4月。
俺は三年生に進級し、高校生活もあと一年となって、寮が一人部屋となった。
そして今日はS-Bullet、メジャーデビューの日。
ミニアルバムのリリースと同時にリード曲のMVが動画共有サービスのエスブレ公式チャンネルにアップされ、コメント欄にはデビュー前からのファンの人のお祝いメッセージであふれた。
俺は寮の自分の部屋で一人スマホからそのコメントを見ていた。今日は土曜日で、授業もない。
「そっか……」
だけど。
これ以上は見るのをやめようとブラウザを閉じた時、スマホが震えた。
電話の着信。マネージャーの藤堂さんから。
「樹君、今から事務所に来れる?」
藤堂さんにはしては珍しく少し早口で、挨拶もなく、いきなり用件だった。
「はい」
もともと15時に来るよう言われていた。それが早まって今、12時というだけで。別に用事もいれてなかった。昼飯も食ってなくて少し気が重かったが行かないわけにはいかない。
食堂のおばちゃんに昼食のキャンセルの連絡をして(ウチの寮はほぼ365日、三食出る)、所属している芸能事務所のビルへ向かった。昼飯は事務所近くのコンビニで調達することにする。
昔からあるゆえか、学校と寮が山の上にあるとはいえ繁華街に近くて交通の便もいい。移動に困ることもなく、バス一本で目的地へ到着。
「おはようございます」
四か月も立てば少しは挨拶も板についてくる。
エレベーターで上がり、指定された会議室のドアをノックして開けると、中にいた人たち、要するにエスブレのみんなが俺を勢いよく見た。全員いる。もうみんな来てたのか。
「樹君、早めに来てもらってごめんね」
藤堂さんが、ドア口に立つ俺を中に入るよう促す。
「いえ、大丈夫です。良ければ昼飯買いに行きたいんですけど時間ありますか?」
肩からバッグを下ろし、中に手を入れて財布を探す。
「あ、俺が行くわ」
飛鳥さんが立ち上がる。
……え?
「いや、そこのコンビニなんで自分で買いに行きますし、あれでしたらみんなの分も買ってきますけど」
そんなこと初めて言われた気がする。なんで俺の飯を飛鳥さんが買ってくるなんて言うんだ。自分の飯は自分で買うのは当たり前で、特に下っ端の俺なんかは特に。そりゃみんなの飲み物を誰かが買ってきてくれた、とかはあるけど。
場がしん、と静まり返る。ん? 一体なんなんだ。俺、変なこと言ってないよな?
今日はデビューの日で、お披露目ライブだったりどこかに華々しく出ていくわけじゃないけど、おめでたい日で。みんなが待ち望んだ日だろう。もっとわくわくするものだろ、普通は。
「お前、キャップとかメガネとかマスクとか持ってきてる?」
飛鳥さんは壁に置いてある自分の鞄を開いた。
「え?」
「ここまでどうやって来た」
「……バス、ですけど」
いつもそうだ。飛鳥さんだって知ってるだろうに。
「樹、ビルに入ってくる時、周りに変な子がいなかったか?」
今度は大真面目な顔で凛さんが言う。
「……変な子って何ですか?」
言ってる意味がわからない。何かはっきり言われてない気がする。何が言いたいんだ。
「俺、MVで顔出てないので変装とかしなくても大丈夫だと思いますんで、行ってきます」
ちょうどクーポンがある。おにぎり20円引きは魅力的。あと味噌汁でも買えばいいだろう。野菜もいるか、一応。
コンビニのアプリを開いておこうとポケットからスマホを取り出して、ボタンを押そうとしたら。
「!」
凛さんにその手をスマホごと掴まれた。
「見るな」
怖い顔で。
「え、でも、飯」
「買いに行くならスマホは置いて飛鳥と行け」
「でも、スマホがないとクーポンが」
提示できないとなると割引きが。
「飯代ぐらい俺が出してやる」
いや、ちょっと待って。スマホがどうしたっていうんだ。飯代なんかいらないし。
「あの、意味がわかりません。今日はお祝いの日じゃないんですか。なんでそんな怖い顔してるんですか」
いい加減説明してもらわないと、俺だってイライラする。
「樹、ウチのチャンネルを見てほしくないんだよ」
東雲さんが、怖い顔をしてはないけど楽しそうでもない顔で俺を見る。
「チャンネル、ですか……?」
「MVのアップページ」
…………ああ。
そういうことか。
「もう見ましたよ、MV。カッコ良かったです」
この子誰?
