心音を届けたくて

「転校生を紹介する。入ってきてくれ」

 神埼がホームルームを開始し転校生の話題を出す前から、梅ケ原高等学校の三年一組の中ではすでに転校生の話題でもちきりになっていた。
 灯花からすればなぜ転校生の存在を知っているのだろうと疑問に思うところだが、昨日まではなかった生徒のデスクと椅子が教室の後方にポツンと存在していれば誰だって転校生が来るのではないかと噂をするに決まっている。
 灯花の席は窓際の一番後ろの席だ。所謂ラノベ主人公の席と呼ばれる席に座っている。灯花は左手で頬杖をつきながら今朝自分の席の右隣に設置した席を眺めていたが、ガラガラと音を立てながら教室の扉を開ける音とともに導かれるように前を向く。

 身長はおそらく一七三センチメートル前後。そう感じるのは自分と同じ位の背丈だと灯花自身が感じたからだろう。しかし灯花と転校生は身長以外がまるで違う。
 まずは髪の毛だ。灯花の髪は全体的に暗めの落ち着いたブラックカラーであるが、ところどころ濃いグレーのアッシュが入っている。これは本人の意思でこのようなカラーを入れているわけでもなく、ヘアアイロンの使いすぎで部分的に変色したわけではない。アルバイト先であるガソリンスタンドの先輩アルバイターに「ガソリンスタンドは割と変な客も来るから舐められないようにしろよ」と言われおすすめされた美容室でおすすめされるがままにした結果このような髪色になったのだ。灯花本人としてはだいぶ遊んでいるなと感じているが、辰之からはもっと派手な色にしても良かったのではないかと小言を言われている。
 そんな灯花とは正反対に転校生の髪は、天使の輪が見えるほど艶があり、今まで髪色で遊んだり、ヘアアイロンを使ったことがないことが一目でわかる。その黒くて綺麗な髪は目が若干隠れるほどの長さであり、なびく毛先の隙間から見える転校生の目は隈が濃く、ここ最近眠れていないことがすぐにわかった。

 異なる点で言えば他にも体格が挙げられるだろう。灯花は非力という訳では無いが一七三センチメートルの身長の平均体重が六十五キロ前後であると仮定すると、平均からは五キロ以上も軽い五十七キロほどである。しかしアルバイト先であるガソリンスタンドはセフルサービスではなくフルサービスタイプの店舗であり、想像するよりも重労働である。そのため細身であるものの筋肉量はかなりのものだ。それに比べ転校生は制服の上からでも変わるほど細い。触れたら感覚としては皮と硬い骨だけで、脂肪を一切感じることができないのではないかと思うほどだ。

「初めまして。本日より梅ケ原高等学校に転校してきました――凪興大(なぎこうだい)と言います。これからよろしくお願いします」

 非常に端的な自己紹介である。
 普通転校生は先日まで在籍していた学校名を上げ、そこから転校してきましたと挨拶しそうなものであるが、彼の挨拶はそうではなかった。
 そのあまりに短い自己紹介に神崎もどうしたらいいのかわからないような表情を浮かべているが、すぐに大きな音を立てながら握手をする。その拍手に続くように三年一組の生徒はバラバラながら拍手をする。例に漏れず灯花も頬杖を付いていた手を頬から離し、拍手をする。

「ええっと、じゃあ、凪は一番うしろの空いてる席に座ってもらおうかな。宮崎の隣な」

 神崎がそう告げると、灯花は場所がわかりやすいようにと右手を軽く上げる。
 それを見た興大の目は少し見開いたように見えた。

「宮崎……! そうか……彼が……!」

 一番近くにいた神崎には聞こえたかもしれないほどの声量で興大はそう呟くと、案内されたばかりの自分の席に向かうと思ったが、興大は灯花の前まで行き、立ち止まった。

「……初めまして。どうか僕と、友達になってくれませんか?」


 * * *


「とーかはあの熱烈なアプローチを受けたんか?」
「アプローチって、友達になってくれってやつのことか?」
「それ以外にないだろ? で、どうなんだ?」

 翌朝いつものように電車内で灯花の隣を陣取ったかと思えば、辰之は昨日興大が言い放った友達になってくれませんか宣言に対して、気になっている様子であった。
 それは辰之だけが気になっているわけではなく、おそらくクラス全員が気になっていることだろう。しかし昨日は挨拶をそこそこに興大は校内の案内に連れ回されたり、入学の手続きなのか神埼に拉致されたりと、興大の転校日初日は灯花だけではなくクラス全員がほとんど会話をすることができなかったのだ。

「知っての通り、昨日はあれ以降喋ってねーよ。ていうか、友達ってなりたいっていってなるもんじゃないだろ?」
「そうれは……そうかもしれんが……。でも昨日凪と喋ったのはダーリンだけだぞ? 凪も何か灯花に惹かれるところがあったんじゃないのか? それこそ昔会ったことがあるとか?」
「ダーリン言うなハニー。てか、昔会ったことがあるなら辰之も会ってるはずだろ?」

