耀がいなくなってから六年。俺は二十三歳になり、循環器内科の看護師として三年目を迎えていた。
高校卒業後、医療短大に入学し、今は希望の配属先で忙しく働いている。
「おーい、冴島。今日の勉強会参加するの?」
「はい。また夜来ます」
「本当に偉いね。私なら明けで勉強会は来ないわ」
「あはは。でも、少しでも早く認定取りたいんで」
「そかそか、明けなのに声かけてごめんね。お疲れ〜」
昔の俺では想像できないほど、同期たちにも支えられながら社会に適応し、職場の人たちともいい関係性を築けている。
夜勤明けの最後に、電子カルテの最終チェックを終える。その流れでいつものように、救急外来の患者名一覧を確認する。
「まぁ、いないよな」
今日もいつも通り探している名前は見つからず、カルテを閉じ病棟を後にする。
病院から寮までの道のりを歩いていると、まだ六月半ばなのに蝉の鳴き声が聞こえた。耀がいなくなってから、もうすぐ七回目の夏が来てしまう。歳を重ねて、いろんな人と知り合っても、あの二週間を超える出会いはなかった。
何のために生きているのかわからなかった俺は、耀との時間に縋ることで、今こうして一人の人間として生きている。耀を忘れたくないからこそ、循環器を選び、もういない耀の力になれるならと専門分野の資格を取ろうと思っている。
ふと、以前課題で勉強した英語のことわざを思い出す。
「人生は夢に過ぎないか……」
耀との日々は本当に儚く終わってしまったけど、俺が覚えている限りは、これからも耀と夢の中で過ごさせてもらう。
俺はとっくに終わった初恋を、六年経った今も手放せずにいた。
夕方になり、勉強会のため病院へ向かっていると後ろから聞き覚えのある声で呼び止められる。
「宵〜お疲れ!今日明けよな?」
短大の数少ない男子同級生で、現在同じ科で働く同期の瑞季だ。
「おつかれ。今日はあまり荒れなかったよ」
瑞季が笑いながら俺の肩に腕を回す。
「そかそか!な、勉強会終わったらラーメン食い行こう」
瑞季は出会った頃から距離感が近い奴で、もう気にもならない。
「えー、またかよ。あんま気分じゃないな」
「じゃあ、ファミレスでもいいからさ」
「わかったよ」
瑞季と話しながら、病院へ向かった。
勉強会が終わり、ファミレスでメニューを見ていると、耀と一緒に行った時に食べていたメニューが復活していた。それだけで少し嬉しい気持ちになり、注文する。
「あれ?宵いつものじゃない」
「あーうん。ちょっと懐かしかったから」
「ふーん」
瑞季は何か言いたそうだったが、そのまま聞き流してくれた。いつも通り仕事や同期の話をしていると、瑞季が「話変わるけど」と前置きして話題を変えた。
「最近どーなの?」
「どうとは?」
「そりゃ、プライベート一択だが」
「あ、そういうこと」
「で、ずっと想ってる人とは最近どうなんですか」
瑞季は、俺が長年片想いをしていると思っているため、たまに近況を確認してくる。
「変わんないよ。ずっと会いたいけど……」
「もう俺と出会った時は既にだったし、五年以上だろ?」
「まぁ、そーね」
「もう、次行けばいいじゃん」
瑞季は優しいから、実りのない俺を心配してくれる。
「うーん。まぁ、そうだよな」
煮え切らない俺を見て、ため息を吐きながら瑞季が聞いてくる。
「そんなに夢中にさせる宵の想い人はどんな人なの?」
「え、なんで」
「いや、普通に気になるだろ」
「……いい奴だよ。優しくて、かっこよくて、笑うと可愛い。あと、いつも楽しそうだったな」
聞いてきた割に、不服そうにする瑞季。
「はー、なんだかな。そろそろ実って欲しいっすわ」
「瑞季は本当に優しいよな」
