その夜。
私は眠れなかった。
白龍の言葉。
契約管理者の言葉。
黒龍の言葉。
全部が頭の中を回り続けている。
私は一人で寝台から起き上がった。
窓の外には雲海が広がっている。
龍界の夜は静かだ。
静かすぎて、自分の心臓の音まで聞こえる。
ドクン。
ドクン。
人間だった頃と同じ。
弱い心臓。
不規則な鼓動。
私は胸に手を当てる。
「……まだ覚えてる」
病院の匂い。
点滴。
消毒液。
心電図。
友達の輪に入れなかったこと。
遠足に行けなかったこと。
体育を見学していたこと。
全部。
全部。
忘れたかったはずなのに。
その時だった。
窓の向こうで何かが光る。
白い光。
私は吸い寄せられるように外へ出る。
気づけば雲海の上を歩いていた。
どこへ向かうのかも分からない。
ただ。
何かに呼ばれている。
「黒姫」
声。
私は立ち止まる。
目の前に湖が現れる。
龍界に来て初めて見る場所だった。
鏡のような水面。
そこに映ったのは。
私ではない。
黒い髪。
漆黒の角。
黄金の瞳。
知らない女性。
けれども。
知っている。
「……黒姫」
その名前を口にした瞬間。
世界が反転した。
大量の記憶。
龍たちの歓声。
王座。
祝福。
そして、白龍。
若い白龍が跪いている。
『必ず守ります』
その声が聞こえる。
違う。
今の白龍よりずっと若い。
それなのに。
その瞳だけは同じだった。
危ういほどに、まっすぐで。
『契約を結びましょう』
黒姫が言う。
『あなたが私を守るのではありません。私があなたを守ります』
私は息を呑む。
違う。
聞いていた話と違う。
白龍は守る側じゃない。
黒姫が守る側だった。
『私は女王です。だから民を守る。あなたも守る』
白龍が顔を上げる。
そして、泣きそうな顔で笑った。
『それでは遅いのです』
その言葉が胸に刺さる。
『黒姫様』
『あなたは、必ず私より先にいなくなる』
湖の映像が揺れる。
私は知らないはずなのに。
胸が痛い。
悲しい。
どうして、こんなにも。
「……白龍」
名前を呼んだ瞬間だった。
景色が砕け散る。
湖が波打つ。
空が震える。
そして、背後から腕が伸びた。
「志穂」
聞き慣れた声。
白龍だった。
彼は今までで一番強く抱き寄せる。
離れたら消えてしまうものを抱くように。
「見たのですね」
その声は震えていた。
私は初めて気づく。
白龍は怖がっている。
契約でもない。
王妃でもない。
もっと別の何かを。
「白龍様」
私は振り返る。
白龍の瞳が揺れていた。
今にも泣きそうなほどに。
そして彼は小さく呟く。
「お願いです」
その声は。
龍王ではなかった。
百年待ち続けた一人の男の声だった。
「思い出さないでください」
その言葉に私は初めて恐怖を覚えた。
どうしてそこまでして、白龍は私の記憶を恐れているのだろう。
そして黒姫は一体、何を知っていたのだろう。
私は眠れなかった。
白龍の言葉。
契約管理者の言葉。
黒龍の言葉。
全部が頭の中を回り続けている。
私は一人で寝台から起き上がった。
窓の外には雲海が広がっている。
龍界の夜は静かだ。
静かすぎて、自分の心臓の音まで聞こえる。
ドクン。
ドクン。
人間だった頃と同じ。
弱い心臓。
不規則な鼓動。
私は胸に手を当てる。
「……まだ覚えてる」
病院の匂い。
点滴。
消毒液。
心電図。
友達の輪に入れなかったこと。
遠足に行けなかったこと。
体育を見学していたこと。
全部。
全部。
忘れたかったはずなのに。
その時だった。
窓の向こうで何かが光る。
白い光。
私は吸い寄せられるように外へ出る。
気づけば雲海の上を歩いていた。
どこへ向かうのかも分からない。
ただ。
何かに呼ばれている。
「黒姫」
声。
私は立ち止まる。
目の前に湖が現れる。
龍界に来て初めて見る場所だった。
鏡のような水面。
そこに映ったのは。
私ではない。
黒い髪。
漆黒の角。
黄金の瞳。
知らない女性。
けれども。
知っている。
「……黒姫」
その名前を口にした瞬間。
世界が反転した。
大量の記憶。
龍たちの歓声。
王座。
祝福。
そして、白龍。
若い白龍が跪いている。
『必ず守ります』
その声が聞こえる。
違う。
今の白龍よりずっと若い。
それなのに。
その瞳だけは同じだった。
危ういほどに、まっすぐで。
『契約を結びましょう』
黒姫が言う。
『あなたが私を守るのではありません。私があなたを守ります』
私は息を呑む。
違う。
聞いていた話と違う。
白龍は守る側じゃない。
黒姫が守る側だった。
『私は女王です。だから民を守る。あなたも守る』
白龍が顔を上げる。
そして、泣きそうな顔で笑った。
『それでは遅いのです』
その言葉が胸に刺さる。
『黒姫様』
『あなたは、必ず私より先にいなくなる』
湖の映像が揺れる。
私は知らないはずなのに。
胸が痛い。
悲しい。
どうして、こんなにも。
「……白龍」
名前を呼んだ瞬間だった。
景色が砕け散る。
湖が波打つ。
空が震える。
そして、背後から腕が伸びた。
「志穂」
聞き慣れた声。
白龍だった。
彼は今までで一番強く抱き寄せる。
離れたら消えてしまうものを抱くように。
「見たのですね」
その声は震えていた。
私は初めて気づく。
白龍は怖がっている。
契約でもない。
王妃でもない。
もっと別の何かを。
「白龍様」
私は振り返る。
白龍の瞳が揺れていた。
今にも泣きそうなほどに。
そして彼は小さく呟く。
「お願いです」
その声は。
龍王ではなかった。
百年待ち続けた一人の男の声だった。
「思い出さないでください」
その言葉に私は初めて恐怖を覚えた。
どうしてそこまでして、白龍は私の記憶を恐れているのだろう。
そして黒姫は一体、何を知っていたのだろう。