 灯花と辰之は幼馴染であり、小学校からの親友だ。
 そのため仮に灯花が以前何処かで興大に会ったことがあるのであれば、必然的に辰之も会ったことがある可能性があるのだが、灯花にも辰之にもどちらにも凪興大という人物に思い当たる節がないのだ。

「ハニー言うなお母さん。凪のことは俺が知らないだけとかじゃないのか? 例えば旅行先で会ったことがあるとか?」
「お母さん言うな! 旅行先で会ったってことならないと思う。宮崎家は旅行に行かないからなっ!」

 灯花の父親である朝陽の治療費のために家も安いアパートへ引っ越し、持っていた車も売払い、節約に節約を続けてきた宮崎家は旅行に行くことはなく、もし仮にそんなお金があるのであれば治療費に回すことを優先していた。
 そのためほとんど自分が住んでいる県から出たことがない灯花が興大のことを覚えていないのであれば初対面に違いない。そう考えたのだ。

「じゃあ初対面で友だちになってくださいって言ったってことになるぞ?」
「まぁそうなんじゃない? 今日機会があったら話しかけてみるよ」
「おう、そうしろ! そして俺も友達に入れろよな!」
「辰之は凪と友達になりてぇの?」
「友達ってなりたいって思ってなるもんじゃないだろ?」
「ハニー、うっざ」
「俺のそういうところも好きだろ? ダーリンっ!」

 狭い電車内で肩を組んでくる辰之に「うざいし、暑い」と言い放ち、回してきた腕を振り払う。



 灯花が教室に着くと、すでに興大は席に着いていた。
 辰之はサッカー部の朝練に行ってしまったため、教室には灯花と興大の二人だけである。

「あ、お、おはよう」
「宮崎くん! おはよう!」

 灯花から声を掛け、それに反応する形で興大が返事をした。教室に入った瞬間に灯花が目にした興大は力なく俯いていたように見えたが、灯花が声をかけた瞬間に興大の目は光を取り戻したかのように輝くように見えた。

「お、おはようって! え! クーラーは?」

 灯花は挨拶もそこそこに外気と変わらない温度の教室に今にも溶けそうな表情を浮かべながら興大に問いかける。

「え、クーラー?」
「え? じゃないよ! こんな暑い中いたら死ぬぞ?」
「でも、付け方知らないし……」

 興大の返事は「確かにそりゃそうだ」と言わしめるものだった。
 転校して二日目。クーラーをつけるという発想があったとしても、場所なんてわからないだろうし、転校早々勝手な行動をして変に目立ちたくもないだろう。
 とはいえ、転校早々に灯花にだけ「友達になってくれませんか?」と言っている時点で変に目立っているのだから、今更目立ちたくないなどと言った言い訳は通用しない。そんなことを考えながら灯花は少し呆れたように「案内するから付いてきて」と一言。
 それに大きく「うん」と返事をし、興大は灯花の後ろを金魚のフンのようについて行った。


「――って感じ。大体わかった?」
「わかった! ありがとう宮崎くん」

 灯花の説明をうんうんと相槌を打ちながら聞く興大と灯花の姿は、神崎も見ていたようでそんな二人に「お、宮崎と凪はもう友達になったのか!」と嬉しそうに話しながら近づいていく。
 それを聞いた興大はバッと音を立てるように灯花の顔を見た。きっと友達になったのかという神崎の問いかけの返事を灯花に委ねてのことだろう。
 興大は灯花と友達になりたいと宣言したはいいものの、その返事をしていなかったことを灯花はここで思い出す。しかしこの状況で「友達じゃないです」なんて言えるわけがない。おそらく神崎もそれをわかってて二人に問いかけたのだろうと灯花は推理する。

「そうりゃもう、はい。友達ですよ!」

 興大の表情がパァッと晴れていくのがわかる。
 俺と友達になることがそんなに嬉しいものか?と灯花は頭の上にはてなを思い浮かべるが、友達であると宣言することなんてほとんど無いため、少しずつ恥ずかしさがこみ上げてくる。そんな気持ちを誤魔化すように灯花は神崎に言葉を投げかける。

「てか! 先生! 凪にクーラーの付け方くらい教えておいてよ! 凪、クーラーもついてない教室に一人で居たんだぞ!」
「えぇ! マジか! それは悪かったよ……。凪もごめんな。今後わかんないことがあったらすぐに宮崎に聞いていいからな!」
「はい!」
「はい! じゃねぇよ……教師が教師の仕事を生徒に押し付けるな! 凪も返事するな! あと! 昨日俺なっちゃんオレンジもらってないんだけど?」

 灯花はくれと言わんばかりに右手を神崎に出す。
 興大は何のことかわかっていないようであったが、それを聞いた神崎は大きなため息をつきながら返事をする。

「宮崎は変なところで記憶力が良いんだから……。よし! 今から売店に行くぞ! 凪の分も買ってやるから二人とも付いてこい!」
「え! 僕はいいですよ」

 と遠慮する興大であったが、灯花に「やったな!」と肩を組まれ、灯花の笑顔をゼロ距離で浴びた興大は「な、なっちゃん以外でもいいですか?」と力なく神崎に問いかけるのであった。