耀と初めて会った日の夜、俺は追加の条件をラインで伝えた。少し戸惑った様子の耀だったが、俺からの条件を受け入れてくれた。
次の日、ショートホームルームを終え保健室へ向かうと昨日よりは顔色がいい耀と目が合う。
「おっつー」
「ん、お疲れ」
とりあえず耀の隣に座る。耀が俺の顔を不安そうに覗き込む。
「ねー、本当にいいの?」
「なにが?」
「いや……今日……」
耀が言葉を詰まらせている様子を見て、会話の意図に気づく。
「いや、俺からお願いしたし」
「うーん、そうだけど……」
俺は追加の条件として、耀の親に挨拶させて欲しいとお願いしていた。夕方に挨拶する約束のため、待ち合わせの時間まで余裕があった。
「お母さん仕事だろ?夕方まで何する?」
「じゃあ、俺のやりたい事リスト見てほしい」
「おけ。昼は?」
「うーん、今日は宵が行きたいところ連れてって」
「え……」
俺があからさまに困った顔をしていたのか、俺を見て耀の肩が小さく揺れる。
「宵ってさ、分かりやすいよね」
「そう?」
「なんか、本当に俺以外友達いないみたいな?」
「だから、そうだって言ってるだろ。行きたいとことかも、考えた事ないから分かんねーよ」
俺の返答を聞いて、心なしか耀が嬉しそうにする。
「じゃあ宵を困らせられるのも俺だけか」
ニヤニヤする耀にムッとしながら、駅前にファミレスがあったことを思い出す。
「もう、駅前のファミレスな」
「ふふ、いいよ」
「……笑うのやめろ」
お昼ご飯を食べ終わると、耀は鞄からピルケースを取り出して、大小様々な大きさの薬を慣れた手つきで飲み込んでいく。そんな俺の視線に耀が気付いく。
「もー慣れたけど、結構量多くてさ」
「そっか」
姉の事を知ってから、耀は俺に気を遣って言葉を選んでるように見える。
「ごめん、すげー失礼なこと言うけど」
「え、なに?」
「…ほんとに、病気なんだなって思って見てた」
俺の言葉を聞いて、耀が声を出して笑う。
「ちょ、あはは。深刻そうな顔して、何言われるかと思った」
「なんか、ねぇーちゃんのことで気を遣わせてるし……ごめん」
「全然いいよ!逆にそんな感じで思ってもらえてるのは嬉しいかも。俺もまだまだいけちゃう?みたいな」
耀が笑いながら薬を飲み終える。
「まぁ、でもこんなに飲んでても良くならないのが現実だから、残念だよね」
「そっか」
耀の明るさによって霞んでいた現実は、確かにそこにあるんだなと思った。
「じゃあ、ご飯も食べたし。ここで、リストを発表させていただきます」
食べた皿たちが端に寄せられ、耀が書いてきたリストを差し出される。
「ざっとこんな感じ」
耀が差し出してきた紙は、箇条書きで書かれていた。
◯おしゃれなカフェに行きたい
◯二郎系ラーメン食べたい
◯花火大会に行きたい
◯海行きたい
◯友達の家に遊びに行きたい
◯一緒に勉強してみたい
「思ってたより、できそうな事多いな」
「え?!結構厳選したけど、まだ無理そうなのあった?」
「……んー、正直海は厳しいと思う」
「え、なんで?絶対体調整えるから!」
「いや、熱中症とかも怖いだろ」
「……」
あからさまに、耀がムスッとする。そんな姿を見て、少し心が痛んだが、気持ちだけではどうにもならないことも知っている。
「ごめんな」
「……俺のためなのは分かってるし」
耀は、誰よりも自身の事を理解しているためそれ以上掘り返す事もしなかった。少し空気が重たくなったため、他のリストに視線を向ける。
「ていうか、一緒に勉強ってなんか真面目だな」
「まぁ、俺ほぼ学校来れてなかったし。来れても1人で授業受けてたから、分からないところ教え合うみたいなやつ、やってみたくて」
