水たまりに提灯が写り、ゆらゆらと揺れる。
まるで水面の向こうにも都が存在するかのように錯覚する。
雨上がりの都に風が吹き抜け、春の匂いが鼻を掠めた。
「ママ!気持ちいいね!!」
「あんまりはしゃいではいけません!」
「大丈夫だよ〜!わっ!!!」
母を見ながら走る幼子が私の足へとぶつかる。
よろめく彼女の身体を咄嗟に支える。
「大丈夫?」
「いたた……ごめんねぇ、お姉ちゃん」
「雫!大丈夫!?」
血相を変え慌てて駆け寄る女性は、幼子の様子を一通り確認した後私へと向き直る。
「娘が申し訳ございませ……ええ!!?」
「ママ、どうしたの?」
「美桜さまではございませんか!!此度の桜ノ命の!!」
「ええ、そうですが……」
顔を見ただけで分かるのか……。
就任式を行ったとはいえ、やはり桜ノ命の影響力というのは大きいのだな。
「娘が申し訳ございません……!!どうか、お許しを……!」
自分の頭と共に、娘の頭を押さえつけ下げさせる。
「そんな!やめて下さい!」
「ですが……!」
「お姉ちゃん!桜のお姫さまなの!?」
娘の顔がぱぁっと明るくなる。
「お姫さま……では無いけれど、桜ノ命ではあるわね」
私の言葉に彼女の目は更に輝きを帯びる。
「しずく、桜のお姫さまみたいにかわいくて、かっこよくて、皆をまもれる人になりたいんだ!」
「雫ちゃんならきっとなれるわ。こんなに可愛くて、自分の気持ちをしっかり伝えられる強い人だもの」
「えへへ!!」
可愛いなあ。
後ろでハラハラした顔をしたお母さんを見てハッとする。
「気にしないで下さい。むしろこちらが癒されてしまいました」
「なんとお礼をもうしたら良いか……ありがとうございます……!雫、行きますよ!」
「バイバイ、お姫さま!」
「バイバイ」
腕の鱗を見るに、彼女達は恐らく魚の妖だ。
雨上がりの都。
さまざまな種族が交錯するこの場所が好きだ。
いつまでも見ていたいだなんて、
無力で未知な私はこれから起きる事は夢にも思わず。
呑気にそんな事を考えていた。
**
宮へと帰ってから数日。
私は白緋を探していた。
まだ、あの時のお礼を言えていない。
「いない……」
中に居ないとなれば、きっとあそこに居るだろう。
宮の裏手から庭に出ると、強い風が私を襲う。
「っ……!」
うっすらと目を開けると、風に乗った大量の桜が一面を淡い色に染め上げていた。
「綺麗……」
その光景に見惚れていると、桜吹雪の隙間から見覚えのある姿が覗いた。
「白緋」
桜を見上げる様にして立つ彼の瞳は閉じていた。
まるで、この春を感じるように。
この景色の中銀色の長い髪をなびかせる彼の姿は、この世のものとは思えないほど美しかった。
「……」
風が止む。
桜の吹雪が雨に変わるのを感じると、彼はゆっくりとこちらを向く。
「どうした」
顔色一つ変える事なく私へと語りかける。
何の動揺も見せないその姿が悔しいと思った。
「あの、この間のお礼を言いたくて」
「この間?」
「巳影のこと、宮へ連れ戻してくれたこと」
「ああ」
白緋が思い出した様に頷く。
「何も問題ない」
ずるいなぁ。
その穏やかな微笑みに私の胸は苦しくなる。
「巳影、何処行っちゃったんだろう」
咄嗟に話を逸らす。
そして、心から思っていることを口にした。
まだ彼はこの宮に戻っていなかった。
「私の存在が彼を傷付けたのよね」
あの時の悲しい眼差し。
一日だって忘れたことはない。
「気にするな」
「でも」
「少し時間が必要なだけだ」
そう言われて考える。
この短い期間で彼が私に見せてくれた笑顔の全てが嘘だとは思いたくなかった。
「美桜は立派にやっている」
「……」
「もう少し神使を頼れ」
そう言って少し顔を覗き込む白緋。
ずるい。
薄々気がついていた。
きっとこの感情はーーー。
「私、聞きたいことがあるの」
彼をまっすぐと見据える。
不思議そうにこちらを見る白緋に意を決して口を開く。
「貴方はーーー」
その時だった。
キイイイイイイイイイィィィィィィッッーーー!!!
