龍王宮の書庫は、静かというより“沈黙している”場所だった。
音が吸い込まれるように消えていく。
「ここは?」
私が尋ねると、白龍は短く答えた。
「記録の間です」
「龍界と人間界、両方の歴史が残されています」
歩き出すと、棚には無数の巻物と書簡が並んでいた。
そのほとんどが古い。
けれども一つだけ、妙に新しい気配のする棚があった。
白龍の視線がそこに向く。
「……そこは」
珍しく言い淀んだ。
私は近づく。
棚の札にはこう書かれていた。
『黒姫伝説記録群』
胸が小さく跳ねる。
「これ……」
白龍は静かに言った。
「龍界と人間界で伝わっている“あなたの伝承”です」
巻物を一つ手に取る。
開いた瞬間、文字が目に入る。
『黒姫は龍と恋に落ち、山へと消えた』
『その悲恋は、今も語り継がれている』
私はページを見つめたまま、言葉を失う。
「悲恋……」
思わず呟くと、白龍が横から答える。
「人間界ではそうなっています」
「ですが」
そこで一度、言葉を切る。
「それは、すべてではありません」
その声は、いつもより低かった。
私は顔を上げる。
「全部じゃない?」
白龍は頷く。
「はい」
「本当の記録は、別にあります」
別の巻物を取り出す。
それは明らかに扱いが違った。
鍵付きの封印。
黒金の紋。
私は息を呑む。
「それ、開けていいんですか」
白龍は少しだけ間を置いてから言った。
「あなたなら」
封が解かれる。
中の文字は、さっきとは違っていた。
『黒姫は龍王妃として迎えられた』
『けれども人間界との均衡を保つため、一時的に封印された』
「封印……?」
声が震える。
白龍は静かに頷く。
「死ではありません」
「別れでもありません」
私は手を止めた。
心臓が早くなる。
「じゃあ私は……あのとき」
白龍が一瞬だけ視線を伏せる。
「あなたは“戻るために離れた”だけです」
沈黙。
ページの音だけが響く。
私はゆっくりと問いかける。
「じゃあ……あの悲しい話は?」
白龍ははっきりと答えた。
「人間界側が作った物語です」
胸の奥が揺れる。
悲しみの記憶だと思っていたものが、少しずつ形を変えていく。
「でも、私は……死んだって」
白龍は首を振る。
「違います」
「あなたは龍界に戻った」
その言葉に、視界が揺れた。
黒い空。
白い光。
誰かの手。
「……白龍様」
声が震える。
「私は、本当にここにいていいんですか」
白龍は一瞬だけ沈黙した。
そして静かに言う。
「最初から」
「あなたの場所です」
その言葉は優しいのに、逃げ場がなかった。
書庫の外へ出ると、風が強かった。
白銀の桜が舞っている。
私はその中で立ち止まる。
「ねえ、白龍様」
「はい」
「私がいなくなったら……また、百年待つんですか」
その問いに、白龍はすぐに答えなかった。
長い沈黙のあと。
「待ちません」
私は少しだけ驚く。
「今度は」
「連れて行きます」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
怖いけれどもも、安心する。
風が止む。
桜が静かに落ちる。
私は小さく笑った。
「……それ、ちょっと強引ですね」
白龍は少しだけ目を細める。
「今さらです」
その瞬間、遠くで空が鳴った。
龍の気配が一瞬だけ揺れる。
白龍の視線が鋭くなる。
「来ますね」
「何が?」
白龍は短く答えた。
「“記憶の続き”です」
音が吸い込まれるように消えていく。
「ここは?」
私が尋ねると、白龍は短く答えた。
「記録の間です」
「龍界と人間界、両方の歴史が残されています」
歩き出すと、棚には無数の巻物と書簡が並んでいた。
そのほとんどが古い。
けれども一つだけ、妙に新しい気配のする棚があった。
白龍の視線がそこに向く。
「……そこは」
珍しく言い淀んだ。
私は近づく。
棚の札にはこう書かれていた。
『黒姫伝説記録群』
胸が小さく跳ねる。
「これ……」
白龍は静かに言った。
「龍界と人間界で伝わっている“あなたの伝承”です」
巻物を一つ手に取る。
開いた瞬間、文字が目に入る。
『黒姫は龍と恋に落ち、山へと消えた』
『その悲恋は、今も語り継がれている』
私はページを見つめたまま、言葉を失う。
「悲恋……」
思わず呟くと、白龍が横から答える。
「人間界ではそうなっています」
「ですが」
そこで一度、言葉を切る。
「それは、すべてではありません」
その声は、いつもより低かった。
私は顔を上げる。
「全部じゃない?」
白龍は頷く。
「はい」
「本当の記録は、別にあります」
別の巻物を取り出す。
それは明らかに扱いが違った。
鍵付きの封印。
黒金の紋。
私は息を呑む。
「それ、開けていいんですか」
白龍は少しだけ間を置いてから言った。
「あなたなら」
封が解かれる。
中の文字は、さっきとは違っていた。
『黒姫は龍王妃として迎えられた』
『けれども人間界との均衡を保つため、一時的に封印された』
「封印……?」
声が震える。
白龍は静かに頷く。
「死ではありません」
「別れでもありません」
私は手を止めた。
心臓が早くなる。
「じゃあ私は……あのとき」
白龍が一瞬だけ視線を伏せる。
「あなたは“戻るために離れた”だけです」
沈黙。
ページの音だけが響く。
私はゆっくりと問いかける。
「じゃあ……あの悲しい話は?」
白龍ははっきりと答えた。
「人間界側が作った物語です」
胸の奥が揺れる。
悲しみの記憶だと思っていたものが、少しずつ形を変えていく。
「でも、私は……死んだって」
白龍は首を振る。
「違います」
「あなたは龍界に戻った」
その言葉に、視界が揺れた。
黒い空。
白い光。
誰かの手。
「……白龍様」
声が震える。
「私は、本当にここにいていいんですか」
白龍は一瞬だけ沈黙した。
そして静かに言う。
「最初から」
「あなたの場所です」
その言葉は優しいのに、逃げ場がなかった。
書庫の外へ出ると、風が強かった。
白銀の桜が舞っている。
私はその中で立ち止まる。
「ねえ、白龍様」
「はい」
「私がいなくなったら……また、百年待つんですか」
その問いに、白龍はすぐに答えなかった。
長い沈黙のあと。
「待ちません」
私は少しだけ驚く。
「今度は」
「連れて行きます」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
怖いけれどもも、安心する。
風が止む。
桜が静かに落ちる。
私は小さく笑った。
「……それ、ちょっと強引ですね」
白龍は少しだけ目を細める。
「今さらです」
その瞬間、遠くで空が鳴った。
龍の気配が一瞬だけ揺れる。
白龍の視線が鋭くなる。
「来ますね」
「何が?」
白龍は短く答えた。
「“記憶の続き”です」