「……俺そんな頭良くないけど」
「あ、そこは求めてないから大丈夫」
「おい」
ケラケラ笑う耀を見つめ、俺は耀の髪の毛をワシャワシャと撫でる。
「まぁ、無理なくやろうな」
「うん」
耀が頬を赤くし、髪を触っていた手を引っ込める。俺まで気恥ずかしくなり、2人とも黙り込む。
「でも、思ってたよりリスト少ないな」
俺の言葉を聞いて、耀がグラスに残っている飲み物をストローで混ぜながら答える。
「まぁ、あまり多すぎても時間的に足らないかなって」
耀にそんな言葉を言わせたかったんじゃないのに、そう言わせた自分に腹が立つ。
「……ごめん。そんなこと言わせて」
俺の表情に気づき、耀が慌ててニコッとする。
「いや、やめてやめて。空気悪くしたくない!とりあえず、今わかる範囲で予定決めようよ」
向かいの席で携帯のカレンダーを見ながら、嬉しそうに話す耀に俺は返す言葉が見つからなかった。
「でさー、宵の家って……って聞いてる?」
耀が眉間に皺を寄せながら俺を見る。
「あ、ごめん。なんだっけ」
「だから、宵の家に行っていい日ある?」
耀の質問で、我に帰る。
「え?俺んち?」
「うん。それしかないよね」
「えー……」
「あ、もちろん親御さんには、俺が病気なこと言わなくていいからさ」
「いやー……、そこじゃなくて」
俺の戸惑った様子をみて、耀が首を傾げる。
「どした?なんかあるなら、教えて」
「………じょう…だからさ」
「え?」
俺の返答が聞き取れなかったのか、耀が少し前のめりになり、心配そうな顔をする。
「いや、だから。俺の母親、ちょっと異常っていうか」
「異常……?」
「ねぇーちゃんが死んでから、ちょっと……」
俺が気まずそうに話すと、耀はそれ以上の事を聞いてこなかった。
「んー、じゃあ俺んち来る?」
「え?」
「いや、宵が自分の家無理なら、俺の家でも良いし。とりあえず、家で友達と過ごすの憧れてるからさ」
「……それでいいの?」
「全然おっけー。宵がしんどい思いする必要ないし。じゃあ、俺んち来ても平気な日、確認して伝えるね」
「ごめん、ありがとう」
その後も楽しそうに、耀は予定を決めていく。
「あ、もう少しで駅着くって」
耀がスマホを見ながら、窓の外を見つめる
「じゃあ、会計して行くか」
伝票を持って立ち上がると、耀が胸元をそっとさすっていることに気づく。
「痛いのか?大丈夫か?」
俺の言葉に驚きながら、さすっていた手を下ろして耀が視線を逸らす。
「あ、ごめんごめん。緊張してただけ!痛くないよ」
「ほんとか?なんかあったら言えよ?」
「うん、ありがと」
「そんなに緊張するもんか?」
俺の言葉で耀がじろっと睨んでくる。
「いや、だってこの歳でわざわざ、自分の親に『この人が友達です』とか言わないでしょ」
「あー確かにな」
「うわー他人事すぎ」
耀が呆れたように笑いながら前を歩く。
「……大事な息子の時間を一緒に過ごす奴が、どんな奴かは知っておいてもらった方がいいだろ」
「え?」
「耀と過ごすための、俺なりのけじめだよ」
俺の言葉を聞いて、耀が儚げに笑う。
「もーバカだなー、そんな重く考えないでよ」
「……」
サラサラな前髪の間から、夕焼け色に染められて俺を見つめる耀は眩しすぎて、そのまま消えてしまいそうなくらい綺麗だと思った。
改札前で待っていると、ジャケットにパンツ姿の女性が近づいてくる。
「耀、お待たせ」
俺たちにそう声をかけてきた女性は、バリキャリな雰囲気で、目や鼻が耀にそっくりだった。
「あなたが、宵くん?」
俺の目を見て、優しく微笑む。
「はい、初めまして。冴島宵です」
