「ーーーお」
私が目を覚ました楼閣。
また戻って来たんだ。
「ーーみお」
ここから見える都の景色、綺麗だったなあ。
「美桜!!」
「わっ!!!!」
びっくりした。
心臓が止まるかと思った。
「何回も呼んだんだぞ?」
「ご、ごめん虎徹」
都から古都に移り住んで数日。
私が目覚めた楼閣に、皆で移り住んでいた。
虎徹は「はあ……」と大きなため息を吐く。
相変わらず表情豊かだなあなんて、呑気にそんな事を考えていた。
「皆心配してるぞ?美桜が元気ないって」
「そんな事ないよ」
優しいな。
それをわざわざ伝えに来てくれたのか。
「討伐上手くいってないのは困るんだよ」
「……」
あれから、カラクリの残党を討伐する日々だったが、祈りを上手く使えないことが増えていた。
深月が言うには「桜ノ命の力は精神に直結しているから」という事らしい。
「というわけで、明日遊びに行くぞ!」
「え、どこに?」
私の言葉に虎徹は悪戯っぽくニヤリと笑う。
そして一枚の紙を見せてきた。
「祭りだよ!」
「……こんな時に?」
紙には明日の祭りの開催が記載されてた。
正直前向きになる事はできなかった。
厄災が都を襲ってからまだ日が浅い。
民も祭りなんて気分では無いだろう。
「こんな時、だからじゃねぇのか」
私の言い方に棘があったのを察してだろう。
嗜めるように言葉を続ける。
「辛い思いをした人こそ明るい出来事があるべきじゃねえのか?」
「そうだけど……」
「祭りってのは亡くなった人の魂を鎮め供養する役割も持ってるらしいぞ」
「供養……」
それは、今この地に一番必要なものなのかも知れない。
「行ってみようかな……」
救えなかった命を想いたい。
そう思った。
「そう来なくちゃ!澄にも声かけてくっから。明日の夕方集合な!」
そう言って私の返事も聞かずに部屋から出て行ってしまう。
分かっていた。
辛いはずなのに、私に気を使って明るく振る舞っているのだと言うことを。
「心配かけちゃ駄目だな」
明日、楽しめるといいな……。
そう思いながら私は眠りについた。
**
「はあ……」
何故こんなに疲れているのかというとーー。
『浴衣ですか!たしか八重が着ていたのがこの辺に……』
『いや、そんなに気合い入れなくても……』
『駄目です!こんな機会なんですからしっかり着飾らなくては!」
そんなやり取りを眺めていたら、いつの間にか約束の時間を過ぎていた。
「美桜!」
「お姉ちゃん!」
二人を探しているのが分かったのか呼び止めてくれる。
目が合うと、虎徹は顔を赤くして目を逸らしてしまった。
「……似合ってんじゃねえの?」
「えっ、ありがとう」
いつも愛想のない彼らしくない素直な言葉に私は驚く。
「兄ちゃん素直じゃないな〜〜!!」
「んなっ!!」
「かわいいねでいいんだよ!お姉ちゃん、とってもかわいいね!」
「ふふっ、ありがとう」
無邪気な澄に顔が綻ぶ。
虎徹はというと、口を尖らせてブツブツ言っている。
「じゃあ行こっか」
温かい色を宿した提灯にさまざまな種類の出店。
私たちと同じように、皆まだここに移り住んで日が浅いというのに一体どこにあったのだろう……。
「終祈の災いでここは壊滅状態だったけど、元々住んでた人たちがコツコツ修復してたらしいぞ」
いつもの調子に戻った虎徹が説明をしてくれる。
心なしか地形や建物の配置も都に似ている。
ここに戻ってきて喜んでいる人もいるのだろうか。
「ねえ!やきそばあるよ!」
「はいはい」
「おいっ、お前はそういう事をさりげなく……!」
目を輝かせた澄が私の手を引く。
何故か虎徹が羨ましそうにこちらを見る。
澄を一人占めしてしまっているからだろうか。
そんな事を考えながら私たちは雑踏の中へ足を踏み入れた。
**
「……あれ?」
二人がいないことに気がついたのは、澄が食べたいといったかき氷屋を出た後だった。
「澄?虎徹?」
この人混みだ。
周りを見渡すけれど、二人の姿は見えない。
「どうしよう」
早く見つけなきゃ。
そう思って歩みを進める。
「あっ、すみません!」
四方を見ながら歩いていたからだろうか。
真正面から思い切り人とぶつかってしまった。
「なにをしている」
「白緋……?」
そこにいた人物は、よく見慣れた人だった。
「なんでいるの?」
「『浴衣を見てたらお祭り行きたくなってしまいました』と深月に言われ、気がついたらここに」
遠い目をしながらたこ焼を持つ彼がおかしくて笑ってしまう。
「そうだ!虎徹と澄を見なかった?」
「見てないな」
「そう……きゃっ」
落胆していると後ろから来た人にぶつかってしまった。
「本当に危なっかしいな」
右手に彼の温もりが伝わる。
突然繋がれた掌から伝わる温もりで私の体温が急上昇する。
「は、白緋……!」
「はぐれてはいけないだろう」
「二人を探さなきゃ……」
「あの二人なら大丈夫だ。頑丈だしな」
意味のわからい理由で納得させられる。
大きくてゴツゴツした男の人の手。
先程より強めに握られる掌から、私の鼓動が伝わってしまいそうだ。
「なにか見たいものはあるか?」
「ないわ、大丈夫よ」
「……」
気を使わせている?
