宵の空に耀くひかり〜君と過ごした14日間〜

 震える指先でインターホンを押す。
 
 少しして部屋の中から返事が聞こえ、ゆっくりと扉が開く。
 恐る恐る、扉の先に立つ人物の顔を見た。
 
「……生きてた」
 
 扉の向こうから出てきた耀を見た瞬間、体の力が抜けて崩れ落ちそうになる。
 そんな俺を耀が強く抱きしめた。
 
「よ、宵……」
 
 俺を抱きしめながら、耀が声を震わせて、さらに強く抱きしめる。
 そんな耀の背中に腕を回し、俺も強く抱きしめた。
 触れる背中が温かくて、本当に生きている現実を噛み締める。
「宵……会いたかった」
 狭い玄関でしばらく抱き合った後、耀に招かれて1Kの部屋に案内される。
「今、お茶出すね」
 耀が立ち上がろうとした瞬間、思わず腕を掴む。
「いいから」
「……うん」
 耀が、俺の隣に座る。
「俺、ずっと……耀を探してた」
 耀は、俺の話を黙って聞く。
「……生きてるくらいは教えてくれよ」
 耀が俺の手を握り、まっすぐ見つめてくる。
「ごめん。ずっと連絡できなくて」
「……」
「……俺、宵と最後に会った時、先生から最後のチャンスって言われたんだ。今から治療に専念して、タイミングが合えば移植ができるかもしれないって。でも、うまくいかない可能性の方が高いとも言われて……」
「……」
「もしそのまま死んだら、宵にもっと辛い思いをさせる。死ぬ可能性が高い俺を宵に見せたくなくて、母さんにお願いして、連絡先も変えて、治療に専念するために家も東京の病院の近くに引っ越したんだ」
「……もう、大丈夫なのか?」
「うん、今はもう半年に一回の通院になった。結局、手術は成功したけど、日常生活に戻るまでは、そこから二年かかって」
「……そっか」
「それで、その時宵に連絡しようと思ったけど。同級生たちが、大学や就職したりしていることに気付いて。少しでも宵に追いついて、隣にいてもいいって思えるようになりたくて」
「……うん」
「連絡しようと思うたびに、もっとちゃんとしてからって思ってたら、気付いたら六年も経ってた。……っていうのは言い訳で。一番は、宵に忘れられていたら……どうしようって怖くて、なかなか連絡できなかった」
「……俺が忘れてると思ってたのかよ」
「……ごめん」
「俺は、俺は……ずっと、耀に好きだって言いたかった。何であの時、生きて欲しい。好きだって言わなかったのか、ずっと後悔してたんだぞ」
 六年間の感情が溢れて、勢いで告白してしまう。
 俺の言葉を聞いて、耀が俺に抱きつく。
「俺も……宵が好き。初めて会った日から、ずっと好きだった」
 俺の胸で涙を流す耀の背中を、優しくさすった。
「本当に俺、自分勝手でごめん」
「……正直、言いたいことはたくさんある。まだ少し、混乱してるし。でも、耀が目の前にいて触れられるだけで、今はもう何もいらない。……そのくらい、耀が好きだ」
 俺の言葉を聞いて、耀が泣きながら頷く。
「もう絶対、いなくなるなよ」
 耀の頬に手を添えて、流れてくる涙を拭う。
「俺は耀と出会った日から、耀に生かされてるようなものだから」
 きょとんとする耀を見て、俺は笑いながら話し続けた。
「人生が夢に過ぎないなら、俺はずっと耀の夢を見ていたい」
「……それどういう意味?」
「内緒」
「え、教えてよ」
 泣いている耀の頭を撫でていると、耀と視線が合う。
「なんか宵、余裕がある。俺はこんなに、泣いてるのに」
「いや、もうここにくる途中で泣いたからな」
「え?」
「いや、そりゃそうだろ。いるはずもない、もう会えないと思っていたのに」
「……そっか」
 俺の話を聞いて、耀は少し嬉しそうに笑う。
 そんな耀が愛おしく見えて、気づいたら唇を重ねていた。
「え?」
「ん?」
「今、何した?」
「キス?した」
「え!ちょっと!俺ファーストキス……」
「ごめん。……我慢できなかった」
「ちょー、やり直し‼︎」
 耀がワーワー言っているため、今度はちゃんと耀が目を閉じたあとに、耀の唇を喰むように重ねる。
 唇が離れ、お互い目が合うと、耀が照れくさそうに口を押さえる。
 俺は、耀の耳元でそっと囁く。
 
