宵の空に輝く耀〜君と過ごした14日間〜

今日は耀が俺の家に来る。耀の母親が家まで送ってくれるため、昼食を済ませて待っているとインターホンが鳴った。

 足早に玄関の扉を開けると、日傘をさした耀が立っていた。後ろの方で、車内から手を振る耀の母親にお辞儀をして、耀を家の中に招く。
「今日も暑いね」
「だな、ほんと人類が生存できるギリだろ」
「あはは、確かに」
 冗談を言う元気はありそうだが、いつもより少し会話をする声が弱々しく感じた。
「今日は体調どう?」
「え、全然元気!宵の家行くの楽しみにしてたし。あ、これ手土産!」
 手土産を受け取り自分の部屋に案内する。心なしか、階段を上る耀の足取りが重そうに見えた。
「なぁ、本当に平気?」
 俺の質問にいつも通りの笑顔で耀が答える。
「平気だよ!もー心配しすぎ」
「無理すんなよ」
「はいはい、分かってます」
 俺の考えすぎだろうかと思い、それ以上は聞かなかった。
「えーここが、冴島宵の部屋ですか」
 面白いものなんて何ひとつない部屋なのに、楽しそうに室内を見渡す耀。
「ねぇ、卒アルみたい」
「え、やだよ」
「えー、お願い!見たい見たい!」
 耀が駄々をこねるように訴えるため、クローゼットにしまってあるアルバムたちを取り出す。
「え、待って。これ小さい時の宵?」
「そーね」
 嬉しそうにアルバムをめくる耀。俺は何が楽しいのか分からず、さっきまでやっていた英語の翻訳課題を再開することにした。
「え、勉強するの?」
「耀がそれ見終わるまでな。なんか長そうだし」
「えーじゃあ、もう少しだけ見たらやめる」
 耀は楽しそうに、またアルバムをめくり始めた。俺は簡単な曲の翻訳をしていると、途中で書いていた手が止まり、ある一文から目が離せなくなる。
「Life is nothing but a dream.――人生は夢に過ぎない。現実だと思っている人生も、やがて覚めてしまう一時的で儚いものだ」
 と訳されていた。文章を読んだ瞬間、胸の奥がざわついて、それ以上書く気になれずノートを閉じる。
 そんな俺を見て、耀が尋ねる。
「あれ、もういいの?」
「うん、もう今日はいいや」
「じゃあ、一緒にアルバム見ようよ」
「え……それは勘弁」
 結局耀に言われるがまま、そこから2時間くらい写真の場所やその時の俺について、根掘り葉掘り聞かれた。窓の外が茜色に染まる頃、アルバムに満足した耀に提案する。
「あのさ、調べたんだけど。今日、耀の最寄り駅の近くで小さな祭りがあるみたいで」
「え?そうなの?」
「花火大会は無理だけど、少しくらい夏祭り行くのとか……」
「え!行く!行きたい!」
 想像以上の返答の速さに、驚きと嬉しさで目を細めて笑ってしまう。
「じゃあ、耀のお母さんに連絡してから、ぼちぼち行くか」
「おけ!あ、ちょっとその前にトイレ行かせて」
 耀がトイレに行っている間に身支度を済ませる。玄関で靴を履く耀に少し待つように伝え、最近はあまり使っていなかった自転車のタイヤを確認する。
「お、いけそう」
 玄関の前まで自転車を運び、扉を開ける。靴を履き終え、耀が鞄から日傘を取り出そうとしたため、少し躊躇いながら聞く。
「あのさ、そんな距離ないけど、これで駅まで行く?」
 自転車を指差して耀に尋ねる。
「え?……二人乗りってこと?」
「……だよな、危ないよな。……やっぱ、やめとくか」
 万が一を考えると、あまりいい案じゃない事は容易に分かる。
「え、待って。乗りたい」
「え?」
「二人乗りって、なんか青春……ぽいし」
「あーじゃあ、やるか。後ろ乗って」
 俺が自転車に跨った後、耀も乗る。初めて会った日、耀を背負った時にお互いの体温が熱かったのを思い出す。
「なんか、宵の背中落ち着く」
「え?」
「いや、なにも」
「……??じゃあ、動くよ。歩くよりは風が涼しいはず」
 ゆっくり漕ぎ始めたペダルは、いつもより少し重かった。生ぬるい風の中、後ろに耀を乗せて走る時間は、有名アーティストの夏の曲みたいな青春そのものだった。

 たった5分程度の距離だったが、あたりが夕暮れになっていく中、自転車から降りた耀は満面の笑みでお礼を言う。
「本当、ありがと!」
「いえいえ、自転車でも暑かったけど大丈夫か?」
「平気!むしろ、俺にとってこの生ぬるい感じも青春だった」
 さっき俺が感じていた事を、耀が言葉にする。
「…さようですか」
 照れ臭くて変な返事をしてしまった。
 
