その夜、私は眠れなかった。
龍王宮の客間。
窓の外には星空が広がっている。
龍界の夜は美しい。
けれども私の心は落ち着かなかった。
追放。
冤罪。
百年前。
断片的な記憶。
分からないことばかりだった。
私は窓辺へ向かう。
すると庭園に人影が見えた。
白龍だった。
月明かりの中、一人で桜の木を見上げている。
私はそっと外へ出た。
気付かれないつもりだった。
けれども白龍は振り返った。
「眠れませんか」
「はい」
少し恥ずかしい。
見つかってしまった。
私は彼の隣へ立った。
しばらく沈黙が続く。
やがて。
私は口を開いた。
「聞いてもいいですか」
「なんでしょう」
「百年前」
白龍の表情が止まる。
私は続けた。
「私は本当に追放されたんですか」
風が吹いた。
桜の花びらが舞う。
白龍はすぐには答えなかった。
長い沈黙の後。
静かに語り始めた。
「百年前」
「あなたは龍界で最も愛された存在でした」
私は目を丸くした。
そんな人には思えない。
今の私は何もできないのだから。
白龍は続ける。
「民はあなたを慕っていました。子供たちはあなたを追いかけました。龍王たちも信頼していました」
そこで彼は少し笑う。
「もちろん私も」
私は視線を逸らした。
何だか照れる。
けれども白龍の表情は再び曇る。
「だからこそ利用されたのです」
私は息を呑んだ。
「利用……?」
「あなたは優しかった、誰よりも。だから誰よりも騙されやすかった」
その言葉に胸が痛んだ。
なぜだろう。
身に覚えがある。
現世でも。
何度もそうだった。
人を信じて。
傷付いて。
それでも信じてしまった。
白龍は続ける。
「ある日、龍界の宝が盗まれました。そして証拠が見つかった。あなたの部屋から」
私は固まる。
「そんな……」
「もちろん冤罪です」
白龍は即答した。
迷いもなく。
当然のように。
「私は知っていました。闇龗神も知っていました。国之常立神も信じていました。ですが……」
そこで彼は拳を握る。
「間に合わなかった」
月明かりの下。
その横顔は苦しそうだった。
百年経っても消えない傷。
そんな風に見えた。
「私は戦おうとしました。全てを敵に回しても構わなかった。けれども……」
彼は目を閉じる。
そして、とても小さな声で言った。
「あなたが止めた」
私は驚く。
「私が?」
白龍は頷く。
「あなたは笑っていました」
その言葉だけで胸が苦しくなる。
記憶はない。
なのに。
なぜか涙が出そうだった。
白龍は空を見上げる。
「泣きながらあなたは言いました」
『大丈夫。必ず帰ってきます。だから待っていてください』
風が吹く。
桜が舞う。
私は黙っていた。
白龍は笑った。
どこか寂しそうに。
「だから待ちました、百年」
私は言葉を失う。
百年。
百年だ。
人間なら世代も過ぎている。
それを。
この人は。
待っていた。
「どうして……」
気付けば口にしていた。
「どうしてそこまで」
白龍は少しだけ驚いた顔をした。
まるで、そんなことを聞かれるとは思っていなかったように。
そして当たり前のことのように答える。
「愛しているからです」
私は固まった。
白龍も言ってから気付いたらしい。
数秒遅れて固まる。
沈黙。
ものすごい沈黙。
先に目を逸らしたのは白龍だった。
珍しい。
耳が少し赤い。
私は思わず笑ってしまった。
すると白龍も少し笑った。
その瞬間だった。
右腕の痣が熱を帯びる。
まただ。
記憶が流れ込んでくる。
今度は白銀の桜の下、黒姫が誰かに抱き締められている。
相手は見えない。
けれども声だけは聞こえた。
『必ず迎えに行きます。何度生まれ変わっても』
その声は。
目の前の白龍と同じだった。
私は思わず胸を押さえる。
鼓動が速い。
白龍が心配そうに覗き込む。
「志穂?」
私は顔を上げる。
そして初めて。
少しだけ思った。
もけれどもたら、私はこの人を知っているのかもしれない。
記憶よりも、もっと深いところで。