「はじめまして。耀から友達ができたから会って欲しいって言われた時はびっくりしちゃって」
俺たちがどんな理由で一緒にいるのか、どこまで理解しているのか分からなかったが、これだけは伝えようと思っていた事を言葉にする。
「あの、夏休みに耀くんと出かける事あると思うので。もしよければ、俺と連絡先交換してくれませんか?」
俺の発言に耀が驚いている横で、耀の母親は言葉の意図を瞬時に読み取った様子だった。
「そっか。そしたら、交換してもらっても良い?」
連絡先を交換していると、耀の母親は俺にしか聞こえない声で話す。
「宵くん、ありがとうね。耀をよろしくお願いします」
その言葉からは、深い愛情と耀たち親子の絆を理解するには十分だった。
もし万が一何かあった時、耀の事を助けたいと思い、その日の夜に耀の母親から職場の連絡先と、耀が通院している病院も教えてもらった。
終業式の日、部活以外の人達は足早に下校していく中、俺と耀は保健室でお昼ご飯を食べていた。
「ねー、なんで今日ここで食べんの?」
耀が不服そうにしているため、買ってきていたパックのレモンティーとミルクティーを差し出す。
「え、なにこれ?くれるの?」
「クラスの人達がよく飲んでるから買ってみた」
「へー、なんかこういうのいいね。青春な気がする」
「……青春安いな」
「うわー。宵のそういうとこ。青春はお金じゃ買えないんです」
「あ?じゃあ、これは俺が買ってきたものなのであげないです」
「えーうそうそ」
冗談を言いながら、他愛もない話をする。耀が昼食後の内服を済ませたの確認して、テーブルの上を片付ける。
「じゃ、そろそろ行くか」
「え?どっか行くの?」
自分と耀の荷物を持ちながら保健室を出る。耀も慌てて立ち上がり俺の後ろを歩く。
「ねー、どこ行くの?」
耀が質問してくる間に、目的地に着いた。
「え、ここって」
扉の上には『2-C』と表記され、俺は教室の中に入っていく。
「俺の席、ここ」
自分の席に座り、教室の入り口で立ち止まっている耀に手招きする。
「ここ座って」
少し戸惑いながら、耀が隣の座席に座る。
「え、何この状況」
耀が戸惑っているのが面白くて、少し笑ってしまう。
「そんなビビるなよ。俺も別にこの教室に愛着があるわけじゃないけどさ」
「……?」
「リストに、一緒に勉強したいって書いてたろ?どうせなら教室で、一緒に勉強するのも良いかなとか思ってさ」
俺の提案を聞いて、耀が俯く。
「え、ごめん。嫌だった?……あれなら、図書館とか自習室でも行く?」
慌てて席を立とうとすると、耀が俺の袖を掴む。
「……ここでいい」
耳を赤くして、目も合わせようとしない耀だが、思っていた以上に喜んでくれたことに安心した。
「耀は、なんの勉強やりたい?」
「うーん、数学とか?」
「あー、俺もそんな得意じゃないけど。よし、やるか」
勉強を始める前に机を向かい合わせにする。
「なんか、この感じ懐かしいな」
「そう?」
「小学校の給食思い出す」
「あー確かに、こんな感じだったね」
校庭から運動部の声が聞こえる中、静かな教室でページを捲る音と、シャーペンで文字を書く音が響き渡る。ふと耀の方を見ると、真面目な顔してノートに落書きをしていた。俺が見ていることに気付かないため、そっと覗き込む。
「え……うま」
思わず口からこぼれると、見られていることに気づき耀は咄嗟にノートを閉じた。
「……見た?」
恥ずかしそうにする耀をよそに、思った事をそのまま口に出す。
「さっきの、俺だよな?」
耀が目を見開いて頬を赤くする。
「ごめん!」
「え?なにが?」
「勝手に描いて」
