白緋……」
「だから、もうこんな無茶はするな」

まるで父親みたいに私を咎める。

「俺はお前の神使だ」

愛おしそうに頬を撫でるから、再び顔が熱くなる。

「私を守るの?」
「ああ。今までも、これからも」
「嬉しい」

彼も分かっているのだろう。
それが無理な話だと。
ああ神様ーーー。
願わくば私を彼の元に居させてください。

それが叶わぬ願いだと知りながら、祈らずにはいられなかった。