翌朝。
私は朝食もそこそこに国之常立神の執務室へ向かった。
昨夜のことを報告するためだ。
部屋へ入ると、金龍はすでに大量の書類に目を通していた。
「おはようございます」
「おはようございます」
国之常立神は顔を上げる。
「昨夜はよく眠れましたか」
「……あまり」
「でしょうね」
即答だった。
私は少し苦笑する。
国之常立神は机の上へ数冊の古い本を並べた。
「昨夜の件について調べました」
「え?」
「湖の異変についてです」
私は思わず前のめりになる。
「何か分かったんですか?」
「まだ仮説です」
国之常立神は一冊の本を開いた。
そこには古い龍文字と挿絵が描かれていた。
「龍界には龍脈というものがあります」
「龍脈?」
「大地を流れる生命の力です」
私は真剣に聞く。
「龍脈が正常なら土地は豊かになります」
「逆に滞れば?」
「土地は衰退します」
国之常立神は湖の地図を広げた。
「この湖は東方龍脈の要所です」
「つまり……」
「龍脈に異常が起きれば水量も減少します」
私は昨夜の言葉を思い出した。
湖の心臓。
水が流れない。
苦しい。
全て繋がっている気がした。
「国之常立神さん」
「何でしょう」
「湖の心臓って何ですか?」
金龍がぴたりと止まった。
「誰から聞いたのですか」
少しだけ鋭い声だった。
私は慌てる。
「えっと……」
言うべきか迷った。
だが隠す意味もない。
「昨日、湖で会った小さな龍です」
沈黙。
国之常立神は眼鏡を押し上げた。
「……やはり」
「知っているんですか?」
「伝承だけですが」
国之常立神は静かに本を閉じた。
「湖の心臓とは龍脈の核です」
「核?」
「龍脈を循環させる中心」
私は息を呑む。
「人間で言えば心臓そのものです」
その言葉に胸がざわついた。
まるで自分のことのようだった。
「もし止まれば?」
「周辺地域は死にます」
重い言葉だった。
国之常立神は続ける。
「ただし心臓が完全に停止した記録はありません」
「じゃあ今は?」
「調査が必要です」
その時。
執務室の扉が勢いよく開いた。
「志穂!」
「きゃっ」
白龍王だった。
ものすごい勢いで入ってくる。
国之常立神がため息を吐く。
「ノックをしてください」
「それより志穂です」
聞いていない。
白龍王は私の前へ来た。
「危険なことはしていませんか」
「してません」
「本当ですか」
「本当です」
まるで保護者のようだった。
国之常立神が額を押さえる。
「陛下」
「何でしょう」
「過保護です」
「当然です」
今日も変わらない。
私は思わず笑ってしまった。
白龍王は少し安心したようだった。
「何を調べていたのですか?」
国之常立神が説明する。
「東の湖です」
白龍王の表情が変わった。
「湖……」
「何か知ってるんですか?」
私は聞く。
白龍王は少しだけ遠くを見る目をした。
「昔」
「はい」
「黒姫が特に大切にしていた場所です」
私の胸がどくりと鳴る。
黒姫。
最近その名前を聞くたびに不思議な感覚になる。
懐かしいような。
切ないような。
「そこには龍脈の核がありました」
「やっぱり」
白龍王は頷いた。
「本来なら枯れるはずがありません」
国之常立神も同意する。
「調査の価値はあります」
私は拳を握った。
行かなければ。
そう思った。
昨夜助けを求めていた小さな龍。
困っている集落の人たち。
そして、自分にしか見えない何か。
全部が繋がっている気がする。
「私、調べます」
二人が私を見る。
以前なら。
きっと言えなかった。
誰かに決めてもらおうとした。
失敗を恐れた。
でも今は違う。
「湖の問題を解決したいです」
私はまっすぐ前を見る。
「女王候補として」
「皆のために」
部屋が静かになった。
国之常立神が目を細める。
そして小さく頷いた。
「よろしい」
それは初めての合格点だった。
「正式に調査隊を編成します」
私の目が丸くなる。
「本当ですか?」
「はい」
「ただし」
国之常立神は人差し指を立てた。
「現地指揮はあなたです」
「えっ?」
「試験ですから」
私は固まる。
指揮。
自分が。
人前に立つのも苦手なのに。
だが、白龍王が優しく言った。
「大丈夫です」
その言葉は不思議だった。
根拠はない。
でも安心できる。
「私がいます」
私は少し笑った。
「はい」
その時。
右腕の痣が微かに光った。
一瞬だけ。
誰にも気付かれないほど小さく。
だが私は感じた。
胸の奥から聞こえる声を。
『ありがとう』
昨夜の小さな龍だった。
私は窓の外を見る。
遠くに東の湖がある。
まだ何も解決していない。
けれども。
初めて自分の意思で前へ進もうとしていた。
それは女王としての一歩だった。