けたたましい音が響く。
訳も分からず咄嗟に耳を塞ぐ。
「この音って……」
「まずい」
白緋が刀を抜き構える。
「結界が破られた」
宮を守るための結界。
それが破られたとなるとーーー。
「都が危ない!!」
どうしよう。
どうしようーーー。
「美桜、深月と合流して作戦を立てろ」
「白緋は……?」
低く腰を落とす。
「俺はカラクリの足止めをする」
そのまま高く飛び上がり、瞬く間に私の元から離れていく。
「白緋!!!」
置いていかないで。
そう言いたい気持ちをグッと堪え、私は宮に向き直る。
「私は……神としての責務を果たす」
都の中へ戻ると、案の定大騒ぎとなっていた。
「深月!!!」
「美桜さん!」
「一体どうなっているの」
兎にも角にもまずは現状を把握しておきたかった。
「まずい事になりました。結界が破壊され神域が攻撃されていると統花府から伝令がありました」
結界が破壊された。
それが意味するのは……神域への侵略。
「終祈の災いの時と全く同じです」
「えっ……」
「白緋を見ていませんか?虎徹と澄は既に合流したのですが……」
「白緋は一人で結界の方に向かっていったわ」
深月に明らかな動揺の色が見える。
当たり前だ。
白緋は神使の中でも最大戦力なのだから。
「アズマ地方に大量のカラクリ反応!!!」
慌てて飛び込んできた護衛が叫ぶ。
「本当ですか!?」
「はい。アズマ方面にはすでにカラクリが流入し、民が攻撃を受けていると!」
まずい。
既に民にまで攻撃が及んでいるなんて……。
「おい!大丈夫か!?」
「話はだいたいきいたよ!」
虎徹と澄が合流する。
「まずはアズマ地方に向かって攻撃を抑えるのが賢明だと」
「おう。早く向かおう!」
ただでさえ巳影がいない上に白緋まで欠けてしまうなんて……。
満足に戦えるのだろうか。
「では美桜さんと虎徹と私でアズマ地方に向かいます。澄はここで護衛の皆さんと民をお守りしてもらえますか?」
「まかせて!」
澄を一人にする事に不安を覚えたが、彼は年齢こそ低いものの頭も切れるし戦闘にも長けている。
ここは澄と護衛に任せて、まずアズマ地方のカラクリを殲滅する事が優先だろう。
「では皆さん、各自配置に!」
「私達も行こう」
蜘蛛の子を散らすように一斉に散らばる。
これから待ち受ける戦闘に備えてーーー。
まるで水面の向こうにも都が存在するかのように錯覚する。
雨上がりの都に風が吹き抜け、春の匂いが鼻を掠めた。
「ママ!気持ちいいね!!」
「あんまりはしゃいではいけません!」
「大丈夫だよ〜!わっ!!!」
母を見ながら走る幼子が私の足へとぶつかる。
よろめく彼女の身体を咄嗟に支える。
「大丈夫?」
「いたた……ごめんねぇ、お姉ちゃん」
「雫!大丈夫!?」
血相を変え慌てて駆け寄る女性は、幼子の様子を一通り確認した後私へと向き直る。
「娘が申し訳ございませ……ええ!!?」
「ママ、どうしたの?」
「美桜さまではございませんか!!此度の桜ノ命の!!」
「ええ、そうですが……」
顔を見ただけで分かるのか……。
就任式を行ったとはいえ、やはり桜ノ命の影響力というのは大きいのだな。
「娘が申し訳ございません……!!どうか、お許しを……!」
自分の頭と共に、娘の頭を押さえつけ下げさせる。
「そんな!やめて下さい!」
「ですが……!」
「お姉ちゃん!桜のお姫さまなの!?」
娘の顔がぱぁっと明るくなる。
「お姫さま……では無いけれど、桜ノ命ではあるわね」
私の言葉に彼女の目は更に輝きを帯びる。
「しずく、桜のお姫さまみたいにかわいくて、かっこよくて、皆をまもれる人になりたいんだ!」
「雫ちゃんならきっとなれるわ。こんなに可愛くて、自分の気持ちをしっかり伝えられる強い人だもの」
「えへへ!!」
可愛いなあ。
後ろでハラハラした顔をしたお母さんを見てハッとする。
「気にしないで下さい。むしろこちらが癒されてしまいました」
「なんとお礼をもうしたら良いか……ありがとうございます……!雫、行きますよ!」
「バイバイ、お姫さま!」
「バイバイ」
腕の鱗を見るに、彼女達は恐らく魚の妖だ。
雨上がりの都。
さまざまな種族が交錯するこの場所が好きだ。
いつまでも見ていたいだなんて、
無力で未知な私はこれから起きる事は夢にも思わず。
呑気にそんな事を考えていた。