そう思い提案を断る。
白緋が歩みを止め、私の顔をジッと見つめてきた。
「なに?」
「お前は、他人の気持ちを考えすぎだ」
「え……」
「もっと我儘でいろ」
ぶっきらぼうな言い方。
だけれど、私の事を考えてくれての言葉だった。
「ふふっ」
「なんだ」
「いや、白緋は優しいなって」
彼の優しさを無碍にするほど、私は分からず屋ではない。
「やっと笑ったな」
優しい笑み。
きっと分かっていたんだ。
上手く力を使えなくなっていたことも。
私が取りこぼした命に嘆いたこともーーー。
まだ自分を許すことは出来ない。
あの母親にも、都の人たちにも顔向け出来ないから。
でも、今一番近くで支えてくれている皆の為にも最期まで使命を真っ当しようと思った。
「ありがとう、白緋」
「俺は何もしていない」
彼が元のぶっきらぼうな表情に戻り目線を外す。
私もこの祭りを楽しもう。
「あっ」
「なんだ」
目に入った露店に心躍る。
けれど、白緋は絶対に興味がない。
どうしよう。
「あの店か」
私がその店の商品を凝視していたからだろうか。
白緋がそこに向かってスタスタと歩いていく。
「綺麗……」
それは、しだれ桜を模した簪だった。
辺りの光を集め、キラキラと輝きを放っていた。
「これを」
「はいどうも〜!」
白緋がいつの間にかその簪を店主に渡す。
彼もこの美しさに惹かれたのだろうか。
そう考えていると無言で簪を差し出してきた。
「?」
「気に入ったのだろう」
「私に……?」
普段の白緋らしからぬ行動に目を見開く。
どうしよう。
嬉しい。
「白緋さま、美桜さまに着けてあげたらどうですか〜?」
「えっ」
お店の人の言葉に私が驚く。
白緋は表情を崩さないままだ。
「後ろを向け」
「自分でやるけど……」
「いいから」
何故か少しムキになっている白緋。
案外負けず嫌いなのだろうか。
「……っ」
白緋の手が私の首筋に触れる。
その少し冷たい指先がくすぐったかった。
「……んっ」
少し手間取っているのだろうか。
私の髪を何回も掬い上げる。
一本一本に神経が通ってるんじゃないかと思ってしまう程、彼の動きを細部まで感じる。
「出来たぞ」
「わあ」
置かれている鏡を覗き込むと、まとめられた髪に綺麗なしだれ桜が輝いていた。
後れ毛が少し出ているのを見て、一生懸命行ってくれた行動に笑みが溢れる。
「ありがとう!」
「ああ」
ぱあっと、心に花が咲いたようだった。
「いくらだ」
「白緋様、お代は要りませんよ」
思わぬ言葉に顔を見ると、先程まで調子の良かった店主の表情が真剣なものとなっていた。
「美桜さまは私たちの命を救って下さいました」
「え…?」
「私はあの晩、カラクリに追われ火の手が迫った空き家に逃げ込む事しか出来ませんでした」
あの日の被害者だったのか。
「空き家にも火が移りもうダメかと思ったその瞬間、美桜さまは結界を張って下さいました」
私が絶望していたあの瞬間だ。
「“結界の内部は桜ノ命によって護られる”結界が張られた都の火は瞬く間に鎮火し、カラクリも灰となって消えました」
「そうだったんですね…」
「だから、私は紛れもない美桜さまによって救われたのです」
「私は何も……」
その言葉を否定しようとして、店主が遮るように口を開く。
「私のように思っている都の者がほとんどですよ」
「……っ」
彼女は私の両手を包み込む。
「私たちは皆、貴方をお慕いしていますよ!」
まるで母のような温かな言葉。
