バラードはうまく歌えない

 藤堂さんとこれからのスケジュール、仕事についてだとか、俺の学校生活の予定について話していた。

 来月、新学期というか進級して、三年生になる。そしていよいよデビューということになって。契約の話だとか、この一年のエスブレの活動予定だとか、それに伴う俺のスケジュールだとか。と、学校行事のことと。

「何かと忙しくなると思うけど、樹君は学業優先で。飛鳥君もだけど、学校はちゃんと行けるようスケジュールを組むから、安心してね」
「はい」

 飛鳥さんは大学二年生になる。卒業まではまだまだだけど、大学生だと少しは融通がきくとかで、俺よりは仕事を入れていく予定らしい。

 俺は受験生になる。進路としては大学進学を希望。それは親との約束であり、俺自身も行きたい。それが時にはグループに迷惑をかけるかもしれないとは思ったけど、藤堂さん、事務所側も了承してくれた。進学は決してマイナスにはならないから行けるようであれば行きなさい、と言ってもらえてとてもありがたかった。
 
 受験勉強をしながら音楽活動もやる二足の草鞋になる。でも誰に強要されたわけでもなく自分で決めたことだ。やり遂げる。きっちり。

「樹君に三ツ矢で声をかけてから駆け足でここまで来たけど、本当はもう少し時間をかけたかったとは思ってるんだ。グループのみんなと打ち解ける時間もしっかりと踊れる時間も作ってあげられなかった。ごめんね」
「いえ……」

 もともとエスブレのデビューの話はあってⅩデーも決まっていてそこへ向かって進行していた。そこへねじ込まれたのが俺で。だからみんなの反発は仕方ないのだ。もっとはっきり言えば気分が悪かっただろう。

「樹君はよく頑張ってる。一番年下で右も左もわからない中、レコーディングもMVもちゃんとこなしてる。すごいことだよ」
「ありがとうございます、でも、まだまだみんなの足元にも及ばなくて」

 頑張ればいいというわけじゃない。足を引っ張ってるのはわかってる。だから少しでもその度合いを薄めていかないと。エスブレの一員でいたいと望んだのだから。

「言葉は悪いが、別に今のお前に完璧を求めてるわけじゃない」

 軽いノックの後、部屋に入ってきたのは凜さんと東雲さんだった。ここは社員さんたちのデスクが並ぶ部屋にある、全面透明ガラスで囲まれたとても小さなミーティングルーム。

 凜さんと東雲さんがこちらに向かって歩いてくるのは見えていた。……話し声って聞こえるんだ。込み入った話ではなくてオープンスペースって感じか。よく考えれば、側面を囲われているだけで屋根があるわけじゃない。

「おはようございます」

 立ち上がって、頭を下げる。

「俺たちには立たなくていいよ、何だか俺たちすごい怖い先輩みたいじゃん」

 東雲さんはふふっと笑った。

「飛鳥なんか最初っから一度も立ったことないよな」

 凛さんが後に続く。

「だね。でも仕事先やスタッフさんや会社のお偉いさんたちにはちゃんとご挨拶してね」
「はい!」

 こういうことはやっぱり教えてもらわないと俺にはわからないことだ。いやまあ挨拶はどこの世界でもいの一番だとは思うけども。

「良い返事だ」

 凛さんは俺の頭をがしがしと撫でた。この人はことあるごとに頭を撫でる。俺だけじゃなくて、飛鳥さんにも海斗さんにも瑞希さんにも。

 最初は驚いたけど、この人の愛情表現というか、いやらしい意味じゃなくて、家族愛みたいな、グループ愛みたいな、弟みたいな、そんな感じの頭がしがしだったり、時にはぎゅっとハグされたり。

 人との距離が近い人だとは思うけどちっとも嫌な気はしなかった。凛さんたちより歳が一つ下だという京さんとはグータッチでカッコいい。

「じゃあ、二人とも座って」

 藤堂さんは促すと、さっき俺の話を聞きながら走り書きしたA4のメモを二人に見せた。時間差で二人も来ることになっていたのだろう。

「リアルライブは樹の卒業を待ってからになるってことだな」
「そうなるね」

 ……いきなり迷惑をかける話で。メモに目を通した凜さんと東雲さんは頷いた。

「実質準備なんかでそのくらいの時期にはなると思うし、何より数字が出ないとね」

 藤堂さんはずばり言い切る。そこは容赦ない。

 そうだ。誰も見に来てくれないのにライブなんてできるわけがない。アルバム出したからハイ次、ということじゃない。

「それと樹君のプロフィール非公開の件。高校卒業まで僕がしっかり守っていくけど、エスブレのみんなにも徹底をお願いしたいんだ」
「それはもちろんです。樹はエスブレの末っ子なんでちゃんと守ります」

 凛さんがそう言って俺を見る。

「ご迷惑をおかけしてすみません」

 スカウトを受けた時からアルバイト・夜間の外出は藤堂さんから禁止されていて、身バレ対策もその延長でいいということになった。俺は学校の寮生活だからエスブレとは別に一年生の時からそうだし苦ではない。

 だが、プロフィール非公開で顔出しNGということは活動が制限されて、それは俺だけでなくエスブレにも影響は出る。

「迷惑じゃないよ、学生なんだからそれは当たり前だよ、樹。気にしないで」

 東雲さんの真摯な視線にありがたいと思う。デビュー直後の大事な時期、制限がかかる人間がいると本当は面倒だと思う。

 受験が終わって顔出しできるようになったら、しっかりエスブレに貢献していく。表に出ない仕事は積極的にやっていく、のはもちろんとして。

「はい」
「お前はまだダンスレッスンをしっかりしないといけないしな」

 それはそう。歌だって磨きをかけたい。レコーディングは楽しくて仕方なかったが、もっとストイックにタイトに攻めていくものだと思う。

 MV撮影の際のみんなの集中力に、自分の薄っぺらさが恥ずかしかった。ダンス初心者でボーカルだから、という言い訳はあまりしたくない。

 少し意地悪そうにニヤニヤと凜さんは笑ってるけど、ダンサーさんでも普段アクセサリーなんか一つもしてなくて、チャラチャラしてなくて(チャラチャラしてるっていうのがそもそも俺の勝手なイメージなのかもしれないけど)、さわやかでみんなの兄貴っていう感じで、しいて言えば体操のお兄さんみたいな。

 東雲さんもチャラチャラしてなくて、優しくて上品で。芸能界や衣装のイメージが先行してるのかもしれないけど、何だか見た目が派手でチャラチャラしてて夜遊び毎晩、なんて人たちなのかと思ってたけどそうではなくて。
 ジーンズに無地のシャツを着た今の様子だと、学習塾のアルバイトやってますと言われれば信じてしまうような感じで。

 これ、衣装を着て戦闘モードになるとガラりと変わる部分ではあるのだけども。

 ちなみに海斗さんはよく黒を着ていてシックな感じで、瑞希さんはキラキラしていてちょっとはチャラいかもしれないけど嫌みはないムードメーカー。

 京さんはいつもキャップを深めに被っていて口数が少なくて渋い。

 飛鳥さんも少し口は悪いけどダンスには誠実で、チェーンジャラジャラなんてこともない。

 エスブレはみんなチャラくなくて、軽薄じゃなくて、品があって時にセクシーなカッコいい人たちなのだ。