耀の態度で、あまり掘り下げないで欲しいことにやっと気づく。
「いや、俺こそ勝手に見てごめん」
2人しかいない教室に、沈黙が走る。廊下から知らない女子生徒たちの話し声が聞こえてきて、耀が気まずそうにする。
「大丈夫。10クラスもあるし、俺らがここにいるの誰も気にしないよ」
俺の言葉で、耀の表情が和らぐ。
「それもそうだね。ていうか、実は早々に勉強飽きてた」
「え、なら言えよ」
「うーん、でも、もう少しここに居たかったから」
「そっか」
耀が嫌がるかもと思いつつ、俺はもう一度耀の絵が見たかった。
「あのさ、さっき描いてたやつ。あれ俺にちょうだい」
「え?!」
「……やっぱ、だめ?」
あからさまに困った顔をする耀を見て、これ以上はやめとこうと思った。
「……そんな上手くないけどいい?」
耀は照れくさそうにしながら、さっき描いていたノートを開き俺の絵が描いてあるページを切り取って差し出す。
「いいの?めっちゃ嬉しい」
「……そんなに?」
耀から貰った絵を俺は汚れないように、分厚い教科書に挟んで持ち帰ることにした。それから俺たちは、くだらない話をしたり、校庭の運動部を眺めたりして時間を過ごした。
「うわ、もう暗いね」
「長居しすぎたな」
「でも、凄く楽しかったな。宵と同じクラスだったらこんな感じなんだなって」
耀がまたひとつ新しい経験をしたことを喜んでいる。
「誰とも話さない日の方が多いから、今日は俺にとっても新鮮だった」
こんな事でも、こんなに笑って喜んでくれるのは今まで対照的な環境でずっと耐えてきたからだろうと思いつつ、少しでも俺が耀の笑顔や楽しい一部になれている気がして嬉しかった。
「今日は迎え?」
「うん!母さんが駅まで来てくれるって」
「そっか、じゃあ駅まで一緒に行くか」
駅で耀たちと別れ、家へ向かう。
夏の夜風は生ぬるいが、それさえも心地よく感じていた
次の日、ショートホームルームを終え保健室へ向かうと昨日よりは顔色がいい耀と目が合う。
「おっつー」
「ん、お疲れ」
とりあえず耀の隣に座る。耀が俺の顔を不安そうに覗き込む。
「ねー、本当にいいの?」
「なにが?」
「いや……今日……」
耀が言葉を詰まらせている様子を見て、会話の意図に気づく。
「いや、俺からお願いしたし」
「うーん、そうだけど……」
俺は追加の条件として、耀の親に挨拶させて欲しいとお願いしていた。夕方に挨拶する約束のため、待ち合わせの時間まで余裕があった。
「お母さん仕事だろ?夕方まで何する?」
「じゃあ、俺のやりたい事リスト見てほしい」
「おけ。昼は?」
「うーん、今日は宵が行きたいところ連れてって」
「え……」
俺があからさまに困った顔をしていたのか、俺を見て耀の肩が小さく揺れる。
「宵ってさ、分かりやすいよね」
「そう?」
「なんか、本当に俺以外友達いないみたいな?」
「だから、そうだって言ってるだろ。行きたいとことかも、考えた事ないから分かんねーよ」
俺の返答を聞いて、心なしか耀が嬉しそうにする。
「じゃあ宵を困らせられるのも俺だけか」
ニヤニヤする耀にムッとしながら、駅前にファミレスがあったことを思い出す。
「もう、駅前のファミレスな」
「ふふ、いいよ」
「……笑うのやめろ」
お昼ご飯を食べ終わると、耀は鞄からピルケースを取り出して、大小様々な大きさの薬を慣れた手つきで飲み込んでいく。そんな俺の視線に耀が気付いく。
「もー慣れたけど、結構量多くてさ」
「そっか」
姉の事を知ってから、耀は俺に気を遣って言葉を選んでるように見える。
「ごめん、すげー失礼なこと言うけど」
「え、なに?」
「…ほんとに、病気なんだなって思って見てた」
