宵の空に耀くひかり〜君と過ごした14日間〜

耀と再会して、二ヶ月が経った頃。
 
 今日は耀の半年に一度の検診に向かうため、俺たちは電車に乗っていた。
 横並びで座りながら、ぶつかる肩がくすぐったい。
「なんか、懐かしいね」
「ん?」
「前に、宵の家から祭り向かう時思い出す」
「あぁー……。でも、あの時は混んでて座れなかったよな」
「そうだね。夏休みだったから余計に混んでたかも」
 あの日の出来事は、俺が六年間何度も思い出しては、後悔で胸の奥が張り裂けそうになった。
「……ほんと、懐かしいな」
 俺の顔を覗き込んで、耀が肩をトンッとぶつけてくる。
「大丈夫。もう、本当に元気だから」
「あぁ」

 都内の病院につき、耀が受付を済ませる。
「はぁー、予約だけど、いつも結構待つんだよなぁ」
「まぁ、病院あるあるだな」
「うん。でも、今日は宵がいるから平気」
「はは、俺そんなエンタメないけどな」
 診察前に、採血やレントゲン、心エコー検査などを済ませて、俺たちは待合室のソファに腰掛ける。

「こっから、マジで長いから」
「めっちゃ、なげぇってことは理解した」
 時間を持て余した耀が、ふと思い出したように俺に尋ねてくる。
「そう言えばさ、宵って俺のこと、どうやって探してたの?」
 急な質問で、俺は明らかに動揺する。
「え?」
「いや、ずっと気になってたからさ」
「あー……」
「え?なに?興信所とか?」
 隣に座る耀の想像が、俺の斜め上をいく。
「ふっ。それはない」
「えー。じゃあ、なんだよー」
「……笑うなよ?」
 俺は躊躇いながら、話し続ける。
「救急や、外来に来る患者の名前を、毎日確認してた」
「え?」
「あとは、……耀が居なくなった時、病院にも行ったし、最寄り駅にも行った」
「最寄駅……?」
「……行けなかったんだよ。耀の家には」
 俺が黙り込むと、耀が手を重ねて静かに頷く。
「そっか」
「……あとは、ずっと連絡もしてた」
「え?」
「たぶん、アカウント消し忘れたんだろ?耀が前に使ってたアカウントへ、ずっと連絡してたんだよ」
「……」
「まぁ、……少し経って、もう返事来ないことは分かってたんだけどな」
「……ごめん」
「いや、もういい。今こうやって隣にいれるだけで、もういいんだよ」
 俺の言葉に、耀はしばらく黙り込む。
「……みたい」
「え?」
「見たい。宵が俺に送ってくれたやつ」
 耀が突拍子もないことを言い出し、俺は慌てて返事をする。
「いや、あんなの見たって、なんも面白くねぇよ」
「そうじゃないよ。……面白いとかじゃなくて、俺が知らない宵の六年間を少しでも知りたい」
 俺を見つめる瞳が、あまりにも綺麗で息をのむ。
「……ほんとに、何もないぞ?」
「うん」
 俺は躊躇いながらもスマホを開き、トーク一覧をスクロールして、以前の耀が使っていたトーク画面を開く。
 二人の間にスマホを持ち、耀に見せた。
 隣で黙って画面を見つめる耀。

「スタバの新作、知ってた?」
「イルミ始まったな」
「今年の桜は少し早い気がする」
「俺、看護師になろうと思う」
「元気か?」
「友達できた。ちょっとだけ、耀に似てる」
「就職先決めた」
「国試受かった」
「今どこにいる?」

 既読になることはないメッセージを見返して、耀が鼻を啜る。
「……ごめん。ほんと、に……ごめん」
 俺は耀の手を握り返し、震える背中をそっと撫でる。
「もういいんだよ。本当に」
「……」
「俺が勝手に送ってたやつだから、あんまり気にすんな」
「……うん。……宵」
「ん?」
「全部、一緒に見たい」
「え?」
「宵が送ってくれたもの、これからは全部一緒に」
 涙を流しながら、俺を見つめる瞳が今までの孤独を全部吸い込んでくれる。
「うん。これからは、一緒に見ような」
「うん」
 待合室の端で、俺たちは静かに手を繋いだ。

 診察が終わり、耀が待合室に戻ってくる。
「順調だって!」
 その言葉で、ホッとする。
「そっか。良かった」
「うん。ちょっと、母さんに電話してくる」
「うん。俺も飲み物、買ってくるわ」
 耀と別れ、自動販売機の前に立つ。
 先ほど診察室に入っていく耀の後ろ姿を見て、少しだけ不安になったことを思い出す。
「よかった。本当に、良かった」
 人の命なんて、いつ終わるのかわからない。
 一時間前に元気に会話できていた患者が、急変して亡くなることもある。
 
 ——ほんと、奇跡だよな。

 今という時間を、大切にしたい。
 離れていた六年間。
 話したかったことや、見せたいものがたくさんできた。
 耀が戻ってきたら話そうと思うことが、頭の中にたくさん浮かぶ。

「宵、お待たせー」
「うん。あとは、会計?」
「そうそう。あと、薬ももらう」
「じゃあ、行くか」
 少し前を歩く耀の後ろ姿を見ながら、昼食の時話す内容を考える。
「耀、昼何食べたい?」
「えー、せっかくこっち来たし。カフェ行きたい」
「おっけ、調べとく」
 六年前よりも、少し大人になった俺たち。
 でも、本質的なものはなにも変わっていないことに気づく。
 検索エンジンに「都内 人気 カフェ」と入力した。

