黒龍王に連れられ、私は龍王宮の奥へと足を踏み入れた。
長い回廊を進む。
人の気配はない。
窓の外には白い雲海が広がり、まるで空の上を歩いているようだった。
やがて巨大な扉の前で足が止まる。
黒龍王が扉を押し開いた。
重々しい音が響く。
その先に広がっていたのは図書館のような空間だった。
天井まで届く書架。
無数の巻物。
古びた書物。
そして中央の机に、一人の女性が座っていた。
銀色の長い髪。
切れ長の瞳。
静かな美貌。
けれども近寄りがたい威圧感があった。
女性は書類から目を上げる。
「お待ちしておりました」
落ち着いた声だった。
「契約管理者、天條と申します」
私は慌てて頭を下げた。
「杉本志穂です」
黒龍王は遠慮なく椅子へ腰掛ける。
「連れてきたぞ」
「ありがとうございます」
天條は淡々と答えた。
その様子に私は少し緊張した。
厳しそうな人だった。
学校の先生というより、裁判官に近い。
そんな印象を受けた。
天條は一冊の本を取り出した。
分厚い。
表紙には金色の文字が刻まれている。
『龍界婚姻法』
私は思わず二度見した。
婚姻法。
そんなものがあるのか。
「まず説明します」
天條は本を開いた。
「龍王と王妃の婚姻は個人同士の問題ではありません」
静かな声が部屋に響く。
「国家契約です」
私は思わず背筋を伸ばした。
「国家……」
「龍王は龍界そのものを背負う存在です」
「その伴侶もまた、龍界を支える義務を負います」
ページがめくられる。
「そのため龍王妃契約には審査があります」
「審査……」
「知識」
「人格」
「責任感」
「統治能力」
「危機対応能力」
「民からの信頼」
一つずつ並べられる条件に、私の顔が青くなっていく。
多い。
多すぎる。
大学の試験どころではない。
「む、無理かもしれません……」
思わず本音が漏れた。
天條は眼鏡越しに私を見た。
「無理ですか?」
「え?」
「では諦めますか?」
静かな問いだった。
責める口調ではない。
ただ確認しているだけ。
けれども。
私は首を振った。
「諦めません」
天條の目が少しだけ細くなる。
「なぜですか」
私は息を吸った。
白龍王の顔が浮かぶ。
けれども今回は、それだけではなかった。
龍界へ来てから見たもの。
出会った人たち。
人間界では誰も信じてくれなかった。
龍が見えると言えば笑われた。
変人扱いされた。
怖がられた。
でも龍界では違った。
龍たちは当たり前のように存在していた。
誰も否定しなかった。
誰も笑わなかった。
私はゆっくりと顔を上げる。
「私、人間界で育ちました」
「はい」
「だから人間の気持ちも分かります」
言葉を選びながら続ける。
「でも龍界に来て分かったんです」
「龍たちも人間と同じなんだって」
優しい人もいる。
不器用な人もいる。
怒る人もいる。
笑う人もいる。
種族が違うだけだ。
「人間は龍を恐れています」
私は言った。
「でも本当は知らないだけなんです」
天條は黙って聞いていた。
「龍界も人間界も、お互いのことを知らない」
「だから誤解する」
「怖くなる」
胸の奥から言葉が溢れてくる。
「私は」
一度言葉を切る。
そして真っ直ぐ前を向いた。
「龍と人間の架け橋になりたいです」
部屋が静まり返った。
黒龍王も目を見開いている。
私は続けた。
「私だからできることがあると思うんです」
「人間として生きてきた私だから」
「龍界で学んだ私だから」
「両方を知る私だから」
拳を握る。
「龍王様の隣に立つなら」
「ただ守られるだけじゃなくて」
「誰かの役に立てる王妃になりたいです」
沈黙。
長い沈黙だった。
やがて。
ぱたり、と本が閉じられる。
天條は立ち上がった。
「杉本志穂」
名前を呼ばれる。
「はい」
「一次審査、合格です」
私は目を丸くした。
「え?」
「今の回答を評価しました」
天條は淡々と言う。
「龍王妃契約取得課程への参加を認めます」
黒龍王が大きく笑った。
「はっはっは!」
「やるじゃないか!」
私は呆然としたまま立ち尽くす。
天條は次の書類を差し出した。
「ではこちらが課程一覧です」
受け取る。
見る。
固まる。
歴史。
法学。
外交。
礼法。
民政。
龍力学。
危機管理。
実地研修。
評価試験。
補講。
「……」
「……」
「量が多くないですか?」
「少ない方です」
天條は即答した。
私は遠い目をした。