 電車で耀の最寄り駅まで行き、念のため祭会場の近くまでは、タクシーで行った。タクシーを降りて、祭り会場まで歩いていると、浴衣姿の人たちで賑わっていて、思った以上に混雑していた。
「うわ、人すごいな。耀大丈夫?」
「え、うん。……平気だけど、少し休憩していい?」
 そういって、耀は近くのベンチに腰をかける。やはり、今日の耀はどこかおかしい。
「なぁ……嘘はなしって言った」
「……」
「本当は体調悪いだろ?」
「……ごめん。ちょっと朝から熱っぽい……」
 もっと早く気づくべきだったと思いながら、近くの自販機で水を買い耀に飲ませる。
「……ごめん。本当に今日来たくて……ごめん」
 熱に浮かされたような顔で謝る耀を見た瞬間、息が詰まった。
「とりあえず、耀のお母さんに電話したら送ってくから」
 耀の母親に電話で状況を伝え、帰宅後すぐにかかりつけに連れていくことになった。俺の電話中も冷たいペットボトルを額にあてながら俯き、反対の手で俺のTシャツの裾をずっと掴む耀。電話を切り、耀の足元にかがむ。
「ごめんな、気づけなくて」
 俺の言葉を聞いて、耀は首を横に振る。その後、俺は耀を背負い、祭会場を後にした。
「祭りも、花火も行きたかった」
「……」
「悔しい……」
 耀の表情は見えないが、首元に水滴が落ちてきた気がした。もしかしたら、汗かもしれないけど、耀が泣いているような気がした。
「……また来ればいいよ」
 今の俺たちにとって、この言葉は相応しくないはずなのに、言わずにはいられなかった。また来よう、耀と来たい。その思いが溢れ出てしまう。
「……俺、宵が耀って呼んでくれる度嬉しくて」
「うん」
「行きたいところまだあるし」
「うん」
「……俺……」
 耀は言葉を詰まらせながら、俺の首元に顔を埋める。
「今は疲れてるし。もう寝てろ。あと少しで耀の家着くから」
「……ん」
 そこから、耀の家に着くまで蝉の音や、これから祭りに行く人たちの話し声で賑やかなはずなのに、俺たちだけが違う世界にいるような感覚だった。
 角を曲がると、耀の母親がこちらに気づき駆け寄ってくる
「宵くんありがとう。ごめん、このまま病院行くから車まで運んでもらえるかな?」
 耀を背中から降ろし、フラットにした助手席に乗せた時、思っていた以上にぐったりしていることに気づく。急いで耀の母親が運転席に乗り込む。
「あの、俺もついて行っていいですか?外で待ってるので」
 俺の問いかけに、首を縦に振って後部座席に乗るように指示される。

 病院に着くと、耀の担当医が救急外来で待機していたらしく、耀はすぐに処置室へ運ばれた。待合室で待っていると、耀の母親が呼ばれ処置室の中に入っていった。
 待合室に取り残された俺の指先は、震えが止まらず祈るように手をくみ、じっと待つ。しばらくして耀の母親が俺のもとに来る。
「このまま入院になったから、帰る前に会ってあげてくれる?」
「……はい」
 親族でもない俺に時間外の面会をさせてくれるのは、なんだか嫌な予感がする。もしかして、もう目を開けるのも難しいのかもしれないと、想像しながら震える手で病室の扉を開けた。
 酸素の管を鼻に装着し、ベッドで仰向けになりながら俺の顔を見て、いつもより少し儚げに笑う耀。そんな耀と目が合った瞬間、俺は何も言えなくなった。
「……ごめん」
 耀の近くまで行き、こんな状態になるまで無理をさせた事を謝った。耀はそんな俺の手をさすりながら、少し悲しそうな顔で首を横に振る。いつもより話すのが辛そうなのに、耀がゆっくり話し始める。
「俺、宵と会った時いつ死んでも同じだと思ってた。だから、死ぬ前くらい自分がしたい事して『俺の思い出』で終わりにしようと思って」
「……うん」
「でも、宵といるとどんどん欲張りになってく」
「うん」
「もう身体は限界なのに……」
「……」
「俺、もっと宵と居たい。俺、生きたいって思っちゃってる……」
 そう言いながら、耀は俺の前で初めて泣いた。静かな病室に、俺と耀の震える声が響き渡る。
「大丈夫。……絶対、大丈夫だから」
 俺は耀の手を握りながら、自分に言い聞かすように繰り返す。耀も反対の手で目を塞ぎながら頷く。
「耀、絶対大丈夫だから。また出かけるためにも、もう寝て休んで」
 体調が悪い耀をこれ以上泣かすのは良くないと思い、気持ちをグッと堪えて涙を拭い耀の頭をなでる。
「耀が寝るまでここにいていい?」
 そういうと、耀は小さく頷き、しばらくして安心したのか手を握ったまま眠った。

 病室から出ると、廊下で耀の母親が目を赤くして立っていた。
「……本当にすみませんでした」
 俺の言葉に首を横に振りながら、震えた声で話す。
「耀がね、最後は自由にさせて欲しいって頼んできた時から、覚悟はね……しなきゃと思ってたけど」
 耀の母親が肩を震わせながら話し続ける。
「こんなに素敵な人と出会えて良かったなって思ってるの。宵くん、ありがとう」
 まるで、本当に耀がいなくなってしまうような言い方をされ、耀の前で堪えた感情が溢れてしまう。
「俺にとっても、耀は本当に眩しいくらい。俺には勿体無いくらい、いい奴で……」
 泣きながら話す俺を、耀の母親はそっと抱きしめてくれた。そこからどうやって自分の家まで帰ったのかは覚えていない。

 翌日。張り詰めていた糸が切れたみたいに、俺は高熱を出して寝込んだ。