桜ノ命は五人の神使に祈りを捧ぐ

夢を見た。
優しい女の人と話す夢。

『来ちゃった!!』
『お姉ちゃん』

また来てくれたんだ。
嬉しい気持ちを押し殺す。
感情を出してぶたれることの方が多かったから。

『また会えてとっても嬉しいな!』
『……』
『貴方、ここの神社の子なの?』
『……違う』

ここはたまに父に預けられる祖母の家。
「神社なんだから儲かってんだろ」と言い私を置いていく父。
祖母もきっと私のことを邪魔だと思っているだろう。

ただ事実をありのままに伝えただけなのに、目の前の女の人は眉毛を下げて悲しい顔をする。

『そうだ!貴方、名前は?』
花織(かおり)……』
『花織ちゃんって言うのね』
『なにしてるの?』

私が名前を告げると彼女は胸の前で手を組み合わせる。
まるで祈るように。

『花織ちゃんが幸せでありますように!』

**

「ーーーっは!!!」

またこの夢。
寝巻きは汗で重くなっていた。

「早く行かなきゃ」

覚醒の事実を知った翌日。
私はある人に話を聞きたかった。
急いで身支度を整えその人物がいる場所へと向かう。

「巳影!」
「ん?なあに、姫さん」

中庭の桜の木の下にその人はいた。
いつもと変わらない飄々とした顔。
私は多分、彼にとって聞かれたくないことを聞く。

八重(やえ)さんのこと、教えて欲しいの」

八重。
それ前任の桜ノ命の名。
覚醒の力を手にしていたという八重様。
彼女のことを知れば、消滅を免れる道があるかもしれない。

『俺の姫は、八重だけだ』

きっと巳影が慕っていたであろう人。
私の口からその名が出てきた事に驚いたのであろう。
巳影は一瞬目を見開いてから、視線を逸らす。

「あの時はごめんね」
「え?」
「ちゃんと謝ってなかったなって」

あの時、巳影から感情をぶつけられた、あの時。

「俺ね、美桜ちゃんのこと最初嫌いだったの」

嫌い。
その言葉に胸が痛む。

「でも、この間の厄災で必死に闘ってる美桜ちゃん見ちゃったら、ね」
「見ててくれたの?」
「うん、頑張ったね」

それは今までにないような優しい笑顔。
思わず私も笑みが溢れる。

「八重さんのこと好きだったの?」

これも大分前から聞きたかった事。
こんなに直球でその言葉が来ると思っていなかったのだろう。
巳影の表情が固まった後、瞬く間に崩れていった。

「ぷっははははっ!」
「なぜ笑うの?」
「ううん、相変わらず直球だなって思って」

そう言いながら私の頭を撫でる。

「好きだったよ。どうしようもなく」

なんでそんなに悲しそうに笑うの?
そう聞きたかったけれど聞けなかった。
触れてはならないような気がして。

「それで、彼女がどうしたの?」

気がつくといつもの表情に戻っていた巳影が話を戻す。
そう、これが本題だ。

「八重さんのこと教えてほしい。なんでもいいの」
「うーん」

指を顎に当てて考え込む。

「見た目はね、美桜ちゃんに似てるよ」
「私?」
「そう。黒くて長い綺麗な髪の毛で、美桜ちゃんから真面目さを抜いたような感じかな」

優しい人だったのだろうか。

「あっ、あとねぇ」
「?」
「“幸せでありますように“って俺たちや民によく言っていたよ」

何処かで聞いたことのあるような言葉に首を傾げる。

「姫さん?」
「あっ、ごめん」
「これくらいで大丈夫?」
「うん、ありがとう巳影」

巳影がひらひらと手を振り部屋を後にしようとした時だった。

「あ」
「どうしたの?」

彼がこちらに戻って私の手の甲に口付ける。

「君のことも好きだよ。とてもね」
「からかっているの……?」

内心心拍数の高鳴りを感じていたのだが、涼しい顔を装う。

「本当だってば」
「もう……」

無邪気に笑う彼を見て、本当の意味で心を通わせられた気がした。

「じゃあね、姫さん」

**

「巳影と仲直りできて良かったですね」
「え」
「巳影から聞きました」

翌日、共に都を巡廻していた深月に言われて驚く。
情報が早い。

「そうだ、深月も八重様について教えて。妹だったのでしょう?」
「八重についてですか……」

彼が口元に手をやり考え込む。

「優しい子でした」

昔を懐かしむように目を細める。
誰にとっても大切な存在だったのだろう。

「優しすぎるあまり桜ノ命の重圧に苦しんでいました。けれど、一時期を過ぎたあたりから吹っ切れていたような……」
「え、なんで?」
「分かりません……ですが頻繁に宮を抜け出していたので、どこかに心の拠り所でもあったのでしょう」

