龍王の花嫁 ~記憶を失くした私を夫が百年待っていました~

祭りの翌日。
私は龍王宮の図書館へ行った。
龍界の歴史を勉強するためだ。
女王候補なら最低限の知識は必要らしい。
金龍に言われた。
容赦なく。
「覚えてください」
「はい……」
怖かった。
私は机に向かう。
すると、隣の席に誰かが座った。
「黒姫様ですよね?」
振り返る。
見知らぬ青年だった。
銀髪。
青い瞳。
爽やかな笑顔。
年齢は二十代前半くらいだろうか。
「はい」
私が答えると。
青年は嬉しそうに笑った。
「やっぱり!」
「お会いできて光栄です」
私は少し困る。
こういう時どうすればいいのだろう。
すると青年は名乗った。
「私は蒼月(あおつき)です」
「東方龍軍所属です」
軍人さんらしい。
礼儀正しい。
好青年だった。
「実は昨日」
「祭りでお見かけしました」
私は思い出す。
あの祭りか。
蒼月は少し照れながら続けた。
「とても綺麗でした」
私は固まった。
最近こういうことを言われる頻度が増えている。
心臓に悪い。
本当に。
「ありがとうございます」
とりあえずお礼を言う。
すると蒼月はさらに笑った。
「今度ぜひ――」
その時だった。
空気が変わる。
背後から気配が近付いてくる。
私は振り返った。
白龍だった。
「……」
無言。
笑顔。
でも怖い。
なぜだろう。
笑顔なのに怖い。
蒼月も固まっていた。
本能が警告しているらしい。
白龍は私の隣へ座った。
当然のように。
そして、当然のように私の肩に羽織を掛けた。
「冷えますので」
「え?」
今日は暖かい。
全然冷えていない。
けれども、白龍は真顔だった。
蒼月が引きつった笑顔になる。
「龍王様」
「こんにちは」
「こんにちは」
終わった。
会話が終わった。
空気も終わった。
蒼月は数秒耐えた後、綺麗な姿勢で立ち上がる。
「失礼します」
そして逃げた。
本当に逃げた。
私はぽかんとする。
白龍は平然としていた。
何もなかったような顔で本を開く。
「白龍様」
「なんでしょう」
「今何かしました?」
「何も」
絶対嘘だった。
◇◇◇
その日の午後。
私は庭園を歩いていた。
そして、また蒼月と会った。
偶然らしい。
今度は護衛もいない。
蒼月は少し安心した顔だった。
「こんにちは」
「こんにちは」
少し雑談をする。
龍界のこと。
祭りのこと。
子供たちのこと。
話しやすい人だった。
その時。
蒼月が言った。
「黒姫様は変わりましたね」
私は首を傾げる。
「昔をご存知なんですか?」
「少しだけ」
蒼月は笑う。
「でも今の方が好きです」
私は固まった。
まただ。
またこういうことを言う。
龍界では普通なのだろうか。
すると、背後から低い声が聞こえた。
「蒼月」
蒼月が凍る。
私も振り返る。
白龍だった。
今度は笑っていない。
表情は穏やかだ。
穏やかだけれども。
なぜか蒼月が真っ青になっている。
「龍王様」
「東方龍軍は暇なのですか」
「いえ!」
即答だった。
「大変忙しいです!」
「そうですか」
白龍は頷く。
「では戻りなさい」
「はい!」
蒼月は一瞬で消えた。
本当に消えた。
私は呆然とする。
白龍は何事もなかったように私を見る。
「散歩ですか?」
「そうですけど……」
「なら私もご一緒します」
自然だった。
あまりにも自然だった。
けれども、私は気付いてしまう。
「白龍様」
「はい」
「もけれどもて」
白龍がこちらを見る。
私は少し笑った。
「嫉妬してます?」
沈黙。
風が吹く。
花びらが舞う。
白龍が固まる。
珍しく、本当に珍しく言葉を失っていた。
私は確信する。
図星だ。
数秒後。
白龍は視線を逸らした。
耳が赤い。
そして小さく呟く。
「……していません」
全然説得力がなかった。
私は思わず吹き出した。
すると白龍は少しだけ困った顔をした。
「笑わないでください」
「だって」
「面白くて」
白龍はため息をついた。
そして、小さく笑う。
「困りました」
「何がですか?」
彼は少しだけ目を細めた。
「百年待ったので」
「独占欲の加減が分からないのです」
私は真っ赤になった。
そんなことを。
そんな顔で言わないでほしい。
本当に心臓がもたない。