「志穂、志穂……!?」
誰かが私を呼んでいる。
重たい瞼をゆっくり開く。
真っ白な天井が視界に飛び込んできた。
消毒液の匂い。
規則正しく鳴る機械音。
見慣れた病院の景色だった。
「……あ」
私はぼんやりと呟く。
身体が重い。
腕には点滴が繋がれている。
なんだ夢だったのか。
そう思った。
ついさっきまで私は雲の上にいた気がした。
白い龍がいて黒い龍がいて、誰かが迎えに来ると言っていて……それなのに目を覚ませば、いつもの現実だった。
「志穂!」
母が泣きそうな顔で私の手を握る。
父もいる。
姉もいる。
みんな心配そうな顔をしていた。
「よかった……」
母の声が震えている。
「本当に心配したのよ……」
私は小さく笑った。
「ごめん」
それしか言えなかった。
窓の外を見る。
灰色の空だった。
夢の中の青空とは正反対だった。
胸の奥が少し痛む。
身体ではない。
心だった。
私は目を閉じる。
すると、今までの人生が浮かんできた。
まるで走馬灯みたいに。
病院。
検査。
入院。
運動会を見学した日。
一人で図書室にいた昼休み。
友達の輪に入れなかった放課後。
大学へ向かえなくなった朝。
駅のホームで動けなくなった日。
みんなが前へ進んでいく。
私だけが置いていかれる。
そんな人生だった。
胸が苦しくなる。
私はゆっくり目を開けた。
そして、ずっと気になっていたことを口にする。
「先生」
主治医が振り返る。
「はい」
「私、龍が見えるんです」
病室が静まり返った。
母は困ったような顔をする。
父も何かを言いかけて黙った。
私は続けた。
「小さい頃から見えるんです」
「白い龍と黒い龍です。空にいるんです。夢にも出てきます。ずっと……」
医師は静かに話を聞いていた。
そしてカルテに何かを書き込む。
「志穂さん」
「はい」
「他の方にも見えていますか?」
私は首を振る。
「見えてないみたいです」
「ご家族は?」
「見えてません」
「お友達は?」
「見えてません」
医師は少し考え込む。
そして慎重に言った。
「一度、精神科でも診てもらいましょう」
その後、私は精神科へ回された。
検査。
問診。
質問。
質問。
質問。
そして、診察室で告げられた。
「統合失調症の可能性があります」
頭が真っ白になった。
「え……?」
「幻覚症状として龍が見えているのかもしれません」
私は医師の顔を見つめる。
言葉の意味が理解できなかった。
幻覚。
つまり、いないということだ。
あの龍たちは。
白龍も黒龍も全部、私の妄想だということになる。
「そんな……」
声が震える。
「でも、ずっと見えて……」
「ご本人には本当に見えている感覚があります」
医師は穏やかに説明する。
「それは珍しいことではありません」
私は何も言えなかった。
診察室を出る。
廊下を歩く。
足元がふらつく。
龍はいない。
そう言われた。
じゃあ、あの夢は何だったのだろう。
あの声は。
あの約束は。
全部嘘だったのだろうか。
胸が締め付けられる。
息が苦しい。
涙が溢れた。
「嫌だ……」
私は壁に手をついた。
「嫌だ……」
認めたくなかった。
だって。
あの龍たちは。
私がずっと一人だった時、ずっと側にいた。
誰も信じてくれなかった時も、病院のベッドにいた時も、夢の中で笑ってくれた。
そんな存在だった。
それが幻覚だったなんて、認められるわけがなかった。
その夜、私は眠れなかった。
窓の外を見続けた。
龍は現れない。
白龍も。
黒龍も。
誰も来ない。
静かな夜だった。
そして朝方、ふと一冊の古い本を思い出した。
幼い頃に読んだ民話集。
そこに載っていた名前。
「黒姫……」
私は呟く。
なぜか分からない。
でも胸がざわつく。
呼ばれている気がした。
そこへ行かなければならない気がした。
龍がいる気がした。
真実がある気がした。
私はゆっくり立ち上がる。
点滴を外す。
ナースコールは押さない。
誰にも言わない。
病室の扉を開く。
廊下は静かだった。
心臓が早鐘のように鳴る。
それでも足は止まらない。
私は歩き出した。
龍を探すために。
自分が狂っているのか。
それとも真実を見ているのか。
その答えを知るために。
黒姫山へ向かうために。