神使でも桜ノ命の全てを知っているわけではないのね。
そんなことを考えながら歩みを進めると、綺麗な髪飾りを売っている見世が見えた。

「あの見世……」
「白緋と行ったっていう見世ですね!」

そう言うや否や深月は足早に店に向かって行ってしまった。
何を言っているのだろうと考えながら後を追う。

「あら美桜様」

奥から店主と思わしき人が出てきた。
なんとも優しそうな笑顔だ。

「美桜様、先日はありがとうございました」
「美桜さん、白緋が渡した簪をそれはそれは喜んでましたよ」
「まあ、それは良かったですわ」

和やかに進む会話。
私はそれについていく事が出来ない。

「えっと……」
「そういえば今日していないのですね」
「……」

この会話の最適解を出すために頭を回転させる。

「そ、そうだね。今日はしてないよ」
「美桜さん?なんだか顔色が悪いですよ?」

様子が変だったのが伝わったのだろう。
私は慌てて話を逸らす。

「うん、大丈夫だよ。行こう」

深月の腕を掴み見世を出る。
嫌な予感が胸をよぎっていた。

「美桜さん!」

いつの間にか深月を連れたまま楼閣まで戻ってきていたようだった。

「美桜さん、本当に大丈夫ですか?」
「ごめんね、全然大丈夫だから……」
「そうですか……」
「おやすみなさい」

深月の視線を背中で感じながら自室に戻る。

「……」

嫌な予感を払拭するように、気付けば私は戸棚や引き出しに手をかけていた。

「えっ……」

それはいつも使用している机の引き出しにあった。
普段ここを開けることは少ないから気が付かなかった。
重厚(じゅうこう)な木箱。
いつからあったのだろう。

「まさかね」

ゆっくりと木箱に手をかける。
そこには硝子でできた、しだれ桜の簪が光を放っていた。

「ひっ……!!」

大きな音と共に(かんざし)が落ちる。

『白緋が渡した簪をそれはそれは喜んでましたよ』

白緋が?私に?
深月が言っていた事が本当だというの……?
でもまだ決まったわけじゃ……。

「どうした」

その時、扉を叩く音が聞こえた。
声の主は今一番会いたくない人ーー白緋のものだった。

「大きな音が聞こえたが」
「なんでもない!!」

思わず大きな声が出てしまった。

「なんでもないから……」

それは聞こえるか聞こえないかの声。
これでは逆に疑われてしまうではないか。

「そうか」

私の心配をよそに彼は納得してくれたようだった。
ほっと胸を撫でおろす。

ーーーガラガラッ!!

「へっ!?」

急に扉が開かれる。
思わぬ出来事に、私はそちらを見る事しかできない。

「そんな言葉、信用できるか」

彼は床にしゃがみ込んでいる私を見下ろす。

「”なんでもあります“と言っている様なものだろう」
「うっ……」

図星を突かれ顔が熱くなるの。

「それは……」

目に入ったのだろう。
目線の先には落ちた拍子に粉々になった簪があった。

「これ……」

ーーーそれはなんだ?
そう言ってくれる事を期待していたんだと思う。

「また買えばいい」

だから、そう返ってきた言葉に私の心は崩れ落ちるしかなかった。

「美桜?」
「うん、ありがとう」

人は信じがたい真実に直面した時、とっさに平静を装ってしまうと学んだ。

「壊しちゃってごめんね」

私は笑えているのかな。
白緋ごめんね、私嘘をついた。
この簪の事、私は知らない。

私は深月が告げた代償の話を思い出す。

『失うものはーーー記憶です』