光の門をくぐった瞬間。
私の目の前に、龍界の王都が広がった。
雲海の上に浮かぶ無数の島々。
白銀の宮殿群。
空を舞う龍たち。
以前見た時よりも、ずっと鮮明に見える。
懐かしかった。
帰ってきたのだと分かる。
「黒姫様……」
誰かが呟く。
振り返ると、広場を埋め尽くすほどの龍族たちが集まっていた。
何千。
いや、何万かもしれない。
その視線が一斉に私へ向けられる。
胸が少しだけ苦しくなる。
けれども、もう逃げなかった。
契約管理者が前へ出る。
「これより龍界女王承認審判を執り行う」
重々しい声が響く。
空気が張り詰めた。
「候補者は杉本志穂」
少し間を置き、
「龍界名、黒姫」
広場がざわめく。
その時だった。
一人の龍族が前へ進み出た。
九頭竜だった。
保守派の長。
鋭い目で私を見る。
「異議あり」
予想通りだった。
龍族たちが息を呑む。
九頭竜は私を指差した。
「その娘は人間界で育った。龍族の常識を知らぬ。王妃どころか女王など務まらぬ」
保守派の龍たちが頷く。
契約管理者は静かに問う。
「理由はそれだけか」
「十分だ」
九頭竜は断言した。
「感情で国は守れぬ。慈悲だけでは民は守れぬ。龍界は甘くない」
私は黙って聞いていた。
少し前なら怖かったかもしれない。
けれども今は違う。
九頭竜は憎くない。
むしろ分かる。
龍界を守りたいのだ。
本気で。
だから反対している。
「志穂」
契約管理者が呼ぶ。
「答えよ」
広場が静まり返る。
全員が見ていた。
私は一歩前へ出る。
「確かに私は人間界で育ちました」
ざわめき。
「龍族のことも知らなかった」
さらにざわめく。
だが私は続ける。
「今でも知らないことはたくさんあります」
九頭竜が鼻で笑った。
「ならば——」
「だから学びます」
九頭竜の言葉を遮った。
広場が静まる。
「分からないなら学ぶ」
「間違えたなら直す」
「できないなら努力する」
私は真っ直ぐ前を見る。
「それでは駄目ですか?」
九頭竜は言葉を失った。
「私は完璧ではありません」
「でも」
右腕の龍紋が輝く。
「この世界を守りたい気持ちは本物です」
風が吹いた。
雲海が揺れる。
「人間と龍が争わなくて済む未来を作りたい」
「お互いを恐れなくて済む未来を作りたい」
その声は震えていた。
それでも最後まで言い切る。
「私は龍と人間の架け橋になりたい」
静寂。
そして、最初に拍手したのは意外な人物だった。
国之常立神だった。
パチン。
静かな音。
全員が驚いた。
国之常立神は眼鏡を押し上げる。
「ようやく言いましたね」
私は目を見開く。
「国之常立神さん……」
「私はずっと待っていました」
国之常立神は前へ出た。
「黒姫様」
そして深く頭を下げる。
広場がどよめく。
宰相が。
龍界ナンバー2が。
女王候補へ頭を下げている。
「国之常立神!」
九頭竜が叫ぶ。
「お前は反対だったはずだ!」
国之常立神は静かに振り返った。
「ええ」
「反対でした」
その言葉に私の胸が痛む。
だが国之常立神は続けた。
「私は黒姫様を追放しました」
広場が騒然となる。
ついに真実が明かされる。
「龍界を守るためです」
「当時の黒姫様は優しすぎた」
「誰も傷付けられなかった」
国之常立神は目を伏せた。
「だから試したのです」
「本当に女王になれるのか」
長い沈黙。
「残酷だったと思います」
「許されるとも思っていません」
国之常立神はゆっくり膝をついた。
「ですが」
頭を下げる。
「今のあなたなら」
「龍界を託せます」
広場が大きく揺れた。
保守派すら言葉を失う。
国之常立神は誰より厳しかった。
その国之常立神が認めたのだ。
契約管理者が静かに問う。
「異議はあるか」
誰も答えない。
九頭竜だけが黙っていた。
やがて。
大きく息を吐く。
「……参ったな」
私を見る。
その目には敵意がなかった。
「気に入らん」
正直な言葉だった。
龍族たちが苦笑する。
「だが」
九頭竜はゆっくり膝をついた。
「認めよう」
私は息を呑む。
さらに保守派たちも続いた。
一人。
また一人。
膝をつく。
やがて広場中の龍族が跪いた。
圧巻だった。
何万もの龍族が頭を垂れる。
その中心に私が立っている。
「女王陛下」
「お帰りなさいませ」
歓声が上がった。
その時だった。
人混みの向こうから一人の男が歩いてくる。
白銀の髪。
黄金の瞳。
白龍王だった。
私の心臓が大きく跳ねる。
白龍王はまっすぐ歩いてくる。
そして、私の前で片膝をついた。
広場が静まり返る。
龍王が跪いたのだ。
「龍王様……?」
白龍王は微笑む。
優しく。
どこまでも優しく。
「黒姫」
懐かしい呼び方。
「百年、お待ちしていました」
私の目から涙が零れる。
「私は」
白龍王は手を差し出した。
「今度こそあなたを迎えに来ました」
広場中が息を呑む。
「どうか」
黄金の瞳が私だけを見る。
「私の妃になってください」
その瞬間。
龍界中に歓声が響いた。
雲海が揺れる。
龍たちが空へ舞い上がる。
祝福の風が吹く。
百年越しの約束が。
ようやく果たされようとしていた。