私はこの人たちの為に戦えていたというのか。
「ありがとうございます……っ」
胸がいっぱいで言葉がつっかえてしまう。
「こちらこそ!お二人とも身体には気を付けて!」
「はい!」
そう言って、私たちは店を離れた。
私は厄災を経て、都の人たちは意気消沈してばかりだと思っていた。
でも、実際には違った。
心の傷を負いつつもそれを乗り越え前を向こうとしていた。
「今日来て良かった」
「そうか」
白緋と共に帰路に着く。
祭囃子が遠ざかり、再び春の静けさが戻ったようだった。
「私、ここへ来て良かったわ」
静けさの中口を開く。
「白緋や皆と出会えて良かった」
嘘偽りのない言葉だ。
何も記憶のない私を受け入れてくれた。
私はここに来てから、ちっとも寂しくない。
「……」
「どうしたの?」
白緋が歩みを止め、私へと手を伸ばす。
「……っ」
触れられる。
そう思って顔を伏せると、少し後ろの方で『シャラ……』という音がした。
「曲がっていた」
「そっ、そう……」
びっくりした。
白緋は度々こういう事をしてくるから困る。
「俺もだよ」
不意に聞こえた言葉に顔を上げる。
「美桜に会えて良かった」
穏やかな顔。
私の頬に優しく触れる手。
舞い散る桜の中見るその光景は、まるで物語のように神秘的だった。
ああ、私、白緋が好きだーーー。
「帰るぞ」
「ええ」
鳥居の下、白緋が私へと手を伸ばす。
白緋の手を掴もうと、鳥居の下を潜った。
ーーーその時だった。
『……りちゃん!』
頭の中に誰かの声が流れ込む。
『……りちゃんが……でありますように!」
視界がぐらりと歪む。
頭が割れるように痛い。
「美桜!!!」
遠くに白緋の声が聞こえる。
『花織ちゃんが幸せでありますように!』
それが、私が意識を手放す前に聞いた最後の言葉だった。
私が目を覚ました楼閣。
また戻って来たんだ。
「ーーみお」
ここから見える都の景色、綺麗だったなあ。
「美桜!!」
「わっ!!!!」
びっくりした。
心臓が止まるかと思った。
「何回も呼んだんだぞ?」
「ご、ごめん虎徹」
都から古都に移り住んで数日。
私が目覚めた楼閣に、皆で移り住んでいた。
虎徹は「はあ……」と大きなため息を吐く。
相変わらず表情豊かだなあなんて、呑気にそんな事を考えていた。
「皆心配してるぞ?美桜が元気ないって」
「そんな事ないよ」
優しいな。
それをわざわざ伝えに来てくれたのか。
「討伐上手くいってないのは困るんだよ」
「……」
あれから、カラクリの残党を討伐する日々だったが、祈りを上手く使えないことが増えていた。
深月が言うには「桜ノ命の力は精神に直結しているから」という事らしい。
「というわけで、明日遊びに行くぞ!」
「え、どこに?」
私の言葉に虎徹は悪戯っぽくニヤリと笑う。
そして一枚の紙を見せてきた。
「祭りだよ!」
「……こんな時に?」
紙には明日の祭りの開催が記載されてた。
正直前向きになる事はできなかった。
厄災が都を襲ってからまだ日が浅い。
民も祭りなんて気分では無いだろう。
「こんな時、だからじゃねぇのか」
私の言い方に棘があったのを察してだろう。
嗜めるように言葉を続ける。
「辛い思いをした人こそ明るい出来事があるべきじゃねえのか?」
「そうだけど……」
「祭りってのは亡くなった人の魂を鎮め供養する役割も持ってるらしいぞ」
「供養……」
それは、今この地に一番必要なものなのかも知れない。
「行ってみようかな……」
