「黒姫様」
翌朝。
朝食を食べていた私の前に国之常立神が現れた。
相変わらず無表情である。
怖い。
少し苦手かもしれない。
「おはようございます」
「おはようございます」
会話終了。
空気が重い。
すると隣で朝食を食べていた闇龗神が口を開く。
「なんだ」
「朝から嫌な顔をしおって」
「元からこの顔です」
「もっと嫌な顔になったぞ」
国之常立神の眉がぴくりと動く。
白龍は黙ってお茶を飲んでいた。
慣れているらしい。
私は思わず笑いそうになる。
そんな空気の中。
国之常立神が一枚の書状を差し出した。
「今日は視察です」
「視察?」
「はい」
私は首を傾げた。
国之常立神は続ける。
「龍界東部」
「翠雨の里へ向かいます」
その瞬間。
白龍の表情が少しだけ変わった。
闇龗神も眉をひそめる。
何かあるらしい。
「問題でもあるんですか?」
私が尋ねると国之常立神は淡々と答えた。
「干ばつです」
静寂。
私は耳を疑った。
「龍界にも干ばつってあるんですか?」
「あります」
「龍族だからといって万能ではありません」
確かにその通りだ。
国之常立神はさらに続ける。
「作物が枯れています」
「民も不安を抱いています」
「本来なら女王が赴く案件です」
私は固まった。
女王。
またその言葉だ。
まだ実感がない。
けれども国之常立神は容赦しない。
「見てください」
「聞いてください」
「そして考えてください」
「黒姫様ならどうするのかを」
私は思わず白龍を見た。
助けてほしい。
そんな視線だった。
だが、白龍は優しく微笑むだけだった。
「大丈夫です」
「あなたならできます」
全然大丈夫な気がしない。
けれども逃げるわけにもいかなかった。
◇◇◇
数時間後。
翠雨の里。
私は言葉を失っていた。
畑が枯れている。
川が細くなっている。
村全体が元気を失っていた。
そこへ私たちが到着すると村人たちが集まってきた。
皆疲れた顔をしている。
私は胸が痛くなった。
その中に小さな女の子がいた。
七歳くらいだろうか。
痩せている。
栄養不足なのかもしれない。
女の子は私を見上げた。
そして言った。
「黒姫様」
「はい」
「雨を降らせてください」
私は息を呑んだ。
周囲も静まり返る。
女の子に悪気はない。
純粋な願いだ。
でも、私は雨を降らせられない。
今の私には何もできない。
胸が苦しくなる。
その時だった。
女の子の母親が慌てて止めた。
「だめよ!」
「困らせちゃ!」
けれども、女の子は首を振った。
「だって黒姫様だもん。なんでもできるんでしょ?」
私は言葉を失った。
できない。
そんなこと。
できるはずがない。
私は女王でもない。
神様でもない。
ただの大学生だった。
その時、ふと幼い頃の記憶が蘇る。
学校。
教室。
『気持ち悪い』
『嘘つき』
『龍なんかいるわけない』
誰にも信じてもらえなかった。
何もできなかった。
助けられなかった。
だから、私はしゃがみ込んだ。
女の子と目線を合わせる。
「ごめんね」
小さく言う。
「今はまだ雨を降らせられない」
女の子の目が少し曇る。
私は続けた。
「でも、どうしたらいいか考える。一緒に考える。絶対に諦めない」
女の子はしばらく黙っていた。
やがて小さく頷いた。
「うん」
その笑顔を見た瞬間、周囲の空気が少し変わった。
村人たちが顔を見合わせる。
金龍が私を見る。
白龍も見ている。
闇龗神は腕を組んだままだ。
すると年配の村人が前へ出た。
「黒姫様」
「はい」
「十分です」
私は首を傾げる。
老人は笑った。
「昔の黒姫様もそうでした」
胸が跳ねた。
まただ。
また昔の私の話。
「力で解決する前に」
「まず民の話を聞いてくださった」
老人の目には涙が浮かんでいた。
「だから皆、黒姫様が好きだったんです」
私は何も言えなかった。
その時、遠くの空が不自然に暗くなる。
黒い雲。
渦を巻くような気配。
白龍の顔色が変わる。
金龍も剣呑な表情になる。
闇龗神が低く呟いた。
「来たか」
私は振り返る。
空の向こう。
巨大な黒い龍影が現れていた。
その瞳は真っ直ぐこちらを見ている。
まるで黒姫を探しているかのように。