私の目の前に、龍界の王都が広がった。
雲海の上に浮かぶ無数の島々。
白銀の宮殿群。
空を舞う龍たち。
以前見た時よりも、ずっと鮮明に見える。
懐かしかった。
帰ってきたのだと分かる。
「黒姫様……」
誰かが呟く。
振り返ると、広場を埋め尽くすほどの龍族たちが集まっていた。
何千。
いや、何万かもしれない。
その視線が一斉に私へ向けられる。
胸が少しだけ苦しくなる。
けれども、もう逃げなかった。
契約管理者が前へ出る。
「これより龍界女王承認審判を執り行う」
重々しい声が響く。
空気が張り詰めた。
「候補者は杉本志穂」
少し間を置き、
「龍界名、黒姫」
広場がざわめく。
その時だった。
一人の龍族が前へ進み出た。
九頭竜だった。
保守派の長。
鋭い目で私を見る。
「異議あり」
予想通りだった。
龍族たちが息を呑む。
九頭竜は私を指差した。
「その娘は人間界で育った。龍族の常識を知らぬ。王妃どころか女王など務まらぬ」
保守派の龍たちが頷く。
契約管理者は静かに問う。
「理由はそれだけか」
「十分だ」
九頭竜は断言した。
「感情で国は守れぬ。慈悲だけでは民は守れぬ。龍界は甘くない」
私は黙って聞いていた。
少し前なら怖かったかもしれない。
けれども今は違う。
九頭竜は憎くない。
むしろ分かる。
龍界を守りたいのだ。
本気で。
だから反対している。
「志穂」
契約管理者が呼ぶ。
「答えよ」
広場が静まり返る。
全員が見ていた。
私は一歩前へ出る。
「確かに私は人間界で育ちました」
ざわめき。
「龍族のことも知らなかった」
さらにざわめく。
だが私は続ける。
「今でも知らないことはたくさんあります」
九頭竜が鼻で笑った。
「ならば——」
「だから学びます」
九頭竜の言葉を遮った。
広場が静まる。
「分からないなら学ぶ」
「間違えたなら直す」
「できないなら努力する」
私は真っ直ぐ前を見る。
「それでは駄目ですか?」
九頭竜は言葉を失った。
「私は完璧ではありません」
「でも」
右腕の龍紋が輝く。
「この世界を守りたい気持ちは本物です」
風が吹いた。
雲海が揺れる。
「人間と龍が争わなくて済む未来を作りたい」
「お互いを恐れなくて済む未来を作りたい」
その声は震えていた。
それでも最後まで言い切る。
「私は龍と人間の架け橋になりたい」
静寂。
そして、最初に拍手したのは意外な人物だった。
国之常立神だった。
パチン。
静かな音。
全員が驚いた。
国之常立神は眼鏡を押し上げる。
「ようやく言いましたね」
私は目を見開く。
「国之常立神さん……」
「私はずっと待っていました」
国之常立神は前へ出た。
「黒姫様」
そして深く頭を下げる。
広場がどよめく。
宰相が。
龍界ナンバー2が。
女王候補へ頭を下げている。
「国之常立神!」
九頭竜が叫ぶ。
「お前は反対だったはずだ!」
国之常立神は静かに振り返った。
「ええ」
「反対でした」
その言葉に私の胸が痛む。
だが国之常立神は続けた。
「私は黒姫様を追放しました」
広場が騒然となる。
ついに真実が明かされる。
「龍界を守るためです」
「当時の黒姫様は優しすぎた」
「誰も傷付けられなかった」
国之常立神は目を伏せた。
「だから試したのです」
「本当に女王になれるのか」
長い沈黙。
「残酷だったと思います」
「許されるとも思っていません」
国之常立神はゆっくり膝をついた。
「ですが」
頭を下げる。
「今のあなたなら」
「龍界を託せます」
広場が大きく揺れた。
保守派すら言葉を失う。
国之常立神は誰より厳しかった。
その国之常立神が認めたのだ。
契約管理者が静かに問う。
「異議はあるか」
誰も答えない。
九頭竜だけが黙っていた。
やがて。
大きく息を吐く。
「……参ったな」
私を見る。
その目には敵意がなかった。
「気に入らん」
正直な言葉だった。
龍族たちが苦笑する。
「だが」
九頭竜はゆっくり膝をついた。
「認めよう」
私は息を呑む。
さらに保守派たちも続いた。
一人。
また一人。
膝をつく。
やがて広場中の龍族が跪いた。
圧巻だった。
何万もの龍族が頭を垂れる。
その中心に私が立っている。
「女王陛下」
「お帰りなさいませ」
歓声が上がった。
その時だった。
人混みの向こうから一人の男が歩いてくる。
白銀の髪。
黄金の瞳。
白龍王だった。
私の心臓が大きく跳ねる。
白龍王はまっすぐ歩いてくる。
そして、私の前で片膝をついた。
広場が静まり返る。
龍王が跪いたのだ。
「龍王様……?」
白龍王は微笑む。
優しく。
どこまでも優しく。
「黒姫」
懐かしい呼び方。
「百年、お待ちしていました」
私の目から涙が零れる。
「私は」
白龍王は手を差し出した。
「今度こそあなたを迎えに来ました」
広場中が息を呑む。
「どうか」
黄金の瞳が私だけを見る。
「私の妃になってください」
その瞬間。
龍界中に歓声が響いた。
雲海が揺れる。
龍たちが空へ舞い上がる。
祝福の風が吹く。
百年越しの約束が。
ようやく果たされようとしていた。