 しばらくして、薬局から耀が戻ってくる。
「ごめん、お待たせ」
「ん。じゃ、行くか」
 平日ということもあり、当日にも関わらず耀が好きそうなカフェの予約を取れた。
「どこ行くか、調べてくれたの?」
「んー……、まぁ予約はした」
 隣で目を丸くする耀。
「今回は時間も大丈夫だからな」
「ふはっ。なんだよー、そこは時間、間違えてくれないと」
 耀が隣で嬉しそうに笑った。
「俺も成長したってことだよ」
 俺の一言で、耀が少し口を尖らせて話す。
「へー、宵くんは会ってない間に、たくさん予約する機会があったんですねー」
 最初はその言葉の意味がわからなかったが、耀の表情を見て理解する。
「ははは。ないよ。今までも、これからも俺が予約したのは、耀が行きたい店だけ」
 耀が明らかに頬を緩める。
「ふーん、そっか」
 耀は照れくさいのか、頬を赤くしながら目線を逸らす。
 ——ほんと、かわいいやつ。

 カフェについて注文をしたあと、俺は病院で考えていたことを口にする。
「耀、俺の友達に会う話覚えてる?」
「え、あぁ、うん。宵の同期?だよね」
「そう」
 俺は瑞季といつ知り合って、仲良くなったのか。
 耀と似て、インドアな俺を誘い出してくれたことや、俺が耀とうまくいくように応援してくれてたことを話した。

「めっちゃいい人だね」
「うん。ほんとに。だから瑞季には、ちゃんと紹介したいんだよ」
「うん。俺も会ってみたい」
「じゃあ、今度飯でも行こう」
 
 ——これでいい。
 
 こうやって、俺たちが知らない六年間を少しずつ埋めていこう。
 俺の知らない耀の話も、たくさん聞こう。


 耀と別れ、瑞季に連絡を入れる。
 ——そういえば、最近あんまり話してないな。
 たまたまシフトが合わない日が続き、久しぶりに瑞季に連絡をした。
 一日経った頃、瑞季から何日か候補日が送られてきた。
 耀にも確認し、三人で会う日が決まる。

「瑞季!こっち」
 店内に入ってくる瑞季を呼び止め、手招きをする。
 気が知れた友人に、恋人を紹介するのは、少し恥ずかしい。
 瑞季が俺たちのテーブルに着いた時、隣に座る耀も立ち上がる。
「あの、はじめまして。安西耀です」
 少し緊張気味に自ら挨拶する耀。
「俺たち、付き合ってる」
 俺の一言で、瑞季が優しく笑う。
「はじめまして、橘瑞季です。宵とは看護学校から仲良くしてもらってます」
 思っていた通り、瑞季は俺たちのことを否定も肯定もせず、すんなり受け入れてくれた。
「学生の頃の宵って、どんな感じでした?」
「うーん。あんまり、人に興味ない?感じだったかな」
「あはは。宵すぎる」
 もともと耀と瑞季は性格が合う気がしていたが、思っていた以上に、俺抜きで話が盛り上がっていく。
「耀くんは、宵のどこが好きなの?」
 ——おい、それ聞くのか?
 瑞季の突拍子もない質問に、照れくさそうに笑いながら、耀が答える。
「んー。宵の空気?みたいなのが、安心するんだよね」
 ——空気?
 俺の疑問と共に、食いつくように瑞季が問い詰める。
「え、なにそれ。詳しく」
「なんかね、うまく言えないんだけど。俺がほしい言葉とか、行動?みたいなものを、嘘なくくれる感じ」
「あー……、なんか、ちょっと分かるかも」
「宵がいる世界なら、俺もいたいかもって思っちゃったんだよねー」
「うー、なんだそれ。特大の惚気」
 ——そ、うだったのか?
 二人が盛り上がる中、初めて聞く耀の想いに胸の奥が熱くなる。
「ですってよ、宵さん。長年待ってた甲斐ありましたね?」
 頬を赤くする俺を、瑞季が面白がる。
 そんな俺たちを見て、耀が口を開く。
「ほんとに、仲良いね」
 その後も三人というか、ほぼ耀と瑞季が楽しそうに会話をして解散する。
「また、瑞季くんと会いたいなぁ」
「うん!また、ね」
 手を振って去っていく瑞季を見送りながら、なんだか少しだけ考え事をしているように見えた。

「宵、本当に友達できたんだねー」
 瑞季と別れた帰り道、耀が笑いながら話す。
「まぁ、言っても。友達って言えるのは、瑞季くらいだけどな」
「いいなー。俺も、瑞季くんと友達になりたいなー」
「なれるよ、きっと」
「あ!今度俺も、大学の友達と、バイト先の先輩紹介したい!」
「え?……いいけど」
「ん?何その反応」
「いや……、俺なんか紹介して平気、か?」
 俺の言葉に、耀がムスッとする。
「当たり前じゃん。俺、仲良い人には宵の話してるし」
「……え?」
 不安そうな表情の俺に、耀はニヤッとハニカム。
「俺の彼氏、最高ですって」
 ——はぁ……。敵わねぇな。
「……精進します」
「ふふふ。くるしゅうない」

 俺たちの空白には、お互い知らない人間関係や場所がある。

 ただ、耀はいつも俺という存在を大切にしてくれてる。

 俺はこの先、この幸せを耀に返し切れるのだろうか。
 
 六年間の空白を、いつか笑い話にできたらいいな。