大学二年生の春だった。
私は少しずつ通学できなくなっていた。
朝起きる。
準備をする。
駅へ向かう。
それだけで息が切れる。
電車に乗れば動悸がする。
人の声が遠くなる。
胸が苦しい。
呼吸が浅くなる。
大丈夫。
そう言い聞かせる。
でも、身体は正直だった。
ある日、駅のホームでしゃがみ込んだ。
足が動かない。
心臓が暴れている。
冷や汗が止まらない。
周囲の人が通り過ぎる。
誰も悪くない。
ただ、みんな普通に歩いている。
それだけだった。
私は泣きそうになった。
「どうして……」
どうして自分だけ。
そんな言葉が浮かぶ。
でも答えはない。
結局、その日も大学へ行けなかった。
翌日も。
その次の日も。
行こうとはする。
でも途中で戻る。
また戻る。
そして気付けば一ヶ月、大学へ行けなくなっていた。
部屋にいる時間が増えた。
窓から空を見る。
昼。
夕方。
夜。
ただ眺める。
何もする気になれなかった。
編み物も。
読書も。
音楽も。
全部少しずつ遠くなった。
心が疲れていた。
身体よりも。
ずっと。
その頃からだった。
夢を見る回数が増えたのは。
雲海。
白い世界。
そして、あの人。
白い髪の青年。
相変わらず私の周りを歩いている。
一周。
二周。
三周。
何度も。
何度も。
そして言う。
「僕と結婚してください」
私は夢の中でため息をつく。
「またですか」
最近では慣れてしまった。
何年も見続けている夢だ。
小学生の頃から。
ずっと。
「僕と結婚してください」
「嫌です」
「どうしてですか」
「知らない人だからです」
「知っています」
「知りません」
いつもの流れだった。
ところが、その日だけ違った。
青年は急に黙った。
ぐるぐる回るのもやめた。
そして、泣きそうな顔で言った。
「苦しかったでしょう」
私は固まる。
夢なのに。
妙に現実味があった。
「え?」
「よく頑張りましたね」
優しい声だった。
今まで聞いたことがないくらい優しい。
その瞬間、胸が熱くなる。
誰にも言われなかった言葉だった。
頑張った。
そう認めてもらったことがなかった。
だから、涙が出た。
夢の中なのにぽろぽろと、目から水が止まらなかった。
青年は困ったように笑う。
「泣かないでください」
「無理です……」
自分でも驚くほど弱い声だった。
「疲れました」
その言葉が零れる。
誰にも言えなかった本音。
誰にも。
本当に誰にも言えなかった言葉。
「疲れました。もう頑張れません」
自分でも声が震えていることが分かった。
青年の表情が歪む。
まるで、自分のことのように苦しそうだった。
そっと私の頭を撫でた。
「大丈夫です」
昔、どこかで聞いた言葉。
「迎えに行きます」
その声を聞いて、私は目を覚ました。
頬が濡れていた。
窓の外は夜明け前だった。
静かな空、誰もいない部屋、それなのになぜだろう。
少しだけ、一人じゃない気がした。
その頃からだった。
私は富士山の夢を見るようになる。
深い湖。
洞窟。
白い光。
そして、誰かに呼ばれる声を、何度も聞くようになるのだった。
私は少しずつ通学できなくなっていた。
朝起きる。
準備をする。
駅へ向かう。
それだけで息が切れる。
電車に乗れば動悸がする。
人の声が遠くなる。
胸が苦しい。
呼吸が浅くなる。
大丈夫。
そう言い聞かせる。
でも、身体は正直だった。
ある日、駅のホームでしゃがみ込んだ。
足が動かない。
心臓が暴れている。
冷や汗が止まらない。
周囲の人が通り過ぎる。
誰も悪くない。
ただ、みんな普通に歩いている。
それだけだった。
私は泣きそうになった。
「どうして……」
どうして自分だけ。
そんな言葉が浮かぶ。
でも答えはない。
結局、その日も大学へ行けなかった。
翌日も。
その次の日も。
行こうとはする。
でも途中で戻る。
また戻る。
そして気付けば一ヶ月、大学へ行けなくなっていた。
部屋にいる時間が増えた。
窓から空を見る。
昼。
夕方。
夜。
ただ眺める。
何もする気になれなかった。
編み物も。
読書も。
音楽も。
全部少しずつ遠くなった。
心が疲れていた。
身体よりも。
ずっと。
その頃からだった。
夢を見る回数が増えたのは。
雲海。
白い世界。
そして、あの人。
白い髪の青年。
相変わらず私の周りを歩いている。
一周。
二周。
三周。
何度も。
何度も。
そして言う。
「僕と結婚してください」
私は夢の中でため息をつく。
「またですか」
最近では慣れてしまった。
何年も見続けている夢だ。
小学生の頃から。
ずっと。
「僕と結婚してください」
「嫌です」
「どうしてですか」
「知らない人だからです」
「知っています」
「知りません」
いつもの流れだった。
ところが、その日だけ違った。
青年は急に黙った。
ぐるぐる回るのもやめた。
そして、泣きそうな顔で言った。
「苦しかったでしょう」
私は固まる。
夢なのに。
妙に現実味があった。
「え?」
「よく頑張りましたね」
優しい声だった。
今まで聞いたことがないくらい優しい。
その瞬間、胸が熱くなる。
誰にも言われなかった言葉だった。
頑張った。
そう認めてもらったことがなかった。
だから、涙が出た。
夢の中なのにぽろぽろと、目から水が止まらなかった。
青年は困ったように笑う。
「泣かないでください」
「無理です……」
自分でも驚くほど弱い声だった。
「疲れました」
その言葉が零れる。
誰にも言えなかった本音。
誰にも。
本当に誰にも言えなかった言葉。
「疲れました。もう頑張れません」
自分でも声が震えていることが分かった。
青年の表情が歪む。
まるで、自分のことのように苦しそうだった。
そっと私の頭を撫でた。
「大丈夫です」
昔、どこかで聞いた言葉。
「迎えに行きます」
その声を聞いて、私は目を覚ました。
頬が濡れていた。
窓の外は夜明け前だった。
静かな空、誰もいない部屋、それなのになぜだろう。
少しだけ、一人じゃない気がした。
その頃からだった。
私は富士山の夢を見るようになる。
深い湖。
洞窟。
白い光。
そして、誰かに呼ばれる声を、何度も聞くようになるのだった。

