桜ノ命は五人の神使に祈りを捧ぐ

「おかしい」

私達は確かに伝令を受け最速でアズマ地方に到着したはずだ。
それなのに……。

「静かすぎる」

耳に届くのは風が吹き抜ける音だけ。
まるで戦いなんて縁遠いと告げるように。

「民家に灯りがついてるぞ!」

虎徹が指刺した先に小さな家があった。
もしかしたらカラクリに占拠(せんきょ)されているかもしれない。
私達は目線で合図をし気配を消すと突入の準備を整える。

「いくぞ」

キイィ……

ゆっくりと戸を開く。

「……」
「……」
「虎徹さま!?」

中に居たのはカラクリ……ではなく、普通に生活している様子の民だった。

「えっ!?どうしてここに神使様が……!?桜ノ命様まで!?」
「どういう事だ……なああんたら、カラクリに襲われてるんじゃないのか!?」

あまりにも“普通”の空間に私達は動揺する。

「カラクリ……?何をおっしゃっているのですか?」
「カラクリがアズマ地方を襲っていると、都に伝令が入っているのですよ」

説明をすると民は血相を変えて否定する。

「そんな事ありえません!先程まで辺りを散歩していましたが、カラクリなんて……」

その様子を見るに、到底嘘をついているようには思えなかった。

「申し訳ございません。我々の勘違いだったようです」
「カラクリが出現しているのですか!?ここは危険なのですか!?」
「落ち着いて下さい。どうやら誤情報だったようです。念の為、神使と護衛をこちらに配置いたしますね」

慌てる民を落ち着かせ、私達は外へ出る。

「誤情報とは言いましたけど……」
「ありえねぇな」

そう、あり得ない。
こういう大きな情報は統花府からの伝達であり、統花府が情報を誤るなんて事は万が一にでもあり得ないのだ。

「ではアズマ地方にカラクリは居ないとして、一体どこに……?」

結界が破られた事は本当だろう。
何しろその瞬間を目撃したのだから。
では、敵の目的は……?

「おい!あれ見ろよ!!」

考え込んでいた私を引き戻したのは慌ただしい声だった。

遠く、夜空のむこう。
一角が赤く染まっていた。
あの方角はーーー

「そんな……まさか……」

敵ははじめからこれを狙っていたんだ。

「都です!!!」

私は全員に聞こえるように叫ぶ。

「敵の狙いは、都です!!!」

**

全速力で来たばかりの道を引き返す。

やられた……!!!

敵の狙いは最初から都だったんだ。
何故気付かなかった?
皆は無事なの?
今この瞬間にも、都の方角から煙が空へと立ち上る。

「美桜さん!」

深月の声に我へと返る。

「虎徹にアズマを任せた今、神使は私と澄だけです。その澄も無事かどうか……」
「ーーっ」
「この計画性、おそらく野良のカラクリの仕業ではありません」

深月が冷静に状況を説明する。

「このやり方、終祈(しゅうき)(わざわ)いと同じです。その場合都にはカラクリが溢れかえっているはず」
「そんな……どうすれば……」
「帰ったら総力戦になる事は間違いないでしょう。先程、統花府には護衛の増員を頼みました」

都の皆は無事かしら。
避難は済んでいるかしら。
澄、巳影、白緋。
無事でありますように。

「美桜さんは私たち神使が命に変えてでもお守りしますから」
「え……?」
「貴方はようやく訪れた私達の希望なんです。絶対に命を落とす事は許しません」

深月は優しい笑みを私に向ける。

「だから、心配しないで」

安心させようとしているのが痛いほど伝わる。
なんで、自分の事は二の次なの?

「……う」
「え?」
「皆で、生きましょう」

多分、すごく小さな声だったと思う。
それでも深月はすごく嬉しそうに頷いてくれた。

「そうですね!」

最悪の想像ばかりしていた私は、ようやく自分を取り戻す。
まだ、防げる事があるはずだ。

「まもなく都です!!」

前を走っていた護衛から伝達が届く。
どうか、何事もありませんようにーー。
そんな淡い期待は、都へ到着した瞬間に一瞬で砕かれた。

「なに……これ……」

燃えていた。
目に映る全ての家屋が真っ赤に燃えていた。

「ここは危険です!迂回して進みましょう!!」

火の手の周りが遅い方へと足を進める。

「熱っ!!」
「美桜さん、これを」

容赦ない熱風。
深月が自分が着ていた羽織を私に被せる。

「だめ!火傷してしまうわ!」
「大丈夫です。神使は皆さんより頑丈に出来ているんで」

そう言いながら、返そうとする私の手を強引に制す。

「進みますよ」

あと少しで大きな通りに出る。
そこまで出たら、火は幾分マシになるだろう。

「もう少し……!」

ゆっくりと歩みを進める。
護衛の人たちはちゃんとついて来れているのだろうか。
誰も欠ける事がありませんように。

「宮に続く通りに出ます!」

良かった。
後は澄の元に戻り、被害を抑える事が出来れば……!
この後の作戦を考えながら、ようやく宮へと続く大きな通りに出る。

確かに火の手は先程よりも弱まっていた。
けれどーーー

「誰か!助けて!!」
「早く逃げてぇーーーーー!!!」
「もう……終わりだ……」

泣き叫ぶ者。
必死に逃げる者。
諦める者。

ーーー地獄だ。

「これは……」

追いついた深月が絶句する。
想像以上だ。
想像以上の光景だった。

「宮へ急ぎましょう」

立ち尽くす私を深月が促す。
先へ急ごうとした。
その時だった。

「美桜さま!!!」

それはいつか見た少女の母親だった。

「助けて下さい!!雫が……雫がぁ……!!!」

彼女が指差す先を見ると、平に潰れ炎に包まれた“家だったもの”が見えた。

「雫がまだあの中にいるんです……!!助けて下さい……っ!!」

泣き叫び縋りつき、崩れ落ちる。
助け出したくても……あの中にいては、もう……。
それでも何とかしたくて、見捨てることなんて出来なくて。
私はその炎の中に向かおうとした。

「駄目だよ」

深月が私の手首を固く握る。

「もう間に合わない」
「……っ!!わかってるよ!!!」

視界が滲む。
喉の奥が熱い。

「嫌……!!深月やめて!!!」

私の腕を引っ張り宮へと歩みを進める。
必死に抵抗しても無駄だった。

「私達を見捨てないで下さい!!!美桜さま!!!!」

私を求める泣き叫ぶ声。
ごめんなさい。
でも、もう助ける事が出来ないの。
ごめんなさい。

ーーー桜のお姫さまみたいに、皆をまもれる人になりたいんだ!

「うわあああああぁぁぁぁぁ…………っ!!!」

私は、なんて無力だろう。