桜ノ命は五人の神使に祈りを捧ぐ

事の始まりは、まだ民が生活する時間帯。

『結界が破られた……?』

そんな、まさか。
今まで破られたことはなかったというのに。

『都の者に今すぐ避難指示を!』

普段はもちろん別行動なので、神使が集まるにも時間がかかりました。

『深月!八重を見なかったか!』

近頃彼女が楼閣を抜け出していることは知っていました。
この日も例に漏れず彼女はいませんでした。
我が妹ながらなんて奔放さなのだろうと思います。

桜ノ命は単体では十分な力を保持していませんが、“祈り”の力を使うと私たちとは比べ物にならないくらいの力を発揮します。
だから桜ノ命の戦力がないと大きな敵には太刀打ちできない。
神使の力は祈るまでの時間稼ぎ。

つらつらと言いましたけれど、要は彼女がいないと困るのです。

『白緋と巳影はアズマ地方に行って下さい!あそこが一番危険だ!』
『分かった』

私は護りの力を所持していたので都で民の避難をしていました。
それでもすごい炎とカラクリによって、都は壊滅状態。
多くの死傷者を出しました。
この点でも先日の厄災と似ていることが良く分かります。

後から二人に聞いた話ですが、彼女は結界の外から戻って来たのだそうです。
とても暗い表情をして。

鞍馬は彼女を追いかけるように出現。
白緋や巳影などの神使を攻撃していたのだそうですが、白緋を庇った八重を攻撃してからまるで人が変わったようだったそうです。

『混乱しているように見えた。そこから奴は姿を消し、都への攻撃も止まった』

そう白緋から聞いています。
あのまま攻撃が止まっていなかったと思うと……考えるだけでも恐ろしいですね。




なるほど……。
深月の話に納得する。

「確かに良く似ているわ」

結果の話に都へと迫った火の手。
状況は違えど戦力が分散された構図まで……。

「今回の厄災で敵もかなりの戦力を削がれていると思います。しばらくの襲撃は無いと思いますが……」
「油断は禁物ってことね」

私たちの中で緊張が走る。
優しさを含んだ眼差しで見つめてきた鞍馬。
本当に敵対するだけの関係だったのだろうか。

「そういえば美桜、代償は大丈夫なのか?」

不意に虎徹がこちらに話を振る。

「大丈夫よ」
「ならいいけど。なんかあったらすぐ言えよな」

少し照れくさそうに言う虎徹。
彼なりに私を心配してくれているのがとても嬉しかった。

だから言えなかった。
心配をかけるのが怖かった。

「……」

そんな事を考えていたから、白緋がこちらの様子を伺っていることには気付けなかった。

「近々調査に出ますよ。これ以上被害が出ないように」
「御意」

そうして協議はお開きになった。
皆の強い口調が鞍馬への憎しみを物語っていた。
私も気を引き締めなければ。

そう思い自室へ戻ろうとした時だった。

「美桜」

声の主は白緋だった。

「少しいいか」

**

白緋から呼び出しを受け、私たちは庭へと来ていた。
美しく咲き誇る桜の木の下で二人横並びで見上げる。

「……」
「あの日」

白緋がポツリと話しだす。

「あの祭りの日」
「ああ、あの日ね」

話を合わせよう。

「とても、綺麗だった」
「ん?何が?」
「美桜が」

真っ直ぐ見つめられて思わず胸が高鳴る。

「薄い青色の浴衣がよく似合っていた」
「そ、そう?ありがとう」

どうして突然こんな事を言い出すのだろう。

「しかし、お前は不器用なのか?」
「なっ!なんでよ!」
「簪をつけるのに、とても時間がかかっていた」

恥ずかしい。
当たり前じゃない。
簪なんてつけたこと無いんだから。

「仕方がないじゃない……今までつけたこと無いんだから」

考えていた事がそっくりそのまま口から出た。

「……」

きっといつものように嗜められるんだろうな。
そう思っていたから、彼の冷静な眼差しに動揺する。

「な、なに?」
「無いのだろう、記憶が」

一気に体温が下がるのが分かった。

「なん、で」
「着ていたのは薄紅色の浴衣だ。あと簪は俺がつけた」
「……っ!」

かまをかけていたのか。
じゃあもう既に気付かれていたというの?