救えなかった命を想いたい。
そう思った。
「そう来なくちゃ!澄にも声かけてくっから。明日の夕方集合な!」
そう言って私の返事も聞かずに部屋から出て行ってしまう。
分かっていた。
辛いはずなのに、私に気を使って明るく振る舞っているのだと言うことを。
「心配かけちゃ駄目だな」
明日、楽しめるといいな……。
そう思いながら私は眠りについた。
**
「はあ……」
何故こんなに疲れているのかというとーー。
『浴衣ですか!たしか八重が着ていたのがこの辺に……』
『いや、そんなに気合い入れなくても……』
『駄目です!こんな機会なんですからしっかり着飾らなくては!」
そんなやり取りを眺めていたら、いつの間にか約束の時間を過ぎていた。
「美桜!」
「お姉ちゃん!」
二人を探しているのが分かったのか呼び止めてくれる。
目が合うと、虎徹は顔を赤くして目を逸らしてしまった。
「……似合ってんじゃねえの?」
「えっ、ありがとう」
いつも愛想のない彼らしくない素直な言葉に私は驚く。
「兄ちゃん素直じゃないな〜〜!!」
「んなっ!!」
「かわいいねでいいんだよ!お姉ちゃん、とってもかわいいね!」
「ふふっ、ありがとう」
無邪気な澄に顔が綻ぶ。
虎徹はというと、口を尖らせてブツブツ言っている。
「じゃあ行こっか」
温かい色を宿した提灯にさまざまな種類の出店。
私たちと同じように、皆まだここに移り住んで日が浅いというのに一体どこにあったのだろう……。
「終祈の災いでここは壊滅状態だったけど、元々住んでた人たちがコツコツ修復してたらしいぞ」
いつもの調子に戻った虎徹が説明をしてくれる。
心なしか地形や建物の配置も都に似ている。
ここに戻ってきて喜んでいる人もいるのだろうか。
「ねえ!やきそばあるよ!」
「はいはい」
「おいっ、お前はそういう事をさりげなく……!」
目を輝かせた澄が私の手を引く。
何故か虎徹が羨ましそうにこちらを見る。
澄を一人占めしてしまっているからだろうか。
そんな事を考えながら私たちは雑踏の中へ足を踏み入れた。
**
「……あれ?」
二人がいないことに気がついたのは、澄が食べたいといったかき氷屋を出た後だった。
「澄?虎徹?」
この人混みだ。
周りを見渡すけれど、二人の姿は見えない。
「どうしよう」
早く見つけなきゃ。
そう思って歩みを進める。
「あっ、すみません!」
四方を見ながら歩いていたからだろうか。
真正面から思い切り人とぶつかってしまった。
「なにをしている」
「白緋……?」
そこにいた人物は、よく見慣れた人だった。
「なんでいるの?」
「『浴衣を見てたらお祭り行きたくなってしまいました』と深月に言われ、気がついたらここに」
遠い目をしながらたこ焼を持つ彼がおかしくて笑ってしまう。
「そうだ!虎徹と澄を見なかった?」
「見てないな」
「そう……きゃっ」
落胆していると後ろから来た人にぶつかってしまった。
「本当に危なっかしいな」
右手に彼の温もりが伝わる。
突然繋がれた掌から伝わる温もりで私の体温が急上昇する。
「は、白緋……!」
「はぐれてはいけないだろう」
「二人を探さなきゃ……」
「あの二人なら大丈夫だ。頑丈だしな」
意味のわからい理由で納得させられる。
大きくてゴツゴツした男の人の手。
先程より強めに握られる掌から、私の鼓動が伝わってしまいそうだ。
「なにか見たいものはあるか?」
「ないわ、大丈夫よ」
「……」
気を使わせている?