**
宮へと帰ってから数日。
私は白緋を探していた。
まだ、あの時のお礼を言えていない。
「いない……」
中に居ないとなれば、きっとあそこに居るだろう。
宮の裏手から庭に出ると、強い風が私を襲う。
「っ……!」
うっすらと目を開けると、風に乗った大量の桜が一面を淡い色に染め上げていた。
「綺麗……」
その光景に見惚れていると、桜吹雪の隙間から見覚えのある姿が覗いた。
「白緋」
桜を見上げる様にして立つ彼の瞳は閉じていた。
まるで、この春を感じるように。
この景色の中銀色の長い髪をなびかせる彼の姿は、この世のものとは思えないほど美しかった。
「……」
風が止む。
桜の吹雪が雨に変わるのを感じると、彼はゆっくりとこちらを向く。
「どうした」
顔色一つ変える事なく私へと語りかける。
何の動揺も見せないその姿が悔しいと思った。
「あの、この間のお礼を言いたくて」
「この間?」
「巳影のこと、宮へ連れ戻してくれたこと」
「ああ」
白緋が思い出した様に頷く。
「何も問題ない」
ずるいなぁ。
その穏やかな微笑みに私の胸は苦しくなる。
「巳影、何処行っちゃったんだろう」
咄嗟に話を逸らす。
そして、心から思っていることを口にした。
まだ彼はこの宮に戻っていなかった。
「私の存在が彼を傷付けたのよね」
あの時の悲しい眼差し。
一日だって忘れたことはない。
「気にするな」
「でも」
「少し時間が必要なだけだ」
そう言われて考える。
この短い期間で彼が私に見せてくれた笑顔の全てが嘘だとは思いたくなかった。
「美桜は立派にやっている」
「……」
「もう少し神使を頼れ」
そう言って少し顔を覗き込む白緋。
ずるい。
薄々気がついていた。
きっとこの感情はーーー。
「私、聞きたいことがあるの」
彼をまっすぐと見据える。
不思議そうにこちらを見る白緋に意を決して口を開く。
「貴方はーーー」
その時だった。
キイイイイイイイイイィィィィィィッッーーー!!!
けたたましい音が響く。
訳も分からず咄嗟に耳を塞ぐ。
「この音って……」
「まずい」
白緋が刀を抜き構える。
「結界が破られた」
宮を守るための結界。
それが破られたとなるとーーー。
「都が危ない!!」
どうしよう。
どうしようーーー。
「美桜、深月と合流して作戦を立てろ」
「白緋は……?」
低く腰を落とす。
「俺はカラクリの足止めをする」
そのまま高く飛び上がり、瞬く間に私の元から離れていく。
「白緋!!!」
置いていかないで。
そう言いたい気持ちをグッと堪え、私は宮に向き直る。
「私は……神としての責務を果たす」
都の中へ戻ると、案の定大騒ぎとなっていた。
「深月!!!」
「美桜さん!」
「一体どうなっているの」
兎にも角にもまずは現状を把握しておきたかった。
「まずい事になりました。結界が破壊され神域が攻撃されていると統花府から伝令がありました」
結界が破壊された。
それが意味するのは……神域への侵略。
「終祈の災いの時と全く同じです」
「えっ……」
「白緋を見ていませんか?虎徹と澄は既に合流したのですが……」
「白緋は一人で結界の方に向かっていったわ」
深月に明らかな動揺の色が見える。
当たり前だ。
白緋は神使の中でも最大戦力なのだから。
「アズマ地方に大量のカラクリ反応!!!」
慌てて飛び込んできた護衛が叫ぶ。
「本当ですか!?」
「はい。アズマ方面にはすでにカラクリが流入し、民が攻撃を受けていると!」
まずい。
既に民にまで攻撃が及んでいるなんて……。
「おい!大丈夫か!?」
「話はだいたいきいたよ!」
虎徹と澄が合流する。
「まずはアズマ地方に向かって攻撃を抑えるのが賢明だと」
「おう。早く向かおう!」
ただでさえ巳影がいない上に白緋まで欠けてしまうなんて……。
満足に戦えるのだろうか。
「では美桜さんと虎徹と私でアズマ地方に向かいます。澄はここで護衛の皆さんと民をお守りしてもらえますか?」
「まかせて!」
澄を一人にする事に不安を覚えたが、彼は年齢こそ低いものの頭も切れるし戦闘にも長けている。
ここは澄と護衛に任せて、まずアズマ地方のカラクリを殲滅する事が優先だろう。
「では皆さん、各自配置に!」
「私達も行こう」
蜘蛛の子を散らすように一斉に散らばる。
これから待ち受ける戦闘に備えてーーー。