何で歌ってんの?
SINONOMEくんがいるのに。
こいつ必要?
このタイミングで加入っておかしくない?
これメンバーみんな嫌でしょ!
などなど。
お祝いコメントの中に混ざる俺に対するコメント。
「樹、気にしないで。今まで応援してくれてた人の一部がそうってだけで、多くの人はお祝いしてくれてるし、樹の歌の評価も高い」
「あ、俺、大丈夫なんで。飯買ってきますね」
当然、みんな見たよな、コメント。だから空気が重いのか。申し訳ない、水を差した。でも、お祝いのコメントが圧倒的に多いし、みんなへは応援コメントだし。俺へのコメントは十分の一、ぐらいだ。
スマホはまだ凛さんが握っているので諦めて置いていく。腹が減ってはいるのだ。
「桐谷」
飛鳥さんがこっちへ来ようとするけど、素早く部屋を出た。来る時、外には誰もいなかった。そもそも顔バレしてない。コンビニは目と鼻の先で、十分あれば戻ってこれる。
エレベーターへ向かう。
……。
まあ。
仕方ないのだ、俺については。何の情報も出さないまま、急にエスブレのMVでしれっとして歌ってれば、こいつ誰だよ、ってなる。東雲さんボーカルで今まで応援してきて、なんで一人増えてるんだ、ってなる。
でもみんなの気分が落ちるのは不本意だ。今はせめてあの場にいないようにするぐらいしか思いつかない。
「樹君」
藤堂さんが追いかけてきた。ちょうどエレベーターが来たけど足を止めるしかなくて。
「樹君、ごめんね。嫌な思いをさせて」
乗る人間がいないと判断したエレベーターはゆっくりとドアを閉めた。
「いえ、藤堂さんが悪いわけじゃ」
本当にそうだから。藤堂さんが悪いわけでは決してない。じゃあコメントした人が悪いのかと言えばもちろんそんなこともなくて。誰も悪くない。俺も、多分。
「いや、ある程度予想はしていたんだ。だから、樹君には見せたくなかった」
……リスクヘッジは当然のことだ。どうしても避けられないと言うなら、傷が浅くなる方法を考える。今回は藤堂さんが手を回す前に俺が先に見てしまったことがよろしくないということだ。
でも誰でも見れる状態だし、見るなと言われない限り公開時間に合わせて見に行くだろう。フミ先生に仕事の虫と言わしめるほどの藤堂さんが後手に回ったのは他にやらなければならないことがあったのかもしれない。俺だって子供じゃない。
「すみません、先に見てしまって」
案外上手く笑えるものだ。
と。
「!」
ごめんねと一緒に微笑んでくれるのかと思ったら、藤堂さんがずいと一歩前に出て俺を引き寄せた。
「無理しないで。みんなに言えなくても僕には言ってほしい」
そのままぎゅっと胸に抱きしめられて。
……。
気が、緩んで。
体を支えるように抱きしめられて、膝の力が少し抜けて。
……確かに、俺の歌がいいと言ってくれたり、声が好きだと言ってくれたり、東雲さんとのバランスがいいとか言ってくれる人もいた。ありがたい、とても嬉しい。でも、10の中にある1の言葉があまりにも強くて他の9が霞んで1しか見えなくなって。
そんなことはない、嬉しいはずだと、思い直して。俺は大丈夫だと。
「樹君、つらかったね」
……。
言葉にするとずるずると落ち込んでいきそうで。考えるのをやめたはずなのに、まさかの藤堂さんに言われてしまうと。
「……はい」
否定されて、何度も、何度も、じわじわ刺さって、えぐられて。そんなに俺は歓迎されてないのかと。
「うん、ごめんね、つらくて当たり前だから。言葉はとても強いから。言ってくれてありがとう」
頭を撫でられて。何かが軽くなって。
泣きたくはない。MV撮影の時は嬉しくて泣いたけど、何があってももう泣かないと決めたから。堪えろ、せめてこれぐらいは。
「僕が必ずなんとかするから」
エスブレのみんなから最初に拒否された時と同じ、いや、見えない人からの視覚的なそれはその時以上かもしれない。エスブレをこれまで応援してきた人たちで、俺はこの人たちに認められないといけない。
わかってる。前進しかない。
「俺も、頑張ります」
その言葉で十分で。力をもらえる。
「うん、ありがとう」
藤堂さんは腕を解くともう一度頭を撫でて。
「一緒に昼食買いに行こう。みんなの分も。会社の経費で落とすから」
力強くにこっと笑った。