龍王宮の客間。
窓の外には星空が広がっている。
龍界の夜は美しい。
けれども私の心は落ち着かなかった。
追放。
冤罪。
百年前。
断片的な記憶。
分からないことばかりだった。
私は窓辺へ向かう。
すると庭園に人影が見えた。
白龍だった。
月明かりの中、一人で桜の木を見上げている。
私はそっと外へ出た。
気付かれないつもりだった。
けれども白龍は振り返った。
「眠れませんか」
「はい」
少し恥ずかしい。
見つかってしまった。
私は彼の隣へ立った。
しばらく沈黙が続く。
やがて。
私は口を開いた。
「聞いてもいいですか」
「なんでしょう」
「百年前」
白龍の表情が止まる。
私は続けた。
「私は本当に追放されたんですか」
風が吹いた。
桜の花びらが舞う。
白龍はすぐには答えなかった。
長い沈黙の後。
静かに語り始めた。
「百年前」
「あなたは龍界で最も愛された存在でした」
私は目を丸くした。
そんな人には思えない。
今の私は何もできないのだから。
白龍は続ける。
「民はあなたを慕っていました。子供たちはあなたを追いかけました。龍王たちも信頼していました」
そこで彼は少し笑う。
「もちろん私も」
私は視線を逸らした。
何だか照れる。
けれども白龍の表情は再び曇る。
「だからこそ利用されたのです」
私は息を呑んだ。
「利用……?」
「あなたは優しかった、誰よりも。だから誰よりも騙されやすかった」
その言葉に胸が痛んだ。
なぜだろう。
身に覚えがある。
現世でも。
何度もそうだった。
人を信じて。
傷付いて。
それでも信じてしまった。
白龍は続ける。
「ある日、龍界の宝が盗まれました。そして証拠が見つかった。あなたの部屋から」
私は固まる。
「そんな……」
「もちろん冤罪です」
白龍は即答した。
迷いもなく。
当然のように。
「私は知っていました。闇龗神も知っていました。国之常立神も信じていました。ですが……」
そこで彼は拳を握る。
「間に合わなかった」
月明かりの下。
その横顔は苦しそうだった。
百年経っても消えない傷。
そんな風に見えた。
「私は戦おうとしました。全てを敵に回しても構わなかった。けれども……」
彼は目を閉じる。
そして、とても小さな声で言った。
「あなたが止めた」
私は驚く。
「私が?」
白龍は頷く。
「あなたは笑っていました」
その言葉だけで胸が苦しくなる。
記憶はない。
なのに。
なぜか涙が出そうだった。
白龍は空を見上げる。
「泣きながらあなたは言いました」
『大丈夫。必ず帰ってきます。だから待っていてください』
風が吹く。
桜が舞う。
私は黙っていた。
白龍は笑った。
どこか寂しそうに。
「だから待ちました、百年」
私は言葉を失う。
百年。
百年だ。
人間なら世代も過ぎている。
それを。
この人は。
待っていた。
「どうして……」
気付けば口にしていた。
「どうしてそこまで」
白龍は少しだけ驚いた顔をした。
まるで、そんなことを聞かれるとは思っていなかったように。
そして当たり前のことのように答える。
「愛しているからです」
私は固まった。
白龍も言ってから気付いたらしい。
数秒遅れて固まる。
沈黙。
ものすごい沈黙。
先に目を逸らしたのは白龍だった。
珍しい。
耳が少し赤い。
私は思わず笑ってしまった。
すると白龍も少し笑った。
その瞬間だった。
右腕の痣が熱を帯びる。
まただ。
記憶が流れ込んでくる。
今度は白銀の桜の下、黒姫が誰かに抱き締められている。
相手は見えない。
けれども声だけは聞こえた。
『必ず迎えに行きます。何度生まれ変わっても』
その声は。
目の前の白龍と同じだった。
私は思わず胸を押さえる。
鼓動が速い。
白龍が心配そうに覗き込む。
「志穂?」
私は顔を上げる。
そして初めて。
少しだけ思った。
もけれどもたら、私はこの人を知っているのかもしれない。
記憶よりも、もっと深いところで。

