バラードはうまく歌えない

「ねえねえ、樹はどうやってウチに入ったわけ?」

 MV撮影が終わった翌週の今、レッスン室には、瑞希さんと、海斗さんと、東雲さんと、俺がいる。

 ダンスの個別レッスンはまだ続いていて、今日は瑞希さんと海斗さんがフミ先生のアシスタントとして入ってくれた。
 凛さんは先週動画共有サイトにアップしたカバー曲のコメント返しと収録時の裏話の動画を藤堂さんと撮っているらしい。飛鳥さんと京さんはわからない。

 先週までの俺に対する態度とは180度違う瑞希さんに戸惑いながらも、ちゃんと一員としてフランクに話しかけてくれるのは嬉しくて。……海斗さんは特に話には興味がないような感じだけど、ここにはいる。東雲さんはこれまで通り、優しい東雲さんで、ボイトレ帰りにレッスン室に寄ってくれた。

 レッスンが終わってフミ先生が帰った今、藤堂さんに終了の報告をしてこのあとの予定を訊かねばならないが、まあとりあえず座るか、と瑞希さんが言うので今は休憩のようなことになっている。

 瑞希さんは床にあぐらをかいて、海斗さんは瑞希さんの後ろに腰を下ろし、東雲さんは少し離れてにこにこと俺たちを見ていた。

「藤堂さんに声をかけていただいて」

 秘密でも何でもないので、素直に答える。そういうのって少しは気になるのだろう。

「やっぱりスカウトなんだ。バンドのボーカル? ライブハウスとかで?」

 会話が自然に続く。この人、俺の前では無言に近かったけど本来はおしゃべり好きな人なのだろう。

「いえ、バンドはやってなくて、文化祭のステージで」
「へえ。ってことは一人で? 何歌ったん?」
「演歌を……」
「え? なにそれ! お前、本当は演歌歌手になりたかったの?」

 すごくびっくりされたのは、まあそうだろう。

「いえ、そういうわけじゃ」

 何一つ嘘を言ってないけど、何かいたたまれない。

「ウケ狙いってことだろ、文化祭なら」

 海斗さんがさして興味なさそうではあるもののフォローしてくれる。いや、俺にというより瑞希さんにか。

「文化祭かあ。若いね。ちょっと羨ましい」

 ガキの遊びだろって言いたいんだろうけど、そのガキを目の敵にしてたの誰だよ……。

「演歌に寄せた歌い方ってだけだったけど、樹はやっぱり上手かったよ。会場盛り上がってたし」

 え……?
 突然口を開いたのは東雲さん。

「東雲さんもそこにいたんだ」
「うん、藤堂さんに連れて行ってもらってた」

 俺は藤堂さんと会っただけだ。でも東雲さんもあの場にいたんだ。そうか。

「樹面白いじゃん。俺、面白い子好きー」

 ちゃんと歌ってはいたけど半分はふざけてた。なのに、藤堂さんは声をかけてくれたのだ。

「……ありがとうございます」

 と言うしかない。嫌いと言われなくてよかったけど。
 あ、そう言えば。少しばかり瑞希さん喜んでくれるだろうか。

「瑞希さん、少し前に連続ドラマ、出てましたよね?」
「お、うん、そう。見てた?」
「はい。学校で流行ってて。みんなで見てました。だから「青の響き」の健介だ、って顔合わせの時気付いて、ドキドキしました」

 漫画が原作の青春群像ドラマで。結構リアルなストーリーが面白くて寮内で仲のいい奴らとリアタイ視聴していたのだ。

「わ、ホント!? 嬉しいな。樹はいい子だ」

 瑞希さんは言葉通り嬉しそうににかっと笑ってくれた。

 実はドキドキしたと同時に、なんて目つきの悪い人なんだろう、と。ドラマでは少しドジないい人だったのに目の前のこの人はすごく感じ悪いな、って思ったのは黙っておこう。
 俺に対してそうだっただけで本来は明るくてまわりにすぐ馴染んでしまう人なのだろうと思うから。さすが俳優さん、圧倒的に華があるし。今は少しエスブレに比重を置いているみたいだけど。

 音楽活動だけでなく、オファーがあればいろいろ挑戦してほしいって藤堂さんは言ってたから、瑞希さんは映画や舞台もやったりするのだろう。

「瑞希の扱い方を習得してなによりだな、樹」

 すました顔で海斗さんは言う。

「え、いや、別にそんなつもりは」

 扱い方とかそういうことじゃないし、リップサービスというわけでもない。本当にそう思ったから。

「もちろん悪いことじゃない。必要なことだ」

 ……そう言う海斗さんにはどう接していいのかわかりませんが。嫌われてるわけではないと思う、が、フレンドリーに接してくれてるとも思えない。

「お前、末っ子をいじめるなよ。意地の悪い兄貴だな」
「人聞きの悪いことを言うな。思ったことを言っただけだろ」

 氷の王子、それはグループ内キャラというわけではなく、本当に氷の王子様なのかもしれない。スンとしてて言葉はバッサリ。瑞希さんと真逆な感じだ。

「いや、あの、別に大丈夫ですので」

 何が大丈夫なのかと言えばよくわからないながらも。

「おしゃべりはそれぐらいにして、藤堂さんのとこ行っておいで。待ってると思うよ」

 東雲さんの号令で、この場はお開きになった。