黒い巨大な影が雲海を割った。
轟音。突風。龍たちが慌てて道を開ける。
「黒姫様だ!」
「闇龗神様が来られたぞ!」
「逃げろ!」
「また始まる!」
また始まる? 私は首を傾げた。
次の瞬間、巨大な黒龍が目の前へ着地した。どしん。雲海が揺れる。黒曜石のような鱗、黄金色の瞳。圧倒的な威圧感。なのにその龍は私を見るなり——
「志穂ぉぉぉぉぉ!!」
泣いた。
「……え?」
大号泣だった。滝のような涙だった。龍たちも慣れているらしく、遠い目をしている。
巨大な黒龍はそのまま人の姿へ変わった。光が弾ける。現れたのは、黒髪に立派な髭、黒い和装のどう見ても強そうな壮年の男だった。
「無事か!怪我は!苦しくないか!腹は減っておらんか!誰かいじめておらんか!」
質問が多い。多すぎる。私は完全に圧倒された。
「えっと……誰ですか?」
おじさんの動きが止まった。周囲も静まり返る。しまった。また何かやらかしただろうか。
「覚えておらんのかぁぁぁぁ!!」
固まったまま数秒沈黙し、また号泣した。今度は地面に膝をついている。
「儂の娘が儂を忘れたぁぁぁぁ!!」
龍たちが一斉にため息をつく。その時、隣の白龍が静かに言った。
「私も忘れられています」
「おお……そうであったな」
二人とも忘れられているらしい。なぜか妙な連帯感が生まれていた。
私は恐る恐る尋ねた。
「あの……本当に誰なんですか?」
黒髭の男は鼻をすすり、胸を張る。
「儂は闇龗神」
「くらおかみのかみ……?」
「うむ!八大龍王の筆頭、龍界最強、雨と水を司る龍神。そして」
そこで彼は少しだけ優しい顔になった。
「お前の父じゃ」
私は固まった。父。その言葉が胸に刺さる。脳裏に浮かぶのは現世の父だった。厳しくて、不器用で、最後まで分かり合えなかった父。思わず俯く。
「私のお父さんは……人間でした」
闇龗神は静かに頷いた。
「知っておる。だが、お前にはもう一人父がおる」
その声は、思ったより温かかった。私は何も返せなかった。
その空気を切り裂いたのは白龍だった。
「積もる話は後にしましょう。まずは宮殿へ」
闇龗神は露骨に嫌そうな顔をした。
「貴様の宮殿か」
「そうです」
「気に入らん」
「ですが黒姫の住まいです」
「もっと気に入らん」
龍たちがまたため息をついた。私は思わず聞く。
「仲が悪いんですか?」
二人は同時に答えた。
「悪い」
「悪いです」
息ぴったりだった。それだけで少し笑いそうになる。
すると白龍がこちらを見る。金色の瞳が優しく細められた。
「ですが安心してください。あなたを困らせることはありません」
その声を聞くと、なぜか少しだけ胸が落ち着いた。初めて会ったはずなのに。不思議な安心感だった。
けれども、次の言葉で全部吹き飛んだ。
「なにせ私はあなたの夫ですから」
「は?」
思わず変な声が出た。闇龗神が即座に怒鳴る。
「違う!」
「婚約者です!」
「ほぼ夫です!」
「違う!」
「時間の問題です!」
「違うわ!」
雲海に怒鳴り声が響く。私は頭を抱えた。
どうやら死んだと思ったら、とんでもない場所へ来てしまったらしい。
轟音。突風。龍たちが慌てて道を開ける。
「黒姫様だ!」
「闇龗神様が来られたぞ!」
「逃げろ!」
「また始まる!」
また始まる? 私は首を傾げた。
次の瞬間、巨大な黒龍が目の前へ着地した。どしん。雲海が揺れる。黒曜石のような鱗、黄金色の瞳。圧倒的な威圧感。なのにその龍は私を見るなり——
「志穂ぉぉぉぉぉ!!」
泣いた。
「……え?」
大号泣だった。滝のような涙だった。龍たちも慣れているらしく、遠い目をしている。
巨大な黒龍はそのまま人の姿へ変わった。光が弾ける。現れたのは、黒髪に立派な髭、黒い和装のどう見ても強そうな壮年の男だった。
「無事か!怪我は!苦しくないか!腹は減っておらんか!誰かいじめておらんか!」
質問が多い。多すぎる。私は完全に圧倒された。
「えっと……誰ですか?」
おじさんの動きが止まった。周囲も静まり返る。しまった。また何かやらかしただろうか。
「覚えておらんのかぁぁぁぁ!!」
固まったまま数秒沈黙し、また号泣した。今度は地面に膝をついている。
「儂の娘が儂を忘れたぁぁぁぁ!!」
龍たちが一斉にため息をつく。その時、隣の白龍が静かに言った。
「私も忘れられています」
「おお……そうであったな」
二人とも忘れられているらしい。なぜか妙な連帯感が生まれていた。
私は恐る恐る尋ねた。
「あの……本当に誰なんですか?」
黒髭の男は鼻をすすり、胸を張る。
「儂は闇龗神」
「くらおかみのかみ……?」
「うむ!八大龍王の筆頭、龍界最強、雨と水を司る龍神。そして」
そこで彼は少しだけ優しい顔になった。
「お前の父じゃ」
私は固まった。父。その言葉が胸に刺さる。脳裏に浮かぶのは現世の父だった。厳しくて、不器用で、最後まで分かり合えなかった父。思わず俯く。
「私のお父さんは……人間でした」
闇龗神は静かに頷いた。
「知っておる。だが、お前にはもう一人父がおる」
その声は、思ったより温かかった。私は何も返せなかった。
その空気を切り裂いたのは白龍だった。
「積もる話は後にしましょう。まずは宮殿へ」
闇龗神は露骨に嫌そうな顔をした。
「貴様の宮殿か」
「そうです」
「気に入らん」
「ですが黒姫の住まいです」
「もっと気に入らん」
龍たちがまたため息をついた。私は思わず聞く。
「仲が悪いんですか?」
二人は同時に答えた。
「悪い」
「悪いです」
息ぴったりだった。それだけで少し笑いそうになる。
すると白龍がこちらを見る。金色の瞳が優しく細められた。
「ですが安心してください。あなたを困らせることはありません」
その声を聞くと、なぜか少しだけ胸が落ち着いた。初めて会ったはずなのに。不思議な安心感だった。
けれども、次の言葉で全部吹き飛んだ。
「なにせ私はあなたの夫ですから」
「は?」
思わず変な声が出た。闇龗神が即座に怒鳴る。
「違う!」
「婚約者です!」
「ほぼ夫です!」
「違う!」
「時間の問題です!」
「違うわ!」
雲海に怒鳴り声が響く。私は頭を抱えた。
どうやら死んだと思ったら、とんでもない場所へ来てしまったらしい。