俺の言葉を聞いて、耀が声を出して笑う。
「ちょ、あはは。深刻そうな顔して、何言われるかと思った」
「なんか、ねぇーちゃんのことで気を遣わせてるし……ごめん」
「全然いいよ!逆にそんな感じで思ってもらえてるのは嬉しいかも。俺もまだまだいけちゃう?みたいな」
耀が笑いながら薬を飲み終える。
「まぁ、でもこんなに飲んでても良くならないのが現実だから、残念だよね」
「そっか」
耀の明るさによって霞んでいた現実は、確かにそこにあるんだなと思った。
「じゃあ、ご飯も食べたし。ここで、リストを発表させていただきます」
食べた皿たちが端に寄せられ、耀が書いてきたリストを差し出される。
「ざっとこんな感じ」
耀が差し出してきた紙は、箇条書きで書かれていた。
◯おしゃれなカフェに行きたい
◯二郎系ラーメン食べたい
◯花火大会に行きたい
◯海行きたい
◯友達の家に遊びに行きたい
◯一緒に勉強してみたい
「思ってたより、できそうな事多いな」
「え?!結構厳選したけど、まだ無理そうなのあった?」
「……んー、正直海は厳しいと思う」
「え、なんで?絶対体調整えるから!」
「いや、熱中症とかも怖いだろ」
「……」
あからさまに、耀がムスッとする。そんな姿を見て、少し心が痛んだが、気持ちだけではどうにもならないことも知っている。
「ごめんな」
「……俺のためなのは分かってるし」
耀は、誰よりも自身の事を理解しているためそれ以上掘り返す事もしなかった。少し空気が重たくなったため、他のリストに視線を向ける。
「ていうか、一緒に勉強ってなんか真面目だな」
「まぁ、俺ほぼ学校来れてなかったし。来れても1人で授業受けてたから、分からないところ教え合うみたいなやつ、やってみたくて」
「……俺そんな頭良くないけど」
「あ、そこは求めてないから大丈夫」
「おい」
ケラケラ笑う耀を見つめ、俺は耀の髪の毛をワシャワシャと撫でる。
「まぁ、無理なくやろうな」
「うん」
耀が頬を赤くし、髪を触っていた手を引っ込める。俺まで気恥ずかしくなり、2人とも黙り込む。
「でも、思ってたよりリスト少ないな」
俺の言葉を聞いて、耀がグラスに残っている飲み物をストローで混ぜながら答える。
「まぁ、あまり多すぎても時間的に足らないかなって」
耀にそんな言葉を言わせたかったんじゃないのに、そう言わせた自分に腹が立つ。
「……ごめん。そんなこと言わせて」
俺の表情に気づき、耀が慌ててニコッとする。
「いや、やめてやめて。空気悪くしたくない!とりあえず、今わかる範囲で予定決めようよ」
向かいの席で携帯のカレンダーを見ながら、嬉しそうに話す耀に俺は返す言葉が見つからなかった。
「でさー、宵の家って……って聞いてる?」
耀が眉間に皺を寄せながら俺を見る。
「あ、ごめん。なんだっけ」
「だから、宵の家に行っていい日ある?」
耀の質問で、我に帰る。
「え?俺んち?」
「うん。それしかないよね」
「えー……」
「あ、もちろん親御さんには、俺が病気なこと言わなくていいからさ」
「いやー……、そこじゃなくて」
俺の戸惑った様子をみて、耀が首を傾げる。
「どした?なんかあるなら、教えて」
「………じょう…だからさ」
「え?」
俺の返答が聞き取れなかったのか、耀が少し前のめりになり、心配そうな顔をする。
「いや、だから。俺の母親、ちょっと異常っていうか」
「異常……?」
「ねぇーちゃんが死んでから、ちょっと……」
俺が気まずそうに話すと、耀はそれ以上の事を聞いてこなかった。
「んー、じゃあ俺んち来る?」
「え?」