「俺も、初めて」
 
 窓の外では、あの日と同じように蝉が鳴いていた。
 もう、夢じゃない。

 
 数日後、たまたま俺の明けと、耀の大学の講義が早く終わる日が重なった。
 朝の申し送り前に、入念に記録を確認し最後の見回りも終えて、俺は早々に病棟を出た。
 少し前まで習慣になっていた、救急外来の患者の確認は耀と再会してから一度もしていない。
 ——もう、探す必要がない。
 スマホを確認し、耀のメッセージに返信をした。
 俺は帰宅した後、シャワーを浴びて、耀から指定された時間を逆算し目覚ましをセットする。
「二時間は寝れそうだな」

 二時間ほど寝ると、身体はかなり回復した。
 準備を整えて、耀から送られてきた地図をもとにカフェへ向かう。
 店の前に着くと、白シャツに、エプロン姿の耀が出てくる。
「ごめん!今着替えてくる!」
「……」
 ——え?
 俺はてっきり、このカフェで遅めのランチをすると思っていた。
 少しすると、店の傍から私服に着替えた耀が出てくる。
「ふふ。どう?似合ってた?」
 唖然とする俺を見て、耀が面白がる。
「いや、言えよ。かなり驚いたわ」
「うん。驚いてたね」
「ここでバイトしてるんだな」
「うん。もうすぐで、半年経つよ」
「そっか」
「せっかくなら、今の俺を見てもらえたらなって」
 隣で嬉しそうに笑う耀が、愛おしくて仕方ない。
 耀のサラサラな髪の毛をそっと撫でた。
「ちょ。俺、今汗すごいから」
 俺の手を避けるように、耀が照れくさそうにした。

 耀の家に向かう途中、スーパーに立ち寄った。
「お昼、俺が作ろっか?」
「え?耀、料理できるの?」
「おいー、俺のクッキー食べたことあるだろー」
「あ、確かに」
「簡単なパスタとかでよければ作るよ?」
「え、じゃあお願いします」
 カートを押しながら、野菜コーナーを見て回る耀を少し後ろから見つめる。
 ——ちゃんと、ここにいる。
  あの頃は、こんな日が来ることなんて想像もできなかったな。
 俺は、少し先を歩く耀の横に並んだ。
「俺が押すよ」
「え、あ、うん。ありがとう」
 買い物を終えて、スーパーを出る。
 買ったものを持つ俺に、耀がお礼を言う。
「持ってくれて、ありがとね」
「いやいや。俺、料理全然できないし。これくらいは、やらせてもらわないと」
「え、宵ご飯どうしてるの?」
「あー、買い弁か外食だな。昼はカップ麺か食堂」
「えー、不健康」
「あはは、だな」
 耀の家までは、歩いて二、三分。
 隣で歩きながら、時々耀の手とぶつかる。
 ——ぎゅっ
 俺は耀の手をつかみ、一本一本の指を絡めるように繋ぎ合わせる。
 蒸し暑いっていうのもあるが、単純に緊張していて、手汗が酷い。
 恐る恐る耀を見ると、頬を赤くしながら握り返してくる。
 俺はもともと、耀以外の人からどう思われても気にしない。でも、耀は周りの視線とか気にするかもしれない。
「嫌じゃない?」
「……うん」
 そんな俺の心配とは裏腹に、耀が恥じらいながら話す。
「あの、ごめん。俺、……手汗すごくて」
 恥ずかしそうにする耀に、思わず笑ってしまう。
「いや、それ俺だわ」
「え?」
「俺も結構ひどい」
「ふふふ。ちょっと意外」
「そ、うか?」
「うん。だって、……手繋ぐよりも先に、キスしてきたじゃん」
 耀が頬を赤らめながら、俺を見つめてくる。
「……わざとか?」
「ん?」
 ——あざとい。
 俺は少しため息を吐く。
「耀って、たまにあざといよな」
「えー?そんなことないよー」
 俺たちは手を繋ぎながら、耀の家へ向かった。

