龍王の花嫁 ~記憶を失くした私を夫が百年待っていました~

龍界には年に一度のお祭りがあるらしい。
その名も。
「天龍祭」
「龍界で最も大きなお祭りです」
侍女が楽しそうに説明してくれる。
私は着付けの最中だった。
鏡の前で固まる。
白い着物。
銀の刺繍。
龍を模した髪飾り。
どう見ても高そうだった。
「本当に私が着るんですか?」
「もちろんです」
「黒姫様ですから!」
侍女たちはなぜか誇らしげだった。
その時、部屋の扉が叩かれる。
「黒姫様」
聞き慣れた声だった。
白龍だ。
侍女たちがニヤニヤし始める。
嫌な予感けれどもない。
扉が開く。
そして、白龍が入ってきた。
私は思わず息を呑んだ。
黒を基調とした正装。
銀糸の刺繍。
長い黒髪。
いつもよりずっと大人っぽい。
というか。
格好良すぎた。
「……」
「……」
お互い黙る。
侍女たちだけが盛り上がる。
「お似合いです!」
「素敵です!」
「まるで夫婦!」
私は真っ赤になった。
白龍は少し咳払いをする。
耳が赤い。
どうやら向こうも照れているらしい。
少し安心した。
◇◇◇
祭りは想像以上だった。
雲海の上に並ぶ屋台。
空を飛ぶ龍灯籠。
音楽。
踊り。
笑い声。
子供たち。
まるで異世界のお祭りだった。
私は目を輝かせる。
「すごい……」
「気に入りましたか?」
「はい!」
即答だった。
白龍が少し嬉しそうに微笑む。
その時。
甘い香りが漂ってきた。
見ると屋台がある。
「龍飴?」
私は首を傾げた。
白龍が説明する。
「祭りの名物です」
「食べますか?」
私は頷いた。
そして数分後、後悔した。
大きい。
想像の三倍大きい。
食べ切れない。
私は困った顔になる。
すると白龍が自然に言った。
「貸してください」
「え?」
ぱくり。
私が持っていた飴を食べた。
私は固まった。
白龍は数秒遅れて固まった。
周囲も固まった。
静寂。
侍女たちが遠くで悲鳴を上げている。
「りゅ、龍王様! 間接――!」
誰かに口を塞がれた。
私は真っ赤になる。
白龍も珍しく慌てていた。
「すみません」
「無意識でした」
無意識!?
それはそれで困る。
心臓がもたない。
◇◇◇
しばらく歩いていると突然人混みが増えた。
龍界中の民が集まっている。
前が見えない。
私は人混みに押された。
「あっ」
足がもつれる。
転びそうになる。
その瞬間。
手を掴まれた。
温かい。
大きな手。
白龍だった。
「離れないでください」
低い声だった。
いつもより少し強い。
私は思わず頷く。
「はい」
そのまま。
手は離れなかった。
祭りの中を歩く。
ずっと手を繋いだまま。
心臓がうるさい。
顔も熱い。
でも、嫌ではなかった。
むしろ安心する。
不思議なくらい。
その時、突然花火が上がった。
龍灯花。
龍界の花火らしい。
空いっぱいに銀色の光が広がる。
私は見上げる。
「綺麗……」
思わず呟く。
隣を見る。
白龍も空を見ていた。
けれども気付く。
彼は途中から花火を見ていない。
私を見ていた。
目が合う。
金色の瞳。
優しい。
あまりにも優しい。
白龍は小さく微笑んだ。
「やはり」
「え?」
「あなたは笑っている方が綺麗です」
私は固まった。
心臓が止まりそうになる。
そんなことを真顔で言う人がいるだろうか。
いる。
ここにいた。
しかも本人は天然だった。
私は慌てて視線を逸らす。
顔が熱い。
絶対赤い。
その様子を見た白龍は少し首を傾げる。
何も分かっていないらしい。
ずるい。
本当にずるい人だ。
その時だった。
祭りの向こう側から。
若い龍族の男性たちの声が聞こえた。
「やっぱり黒姫様綺麗だな」
「女王様候補だぞ」
「話しかけたい」
白龍の動きが止まる。
私は気付かなかった。
だが、白龍の笑顔だけが少しだけ消えていた。