「いや、宵が自分の家無理なら、俺の家でも良いし。とりあえず、家で友達と過ごすの憧れてるからさ」
「……それでいいの?」
「全然おっけー。宵がしんどい思いする必要ないし。じゃあ、俺んち来ても平気な日、確認して伝えるね」
「ごめん、ありがとう」
その後も楽しそうに、耀は予定を決めていく。
「あ、もう少しで駅着くって」
耀がスマホを見ながら、窓の外を見つめる
「じゃあ、会計して行くか」
伝票を持って立ち上がると、耀が胸元をそっとさすっていることに気づく。
「痛いのか?大丈夫か?」
俺の言葉に驚きながら、さすっていた手を下ろして耀が視線を逸らす。
「あ、ごめんごめん。緊張してただけ!痛くないよ」
「ほんとか?なんかあったら言えよ?」
「うん、ありがと」
「そんなに緊張するもんか?」
俺の言葉で耀がじろっと睨んでくる。
「いや、だってこの歳でわざわざ、自分の親に『この人が友達です』とか言わないでしょ」
「あー確かにな」
「うわー他人事すぎ」
耀が呆れたように笑いながら前を歩く。
「……大事な息子の時間を一緒に過ごす奴が、どんな奴かは知っておいてもらった方がいいだろ」
「え?」
「耀と過ごすための、俺なりのけじめだよ」
俺の言葉を聞いて、耀が儚げに笑う。
「もーバカだなー、そんな重く考えないでよ」
「……」
サラサラな前髪の間から、夕焼け色に染められて俺を見つめる耀は眩しすぎて、そのまま消えてしまいそうなくらい綺麗だと思った。
改札前で待っていると、ジャケットにパンツ姿の女性が近づいてくる。
「耀、お待たせ」
俺たちにそう声をかけてきた女性は、バリキャリな雰囲気で、目や鼻が耀にそっくりだった。
「あなたが、宵くん?」
俺の目を見て、優しく微笑む。
「はい、初めまして。冴島宵です」
「はじめまして。耀から友達ができたから会って欲しいって言われた時はびっくりしちゃって」
俺たちがどんな理由で一緒にいるのか、どこまで理解しているのか分からなかったが、これだけは伝えようと思っていた事を言葉にする。
「あの、夏休みに耀くんと出かける事あると思うので。もしよければ、俺と連絡先交換してくれませんか?」
俺の発言に耀が驚いている横で、耀の母親は言葉の意図を瞬時に読み取った様子だった。
「そっか。そしたら、交換してもらっても良い?」
連絡先を交換していると、耀の母親は俺にしか聞こえない声で話す。
「宵くん、ありがとうね。耀をよろしくお願いします」
その言葉からは、深い愛情と耀たち親子の絆を理解するには十分だった。
もし万が一何かあった時、耀の事を助けたいと思い、その日の夜に耀の母親から職場の連絡先と、耀が通院している病院も教えてもらった。
終業式の日、部活以外の人達は足早に下校していく中、俺と耀は保健室でお昼ご飯を食べていた。
「ねー、なんで今日ここで食べんの?」
耀が不服そうにしているため、買ってきていたパックのレモンティーとミルクティーを差し出す。
「え、なにこれ?くれるの?」
「クラスの人達がよく飲んでるから買ってみた」
「へー、なんかこういうのいいね。青春な気がする」
「……青春安いな」
「うわー。宵のそういうとこ。青春はお金じゃ買えないんです」
「あ?じゃあ、これは俺が買ってきたものなのであげないです」
「えーうそうそ」
冗談を言いながら、他愛もない話をする。耀が昼食後の内服を済ませたの確認して、テーブルの上を片付ける。
「じゃ、そろそろ行くか」
「え?どっか行くの?」
自分と耀の荷物を持ちながら保健室を出る。耀も慌てて立ち上がり俺の後ろを歩く。
「ねー、どこ行くの?」
耀が質問してくる間に、目的地に着いた。
「え、ここって」