誰かが私を呼んでいる。
重たい瞼をゆっくり開く。
真っ白な天井が視界に飛び込んできた。
消毒液の匂い。
規則正しく鳴る機械音。
見慣れた病院の景色だった。
「……あ」
私はぼんやりと呟く。
身体が重い。
腕には点滴が繋がれている。
なんだ夢だったのか。
そう思った。
ついさっきまで私は雲の上にいた気がした。
白い龍がいて黒い龍がいて、誰かが迎えに来ると言っていて……それなのに目を覚ませば、いつもの現実だった。
「志穂!」
母が泣きそうな顔で私の手を握る。
父もいる。
姉もいる。
みんな心配そうな顔をしていた。
「よかった……」
母の声が震えている。
「本当に心配したのよ……」
私は小さく笑った。
「ごめん」
それしか言えなかった。
窓の外を見る。
灰色の空だった。
夢の中の青空とは正反対だった。
胸の奥が少し痛む。
身体ではない。
心だった。
私は目を閉じる。
すると、今までの人生が浮かんできた。
まるで走馬灯みたいに。
病院。
検査。
入院。
運動会を見学した日。
一人で図書室にいた昼休み。
友達の輪に入れなかった放課後。
大学へ向かえなくなった朝。
駅のホームで動けなくなった日。
みんなが前へ進んでいく。
私だけが置いていかれる。
そんな人生だった。
胸が苦しくなる。
私はゆっくり目を開けた。
そして、ずっと気になっていたことを口にする。
「先生」
主治医が振り返る。
「はい」
「私、龍が見えるんです」
病室が静まり返った。
母は困ったような顔をする。
父も何かを言いかけて黙った。
私は続けた。
「小さい頃から見えるんです」
「白い龍と黒い龍です。空にいるんです。夢にも出てきます。ずっと……」
医師は静かに話を聞いていた。
そしてカルテに何かを書き込む。
「志穂さん」
「はい」
「他の方にも見えていますか?」
私は首を振る。
「見えてないみたいです」
「ご家族は?」
「見えてません」
「お友達は?」
「見えてません」
医師は少し考え込む。
そして慎重に言った。
「一度、精神科でも診てもらいましょう」
その後、私は精神科へ回された。
検査。
問診。
質問。
質問。
質問。
そして、診察室で告げられた。
「統合失調症の可能性があります」
頭が真っ白になった。
「え……?」
「幻覚症状として龍が見えているのかもしれません」
私は医師の顔を見つめる。
言葉の意味が理解できなかった。
幻覚。
つまり、いないということだ。
あの龍たちは。
白龍も黒龍も全部、私の妄想だということになる。
「そんな……」
声が震える。
「でも、ずっと見えて……」
「ご本人には本当に見えている感覚があります」
医師は穏やかに説明する。
「それは珍しいことではありません」
私は何も言えなかった。
診察室を出る。
廊下を歩く。
足元がふらつく。
龍はいない。
そう言われた。
じゃあ、あの夢は何だったのだろう。
あの声は。
あの約束は。
全部嘘だったのだろうか。
胸が締め付けられる。
息が苦しい。
涙が溢れた。
「嫌だ……」
私は壁に手をついた。
「嫌だ……」
認めたくなかった。
だって。
あの龍たちは。
私がずっと一人だった時、ずっと側にいた。
誰も信じてくれなかった時も、病院のベッドにいた時も、夢の中で笑ってくれた。
そんな存在だった。
それが幻覚だったなんて、認められるわけがなかった。
その夜、私は眠れなかった。
窓の外を見続けた。
龍は現れない。
白龍も。
黒龍も。
誰も来ない。
静かな夜だった。
そして朝方、ふと一冊の古い本を思い出した。
幼い頃に読んだ民話集。
そこに載っていた名前。
「黒姫……」
私は呟く。
なぜか分からない。
でも胸がざわつく。
呼ばれている気がした。
そこへ行かなければならない気がした。
龍がいる気がした。
真実がある気がした。
私はゆっくり立ち上がる。
点滴を外す。
ナースコールは押さない。
誰にも言わない。
病室の扉を開く。
廊下は静かだった。
心臓が早鐘のように鳴る。
それでも足は止まらない。
私は歩き出した。
龍を探すために。
自分が狂っているのか。
それとも真実を見ているのか。
その答えを知るために。
黒姫山へ向かうために。