そう思い提案を断る。
白緋が歩みを止め、私の顔をジッと見つめてきた。
「なに?」
「お前は、他人の気持ちを考えすぎだ」
「え……」
「もっと我儘でいろ」
ぶっきらぼうな言い方。
だけれど、私の事を考えてくれての言葉だった。
「ふふっ」
「なんだ」
「いや、白緋は優しいなって」
彼の優しさを無碍にするほど、私は分からず屋ではない。
「やっと笑ったな」
優しい笑み。
きっと分かっていたんだ。
上手く力を使えなくなっていたことも。
私が取りこぼした命に嘆いたこともーーー。
まだ自分を許すことは出来ない。
あの母親にも、都の人たちにも顔向け出来ないから。
でも、今一番近くで支えてくれている皆の為にも最期まで使命を真っ当しようと思った。
「ありがとう、白緋」
「俺は何もしていない」
彼が元のぶっきらぼうな表情に戻り目線を外す。
私もこの祭りを楽しもう。
「あっ」
「なんだ」
目に入った露店に心躍る。
けれど、白緋は絶対に興味がない。
どうしよう。
「あの店か」
私がその店の商品を凝視していたからだろうか。
白緋がそこに向かってスタスタと歩いていく。
「綺麗……」
それは、しだれ桜を模した簪だった。
辺りの光を集め、キラキラと輝きを放っていた。
「これを」
「はいどうも〜!」
白緋がいつの間にかその簪を店主に渡す。
彼もこの美しさに惹かれたのだろうか。
そう考えていると無言で簪を差し出してきた。
「?」
「気に入ったのだろう」
「私に……?」
普段の白緋らしからぬ行動に目を見開く。
どうしよう。
嬉しい。
「白緋さま、美桜さまに着けてあげたらどうですか〜?」
「えっ」
お店の人の言葉に私が驚く。
白緋は表情を崩さないままだ。
「後ろを向け」
「自分でやるけど……」
「いいから」
何故か少しムキになっている白緋。
案外負けず嫌いなのだろうか。
「……っ」
白緋の手が私の首筋に触れる。
その少し冷たい指先がくすぐったかった。
「……んっ」
少し手間取っているのだろうか。
私の髪を何回も掬い上げる。
一本一本に神経が通ってるんじゃないかと思ってしまう程、彼の動きを細部まで感じる。
「出来たぞ」
「わあ」
置かれている鏡を覗き込むと、まとめられた髪に綺麗なしだれ桜が輝いていた。
後れ毛が少し出ているのを見て、一生懸命行ってくれた行動に笑みが溢れる。
「ありがとう!」
「ああ」
ぱあっと、心に花が咲いたようだった。
「いくらだ」
「白緋様、お代は要りませんよ」
思わぬ言葉に顔を見ると、先程まで調子の良かった店主の表情が真剣なものとなっていた。
「美桜さまは私たちの命を救って下さいました」
「え…?」
「私はあの晩、カラクリに追われ火の手が迫った空き家に逃げ込む事しか出来ませんでした」
あの日の被害者だったのか。
「空き家にも火が移りもうダメかと思ったその瞬間、美桜さまは結界を張って下さいました」
私が絶望していたあの瞬間だ。
「“結界の内部は桜ノ命によって護られる”結界が張られた都の火は瞬く間に鎮火し、カラクリも灰となって消えました」
「そうだったんですね…」
「だから、私は紛れもない美桜さまによって救われたのです」
「私は何も……」
その言葉を否定しようとして、店主が遮るように口を開く。
「私のように思っている都の者がほとんどですよ」
「……っ」
彼女は私の両手を包み込む。
「私たちは皆、貴方をお慕いしていますよ!」
まるで母のような温かな言葉。
私はこの人たちの為に戦えていたというのか。
「ありがとうございます……っ」
胸がいっぱいで言葉がつっかえてしまう。
「こちらこそ!お二人とも身体には気を付けて!」
「はい!」
そう言って、私たちは店を離れた。
私は厄災を経て、都の人たちは意気消沈してばかりだと思っていた。
でも、実際には違った。
心の傷を負いつつもそれを乗り越え前を向こうとしていた。
「今日来て良かった」
「そうか」
白緋と共に帰路に着く。
祭囃子が遠ざかり、再び春の静けさが戻ったようだった。
「私、ここへ来て良かったわ」
静けさの中口を開く。
「白緋や皆と出会えて良かった」
嘘偽りのない言葉だ。
何も記憶のない私を受け入れてくれた。
私はここに来てから、ちっとも寂しくない。
「……」
「どうしたの?」
白緋が歩みを止め、私へと手を伸ばす。
「……っ」
触れられる。
そう思って顔を伏せると、少し後ろの方で『シャラ……』という音がした。
「曲がっていた」
「そっ、そう……」
びっくりした。
白緋は度々こういう事をしてくるから困る。
「俺もだよ」
不意に聞こえた言葉に顔を上げる。
「美桜に会えて良かった」
穏やかな顔。
私の頬に優しく触れる手。
舞い散る桜の中見るその光景は、まるで物語のように神秘的だった。
ああ、私、白緋が好きだーーー。
「帰るぞ」
「ええ」
鳥居の下、白緋が私へと手を伸ばす。
白緋の手を掴もうと、鳥居の下を潜った。
ーーーその時だった。
『……りちゃん!』
頭の中に誰かの声が流れ込む。
『……りちゃんが……でありますように!」
視界がぐらりと歪む。
頭が割れるように痛い。
「美桜!!!」
遠くに白緋の声が聞こえる。
『花織ちゃんが幸せでありますように!』
それが、私が意識を手放す前に聞いた最後の言葉だった。
