龍王の花嫁 ~記憶を失くした私を夫が百年待っていました~

小学校へ入学した頃、私は少しだけ元気になっていた。
もちろん心臓は弱いまま。
走れば息が切れる。
体育はいつも見学ばかり。
それでも保育園の頃よりは身体が丈夫になっていた。
だから両親も喜んでいた。
「お友達いっぱい作るのよ」
母はそう言って送り出してくれた。
私も頑張ろうと思った。
普通になりたかった。
みんなみたいに。
当たり前に。
友達を作りたかった。
けれども私は少しだけ普通じゃなかった。
いや、普通じゃないと思われる原因を抱えていた。
龍が見えるのだ。
相変わらず。
時々だけれどもも見える。
空の向こうや雲の隙間、校庭の端。それから夕焼けの中に白い龍と黒い龍がいた。
だから私は信じていた。
龍はいるのだと。
それが当たり前だった。
問題は、それを口にしてしまったことだった。
ある日の授業で先生が黒板に書いた。
『将来の夢』
みんなが楽しそうに発表している。
「ケーキ屋さん!」
「サッカー選手!」
「アイドル!」
教室が笑顔でいっぱいになる。
そして、先生が私を見た。
「杉本さんは?」
私は素直に答えた。
「龍のお嫁さんです」
教室が静かになった。
一瞬だった。
本当に一瞬。
次の瞬間。
笑い声が起きた。
「なにそれー!」
「龍なんていないじゃん!」
「変なのー!」
私はきょとんとする。
だっているのに。
本当にいるのに。
「いるよ?」
私は答えた。
「空にいるもん」
さらに笑い声が大きくなる。
「いないって!」
「いる!」
「いない!」
「いるもん!」
私は必死だった。
嘘じゃないから。
本当に見えているから。
その時、先生が困ったような顔をした。
「杉本さん」
私は振り返る。
先生は優しく言った。
「空想は素敵だけどね。現実とごっちゃにしちゃだめだよ」
その言葉が胸に刺さった。
空想、違う。
空想じゃない。
本当にいる。
だけど、教室の誰も私を信じていなかった。
みんな笑っている。
私だけが違う世界を見ているみたいだった。
その日からだった。
少しずつ私は龍の話をしなくなった。
言っても信じてもらえない。
変な子だと思われる。
そう学んだから。
放課後。
一人で帰り道を歩く。
みんなは友達同士で楽しそうに話している。
私は少し後ろを歩いた。
胸が痛かった。
心臓じゃない。
別の痛みだった。
その時、風が吹いた。
ふわりと髪が揺れる。
私は何となく空を見上げた。
そこにいた。
夕焼けの中に白い龍と黒い龍。
二匹とも静かにこちらを見ている。
私は立ち止まる。
「……やっぱりいるじゃん」
誰にも聞こえない声で呟く。
すると白い龍が優しく目を細めた。
まるで頑張りましたねと言うみたいに。
そして黒い龍は――
『誰だ娘を泣かせたのはぁぁぁぁ!!』
遠くで暴れていた。
『今すぐ連れて来いぃぃぃ!!』
白い龍が呆れたように尻尾で黒龍を叩く。
『落ち着いてください』
『落ち着けるか!!』
『まだ小学生です』
『娘が傷付いてるんだぞ!!』
相変わらずだった。
私は思わず笑ってしまう。
さっきまで悲しかったのに、少しだけ元気が出た。
その時だった。
白い龍の声が頭の中に響く。
『大丈夫です』
私は目を見開く。
周囲には誰もいない。
でも確かに聞こえた。
『いつか必ず、あなたを迎えに行きます。それまでは、あなたの守護霊となり護りつづけます』
意味は分からなかった。
小学生の私には難しすぎた。
けれども、なぜだろう。
その言葉だけはずっと忘れられなかった。