 家に着くと耀がシャワーを浴びてくるというので、俺はテレビを見ながら待っていた。
 しばらくして、首元が大きく開いたTシャツを着た耀が戻ってくる。
 俺の視線は、テレビ画面から耀へ移った。
 髪の毛を拭く耀を見ると、自然と首元の隙間から白い綺麗な肌には似つかわしい傷痕が見えた。
 俺の視線に気付いたのか、耀が少し引きずった顔で話す。
「……やっぱ、引く?」
 俺は立ち上がり、耀の目の前に立つ。右手の人差し指で、服の上から傷痕を触った。
「引くわけないだろ。これは、耀が生きようって頑張った証だ」
 俺の言葉を聞いて、耀は持っていたタオルを床に落とし、俺の右手を包み込む。
「……ありがとう、宵」
「なんでだよ。それは、俺が言わなきゃだろ」
「え?」
「生きてくれて、ありがとな」
 耀の濡れた髪が、俺の頬にくっつく。
「髪、乾かしてやろうか」
「え。いいの?」
 俺を見つめる耀の瞳は、少しだけ潤んでいた。
「この前、患者さんにプロみたいって褒められたからな。任せろ」
「ふははは、それ絶対お世辞ー」
 
 ——あぁ、幸せだな。

 髪を乾かした後、耀がキッチンに立ち料理を始める。
 テレビとか見てゆっくりするように言われたが、なんだか落ち着かない。
 結局俺は、耀の背後に立ち見学することにした。
「ちょっとー、見られてるとやりづらい」
「いや、俺もいつか作りたいし」
 恥ずかしがる耀だが、手際よく調理していく。
 ——すげぇ。……できる気がしないな。
 耀の手際の良さに、自分の可能性が限りなく低いことに気づいて、テレビの方に視線を向ける。
 すると、テーブルに置いてある耀のスマホに着信が入っていた。
「耀、誰かから電話きてるけど」
「え?まじ?ちょっと持ってきてくれる?」
 急いで手を洗う耀に、スマホを渡す。
「あ、母さんだ」
 通話ボタンを押し、耀が話し始める。
「え?!ちょっ……今からは、え。……宵もいるし。いや、ちょっと待ってってー……」
 歯切れがいいようには見えないが、耀がスマホを冷蔵庫の上に置いた。
「……電話、大丈夫だったか?」
「あぁ、うん。あのさ、これから母さんが来ちゃうかも……」
「え?!」
 そう話していた時、家のインターホンが鳴る。
 耀がため息をつきながら、玄関に向かった。
 ——えっ、俺いていいやつか?いや、でも隠れるのもおかしいし……。
 俺は耀の少し後ろに立ち、玄関の扉が開くのを待った。

「宵くん、久しぶり」
 扉が開いて俺と視線があった瞬間、耀の母親から声をかけられる。
「あ、お久しぶりです」
「元気にしてた?」
「はい」
 耀の母親は以前と同様に、優しくて明るい印象だ。
 俺の隣に立つ耀が、少し不満げに口を開く。
「で、何しに来たの?」
「ちょっとー、そんな冷たい言い方しないでよー。これ!営業先から貰ったから、耀にお裾分け」
 母親から紙袋を受け取り、耀が軽くお礼を伝える。
「ありがとう。じゃあ、また今度そっち行くね」
 耀が早々に切り上げようとするため、後ろから間を割って俺が話しかける。
「あの!少しだけ、話せますか?」
 俺の言葉に、耀と耀の母親が目を丸くして見つめ返してきた。