俺の言葉で、瑞季が少し耳を赤くする。
「あーあ、俺もそのくらい思われたいわ!」
「瑞季は好きな人いるの?」
「宵には教えなーい」
瑞季が目の前のポテトをどんどん口に放り込んで、咀嚼しながら話す。
「もし、そいつと会えたら俺にも会わせろ!」
「ふふふ、なんでやけ食いしてるの」
瑞季のこういう性格が少し、耀に似ている気がして居心地が良かった。
実家を出てから母親の干渉も減り、お盆と姉の命日、年末年始は実家に顔を出すようにしていた。今年もお盆の時期が近づき、母親から墓参りの予定が送られてきた。
お盆は休みが取りづらいのと、職場から実家まで電車で30分程度のため、夜勤明け希望を出しておいた。
実家に帰る前日の夜勤中も、救急外来の患者名を確認し、いつものように朝を迎え、仕事を終えて帰宅する。軽くシャワーを浴びた後、支度を終えて寮を出る。
あんなに居心地の悪かった実家が、今はほんの少しだけマシに思えるのも、耀と出会って、ちゃんと今を生きてるからなんだろうなと思う。
実家に着くと、キッチンから母親が顔を出す。
「おかえり。暑かったでしょ。今、お昼の準備をするから。部屋に行って、宵宛に届いたもの確認してきなさい」
「わかった」
自分の部屋に行き、母親が置いてくれた葉書や勉強会のチラシなどを確認する。適当にパラパラめくっていると、綺麗な封筒に「冴島宵様」と書かれた封筒があった。同期の誰かが結婚するのだろうかと思いながら、封筒を裏返した瞬間、今まで止まっていた時間が、一気に動き出したような衝撃が走る。急いで封筒の中身を確認すると、たった一言。
「会いたい」
と書いてあった。その文字を見た瞬間、気づいたら家を飛び出して駅の方に走っていた。タクシーに乗り、封筒に書かれた住所を運転士に伝える。向かう車内で、何度も何度も封筒の裏の名前を確かめる。手汗で封筒がよれてしまうほど強く握りしめながら。
高校卒業後、医療短大に入学し、今は希望の配属先で忙しく働いている。
「おーい、冴島。今日の勉強会参加するの?」
「はい。また夜来ます」
「本当に偉いね。私なら明けで勉強会は来ないわ」
「あはは。でも、少しでも早く認定取りたいんで」
「そかそか、明けなのに声かけてごめんね。お疲れ〜」
昔の俺では想像できないほど、同期たちにも支えられながら社会に適応し、職場の人たちともいい関係性を築けている。
夜勤明けの最後に、電子カルテの最終チェックを終える。その流れでいつものように、救急外来の患者名一覧を確認する。
「まぁ、いないよな」
今日もいつも通り探している名前は見つからず、カルテを閉じ病棟を後にする。
病院から寮までの道のりを歩いていると、まだ六月半ばなのに蝉の鳴き声が聞こえた。耀がいなくなってから、もうすぐ七回目の夏が来てしまう。歳を重ねて、いろんな人と知り合っても、あの二週間を超える出会いはなかった。
何のために生きているのかわからなかった俺は、耀との時間に縋ることで、今こうして一人の人間として生きている。耀を忘れたくないからこそ、循環器を選び、もういない耀の力になれるならと専門分野の資格を取ろうと思っている。
ふと、以前課題で勉強した英語のことわざを思い出す。
「人生は夢に過ぎないか……」
耀との日々は本当に儚く終わってしまったけど、俺が覚えている限りは、これからも耀と夢の中で過ごさせてもらう。
俺はとっくに終わった初恋を、六年経った今も手放せずにいた。
夕方になり、勉強会のため病院へ向かっていると後ろから聞き覚えのある声で呼び止められる。
「宵〜お疲れ!今日明けよな?」
短大の数少ない男子同級生で、現在同じ科で働く同期の瑞季だ。
「おつかれ。今日はあまり荒れなかったよ」