扉の上には『2-C』と表記され、俺は教室の中に入っていく。
「俺の席、ここ」
自分の席に座り、教室の入り口で立ち止まっている耀に手招きする。
「ここ座って」
少し戸惑いながら、耀が隣の座席に座る。
「え、何この状況」
耀が戸惑っているのが面白くて、少し笑ってしまう。
「そんなビビるなよ。俺も別にこの教室に愛着があるわけじゃないけどさ」
「……?」
「リストに、一緒に勉強したいって書いてたろ?どうせなら教室で、一緒に勉強するのも良いかなとか思ってさ」
俺の提案を聞いて、耀が俯く。
「え、ごめん。嫌だった?……あれなら、図書館とか自習室でも行く?」
慌てて席を立とうとすると、耀が俺の袖を掴む。
「……ここでいい」
耳を赤くして、目も合わせようとしない耀だが、思っていた以上に喜んでくれたことに安心した。
「耀は、なんの勉強やりたい?」
「うーん、数学とか?」
「あー、俺もそんな得意じゃないけど。よし、やるか」
勉強を始める前に机を向かい合わせにする。
「なんか、この感じ懐かしいな」
「そう?」
「小学校の給食思い出す」
「あー確かに、こんな感じだったね」
校庭から運動部の声が聞こえる中、静かな教室でページを捲る音と、シャーペンで文字を書く音が響き渡る。ふと耀の方を見ると、真面目な顔してノートに落書きをしていた。俺が見ていることに気付かないため、そっと覗き込む。
「え……うま」
思わず口からこぼれると、見られていることに気づき耀は咄嗟にノートを閉じた。
「……見た?」
恥ずかしそうにする耀をよそに、思った事をそのまま口に出す。
「さっきの、俺だよな?」
耀が目を見開いて頬を赤くする。
「ごめん!」
「え?なにが?」
「勝手に描いて」
耀の態度で、あまり掘り下げないで欲しいことにやっと気づく。
「いや、俺こそ勝手に見てごめん」
2人しかいない教室に、沈黙が走る。廊下から知らない女子生徒たちの話し声が聞こえてきて、耀が気まずそうにする。
「大丈夫。10クラスもあるし、俺らがここにいるの誰も気にしないよ」
俺の言葉で、耀の表情が和らぐ。
「それもそうだね。ていうか、実は早々に勉強飽きてた」
「え、なら言えよ」
「うーん、でも、もう少しここに居たかったから」
「そっか」
耀が嫌がるかもと思いつつ、俺はもう一度耀の絵が見たかった。
「あのさ、さっき描いてたやつ。あれ俺にちょうだい」
「え?!」
「……やっぱ、だめ?」
あからさまに困った顔をする耀を見て、これ以上はやめとこうと思った。
「……そんな上手くないけどいい?」
耀は照れくさそうにしながら、さっき描いていたノートを開き俺の絵が描いてあるページを切り取って差し出す。
「いいの?めっちゃ嬉しい」
「……そんなに?」
耀から貰った絵を俺は汚れないように、分厚い教科書に挟んで持ち帰ることにした。それから俺たちは、くだらない話をしたり、校庭の運動部を眺めたりして時間を過ごした。
「うわ、もう暗いね」
「長居しすぎたな」
「でも、凄く楽しかったな。宵と同じクラスだったらこんな感じなんだなって」
耀がまたひとつ新しい経験をしたことを喜んでいる。
「誰とも話さない日の方が多いから、今日は俺にとっても新鮮だった」
こんな事でも、こんなに笑って喜んでくれるのは今まで対照的な環境でずっと耐えてきたからだろうと思いつつ、少しでも俺が耀の笑顔や楽しい一部になれている気がして嬉しかった。
「今日は迎え?」
「うん!母さんが駅まで来てくれるって」
「そっか、じゃあ駅まで一緒に行くか」
駅で耀たちと別れ、家へ向かう。
夏の夜風は生ぬるいが、それさえも心地よく感じていた