「何故黙っていた」

彼がじわりとこちらに向かってくる。
どう考えても怒っている。

「俺に嘘をつけると思ったのか」
「きゃっ……」

いつの間にかすぐ後ろに迫っていた桜の木に背中をぶつける。
逃げようと思っても、顔のすぐ横に置かれた彼の腕によって逃げる事を許されない。

「答えろ」
「……っ」

額に感じる彼の吐息が私の思考を鈍らせる。

「し、心配をかけたくなくて……」

正直に自分の気持ちを告げる。
記憶を失うなんて言えば、神使の皆は心配するに決まっている。

「……はっ」

乾いた笑いが前髪をくすぐる。
顔を見ると、冷ややかな瞳が私を見下ろしていた。

「くだらない」

そう言って解放される身体。
でも、私はその場を動くことができなかった。

そうだよね。
私の失いゆく記憶なんてどうでもいいよね。
だって彼が好きなのはーー

「八重様が良かったよね」
「…は?」

白緋が眉間に皺を寄せる。

「白緋が守りたかったのは八重様だもんね」

こんな事を言いたかったわけじゃない。
けど止まらなかった。

「だから私なんてどうなってもいいもんね」
「おい」

それは恐ろしいほど低い声。

「それ以上言ったら怒るぞ」
「っ……」

気がつけばポロポロと熱いものが目から溢れ出ていた。

「もういい!」

居た堪れなくて、室内へ戻ろうとした時だった。

「美桜!!」

ぐらりと視界が歪む。
頭の中に映像が流れ込む。

『はくびはお姉ちゃんのなんなの?』
『俺はーー』

「またこれ…っ」

やっぱりそうだ。
少しでも期待した私が馬鹿だった。

「大丈夫か!?」

頭を抱え俯く私に白緋が手を伸ばす。

「触らないで……!」

パシッーー
振り払った手が痛い。

「……悪い」
「……っ」

何故、そんなに悲しそうな顔をするの。

恥ずかしく苦しくて、私は楼閣へと全速力で戻る。
いつかこの記憶も消えてくれればいいなーーなんて、不謹慎な事を考えながら。

**

翌日。
部屋で上の空だった私を現実へと引き戻したのは深月の慌てた声だった。

「美桜さんいますか!?」

すごい勢いで扉を開ける。

「どうしたの?」
「北側地区にカラクリ出現です。いけますね」
「分かった。すぐ行く」

昨日までのことを頭の隅に追いやると、慌てて準備を開始する。

目的地に到着して驚いた。
あまりのカラクリの量に。

「はあっ、はあっ……」

それに圧倒的に力が強い。

「くっ……なんなんだよこいつら!」

共に来ていた虎徹も声をあげる。
白緋も深月も苦悶の表情を浮かべていた。

「深月!血が……」
「これくらい平気ですよ」

左腕にばっくりと大きな傷ができていた。
平然を装っているが、かなり痛いはず。

「……っ」

どうする?力を使うか?
深月の傷を目にしても、力を使うのが恐ろしいと思ってしまう私は弱い。

「何もするな」

白緋が呟く。
目は合っていないが、間違いなく私に告げられている言葉だ。

「……っ、わかってる」

役立たず。
そう思われているようで悔しかった。

「はあっ……これで全部か?」

無我夢中で戦い続けていたから気が付かなかった。
周りにカラクリの姿がなくなっている事に。

「つっかれた〜〜」

虎徹が思い切り地べたに腰を下ろす。

「今回は骨が折れましたね」
「深月!止血しなきゃ!」

私は迷わず来ている服の裾を破る。

「み、美桜さん!やめて下さい……!」
「静かにしてて」
「……」

深月が気まずそうにそっぽを向く。

「統花府に伝令を」
「はっ」

白緋が護衛に伝える。
ここまで強化されたカラクリが出るのははじめてだ。
これも鞍馬の仕業なのか。

ーーーガサガサ

「?」

今向こうの草むらが揺れたような。
目を凝らすが何も見えない。

「帰るか」

隣にいた白緋がそう告げた時だった。

キイイイィィィィィ!!!

けたたましい鳴き声。
すぐ側で聞こえた。

向くとカラクリは白緋に刃を振り下ろそうとしている。
人は突然の事が起きると、咄嗟に身体が動いてしまうみたい。
そこからはまるでスローモーションの様だった。
白緋の驚く顔、背中に感じる鋭い痛み、飛び散る血飛沫。

「美桜!!!!」

痛みに身体が自立する事を許さない。
どちらが上か下かも分からない状態で薄目を開けると、大量のカラクリが再び迫っているのが分かった。

「な……んで……」

なんで皆を傷付けるの?
なんでこんな事をするの?

薄れゆく意識の中で、悲しみと怒りが込み上げる。

「美桜さん!!駄目です!!」

身体が熱くなるのを感じる。
ああ、そうか私はーー

白くなった髪の毛を掻き上げながら立つ。
もう痛みは感じなかった。

「ーーー消えなさい」

それを口にした瞬間、カラクリがまるで砂の様にサラサラを消え去る。
辺りは明るくなり、不気味な真昼みたいだった。

「……っ」
「美桜!!」

力を使い再び意識が遠のく。
視界はぼやけているが、誰かがこちらへ必死に叫ぶのが見える。
もう誰も、悲しまないで。
そう思い手を伸ばしたところで、私は意識を手放した。