瑞季が笑いながら俺の肩に腕を回す。
「そかそか!な、勉強会終わったらラーメン食い行こう」
瑞季は出会った頃から距離感が近い奴で、もう気にもならない。
「えー、またかよ。あんま気分じゃないな」
「じゃあ、ファミレスでもいいからさ」
「わかったよ」
瑞季と話しながら、病院へ向かった。
勉強会が終わり、ファミレスでメニューを見ていると、耀と一緒に行った時に食べていたメニューが復活していた。それだけで少し嬉しい気持ちになり、注文する。
「あれ?宵いつものじゃない」
「あーうん。ちょっと懐かしかったから」
「ふーん」
瑞季は何か言いたそうだったが、そのまま聞き流してくれた。いつも通り仕事や同期の話をしていると、瑞季が「話変わるけど」と前置きして話題を変えた。
「最近どーなの?」
「どうとは?」
「そりゃ、プライベート一択だが」
「あ、そういうこと」
「で、ずっと想ってる人とは最近どうなんですか」
瑞季は、俺が長年片想いをしていると思っているため、たまに近況を確認してくる。
「変わんないよ。ずっと会いたいけど……」
「もう俺と出会った時は既にだったし、五年以上だろ?」
「まぁ、そーね」
「もう、次行けばいいじゃん」
瑞季は優しいから、実りのない俺を心配してくれる。
「うーん。まぁ、そうだよな」
煮え切らない俺を見て、ため息を吐きながら瑞季が聞いてくる。
「そんなに夢中にさせる宵の想い人はどんな人なの?」
「え、なんで」
「いや、普通に気になるだろ」
「……いい奴だよ。優しくて、かっこよくて、笑うと可愛い。あと、いつも楽しそうだったな」
聞いてきた割に、不服そうにする瑞季。
「はー、なんだかな。そろそろ実って欲しいっすわ」
「瑞季は本当に優しいよな」
俺の言葉で、瑞季が少し耳を赤くする。
「あーあ、俺もそのくらい思われたいわ!」
「瑞季は好きな人いるの?」
「宵には教えなーい」
瑞季が目の前のポテトをどんどん口に放り込んで、咀嚼しながら話す。
「もし、そいつと会えたら俺にも会わせろ!」
「ふふふ、なんでやけ食いしてるの」
瑞季のこういう性格が少し、耀に似ている気がして居心地が良かった。
実家を出てから母親の干渉も減り、お盆と姉の命日、年末年始は実家に顔を出すようにしていた。今年もお盆の時期が近づき、母親から墓参りの予定が送られてきた。
お盆は休みが取りづらいのと、職場から実家まで電車で30分程度のため、夜勤明け希望を出しておいた。
実家に帰る前日の夜勤中も、救急外来の患者名を確認し、いつものように朝を迎え、仕事を終えて帰宅する。軽くシャワーを浴びた後、支度を終えて寮を出る。
あんなに居心地の悪かった実家が、今はほんの少しだけマシに思えるのも、耀と出会って、ちゃんと今を生きてるからなんだろうなと思う。
実家に着くと、キッチンから母親が顔を出す。
「おかえり。暑かったでしょ。今、お昼の準備をするから。部屋に行って、宵宛に届いたもの確認してきなさい」
「わかった」
自分の部屋に行き、母親が置いてくれた葉書や勉強会のチラシなどを確認する。適当にパラパラめくっていると、綺麗な封筒に「冴島宵様」と書かれた封筒があった。同期の誰かが結婚するのだろうかと思いながら、封筒を裏返した瞬間、今まで止まっていた時間が、一気に動き出したような衝撃が走る。急いで封筒の中身を確認すると、たった一言。
「会いたい」
と書いてあった。その文字を見た瞬間、気づいたら家を飛び出して駅の方に走っていた。タクシーに乗り、封筒に書かれた住所を運転士に伝える。向かう車内で、何度も何度も封筒の裏の名前を確かめる。手汗で封筒がよれてしまうほど強く握りしめながら。