私は朝食もそこそこに国之常立神の執務室へ向かった。
昨夜のことを報告するためだ。
部屋へ入ると、金龍はすでに大量の書類に目を通していた。
「おはようございます」
「おはようございます」
国之常立神は顔を上げる。
「昨夜はよく眠れましたか」
「……あまり」
「でしょうね」
即答だった。
私は少し苦笑する。
国之常立神は机の上へ数冊の古い本を並べた。
「昨夜の件について調べました」
「え?」
「湖の異変についてです」
私は思わず前のめりになる。
「何か分かったんですか?」
「まだ仮説です」
国之常立神は一冊の本を開いた。
そこには古い龍文字と挿絵が描かれていた。
「龍界には龍脈というものがあります」
「龍脈?」
「大地を流れる生命の力です」
私は真剣に聞く。
「龍脈が正常なら土地は豊かになります」
「逆に滞れば?」
「土地は衰退します」
国之常立神は湖の地図を広げた。
「この湖は東方龍脈の要所です」
「つまり……」
「龍脈に異常が起きれば水量も減少します」
私は昨夜の言葉を思い出した。
湖の心臓。
水が流れない。
苦しい。
全て繋がっている気がした。
「国之常立神さん」
「何でしょう」
「湖の心臓って何ですか?」
金龍がぴたりと止まった。
「誰から聞いたのですか」
少しだけ鋭い声だった。
私は慌てる。
「えっと……」
言うべきか迷った。
だが隠す意味もない。
「昨日、湖で会った小さな龍です」
沈黙。
国之常立神は眼鏡を押し上げた。
「……やはり」
「知っているんですか?」
「伝承だけですが」
国之常立神は静かに本を閉じた。
「湖の心臓とは龍脈の核です」
「核?」
「龍脈を循環させる中心」
私は息を呑む。
「人間で言えば心臓そのものです」
その言葉に胸がざわついた。
まるで自分のことのようだった。
「もし止まれば?」
「周辺地域は死にます」
重い言葉だった。
国之常立神は続ける。
「ただし心臓が完全に停止した記録はありません」
「じゃあ今は?」
「調査が必要です」
その時。
執務室の扉が勢いよく開いた。
「志穂!」
「きゃっ」
白龍王だった。
ものすごい勢いで入ってくる。
国之常立神がため息を吐く。
「ノックをしてください」
「それより志穂です」
聞いていない。
白龍王は私の前へ来た。
「危険なことはしていませんか」
「してません」
「本当ですか」
「本当です」
まるで保護者のようだった。
国之常立神が額を押さえる。
「陛下」
「何でしょう」
「過保護です」
「当然です」
今日も変わらない。
私は思わず笑ってしまった。
白龍王は少し安心したようだった。
「何を調べていたのですか?」
国之常立神が説明する。
「東の湖です」
白龍王の表情が変わった。
「湖……」
「何か知ってるんですか?」
私は聞く。
白龍王は少しだけ遠くを見る目をした。
「昔」
「はい」
「黒姫が特に大切にしていた場所です」
私の胸がどくりと鳴る。
黒姫。
最近その名前を聞くたびに不思議な感覚になる。
懐かしいような。
切ないような。
「そこには龍脈の核がありました」
「やっぱり」
白龍王は頷いた。
「本来なら枯れるはずがありません」
国之常立神も同意する。
「調査の価値はあります」
私は拳を握った。
行かなければ。
そう思った。
昨夜助けを求めていた小さな龍。
困っている集落の人たち。
そして、自分にしか見えない何か。
全部が繋がっている気がする。
「私、調べます」
二人が私を見る。
以前なら。
きっと言えなかった。
誰かに決めてもらおうとした。
失敗を恐れた。
でも今は違う。
「湖の問題を解決したいです」
私はまっすぐ前を見る。
「女王候補として」
「皆のために」
部屋が静かになった。
国之常立神が目を細める。
そして小さく頷いた。
「よろしい」
それは初めての合格点だった。
「正式に調査隊を編成します」
私の目が丸くなる。
「本当ですか?」
「はい」
「ただし」
国之常立神は人差し指を立てた。
「現地指揮はあなたです」
「えっ?」
「試験ですから」
私は固まる。
指揮。
自分が。
人前に立つのも苦手なのに。
だが、白龍王が優しく言った。
「大丈夫です」
その言葉は不思議だった。
根拠はない。
でも安心できる。
「私がいます」
私は少し笑った。
「はい」
その時。
右腕の痣が微かに光った。
一瞬だけ。
誰にも気付かれないほど小さく。
だが私は感じた。
胸の奥から聞こえる声を。
『ありがとう』
昨夜の小さな龍だった。
私は窓の外を見る。
遠くに東の湖がある。
まだ何も解決していない。
けれども。
初めて自分の意思で前へ進もうとしていた。
それは女王としての一歩だった。