俺は三年生に進級し、高校生活もあと一年となって、寮が一人部屋となった。
そして今日はS-Bullet、メジャーデビューの日。
ミニアルバムのリリースと同時にリード曲のMVが動画共有サービスのエスブレ公式チャンネルにアップされ、コメント欄にはデビュー前からのファンの人のお祝いメッセージであふれた。
俺は寮の自分の部屋で一人スマホからそのコメントを見ていた。今日は土曜日で、授業もない。
「そっか……」
だけど。
これ以上は見るのをやめようとブラウザを閉じた時、スマホが震えた。
電話の着信。マネージャーの藤堂さんから。
「樹君、今から事務所に来れる?」
藤堂さんにはしては珍しく少し早口で、挨拶もなく、いきなり用件だった。
「はい」
もともと15時に来るよう言われていた。それが早まって今、12時というだけで。別に用事もいれてなかった。昼飯も食ってなくて少し気が重かったが行かないわけにはいかない。
食堂のおばちゃんに昼食のキャンセルの連絡をして(ウチの寮はほぼ365日、三食出る)、所属している芸能事務所のビルへ向かった。昼飯は事務所近くのコンビニで調達することにする。
昔からあるゆえか、学校と寮が山の上にあるとはいえ繁華街に近くて交通の便もいい。移動に困ることもなく、バス一本で目的地へ到着。
「おはようございます」
四か月も立てば少しは挨拶も板についてくる。
エレベーターで上がり、指定された会議室のドアをノックして開けると、中にいた人たち、要するにエスブレのみんなが俺を勢いよく見た。全員いる。もうみんな来てたのか。
「樹君、早めに来てもらってごめんね」
藤堂さんが、ドア口に立つ俺を中に入るよう促す。
「いえ、大丈夫です。良ければ昼飯買いに行きたいんですけど時間ありますか?」
肩からバッグを下ろし、中に手を入れて財布を探す。
「あ、俺が行くわ」
飛鳥さんが立ち上がる。
……え?
「いや、そこのコンビニなんで自分で買いに行きますし、あれでしたらみんなの分も買ってきますけど」
そんなこと初めて言われた気がする。なんで俺の飯を飛鳥さんが買ってくるなんて言うんだ。自分の飯は自分で買うのは当たり前で、特に下っ端の俺なんかは特に。そりゃみんなの飲み物を誰かが買ってきてくれた、とかはあるけど。
場がしん、と静まり返る。ん? 一体なんなんだ。俺、変なこと言ってないよな?
今日はデビューの日で、お披露目ライブだったりどこかに華々しく出ていくわけじゃないけど、おめでたい日で。みんなが待ち望んだ日だろう。もっとわくわくするものだろ、普通は。
「お前、キャップとかメガネとかマスクとか持ってきてる?」
飛鳥さんは壁に置いてある自分の鞄を開いた。
「え?」
「ここまでどうやって来た」
「……バス、ですけど」
いつもそうだ。飛鳥さんだって知ってるだろうに。
「樹、ビルに入ってくる時、周りに変な子がいなかったか?」
今度は大真面目な顔で凛さんが言う。
「……変な子って何ですか?」
言ってる意味がわからない。何かはっきり言われてない気がする。何が言いたいんだ。
「俺、MVで顔出てないので変装とかしなくても大丈夫だと思いますんで、行ってきます」
ちょうどクーポンがある。おにぎり20円引きは魅力的。あと味噌汁でも買えばいいだろう。野菜もいるか、一応。
コンビニのアプリを開いておこうとポケットからスマホを取り出して、ボタンを押そうとしたら。
「!」
凛さんにその手をスマホごと掴まれた。
「見るな」
怖い顔で。
「え、でも、飯」
「買いに行くならスマホは置いて飛鳥と行け」
「でも、スマホがないとクーポンが」
提示できないとなると割引きが。
「飯代ぐらい俺が出してやる」
いや、ちょっと待って。スマホがどうしたっていうんだ。飯代なんかいらないし。
「あの、意味がわかりません。今日はお祝いの日じゃないんですか。なんでそんな怖い顔してるんですか」
いい加減説明してもらわないと、俺だってイライラする。
「樹、ウチのチャンネルを見てほしくないんだよ」
東雲さんが、怖い顔をしてはないけど楽しそうでもない顔で俺を見る。
「チャンネル、ですか……?」
「MVのアップページ」
…………ああ。
そういうことか。
「もう見ましたよ、MV。カッコ良かったです」
この子誰?
何で歌ってんの?