龍王妃への道は、思った以上に険しそうだった。
長い回廊を進む。
人の気配はない。
窓の外には白い雲海が広がり、まるで空の上を歩いているようだった。
やがて巨大な扉の前で足が止まる。
黒龍王が扉を押し開いた。
重々しい音が響く。
その先に広がっていたのは図書館のような空間だった。
天井まで届く書架。
無数の巻物。
古びた書物。
そして中央の机に、一人の女性が座っていた。
銀色の長い髪。
切れ長の瞳。
静かな美貌。
けれども近寄りがたい威圧感があった。
女性は書類から目を上げる。
「お待ちしておりました」
落ち着いた声だった。
「契約管理者、天條と申します」
私は慌てて頭を下げた。
「杉本志穂です」
黒龍王は遠慮なく椅子へ腰掛ける。
「連れてきたぞ」
「ありがとうございます」
天條は淡々と答えた。
その様子に私は少し緊張した。
厳しそうな人だった。
学校の先生というより、裁判官に近い。
そんな印象を受けた。
天條は一冊の本を取り出した。
分厚い。
表紙には金色の文字が刻まれている。
『龍界婚姻法』
私は思わず二度見した。
婚姻法。
そんなものがあるのか。
「まず説明します」
天條は本を開いた。
「龍王と王妃の婚姻は個人同士の問題ではありません」
静かな声が部屋に響く。
「国家契約です」
私は思わず背筋を伸ばした。
「国家……」
「龍王は龍界そのものを背負う存在です」
「その伴侶もまた、龍界を支える義務を負います」
ページがめくられる。
「そのため龍王妃契約には審査があります」
「審査……」
「知識」
「人格」
「責任感」
「統治能力」
「危機対応能力」
「民からの信頼」
一つずつ並べられる条件に、私の顔が青くなっていく。
多い。
多すぎる。
大学の試験どころではない。
「む、無理かもしれません……」
思わず本音が漏れた。
天條は眼鏡越しに私を見た。
「無理ですか?」
「え?」
「では諦めますか?」
静かな問いだった。
責める口調ではない。
ただ確認しているだけ。
けれども。
私は首を振った。
「諦めません」
天條の目が少しだけ細くなる。
「なぜですか」
私は息を吸った。
白龍王の顔が浮かぶ。
けれども今回は、それだけではなかった。
龍界へ来てから見たもの。
出会った人たち。
人間界では誰も信じてくれなかった。
龍が見えると言えば笑われた。
変人扱いされた。
怖がられた。
でも龍界では違った。
龍たちは当たり前のように存在していた。
誰も否定しなかった。
誰も笑わなかった。
私はゆっくりと顔を上げる。
「私、人間界で育ちました」
「はい」
「だから人間の気持ちも分かります」
言葉を選びながら続ける。
「でも龍界に来て分かったんです」
「龍たちも人間と同じなんだって」
優しい人もいる。
不器用な人もいる。
怒る人もいる。
笑う人もいる。
種族が違うだけだ。
「人間は龍を恐れています」
私は言った。
「でも本当は知らないだけなんです」
天條は黙って聞いていた。
「龍界も人間界も、お互いのことを知らない」
「だから誤解する」
「怖くなる」
胸の奥から言葉が溢れてくる。
「私は」
一度言葉を切る。
そして真っ直ぐ前を向いた。
「龍と人間の架け橋になりたいです」
部屋が静まり返った。
黒龍王も目を見開いている。
私は続けた。
「私だからできることがあると思うんです」
「人間として生きてきた私だから」
「龍界で学んだ私だから」
「両方を知る私だから」
拳を握る。
「龍王様の隣に立つなら」
「ただ守られるだけじゃなくて」
「誰かの役に立てる王妃になりたいです」
沈黙。
長い沈黙だった。
やがて。
ぱたり、と本が閉じられる。
天條は立ち上がった。
「杉本志穂」
名前を呼ばれる。
「はい」
「一次審査、合格です」
私は目を丸くした。
「え?」
「今の回答を評価しました」
天條は淡々と言う。
「龍王妃契約取得課程への参加を認めます」
黒龍王が大きく笑った。
「はっはっは!」
「やるじゃないか!」
私は呆然としたまま立ち尽くす。
天條は次の書類を差し出した。
「ではこちらが課程一覧です」
受け取る。
見る。
固まる。
歴史。
法学。
外交。
礼法。
民政。
龍力学。
危機管理。
実地研修。
評価試験。
補講。
「……」
「……」
「量が多くないですか?」
「少ない方です」
天條は即答した。
私は遠い目をした。
龍王妃への道は、思った以上に険しそうだった。

