龍王の花嫁 ~記憶を失くした私を夫が百年待っていました~

「白龍様」
彼の手を握る。
白龍の身体が震えた。
「教えてください。もう隠さないでください」
長い沈黙。
そして白龍は目を閉じた。
「……後悔します」
「しません」
即答だった。
百年待った人だ。
今さら真実を恐れたくない。
白龍は小さく笑った。
どこか諦めたように。
「そういうところも変わりませんね」
その瞬間、光の中から一人の少女が現れた。
私は息を呑む。
黒髪。
金色の瞳。
白い衣。
顔は私だった。
いや、黒姫だった。
でも違う。
黒姫より幼い。
どこか寂しそうだった。
少女は私を見る。
そして微笑んだ。
『お久しぶりですね』
涙が溢れる。
なぜだろう。
会ったことがないはずなのに知っている。
私はこの子を知っている。
『あなたは……』
少女は少し困ったように笑った。
『忘れられた私です』
世界が静まる。
忘れられた私。
その言葉が胸に刺さる。
少女は続ける。
『黒姫でもない。志穂でもない。誰にもなれなかった私』
私は息を止めた。
契約管理者の言葉が蘇る。
王としての黒姫。
人としての私。
そして第三の欠片。
少女は静かに言う。
『私は願いです』
『え?』
『あの日』
『黒姫が最後まで捨てられなかった願い』
風が吹く。
空が震える。
少女の瞳に涙が浮かぶ。
『本当は死にたくなかった』
私は目を見開く。
『本当は白龍の隣にいたかった』
白龍が息を呑む。
『本当は』
少女は泣きながら笑う。
『花嫁になりたかった』
その瞬間、白龍の顔から血の気が引いた。
百年前、黒姫は龍界を守った。
契約を選んだ。
でも、王としての責任を選んだ代わりに。
一人の女性としての願いを切り捨てた。
それが、第三の欠片だった。
私は涙を流していた。
止まらなかった。
なぜならその願いは、今の私の願いでもあったから。
少女はゆっくり私に近づく。
『迎えに来てくれますか。百年前の私を』
私は頷いた。
何も迷わなかった。
すると少女は安心したように笑う。
『良かった。今度は間に合ったんですね』
光が溢れる。
少女の身体が輝き始める。
その時、白龍が初めて声を上げた。
「待ってください!」
龍界中が静まり返る。
白龍は震えていた。
今にも泣きそうだった。
「お願いです。今度こそ消えないでください」
百年前に言えなかった言葉。
百年間飲み込んできた言葉。
それがようやく零れ落ちる。
少女は優しく微笑んだ。
そして言った。
『だから戻るんです。白龍』
その呼び方は完全に黒姫だった。
光が弾ける。