SINONOMEくんがいるのに。
こいつ必要?
このタイミングで加入っておかしくない?
これメンバーみんな嫌でしょ!
などなど。
お祝いコメントの中に混ざる俺に対するコメント。
「樹、気にしないで。今まで応援してくれてた人の一部がそうってだけで、多くの人はお祝いしてくれてるし、樹の歌の評価も高い」
「あ、俺、大丈夫なんで。飯買ってきますね」
当然、みんな見たよな、コメント。だから空気が重いのか。申し訳ない、水を差した。でも、お祝いのコメントが圧倒的に多いし、みんなへは応援コメントだし。俺へのコメントは十分の一、ぐらいだ。
スマホはまだ凛さんが握っているので諦めて置いていく。腹が減ってはいるのだ。
「桐谷」
飛鳥さんがこっちへ来ようとするけど、素早く部屋を出た。来る時、外には誰もいなかった。そもそも顔バレしてない。コンビニは目と鼻の先で、十分あれば戻ってこれる。
エレベーターへ向かう。
……。
まあ。
仕方ないのだ、俺については。何の情報も出さないまま、急にエスブレのMVでしれっとして歌ってれば、こいつ誰だよ、ってなる。東雲さんボーカルで今まで応援してきて、なんで一人増えてるんだ、ってなる。
でもみんなの気分が落ちるのは不本意だ。今はせめてあの場にいないようにするぐらいしか思いつかない。
「樹君」
藤堂さんが追いかけてきた。ちょうどエレベーターが来たけど足を止めるしかなくて。
「樹君、ごめんね。嫌な思いをさせて」
乗る人間がいないと判断したエレベーターはゆっくりとドアを閉めた。
「いえ、藤堂さんが悪いわけじゃ」
本当にそうだから。藤堂さんが悪いわけでは決してない。じゃあコメントした人が悪いのかと言えばもちろんそんなこともなくて。誰も悪くない。俺も、多分。
「いや、ある程度予想はしていたんだ。だから、樹君には見せたくなかった」
……リスクヘッジは当然のことだ。どうしても避けられないと言うなら、傷が浅くなる方法を考える。今回は藤堂さんが手を回す前に俺が先に見てしまったことがよろしくないということだ。
でも誰でも見れる状態だし、見るなと言われない限り公開時間に合わせて見に行くだろう。フミ先生に仕事の虫と言わしめるほどの藤堂さんが後手に回ったのは他にやらなければならないことがあったのかもしれない。俺だって子供じゃない。
「すみません、先に見てしまって」
案外上手く笑えるものだ。
と。
「!」
ごめんねと一緒に微笑んでくれるのかと思ったら、藤堂さんがずいと一歩前に出て俺を引き寄せた。
「無理しないで。みんなに言えなくても僕には言ってほしい」
そのままぎゅっと胸に抱きしめられて。
……。
気が、緩んで。
体を支えるように抱きしめられて、膝の力が少し抜けて。
……確かに、俺の歌がいいと言ってくれたり、声が好きだと言ってくれたり、東雲さんとのバランスがいいとか言ってくれる人もいた。ありがたい、とても嬉しい。でも、10の中にある1の言葉があまりにも強くて他の9が霞んで1しか見えなくなって。
そんなことはない、嬉しいはずだと、思い直して。俺は大丈夫だと。
「樹君、つらかったね」
……。
言葉にするとずるずると落ち込んでいきそうで。考えるのをやめたはずなのに、まさかの藤堂さんに言われてしまうと。
「……はい」
否定されて、何度も、何度も、じわじわ刺さって、えぐられて。そんなに俺は歓迎されてないのかと。
「うん、ごめんね、つらくて当たり前だから。言葉はとても強いから。言ってくれてありがとう」
頭を撫でられて。何かが軽くなって。
泣きたくはない。MV撮影の時は嬉しくて泣いたけど、何があってももう泣かないと決めたから。堪えろ、せめてこれぐらいは。
「僕が必ずなんとかするから」
エスブレのみんなから最初に拒否された時と同じ、いや、見えない人からの視覚的なそれはその時以上かもしれない。エスブレをこれまで応援してきた人たちで、俺はこの人たちに認められないといけない。
わかってる。前進しかない。
「俺も、頑張ります」
その言葉で十分で。力をもらえる。
「うん、ありがとう」
藤堂さんは腕を解くともう一度頭を撫でて。
「一緒に昼食買いに行こう。みんなの分も。会社の経費で落とすから」
力強くにこっと笑った。