翌朝。
朝食を食べていた私の前に国之常立神が現れた。
相変わらず無表情である。
怖い。
少し苦手かもしれない。
「おはようございます」
「おはようございます」
会話終了。
空気が重い。
すると隣で朝食を食べていた闇龗神が口を開く。
「なんだ」
「朝から嫌な顔をしおって」
「元からこの顔です」
「もっと嫌な顔になったぞ」
国之常立神の眉がぴくりと動く。
白龍は黙ってお茶を飲んでいた。
慣れているらしい。
私は思わず笑いそうになる。
そんな空気の中。
国之常立神が一枚の書状を差し出した。
「今日は視察です」
「視察?」
「はい」
私は首を傾げた。
国之常立神は続ける。
「龍界東部」
「翠雨の里へ向かいます」
その瞬間。
白龍の表情が少しだけ変わった。
闇龗神も眉をひそめる。
何かあるらしい。
「問題でもあるんですか?」
私が尋ねると国之常立神は淡々と答えた。
「干ばつです」
静寂。
私は耳を疑った。
「龍界にも干ばつってあるんですか?」
「あります」
「龍族だからといって万能ではありません」
確かにその通りだ。
国之常立神はさらに続ける。
「作物が枯れています」
「民も不安を抱いています」
「本来なら女王が赴く案件です」
私は固まった。
女王。
またその言葉だ。
まだ実感がない。
けれども国之常立神は容赦しない。
「見てください」
「聞いてください」
「そして考えてください」
「黒姫様ならどうするのかを」
私は思わず白龍を見た。
助けてほしい。
そんな視線だった。
だが、白龍は優しく微笑むだけだった。
「大丈夫です」
「あなたならできます」
全然大丈夫な気がしない。
けれども逃げるわけにもいかなかった。
◇◇◇
数時間後。
翠雨の里。
私は言葉を失っていた。
畑が枯れている。
川が細くなっている。
村全体が元気を失っていた。
そこへ私たちが到着すると村人たちが集まってきた。
皆疲れた顔をしている。
私は胸が痛くなった。
その中に小さな女の子がいた。
七歳くらいだろうか。
痩せている。
栄養不足なのかもしれない。
女の子は私を見上げた。
そして言った。
「黒姫様」
「はい」
「雨を降らせてください」
私は息を呑んだ。
周囲も静まり返る。
女の子に悪気はない。
純粋な願いだ。
でも、私は雨を降らせられない。
今の私には何もできない。
胸が苦しくなる。
その時だった。
女の子の母親が慌てて止めた。
「だめよ!」
「困らせちゃ!」
けれども、女の子は首を振った。
「だって黒姫様だもん。なんでもできるんでしょ?」
私は言葉を失った。
できない。
そんなこと。
できるはずがない。
私は女王でもない。
神様でもない。
ただの大学生だった。
その時、ふと幼い頃の記憶が蘇る。
学校。
教室。
『気持ち悪い』
『嘘つき』
『龍なんかいるわけない』
誰にも信じてもらえなかった。
何もできなかった。
助けられなかった。
だから、私はしゃがみ込んだ。
女の子と目線を合わせる。
「ごめんね」
小さく言う。
「今はまだ雨を降らせられない」
女の子の目が少し曇る。
私は続けた。
「でも、どうしたらいいか考える。一緒に考える。絶対に諦めない」
女の子はしばらく黙っていた。
やがて小さく頷いた。
「うん」
その笑顔を見た瞬間、周囲の空気が少し変わった。
村人たちが顔を見合わせる。
金龍が私を見る。
白龍も見ている。
闇龗神は腕を組んだままだ。
すると年配の村人が前へ出た。
「黒姫様」
「はい」
「十分です」
私は首を傾げる。
老人は笑った。
「昔の黒姫様もそうでした」
胸が跳ねた。
まただ。
また昔の私の話。
「力で解決する前に」
「まず民の話を聞いてくださった」
老人の目には涙が浮かんでいた。
「だから皆、黒姫様が好きだったんです」
私は何も言えなかった。
その時、遠くの空が不自然に暗くなる。
黒い雲。
渦を巻くような気配。
白龍の顔色が変わる。
金龍も剣呑な表情になる。
闇龗神が低く呟いた。
「来たか」
私は振り返る。
空の向こう。
巨大な黒い龍影が現れていた。
その瞳は真っ直ぐこちらを見ている。
まるで黒姫を探しているかのように。