 耀がキッチンで料理の続きをしている間、俺と耀の母親はテーブルを挟んで座る。
 ——勢いで呼び止めたけど……俺たちのこと知ってるのか?
 耀の後ろ姿をチラッと見ながら、俺は腹を括った。
「あの、もしかしたら、もう聞いてるかもしれないですが……。耀くんと、お付き合いさせてもらってます」
 耀の母親は、あの日と同じように優しい表情で俺を見つめる。
「うん。耀から聞いてるよ。宵くん、……ずっと待っててくれたの?」
「……はい」
「そっか」
「あの……。あの時も、あと……耀が本当にしんどい時も、ずっとありがとうございました」
 六年前、何も言えずに別れてしまったこと。
 そして、俺がそばにいない間ずっと隣で、耀を支えてくれた母親に心から感謝を伝える。
「ありがとうは、私の方だよ」
「……え?」
「耀が今生きてるのは、宵くんがそう思わせてくれたから。悔しいけど、私じゃ与えてあげられないものを、耀は宵くんから沢山もらったんだと思うの」
 耀の母親が、俺の目をまっすぐ見つめる。
「だからね、本当に。本当に、ありがとう」
 耀の母親が目を赤くしながら、深々と頭を下げる。
「いや、そんな。顔あげてください」
 俺があたふたしているのを見て、耀の母親がニコッと笑いかける。
「宵くん。これからも、耀をよろしくね」
「はい」
「じゃあ、私はそろそろ帰るね」
 耀の母親がすっと立ち上がり、キッチンにいる耀に声をかけて玄関に向かう。
「今度、美味しいもの用意するから、二人で帰ってきなさいね」
「はい!是非!」
「うん、ありがとう。気をつけてね」
 耀の母親を見送り、俺たちは顔を見合わせる。
「何話してたの?」
「聞こえてただろ?」
「ふふ。まぁ、少しだけ」

 俺たちはきっと、出会ってなければ違う今を過ごしていたと思う。
 ——いや、違うな。
 出会うべくして、出会ったんだ。
「耀、ありがとな」
「え?」
 なんのお礼?という表情の耀を見て、俺は今の幸せを噛み締めていた。

「できたよー」
 野菜とベーコンが入ったパスタが、テーブルに並べられる。
「うわ、うまそ」
 匂いだけでも、美味しいのは確定している。
「じゃあ、いただきます」
「はい。どうぞ」
 フォークで口の中に運ぶのを、じっと見つめてくる耀。
 飲み込むのを確認して、耀が心配そうに見つめてくる。
「……どう?濃かった?」
「いや、まじでうまい。すげぇうまいよ」
 語彙力がない感想を伝えると、耀の表情が柔らぐ。
「はぁー、よかった」
「心配する必要ないだろ」
「いや、初めて人に作ったし。……宵には、不味いって思われたくないし」
 少し声を小さくしながら話す耀。
「んなわけ、ないだろ。クッキーも美味かったしな」
「ふふ。じゃあ、いつか宵にお弁当作ってあげるよ」
「え?!まじ?」
 耀の冗談に、大真面目に反応してしまった。
 そんな俺を見て、耀がクスッと笑う。
「お弁当だけじゃなくてさ。朝も夜も、いつか俺が作ってあげる」
「……うん」
 視線を合わせながら、お互い照れて笑ってしまった。

 ——ありがとう。

 耀があの時、治療に専念することを選んでくれたから、今の俺たちがいる。

 離れていた六年間。
 
 いや、この先の時間。

 人生をかけて、俺は耀に感謝を伝えていこう。

 こんな日々が、ずっと夢の続きでありますように。